月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

霊魔血戦 第2話 霊にも運不運があるのだろうか?

異世界ファンタジー 霊魔血戦

 昏睡状態からなんとか意識を取り戻した僕、ではないルーク。本当の僕は死んでしまったのだから「なんとか意識を取り戻した」という表現はおかしいのだけど、周りから見れば、そういうことになる。ただ、まだまだ安心出来る状態ではない。これは僕ではないルークにとってもそう。一度死んだルークだけど、肉体を取り戻したことで、二度目の死を迎える可能性が生まれた。それもそう遠くない時期に。

(これは誤算だったな)

(ごめん。僕にもっと力があれば良かったのに)

 五年間、昏睡状態で生きていた。これがそもそも異常だ。食事は、限りなく、ただのお湯に近いお粥を口から流し込んでもらっていたけど、摂取出来ていたのはそれだけ。僕の体はやせ細って骨と皮だけになっている。明日、死んでもおかしくない状態だ。

(力の問題なのかは分からない。もしかすると寝たきりだったから生きていられたのかもしれない)

 そんな状態で生きていられたのは僕ではないルークが、霊力を送ってくれていたから。だけど今の僕の力では、足りない様子なのだ。それが僕の力不足のせいなのか、僕ではないルークがこれまで以上に力を必要とするようになったからなのかは分からない。僕としては後者であって欲しいけど、そうであっても僕の気持ちがわずかに楽になるだけ。事態の解決にはならない。

(とにかく、自分で栄養を補給するしかない。食べることは出来るのだから、状況はいずれ改善するはずだ)

(そうだと良いけど)

 自分で食事が出来る、といっても完全ではない。ほとんど使うことのなかった体の中も弱ってしまっているようで、普通の食事は受け付けないようだ。結局は「限りなくただのお湯に近い」から、少しお粥に近づいた液体を口にするしかなく、それで本当に回復するのか僕には疑問だった。

(ちゃんと体のことを気にして、食事を用意してくれている。それに疑問を持つのは良くない。いや、五年間もそうしてくれていたのだ。きちんと御礼を言うべきだな)

(どうやって?)

 確かに僕ではないルークの言う通りだと思うけど、僕には御礼を伝える方法がない。相手が「お化けだ」と驚かないでいてくれるのであれば、可能性はあるけど。

(……そうだな。俺が代わりに伝えておこう)

(よろしく)

 なんとか栄養を採って、体を回復させること、これが当面の僕ではないルークがやること。これ以外に出来ることがないのだ。では、僕は何をするのか、となると調べものだと思うのだけど。

(行動を起こす前に教えておくことがある。多分、ルーが知らないことだ)

(何?)

(この家は普通ではない。ルーが寝たきりだった五年間、色々と見てきて、それが分かった)

(普通じゃないって、どういうこと?)

 確かに僕が知らないこと。大病を患う前の僕は、自分の家が変わっているなんて思ったことがなかった。当時の記憶を探ってみても、おかしいと思うようなことはない。

(まずはこの国のことだ。この国の軍事力は、全てではないが、霊力に頼っている。霊力についてはもう教えたな? 霊的な存在になった者が持つ力だ)

(霊力を戦争に……)

 霊力については教わっている。僕ではないルークは、その霊力を使って僕を延命していたと聞いている。でも僕の命を守っていた霊力を、人を殺す為の軍事力にどう使うのかについては、僕には想像出来なかった。

(霊力は人を守る力にも殺す力にもなる。これについては俺も詳しいことは説明出来ないが、いずれ知る時が来ると思っている。ルーの家はどうやら、その霊力を使って戦う軍人の家系みたいだからな)

(えっ?)

 初めて知る事実。ただ、いきなり、なんだか良く分からない軍人の家系だと教えられても、正直、理解しきれない。

(この国には、いくつか霊力使いを生む家系がある。ルーの家はその一つだと思う)

(……どうして、そう思うの?)

