月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

霊魔血戦 第3話 知らないうちに勘当されていた

異世界ファンタジー 霊魔血戦

 霊を操れる人が僕の家にはいる。その霊は霊になった僕の姿を見ることが出来る。そして、実際に見られた。
 その結果、何が起こるか。それを僕ではないルークは恐れている。僕と僕ではないルークが入れ替わった。ここまではっきりと分からなくても、僕が死んだことは知られる。では僕の体を動かしているのは何者なのかという疑問を持つことになる。僕ではない得体の知れない何者かが、僕の体を使って生きている。これを僕の家は許すか。許さないだろうと僕ではないルークは考えているのだ。すぐに殺される可能性がある。それから逃れる力は僕ではないルークにはない。ベッドから動くことも出来ないのだから。
 この危険性を想定しておくべきだったと僕ではないルークは悔やんでいるけど、予想していても何も出来なかったことは僕にも分かる。今の僕たちには何の力もないのだから。
 いつ殺されるか。怯えながら過ごす日々が数日続いた。僕自身から事情を説明しようと試みてもみたけど、僕の声、ではなく意思は誰にも届かなかった。僕の意思は僕ではないルークにしか届かない。この事実を知った。
 ただ、今のところ、僕たちは無事だ。状況も良くなってきている。僕の体が、少しずつだけど、確実に回復しているのだ。

「……それはどういう薬草?」

 テーブルの上に並べられているいくつもの薬草。その中のひとつを僕ではないルークは指さす。

「これは……内臓の動きを良くすると書いてあります」

 僕ではないルークに問われて侍女のミアさんが説明する。彼女自身の知識ではない。書いたメモがあって、それを読んでいる。

「じゃあ、それ。あとは……それかな?」

「……解毒と書いてありますけど?」

「解毒……体の中の悪いものを退治してくれるのかな? とりあえず、何日か飲んでみる」

「承知しました」

 こうやって僕ではないルークは用意してもらった薬草の中から、体に良さそうなものを選んで、お粥に入れてもらうようにしている。体が回復してきているのは、これが理由だと僕は思っている。
 僕ではないルークには薬草の、本人はいくつかを見たことがあるだけだと言っているけど、知識があるみたいで、それを活かすことにしたのだ。本来の僕にはない知識。怪しまれる可能性があるけど、今更だ。僕が死んでいることはもうばれている。僕たちはその前提で行動している。

「これで五種類か……これくらいで良いかな? もう新しいのを探さなくていいよ」

「分かりました。他には何かございますか?」

「手足を曲げるの手伝ってくれる?」

「……承知しました」

 手足を曲げる。ずっとベッドで寝たきりだった僕の体は、これさえ満足に出来ない。筋力だけの問題じゃない。関節そのものが固まってしまっている。それをミアさんの力を借りて、曲げるということを毎日続けている。よく出来るものだと僕は感心している。僕ではないルークの抑えきれない苦痛の感情が、僕にも伝わってくる。僕自身では耐えられないだろうと思う痛みを我慢して、毎日続けているのだ。
 ルークの目標は一日でも早く動けるようになること。動くといっても危機を回避できるだけの動きだ。一日二日、どころか数か月でも到達できるとは思えない。
 そんな時間は許されているのだろうかと僕は疑問に思ったけど「分からないのであればやってみるべきだと」僕ではないルークは言った。可能性がわずかでもあるのなら諦めてはいけないということだ。
 ルークは何者なのか。知れば知るほど興味が湧いてくる。彼の知識と強い意思が普通の人ではないと僕に思わせる。

