月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第96話 最後の時に見る夢は

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 城外にも異常事態が起きていることが伝わり始めている。王国騎士団が完全武装で、門に向かって駆け出していけば、何かが起きたことなど誰にでも分かる。だが、何かが起きていることは分かっても、一般の人々には何をどうすれば良いかなど分からない。せいぜい事情が分かった時にすぐにでも逃げ出せるように荷物をまとめておくくらいだ。異変に気づいた多くの人がそれを始めている。それが終われば、あとは城からの指示待ちとなるのだが、それが届くことはない。反乱側とすれば、国民には何が起きたのかを知られたくない。ディアークが病死したので、オトフリートが跡を継いだ、ということにしたいのだ。今となっては、かなり実現が難しい望みだ。

「誰か来た」

「クローヴィスか?」

 エマが何者かが近づいてきていることを告げて来た。一番可能性があるのはここで待ち合わせをしているクローヴィス。そうであって欲しいという思いがシュバルツたちにはある。

「……分からない。もしかして怪我をしているのかも?」

 良く知っている相手であれば、エマは足音で誰かを聞き分けられる。だが、今、聞こえてくる足音はエマが知るクローヴィスのものではなかった。地面を引きずるような音が聞こえているのだ。

「敵に遭遇したのか……? 足音は一人?」

 クローヴィスは母親を迎えに行っている。無事に合流出来ていれば、集合場所には二人で来るはずだ。

「一人……逃げているのは」

「追われているのか?」

 近づいてきているのは一人。味方だとしてもクローヴィスか、その母親のどちらか片方。さらに敵に追われているとすれば、合流に失敗したことが予想される。

「多分。少し離れた位置に……数は分からない。静かに移動しているわ」

 小さな足音では、その違いを聞き分けられない。聞き分けられなければ、おおよその数も分からない。

「……付けられているかもしれないな」

 追っ手に急ぐ様子はない。怪我をしているからいつでも捕まえられる状態だとしても時間をかける必要はないはずだ。そうなると、わざと泳がせている可能性が高いとシュバルツは考えた。理由はある。愚者の従士であるクローヴィスが逃げる先にシュバルツたちがいる可能性は、容易に思いつけるものだ。

「どうする?」

 このままクローヴィスであろう人物がこの場所に来れば、敵にシュバルツたちの居場所が突き止められるかもしれない。その可能性を知って、ロートはシュバルツに判断を求めた。

「……このまま待つ。近づかれているのであれば、今、飛び出しても同じだ」

 追っ手はシュバルツたちが近くに潜んでいることを予想し、警戒しているはず。慌てて飛び出しても、不意を突くことにはならない。そうであれば、もっと良いタイミングを探るべきだとシュバルツは考えた。

「そうだな。準備だけはしておくか」

 クローヴィスがここにたどり着いたら、すぐに行動を起こせるようにロートは出発の準備を始めた。すでにほとんど終わっている。馬に負担をかけないように地面に置いておいた重めの荷物を、背に乗せるだけだ。
 それもすぐに終わる。力仕事となればボリスの出番。馬が背負える程度の重さは、ボリスにとってまったく負担にならない。

「……来る」

 このエマの呟きから、わずかに遅れて、クローヴィスが倒れこむようにして、建物の中に飛び込んできた。

「大丈夫か?」

「……大丈夫です」

「母親は?」

「母は……無事に逃げているはずです」

 実際にどうかはクローヴィスには分からない。時が経ち、父であるアーテルハイドが自分を逃がす為に嘘をついた可能性にも気が付いた。だが、気が付いたからといって、何が出来るわけではない。父の言葉を信じるしかないのだ。

「そうか……」

「詳細は後ほど。今は急いで逃げましょう」

 とにかく今はシュバルツを無事に逃がすこと。アーテルハイドの想いを引き継げと決めたからには、自分のことで危険を増大させるわけにはいかないとクローヴィスは考えている。