 何故、僕ではないルークがそう思ったのか。僕には自分の両親がそういう存在だという記憶がない。普通の人だと思っていたのだ。

(何度も霊に後を追われた。かなり、しつこい追跡だ。普通の霊がそんなことをするとは思えない)

(……絶対しないとは言えないよね?)

 霊が別の霊の後をつける。そんな話は聞いたことがない。でも、聞いたことがないからといって、あり得ないとは言えない。僕が知らないことなんて、世の中には山ほどあるはずだ。すでに僕はそれを知らされている。守護霊という存在もそのひとつなのだ。

(確かに。だが、あとを追ってくる霊がいるのは間違いない。警戒は必要だ)

(警戒と言われても……)

 何をどう警戒すれば良いのか、僕には分からない。

(身を隠す方法を身につけろ。これは後を付けられることだけを警戒しているのではない。城の中もかなり警戒が厳しいからな)

(霊が身を隠す……それ、必要?)

(必要だから言っている。存在を知られるとどうなるのかは俺も知らない。だが、城に忍び込んだ者を何もなく帰すとは思えない)

(そんな危険な真似をしてたの?)

 城内の書物を調べろと、僕ではないルークは軽く言った、少なくとも僕はそう受け取った。でも、そういうことではなかった。城に忍び込むということなのだ。生きている人であれば厳罰。死刑でもおかしくないかもしれない。では霊の場合はどうなのか。答えは知らないけど、楽観的にはなれない。

(危険も何も、俺は死んでいる。でもお前はそうじゃない。今は死んでいても、いつかは生き返る身だ)

 僕ではないルークにとっては危険ではないことも、僕にとってはそうではない。納得出来る説明ではあるけど、心に引っかかるものもある。僕ではないルークは、自分自身の命を軽く考えている。死んでいるからということで、そんな風に割り切れるのだろうかと僕は思う。僕ではないルークは、こうして意思を通じ合うことが出来る存在なのだ。

(話を戻そう。この家には霊を動かせる人物がいる。その人物が誰かは分からないが、そういう力を持つ人が一般人であるはずがない。さっき教えた通り、この国では貴重な戦力だからな)

(……たまたまということはないの?)

 僕は自分の家が特殊な軍人の家系であって欲しくない。普通の家、という表現は合わない裕福な家なのだろうけど、であって欲しい。

(たまたま同じ家に二人以上、霊を宿せる人がいる? この国にはそんなに多く霊力を使える人がいるのか? これは調べてみないと分からないか。ただ、俺はそうではないと思っている)

(結局、調べるのか……)

 分からないことは調べる。そしてその調べる役目は僕のものだ。話が回っている。必要な知識を持たない僕のせいだろうけど。

(仮に俺の考えている通りであるとすれば、城に忍び込むなんて真似を許してくれるはずがない。普通の家でもそうか……とにかく、密かに動くことが必要だ)

(だから身を隠す方法を身につけなければならない。これは分かったけど、どうやって?)

 霊が身を隠す。それがどういうことか想像も出来ないけど、必要であることは分かった。

(……城で見つけた方法を使って。それを教えるけど、絶対に秘密だからな。城に忍び込んで情報を盗んだことがばれてしまう)

(誰にも話せないよ)

 僕は霊だ。教えたくても教えられない。話が出来るのは僕ではないルークしかしないのだから。

(使っているところを見られるなってこと。同じ霊が相手であれば、きっと知られる。霊に知られれば、その使い手にも情報が伝わる)

 という僕の考えは間違いだった。同じ霊。まだ会ったことがないからどういう人か分からないけど、確かに霊同士であれば話が出来るかもしれない。それが可愛い女の子だったら、自分から話しかけたい。

(おっさんだ)

(えっ?)

(考えがダダ洩れ。身を隠すだけでなく、心を隠す術も身につけろ。こういう内容だと、知った俺も恥ずかしくなる)

 その点、僕ではないルークは上手く制御出来ている。僕には彼が伝えたいことしか伝わってこない。どうやったら上手く出来るのかを聞いてみたけど、慣れだと言われた。そうであれば僕も慣れるしかない。

(分かった。気をつける)

(W!r%M%#$n&k&r&m&M#n#M!t&#t%Y!m#n#Y&k%n)

(……はっ?)