「……大丈夫ですか?」

 僕ではないルークの苦痛は、その表情を見るだけで分かる。ミアさんも心配そうだ。

「げ、元気になる為、だから」

「……分かりました。ただ、無理はしないでください」

「わ、分かってる」

 無理するなと言われても、僕ではないルークは無理をする。それが僕の体を守る為だとすると、彼の想いに僕はどう応えれば良いのだろう。僕には彼にしてあげられることは何もない。僕が自分の体に戻ることが出来た時は、彼がまた死者に戻る時なのだ。
 僕に出来ることはわずか。といってもそのわずかが中々出来ない。ルークの自由に動ける体を取り戻すという目標に対して、僕の目標は霊力を高めること。それが結果としてルークの力になる。ただその方法はルークも分からない。それを調べる為に自由に動け、見つからない方法を手に入れなければいけないのだけど、それも上手く行っていない。
 意思を集中して、自分の存在を確立する。ルークにはこれを試してみるように言われた。でも自分の存在を確立するということが僕には分からない。それが分かった時が上手く出来るようになる時かもしれない、とも言われたけど、今のところ、まったく手応えがない。

(……ルーは今、どこにいる?)

(えっ? 側にいるけど)

 いきなりルークが語り掛けてきた。まだ苦痛の時間は続いているというのに。僕が悩みの感情を漏らしてしまったせいだ。

(側ってどこ? そういう漠然としたものではなくて、もっと具体的に。ベッドの近く? ではその近くってどれくらい?)

(どれくらい……)

 どれくらいか答えることが出来ない。僕は自分の居場所が分かっていない。部屋にいる。ベッドでミアさんと一緒に体を動かしているルークが見える場所に。でもそれがどこか分からない。それに気づいて、頭が混乱してきた。

(……じゃあ、どこにいようと思う? それを考えてみろ。具体的に。出来るだけ正確に)

(どこに……じゃあ、椅子の上)

 考えやすい場所を選んでみた。実際に何度も座っていた椅子。その椅子に座って、絵本を読んでいた。それを思い出した。椅子に座っている僕を。

(ルーは今、椅子に座っている。右側には何がある?)

(右……右、右)

 右がどこかも分からない。どうして分からないかが、分からない。

(そんな感じなのか……)

(ごめん。何も分からない)

 自分が情けなくなる。ルークはこんなに頑張っているのに、僕は何も出来ない、
 
(いや、良い。何が分からないか分かったのは大きな前進だ)

(そうなの?)

 またルークは僕を慰めてくれている。いつものことだ。ただ、近頃はそれで気持ちは浮かばない。情けなくなって、ますます落ち込んでしまう、

(上下左右が分からない。それが自分の存在を確立出来ていないってことだと思う。存在が曖昧だから、隠すことも出来ない)

(……でも、あのお年寄りの霊は)

 お年寄りの霊は僕を見つけた。僕の存在が分かった。

(そう。ルーは存在している。でも自分でそれを理解出来ていない。霊としての自分を受け入れていないからか……いくつか仮説を思いつけるかもしれないけど、それは重要じゃない)

(僕は僕の存在を受け入れていないってこと?)

 話が難しくなってきた。ルークと話しているとこういうことが多い。これを僕が理解出来れば、色々と上手く行くのかもしれない。

(霊としての存在を受け入れていない、かな? 今、俺が使っている体を自分だと思っているのかもしれない)

(……死んだことを認めていないのか……それはあるかも)

 自分の死を受け入れていない。その可能性はあると思う。あまりに突然で、死の瞬間も僕は知らない。死んでもこうして意識があり、ルークと話が出来ている。

(死んだことを受け入れて、天に召されても困るな。ルーはこの世界に存在している。それは絶対に忘れるな)

(……分かった)

 僕はいる。生きているではなくて、いる。この事実を忘れてはいけない。体を失っただけで、僕はいる。僕は存在している。

(……あれ?)

(どうした?)