「ああ、分かっている。馬に乗れ」

「馬……はい」

 馬の存在に気づいていなかったクローヴィス。厩だとは聞いていたが、建物に入ってすぐの場所にいるとは予想していなかったのだ。言われた通りに、用意されていた馬に、ボリスの手も借りて、またがるクローヴィス。他の人たちも皆、騎乗していった。

「どうする?」

 またロートがシュバルツに判断を求めて来た。二度目であることも、その意味もクローヴィスには分からない。すぐに逃げる以外の選択をクローヴィスは知らないのだ。

「……待ったとしても短い時間だろ?」

 シュバルツは自分の前にエマを乗せている。ロートに答えるのではなく、その彼女に問いを向けた。

「多分……数秒後ね」

 このシュバルツとエマの会話もクローヴィスには分からない。数秒後に何が起きるのか。それを考える時間は、エマの言う通り、数秒だった。建物の外から聞こえて来た爆発音。敵であろう者たちの叫び声が聞こえてきた。

「成功……いくぞ」

 ゆっくりと正面の壁に向かって馬を進ませるシュバルツ。腕を伸ばして、持っている剣の柄の先で壁を押すと、それはゆっくりと倒れていった。壁を固定する留め具を外せば、簡単に倒れるように作ってあったのだ。

「駆けろ!」

 建物を飛び出していくシュバルツたち。クローヴィスは道を挟んだ反対側の建物が燃えているのを見た。その前で慌てているエアカードとその従士らしき者どもも。

「あの爺も敵だったな!? 憎たらしい奴だから戻って殺しておくか!?」

「どういうことですか!?」

 実際に戻ってエアカードを殺している余裕はないはず。シュバルツの言葉をクローヴィスは冗談として受け取った。それよりも気になるのは、何が爆発したかだ。シュバルツが炎を発した様子をクローヴィスは見ていないのだ。

「足にはまっていた魔道具と火薬を前の建物に置いといた! 魔道具を爆発させれば、それによって火薬も爆発……ああ、あの爺、便利だな! 殺すのではなく、捕まえてこようか!?」

「今は逃げる時です! それよりも! 魔道具を外せたのですか!?」

「……あいつが外した」

 クローヴィスの問いに対する答えを言うシュバルツの声が一気に小さくなる。聞かれたくない質問だったのだ。

「はい!? なんですか!?」

 だがそのシュバルツの気持ちはクローヴィスに通じない。馬が駆ける足音や風切り音がうるさくて聞こえなかったのだと思っている。

「皇帝が外した! 言っておくけど、あいつに外してもらわなくても、まったく問題なかったからな!」

 逃亡防止の魔道具はディアークによって外されていた。シュバルツを束縛する必要はなくなった。逃げる心配がなくなったということではなく、シュバルツはシュバルツのやりたいことをやらせようとディアークは決めたのだ。残るも去るもシュバルツの自由にさせようと考え、それを伝える意味で魔道具を外したのだ。

「陛下が……」

 ディアークはシュバルツの父。アーテルハイドから教えられたその事実に、クローヴィスの思考が引き付けられる。

「何か近づいてくる!」

 その思考を止めたのはエマの警告の声。

「何か?」

 エマらしくない曖昧な警告。それは聞き分け出来ない音が近づいているということ。その正体は何かとなると。

「おお! 弟シュバルツも無事だったか!」

 キーラを背に乗せて駆け寄って来た狼シュバルツだった。

「キーラさんこそ!」

「友達が助けてくれた……多くの友達が……私を逃がす為に……」

 アルカナ傭兵団の情報網の要であるキーラは、反乱側にとっても重要人物。オトフリートを担ぎ上げた反乱勢力の、全てではないが、目的はノートメアシュトラーセ王国だけでなくアルカナ傭兵団も、その持つ力も奪うこと。キーラは捕らえて味方にしたい一人で、早い段階から反乱側は部隊を送っていたのだ。
、味方にしたいという点ではシュバルツも同じだ。ただシュバルツの場合は危険視する者も多くいて、捕縛が困難であれば殺害もやむを得ない、という扱いになっている。

