月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第97話 残された者たち

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 ディアークの声は反乱側を大いに動揺させた。ディアークはまだ健在。もしこのまま彼を逃がしてしまうようなことになったら、反乱は失敗だ。オトフリートは反逆者となり、後継者の資格を失う。そうなれば、今は彼に従っている王国騎士団もディアークの側に付く。状況が分からずに動きが取れないでいる者たちも反乱制圧に動き出すかもしれない。なんとしてもディアークを討ち取る。そうせざるを得なくなった反乱側の主力は城に戻ることになった。
 これはディアークの思惑通り。反乱側にとっての重要目標をまた自分自身に戻すことで、シュバルツが、他の仲間たちが王都を脱出するのを助けようと考えたのだ。

「……トゥナ殿。あれは陛下の最後のご厚意だと思います」

 本当にまだ戦う力が残っているのであれば、自分の所在を明らかにするはずがない。ルーカスはこう思っている。

「分かっているわ。でも……ルイーサはそう受け取れるかしら?」

 トゥナも同じ考えだ。だが全員がディアークの意図を正しく受け取れるとはトゥナには思えない。特にルイーサは、ディアークがまだ生きていると知れば、なんとかして助けようと動くはずだ。

「……ルイーサ殿が決めることですから」

 すでにルイーサとルーカスたちは別の選択をしている。城内で別れた時点で、行く道を違えているのだ。そもそもルイーサが今も無事であるかも分からない。

「それも分かっているわ。団長の声を聞いて、少し感傷的になっただけよ」

 トゥナは現実的な判断をした。ディアークを助けに行くことは不可能と考えて、ルーカスと共に逃げる選択を行ったのだ。だが、ディアークの声を聞いてしまうと、感情的な思いが湧いてきてしまう。無駄だと分かっていても、ディアークの為に何かをしたいと思ってしまう。

「行きましょう。この下の地下道を抜ければ、もう王都の外です」

 ルーカスはその思いを、実際の行動に結びつけたくない。彼はトゥナを助けたいのだ。

「……こんな抜け道もあったのね?」

「陛下が即位後、王都の調査を行った時に見つけました。この場所については陛下と私しか知らないはずです」

 王都シャインフォハンには隠し通路がいくつかある。シャインフォハンが特別なのではない。万一の事態が起き、王族が逃げ出すことが必要になった時の為に用意されているもので、数の多い少ないはあっても王城がある街のほとんどで存在するものだ。シャインフォハンのそれも、ほとんどはディアークが作ったものではない。ディアーク自身、どれくらいの数があるかを知らない。全てを見つけられたとは思っていないのだ。

「先々代も用心深かったのね?」

 トゥナもその一つを知っている。先々代の王がアルカナ傭兵団に使用を許可したものだ。先々代とアルカナ傭兵団は、その次の王とは異なり、信頼で結ばれていたと思っていたが、隠すべきものは隠していたことをトゥナは知った。

「さあ、行きましょう」

 会話しながら地下通路への入口を開けたルーカス。灯りのない部屋よりもさらに深い闇の中に二人は降りて行った。

 

 

◆◆◆

 ディアークと別れたジギワルドとオティリエも隠し通路を使って逃げ出している。王都外に出られるものではない。城内から抜け出すまでのものだ。これはディアークが作らせたもので、城の新館と呼ばれている場所からアルカナ傭兵団本部に通じている。遠くまで行けるものではないが、反乱勢力の包囲を突破するには十分。近衛騎士団を中心とした反乱勢力は当初、城内だけで決着させるつもりだった。城の外はかなり手薄だったのだ。
 それに本部には味方もいた、ジギワルドの従士の何人かは、実家に戻ることなく王都に残っていた。任務もなく、店も開いていないこの時期の従士たちの行き場は、傭兵団本部くらいしかない。鍛錬をしたり、他の従士と談笑したりで過ごしているのだ。
 反乱側についた上級騎士の従士がいる可能性もあったが、それは無用な心配だった。反乱側の上級騎士に仕えていて、かつ、反乱に協力する意思のある従士は、傭兵団本部で暇つぶしなどしていない。城内での戦いに駆り出されていたのだ。
 それを確認出来たところで、ジギワルドはその場にいた従士全員に指示を出した。自宅で待機している者がいれば、その人間も呼び出して、王都脱出の準備を始めた。
 じっくりと時間をかけている余裕はない。可能な限り多くの馬を揃え、食堂にわずかに残っていた食料をかき集め、王都内での反乱勢力の動きをざっくりと確認したところで傭兵団本部を飛び出し、街に出る。向かう先は東門。特別な理由はない。正門に向かう通りを進むよりは人目につきにくいだろうと考えただけだ。
 途中途中で従士たちは民家に立ち寄り、事情を話して食料を調達。そのせいで東門側の国民は、早い段階で反乱の発生を知ることになったが、行動は変わらない。逃げる準備をして待つだけだ。ジギワルドも多くの民を引き連れての脱出など出来ないのだ。
 いよいよ東門が近づき、反乱勢力が待ち受けているのを想定して、ジギワルドたちは戦闘体勢に入る。