(なんか……分かった気がする。僕が今の僕として存在していることが)

 自分の存在を感じる。これは今までなかった感覚だ。これを感じられると、自分の意識が失った体に向いていたことが分かる。僕は自分を、僕の体だと思っていた。でもそれは間違い。今の僕に体はない。でも僕は、間違いなく存在している。

(そうか。それは良かった)

 ルークの安堵した感情。ようやく僕は一歩、にも満たないのかもしれないけど、前に進めた。ルークの期待に少し応えられた。それがとても嬉しかった。

(僕、もっと頑張るよ)

(ああ、俺も頑張る。いつか必ず元に戻ろう)

 その日を待ち遠しく思う気持ちと、このままの時間が永遠であれば良いのにという気持ち。ルークの為に頑張ろうと思っても、結局それは自分の為。それで良いのかと思ってしまう。
 僕たち二人はどういう形が正しいのか。まだこんなことを考えられるような状況でないのは分かっているけど、頭に浮かんできてしまう。僕も、こういう難しいことを考えるようになったのかという驚きも。

 

 

◆◆◆

 ルークの部屋は屋敷の離れ。原因不明の病気。伝染するような病気であることを心配して、元々の部屋から離れに移したのだ。家具もそのまま移したので、今のところ、ルーはそのことに気が付いていない。自分の存在を感じ取れない、どこにいるかも分からない状態だったルーでは、違和感も覚えないだろう。
 その離れと渡り廊下で結ばれた本宅の一室で、難しい顔をして向かい合っているのはルークの父親と叔父。実際に悩んでいるのは父親のほうで、その悩ませる問題を持ち込んだ叔父のほうは雰囲気に合わせているだけだ。

「……まだしばらく様子を見る」

「問題の先送りとまでは言いません。ただ決断すべき時は迫っていると思いますが?」

 叔父の言葉は丁寧であるが、曖昧な判断は許さないという意思が込められている。実際に先送り出来ない問題。だからこそ、嫌がられるのを覚悟して話にきたのだ。

「跡継ぎの交替については悩む必要はない。後継者の資格を持つ者は一族だけだ」

「賢明なご判断です」

 この父親の言葉でルークは跡継ぎの座から追われることが決まった。今のルークは、その体を使っている者は一族ではない。父親も叔父もそれを知っているのだ。

「もっと情報はないのか?」

 今のルークは本来のルークではない。では何者なのだということになる。これについて父親は情報を得ていない。

「薬草を要求しています。いくつかの薬草から必要なものを選別する知識もあるようです」

 叔父の情報源は侍女のミア。彼女は、ルークも気づているが、ただの侍女ではないのだ。

「薬草……そもそもこのようなことは過去にあったのか?」

 薬草の知識がある、という程度の情報では正体について見当もつかない。極めて特殊な知識というわけではないのだ。

「それは本家のほうが分かるのではありませんか?」

 一族を継いだのはルークの父。叔父は分家で、弟であっても仕える立場。一族についての重要な情報を知る立場にない。

「我が一族に前例はない」

「他家の情報を調べろと?」

 そんなことをすれば大問題になる。叔父が、実際には部下たちだが、調べるというのは、合法的なものではないのだ。

「……正面から聞くことも出来ない。いや、後継者交替となれば、何かあったと知れるか。しかしな……」

 後継者候補を交替させる。それは現後継者候補であるルークに問題があるということ。それは他家にも分かる。だが、その問題は何かを明らかにすることには、父親は躊躇いを覚えた。

「今、大切なのは後継者候補を定め、その者に相応しい教育を与えることです。ルーク、いや、何者かの処分の先送りは問題ないと私も思います」

 叔父には父親が躊躇っている理由が分かっている。得体のしれない何者かがルークの体を乗っ取った。それを他家が知れば、速やかな処分を求めてくるに決まっている。すでにルークは死んでいても、父親としてそれを簡単には受け入れられないのだ。

「そうだな。様子を見ている中で分かることもある。そうなると、意識を回復させたことは秘密にしておく必要があるな」

 病気を患って、すでに五年。回復の見込みがないので後継者候補を変える。これは誰にも文句を言われない理由だ。それを通す為にはルークが、正しくはルークの体が目覚め、回復してきていることは他家に知られてはならない。