 いきなり僕の頭に、物理的な頭はないけど、流れ込んできた記号の羅列。まったく理解出来ないそれに、僕は混乱してしまった。

(どうだ? 理解出来たか?)

(……出来るはずないよね? 何、今の?)

(身を隠す方法。今のを呟いてみろ)

(いや、無理だから)

 呟けと言われても、それは無理。頭に流れ込んできたそれを言葉にすることなど僕には出来ない。

(無理なのか? 頭に思い浮かべることは?)

(……出来そうだけど)

 意味不明な記号を思い浮かべることは出来る。それが僕には不思議だった。

(思い浮かべることは出来ても、言葉に出来ないということか?)

(言葉にって……これ言葉なの?)

 僕ではないルークが何を言いたいのか、僕にはさっぱり分からない。僕にとっては意味不明な記号の羅列が、僕ではないルークにとってはそうではないのか。だとすれば、それはどうしてなのか。やっぱり、僕には分からない。

(言葉として捉えられていない……どうしてだろう?)

 僕ではないルークも分かっていないようだ。

(隠れる方法はないってこと?)

 何をさせたいのか良くわからないけど、このまま上手く行かなければ、僕は隠れることが出来ない。隠れることが出来なければ、調べものも出来ない。僕たちの計画はいきなり躓くことになる。つまり、僕は生き返ることが出来ないということだ。

(……仕方がないか。これは言葉として理解出来るか? 『我、冥王の衣を身にまといて、闇に溶けん』)

(出来る。今のを呟けば良いの?)

(とりあえずは)

 とりあえず、というのはどういうことなのか。浮かんだ疑問を問いにすることは止めておいた。とりあえず、やってみるしかない。僕には他に選択はないのだから。

(我、冥王の衣をまといて、闇に溶けん)

 伝えられた言葉を一言一句間違えないで、頭に浮かべる。一度聞いただけで、これが出来るのだとすれば、とても便利だ。僕ではないルークが天才であれば、僕も天才になれる。彼の知識をそのまま覚えるだけなので、天才と表現するのは違うと思うけど、周りにはそう思われるに違いない。

(…………霊ではなくなった俺には、はっきりとは分からないけど、おそらく失敗だな)

(ええ……)

(ま、まあ、いきなり全てが上手く行くと考えるほうが間違いだ。何度も試してみれば良いさ)

 これについては、僕ではないルークも感情を隠しきれていない。僕を慰めるために適当なことを言っているのだということが分かる。上手くいかないのは残念だけど、彼のこの優しさは嬉しい。素直に受け取っておくことにした。

(……誰か来た?)

(へえ。そういうの感じ取れるのか?)

(そういえばそうだね)

 人の気配を感じた。そんな感覚は生きている時の僕にはなかった。もしかするとあったのかもしれないけど、子供の僕は分かっていなかった。それが今ははっきりと感じられる。間違いなく、扉の外に誰かがいる。

(……御礼を言うべき人だけど、油断ならない人でもあるかもしれないな)

(どういうこと?)

 どうやら僕ではないルークには、扉の外にいる人が誰か分かっているみたいだ。そうだとすれば僕以上の感覚。元が霊だと気配に敏感になれるのか、それとも元々彼はそういう人なのか。

 

 

「失礼します!」

 扉の外から女性の声が聞こえてきた。それで僕にも相手が誰だか分かった。昏睡状態の僕の面倒を見てくれていた侍女のミアさんだ。いつからかは知らない。意識を失う前にはいなかったのは間違いない。働いていれば絶対に記憶に残っているはずの、綺麗な人なのだ。僕個人としては、彼女のような冷たさを感じさせる美人よりも、心を温かくしてくれるような可愛らしい人が好みだけど。

(あっ……)

(ルーの好みは知っている。ふわふわ金髪で、少し舌足らずなところも可愛い女の子だ)