「……ヴォルフリック殿の様子を調べるべきではありませんか?」

 東門に敵がいるとして、その数も質も分からない。複数人の上級騎士が待ち構えている可能性もある。ファルクは脱出を成功させる為に、シュバルツと合流するべきだと考えた。

「合流出来たほうが良いとは思う。でも、すでに討たれていたり、逃げ出していれば、時間を無駄に使うことになる」

 まだ手薄なうちに東門を突破するべき。ジギワルドはこう考えている。反乱勢力の数はそれほど多くない。城内の状況からこう考えているのだ。

「……分かりました。では、もう少し近づきましょう」

 ジギワルドの考えも間違いではない。実際にここまで反乱勢力と遭遇することはなかった。どちらを選択するべきかは、実際に東門の状況を見てから判断したほうが良いとファルクは考えた。
 慎重に前に進むジギワルドたち。敵に先に気づかれてしまっては、このまま突破するしかなくなる。それで敵が強大であれば、脱出は失敗に終わってしまうかもしれない。

「いた!」

「しまった」

 だが、ジギワルドたちが望む形にはならなかった。後方に部隊が現れたのだ。慌てて迎撃態勢を取ろうとするジギワルドたち。だが彼らは寄せ集めだ。所属が違うので、統一した動きが出来ない。
 それを見たジギワルドは、一歩前に出る。自分が敵を食い止める。そう考えたのだ。

「落ち着いてください! 我々は敵ではありません!」

  こう叫びながら相手方から一人の騎士が進み出て来た。両手を上にあげて、戦闘の意思がないことを示しながら。

「……油断なさらないように。私が話を聞きます」

 敵の罠であることを考えて、ファルクは自分が相手をすることにした。ゆっくりと、ファルクのほうはいつでも剣を抜ける体勢で、前に進み出る。

「私は王国騎士団所属第一大隊長のバルドゥールだ。後ろにいるのはジギワルド様で間違いないか?」

「……そうだとしたら?」

「同行を許されたい。東門は私の大隊が守っている。安全な通過を約束する」

「……それは誰の命令ですか?」

 バルドゥール大隊長の申し出が真実であれば、これほどありがたいことはない。だが、罠であれば。この可能性をファルクは考えないわけにはいかない。

「ある方としか言えない。この事実が反乱勢力に知られれば、その方の身に危機が及ぶことになる」

「……失礼な言い方ですが、ご容赦ください。そのある方は、ジギワルド様とオトフリートを天秤にかけているのではないですか?」

「その通りだ。今は状況が混とんとしている。王国騎士団として誰に仕えるべきかの判断が出来ない」

 バルドゥール大隊長はあっさりとファルクの指摘を認めた。隠すことではない。恥じることとも思っていない。王国騎士団はノートメアシュトラーセ国王に仕える。どちらが次期国王になるか分からなければ、本来は完全中立でどちらとも距離を置きたいのだが、今はそれが許される状況ではないのだ。

「……ジギワルド様に相談してきます」

「裏切りをお疑いだと思うが、王国騎士団全体が反乱側に与していたとしたら、私はここに来ていない。オトフリート様を次期国王と認めたということで、その場合、ジギワルド様に逆転の目はあるだろうか?」

「……それも含めて相談してきます」

 バルドゥール大隊長の言う通り、近衛騎士団だけでなく王国騎士団もオトフリートを支持するとなれば、それで大勢は決したも同じ。アルカナ傭兵団も割れているのだ。対抗できるだけの軍事力をジギワルドは持てない。
 リスクはあるがバルドゥール大隊長の申し出を受け入れるしかない。そう考えながらファルクがジギワルドのところに戻ろうとした時だった。

「……陛下」

 ディアークの声が王都に響き渡った。

「……オトフリート様は叛徒となりました。この先、これがどのように影響するかは私には分かりませんが」

「そうですね」

 ディアークがオトフリートを叛徒としたとしても、それでジギワルドの勝利が決まったわけではない。ディアークが無事でいれば勝ちと言えるが、そうならなければどうなのか。結局は力。国王に相応しい力を持つのはどちらかだ。ディアーク自身が反乱によって国王になったのだ。反乱行為を否定することに意味はない。
 ジギワルドには力が必要だ。バルドゥール大隊長が持つ力を自分のものにすることを決めた。王国騎士団第一大隊と共に、王都を去ることになる。