「離れで私の部下に面倒をみさせておけば、情報が洩れることはありません。一応、警備も強化しておきましょう」

「頼む。しかし……惜しかったな」

「過去に例のない最高の資質を持っていると思っていましたから。そういう存在だからこそ、このようなことになってしまった可能性もあります」

 ルークは将来を嘱望されていた。幼くして守護霊を宿したからだ。これがそもそも異常なこと。守護霊を宿すには儀式が必要。だがルークは儀式なしに守護霊を宿した。しかも通常は一族の者、一族の死者が守護霊になる。たとえばルークの父親は自分の祖父を守護霊にしている。一族の者は守護霊を宿しやすいだけでなく、死者となった時の霊力が強い。また血縁者は守護霊になりやすい。こういった事情から霊力で戦う軍人を代々輩出する一族が生まれたのだ。
 では異常な状態で守護霊を宿したルークが何故、期待され、幼くして後継者として定められたのか。それはその守護霊の霊力が強かったからだ。祖先であるかどうかなど関係ない。守護霊の霊力の強さが軍人としての才能になるのだから。

「……今のあれではな」

 ルークは一族の者。だが死が早すぎた。病を患ってからの五年間も生きているとは言えない状態。成長していないと同じだ。結果、死者となったルークの霊力は低い。優れた軍人としての才能にはなれない。

「その点でも、後継者候補を定め、その者が守護霊を宿すまでは処分はしないほうが良いでしょう」

 この時点でルークの体を使っている何者かを処分、殺してしまって、解放されたルークが後継者候補に宿っては困る。それでは再度、後継者候補を替えることになってしまう。すでに守護霊を宿している一族の者を後継者候補にする手もあるが、出来れば直系に近い血筋が、つまり、ルークの弟か叔父の息子のどちらかが後継者として望ましい。二人ともまだ守護霊を宿していないのだ。

「そうだな……儀式を急ぐか。それとも万全を期すべきか」

「……万全を期すべきでしょう。父上にもう一度会いたいのであれば……嬉しいかは別にしてですが」

 二人は後継者候補に早逝した前当主、自分たちの父親を守護霊として宿して欲しいのだ。父親に会いたいというのではなく、霊力が強いことが予想出来るから。後継者は強者でなくてはならない。他家に勝る当主を一族として戴きたいのだ。

「では二人に後継者としての教育を。どちらを後継者候補とするかは儀式の結果次第ということで良いか?」

「はい。異論ありません」

 叔父に異論などあるはずがない。自分の息子が、後継者になる可能性などなかった息子が、後継者候補となれるのだ。儀式の結果次第で候補で終わってしまう可能性もあるが、それでも可能性がないよりは良い。
 後日、城=ルークの一族から後継者候補変更の届け出が国に提出された。新たな後継者候補が特別士官学校への入学資格を得る為に必要な届け出だ。これでルークの弟と叔父の息子は特別士官学校、各一族の後継者候補と指揮官候補、運良くかたまたま持って生まれた才能により霊力の強い守護霊を宿せた若者だけが入学できる学校に通うことになる。ルークには関係のない話だ。

「……間に合うだろうか?」

「時間の余裕はあります。不戦条約が信用できるものと見極める期間が必要なはずですから」

「信用など出来ない。何代、戦い続けていると思っているのだ?」

「それではお互いに戦争をしている場合ではないと判断した時。探り合いになりますか。さきに動くのは我が国か、向こうか。どちらにしても、時の経過は我が一族にとって悪いことではありません」

 間もなく、長年に渡って戦争を続けて来た隣国との不戦条約が結ばれる。奇跡的に時期を同じくして、両国にその必要が出てきたからだ。だからといって平和が訪れるわけではない。新たな戦いが始まるのだ。
 それもまた次の戦いの為のもの。平和の日が訪れる気配など、まったくないのだ。

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