 その通り。僕の好みは初恋の女の子のまま、変わっていない。ずっと昏睡状態だったのだから、それも当然だけど。

(……話は後にしよう。少し離れた場所で、静かにしていてもらえるか? ルーと彼女を同時に相手するのに、まだ慣れていない)

(……分かった)

 僕と意思を通じながら、ミアさんと話す。これが難しいらしい。一番は言葉遣い。ミアさんと話す時、僕ではないルークは僕の口調を真似している。何故そんな真似をするのか聞いてみたけど理由は「この先、そうであるほうが良いかもしれない」という漠然としたものだった。自分の真似をされているのは少し恥ずかしいが、僕ではないルークがそうしたほうが良いと考えているなら、僕もそれで良い。知識も経験も、明らかに僕よりも上なのだから。
 言われた通り、部屋の隅に移動して、黙って、という表現も正しくないのだろうけど、様子を見ていることにした。慣れた手つきで僕ではないルークの服を脱がせていくミアさん。貧相な体が露わになる。それが自分の体だと思うと少し、どころかかなり恥ずかしい。貧相な下半身も丸見えなのだ。
 ミアさんはタオルでその体を拭いていく。タオルを持つ手が下半身に移った時には、少しドキドキしたが、別に何がどうなるわけではない。そもそも何故、ドキドキするのかも僕は良く分かっていないのだ。

「お食事は召し上がられますか?」

「……もらう」

 体を拭き終えたあとは食事。スプーンにすくったお粥を、ミアさんは僕ではないルークの口に運ぶ。僕ではないルークが咳き込んだりしないように気を付けながら、ゆっくりと。時間のかかる仕事。これを五年間ずっと続けてきてくれていたのだとすれば、確かにミアさんに感謝するべきだ。僕には伝える方法がないけど。

「……ありがとう」

「えっ……?」

「ありがとうの一言では全然足りないと思うけど、今の僕には言葉しか送れないから」

 僕が出来ないことを僕ではないルークが行ってくれた。

「……仕事ですから」

「仕事であっても君には感謝を伝えるべき。僕はこう思う」

「……はい、お気持ちはありがたく受け取りました。お疲れになりますから、これ以上はお話になられないほうがよろしいと思います」

「君がそういうなら」

 こう言って僕ではないルークは目をつむった。その彼の顔をじっと見ているミアさん。その少し緩んだ雰囲気の表情を見ると、これまで彼女に感じていた冷たい印象が一気に薄れた。これで僕の体がもっと大人で、骨と皮だけの貧相なものでなければ、もっと良い雰囲気になるかもしれないのにとも思う。瀕死の自分を親身になって面倒みてくれた女性に恋するなんて、ありがち……という知識はどこからきたものか分からないけど。
 そういう経験が出来るのは肉体があってこそ、生きていてこそ。自分の体に戻りたい。死んでから初めて、強い想いを持った。自分は死んでいるという実感が生まれたのだ。
 今の自分はどのような姿をしているのだろう。無色透明。それともぼんやりとだが、輪郭が見えるのだろうか。目の前の強面のお爺さんのように……

(……ル、ルーク)

(……もう少しで侍女はいなくなる。それまでの我慢だ)

(こ、この、お爺さんもいなくなる?)

 ミアさんと一緒にお爺さんも消えていなくなってくれるのか。そうはならないと分かっているけど、自分では否定したくない。

(はっ?)

(僕の目の前にお爺さんがいる、僕をじっと睨んでいる)

(……しまった)

 僕ではないルークの動揺が伝わってくる。僕が考えている以上の問題が起きたのだと、それで分かった。どのような問題か、僕には分からないけど。

(ルー、かなりヤバい状況かもしれない)

(そう……)

 気が付いたら死んでいた。なんとかして元に戻ると決めて、前向きに行こうと思ったら、僕の体は二度目の死を迎えそうになっていた。その上で、さらに、なんだか分からないけど「ヤバい状況」。
 とにかく死後の僕は、とても運が悪いようだ。

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