 

 

◆◆◆

 王都の夜空に響き渡ったディアークの声は、シュバルツたちの耳にも届いている。その全てを聞くことが出来たのは、エマだけであるが。

「シュッツ……」

「……あれで邪魔するやつが少しでも減れば良いけどな」

「そうね」

 シュバルツはディアークの意図を正確に理解している。正しく受けとらなくても行動は変わらない。王都脱出は反乱が起きたと知った段階で決めたこと。ディアークが無事かどうかに関係なく決めたことなのだ。

「どうやら最後の関門だ」

 進行方向に正門が見えて来た。そこを守る王国騎士団の軍勢も。一目見ただけで、これまでの相手とは数も備えも違うことが分かる。それを認識した仲間たちに緊張が広がっていく。

「……ブランド!」

 呼ぶと同時に馬上から飛び上がるシュバルツ。その行動に驚くクローヴィスやセーレン、ボリスとは異なり、ブランドは冷静に対処してみせた。彼自身も自分の馬を離れ、シュバルツが乗っていた馬に飛び移ったのだ。ブランドと馬を替え、集団の前に出ていくシュバルツ。

「ボリス!」

 続いて名を呼ばれたのはボリス。これには名を呼ばれたボリスは反応出来る。名前を呼ばれる理由は一つしかないのだ。陣形を組む王国騎士団に向かって、投爆弾を投げるボリス。

「惜しむ必要はない! これが最後だ!」

「は、はい!」

 指示された通り、残りの全てをこの場で使うつもりで投爆弾を投げ続けるボリス。幾筋もの炎がそれに続いていく。

「ぐ、愚者だぁああああっ!」

 突撃を仕掛けてきたのがシュバルツたちだと知って、王国騎士団から叫び声があがる。指揮官はまだしも、末端の騎士は火薬兵器の攻撃を受けると分かっていて、冷静ではいられなかった。

「盾構えっ!!」

 指揮官はあらかじめ定められていた指示を出す。盾を揃えて、少しでも爆発の威力を押さえようという作戦だ。命令に対しては、すぐに反応するように末端の騎士たちも鍛えられている。盾を揃えて、陣形を整えたまま、後退する軍勢。盾の前で爆発させなければ意味がない。その為の後退だ。
 シュバルツと戦うことは出動時点で決まっていた。王国騎士団もそれなりの備えをしていたのだ。

「邪魔だ! 吹っ飛べぇええええっ!!」

 だがシュバルツの攻撃は想定外のものだった。単騎で突撃してきたシュバルツ。その前面にいた騎士の一人が後ろに吹き飛んだのだ。

「隊列を整えろ! 急げ!」

 出来てしまった盾の隙間を埋めるように指示を出す指揮官。だが、それだけではシュバルツの攻撃は防ぎきれない。盾のはるか上から襲い掛かってくる炎に焼かれる騎士。隙間を埋めるどころか、広がるばかりだ。
 それに焦る王国騎士団に向かって、地を這う炎が伸びていく。それに気が付いた時には遅かった。陣形の真ん中で炎が吹き上がり、爆風が広がっていく。

「陣形を固めろ! 炎の侵入を許すな!」

 言われなくても許したくない。それで吹き飛ぶのは自分たちなのだ。だが、シュバルツの攻撃は止まらない。盾は宙を舞い、炎が駆け巡る。夜空に吹き上がる炎、人の体が宙に飛ぶ。

「……怒ってるね?」

「そうね。かなり怒っているみたい」

「加勢のタイミングが見つからない」

 いつまでもシュバルツ一人で戦わせておくわけにはいかない。そう思っているのだが介入のタイミングをブランドは見極められないでいた。それだけシュバルツの攻撃は激しいのだ。

「お兄ちゃんが見つけてくれるわ」

「そっか……僕は参加できるのかな? あとでシュバルツに怒らせそうだな」

 ブランドはエマを同じ馬に乗せている。馬を扱えないエマを一人残して、戦いに参加するような真似をすれば、あとでシュバルツは間違いなく怒る。それをブランドは分かっている。

「私は大丈夫」

「エマがどうかではなく、シュバルツがどう思うかだから。過保護だからね。今日は仕方がないけどエマも馬に乗れるようにしたほうが良いね?」

「私には無理だわ」

 目が見えない自分が馬に乗れるはずがない。そう諦めているエマは、まったく乗る練習をしてこなかったのだ。練習することさえ、周りに迷惑だと思っている。

「大丈夫。馬に乗れるようになって分かったけど、かなり利口なんだ。危険があれば勝手に避けてくれる。エマは乗っていられるだけで良い」

「私は逃げる為だけの馬は嫌だわ」

「出た……じゃあ、エマと気の合う馬を探さないとだね。仲良くなればエマの思う通りに動いてくれると思う……多分」

 気が強いエマはただ危険を避けているだけでは納得しない。自分も危険に身をさらし、助けられるのではなく助ける自分でいたいのだ。そんなエマの考えをブランドもよく知っている。乗せる馬を見つけるのが大変そうだ、と思うだけだ。
 こんな呑気と言える会話をしているエマとブランド。シュバルツに攻めまくられている王国騎士団にはそんな余裕はない。

「何だ……何なのだ!? あの戦い方は! あれではまるで……!」

 陣形を維持できなくなって戦いは乱戦模様。その乱戦の中で、さらにシュバルツの攻撃は激しくなった。龍が飛ぶがごとく空を駆け巡る炎。あちこちで地に転がっていた火薬が炎を吹き上げる。
 距離を取っていては、為す術なく犠牲者が増えるだけ。では近接戦闘を挑もうとしても、近づくことも出来ない。シュバルツが放つ何かに吹き飛ばされてしまう。その力はまるでディアークの覇圧。それを目の当たりにした王国騎士団長は、大いに動揺している。

「……まさか……まさか……まさか、なのか?」

 ディアークの力をその身に宿すシュバルツは何者なのか。王国騎士団長はひとつの可能性にたどり着く。それを示すものは何もない。目の前で驚くべき戦闘能力を見せつけているシュバルツ本人以外は。

「……誤ったのか……いや、まだだ。だが……誰を……?」

 正門を守っているのは王国騎士団長の直卒部隊。信頼出来る大隊長は皆、部隊と共に他の門に回している。ジギワルドを発見した場合は、その麾下に入れと伝えて。では直卒部隊の中から誰かを、と考えてみたが、それでは自分が疑われる。ある程度、独立した立場の大隊長が自らの意思で離反した。これがギリギリのところだと考えていたのだ。

「……失敗を完璧に取り戻そうとしても無理か。エルウィーン!」

「はい! 何か御用でしょうか?」

 王国騎士団長が呼んだのは身の回りの世話をする見習い従士。まだ従士とも認められていない立場だ。

「……お前、愚者をどう思う? 前と変わりないか?」

「えっ……それは、その……」

 彼にとってシュバルツは憧れの存在。三団対抗戦での圧倒的な強さを見て、ディアークに挑んだ戦いを見て、憧れの存在になったのだ。それを普段の雑談の中で、王国騎士団は聞いていた。

「今、戦っている相手だからといって気を使う必要はない。敵であっても見習うべき点や尊敬すべき点はある」

「……やはり、凄いと思います。以前、見た時よりもさらに強くて……その……憧れています」

「では付いていけ」

「はい?」

 王国騎士団の言葉の意味がエルウィーンは理解出来なかった。それはそうだろう。唐突すぎる。

「愚者を止めることは出来ない。だからお前は逃げる愚者の後についていけ。絶対に離れるな。ずっと行動を共にするのだ」

「……王国騎士団は?」

「機会があれば戻れる。その機会がいつ訪れるかは分からない」

 つまり、戻れない可能性もある。シュバルツがノートメアシュトラーセ王国に戻ってこない限り、機会はないので、戻れない可能性のほうが高い。まったく関わり合いを持つ必要がなくなれば戻る選択肢も生まれるが、それもいつかは分からない。

「……分かりました」

 無茶ぶりとも言える命令をエルウィーンは受け入れた。こういう人物だから王国騎士団長も選んだのだ。いなくなっても、死体がなくても誰も気にしない立場で、シュバルツに憧れを持ち、無理な命令でも受け入れる人物など、他にいない。

「ではこれを渡しておく。すぐに動けるように備えろ」

 懐にある全ての金、戦場にいるのでたいした金額ではないが、をエルウィーンに渡す。

「後退! これ以上の犠牲を出すな! 後退しろ!」

 部隊に後退、というより撤退の命令を出す王国騎士団長。次の犠牲者は自分かもしれないと思って戦っていた騎士たちにとって、ありがたい命令。速やかに行動に移された。
 王国騎士団が距離をとったのを確認して、一気に正門を抜けていくシュバルツたち。そのあとをエルウィーンも追っていく。彼を送り込んだことに意味があるのかは、王国騎士団長にも分からない。今の時点で分かるはずがない。本当の動乱はこれから始まるのだ。

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