「そうか……ここからは俺たちと一緒に行動しよう! 街を出るまではまだまだ危険だからな!」

「そう思って追ってきたのだ!」

 キーラ本人の戦闘能力はかなり低い。多くの戦う力のある友達を失って、この先どうやって敵から逃げればよいのかと途方に暮れていたところにシュバルツもまた逃げているのを知って、気づいたのは狼シュバルツだが、追いかけてきたのだ。

「じゃあ、行こう!」

 キーラを加えたシュバルツたちは王都の南門、正門に向かって馬を、狼シュバルツは自分の足で、駆けさせていく。

「シュッツ! 右から二十!」

 その行く手を阻む敵が現れた。王都に展開している王国騎士団の部隊だ。

「ボリス!」

「はい!」

 名を呼ばれただけでボリスには自分が何をしなければならないか分かる。いくつかの戦い方を、事前に取り決めておいたのだ。馬の背にかけていた革袋から無造作に取り出したのは火薬兵器。それを、これも無造作に道を塞ごうとしている王国騎士団に向かって投げる。
 そのあとを追って、炎が宙に伸びていく。動揺する王国騎士団。この先に何が起こるか、彼らは知っているのだ。

「突っ込めえっ!!」

 馬の足を緩めることなく、突撃をかけるシュバルツたち。その彼らの目の前で爆炎が広がった。

 

 

◆◆◆

 王都の夜空に真っ赤な炎が吹き上がった。城の最上部、尖塔の上からは王都全体の様子が良く見える。炎が上がったのはこれで二度目。一度目との違いが、朦朧とする意識の中で、それを見ているディアークには分かった。
 二度目の炎は温かみを感じる炎。懐かしさを感じる炎。ミーナを感じさせてくれる炎なのだ。

(……派手に逃げてるな)

 その炎を顕現させているのはシュバルツ。彼以外にミーナを感じさせる炎を操れる人物はいない。ディアークとミーナの子供は彼一人なのだから。

(逃げる時はもっと静かに逃げるものだ。それではお前がそこにいると敵に知らせるだけではないか)

 血が流れた跡の残るディアークの口元が吊り上がる。文句を頭に浮かべているが、そんなシュバルツのやり方がディアークには愉快でたまらないのだ。

(……貴方の息子だもの)

(ミーナ……迎えに来てくれたのか?)

 懐かしい笑顔を向けて、目の前に立っているミーナ。死の時を迎えて、ミーナが自分を迎えに来てくれたのだとディアークは思った。

(迎えに来ないと、貴方はどこに行ってしまうか分からないから)

(何を言う。俺が戻る場所は、お前のところしかない。知っているだろ?)

(ええ、知っているわ。でも、貴方は寄り道が好きだから)

 わずかに首を傾けて、ディアークを睨むミーナ。そんな仕草もディアークに懐かしさを、愛おしさを感じさせてくれる。ディアークの記憶の中にいるミーナが目の前にいた。

(昔のことをいつまでも……)

 愛しているのはミーナだけ。これを広言していたディアークだが、では他の女性との間に何もなかったのかとなると、そうではない。ディアークはモテるのだ。そしてミーナは、やきもち焼きだった。それを思い出したディアークの顔に苦笑いが浮かぶ。

(私にとっては、ついこの間のことよ)

(そうだな……やっと会えた。正直もっと先のことだと思っていたが)

 死はもっと先のことだと思っていた。戦いの中に身を置く者として、覚悟は定めていたつもりだったが、国王になってからは死を実感するほどの危機を迎えることはなかった。それがまさか、こんな形で人生の終わりを迎えることになるとは思っていなかった。

(私も。再会する貴方はもっとお爺ちゃんだと思っていたわ。そうであって欲しかった。貴方には貴方の夢を叶えて欲しかった……私の分も)

(それは……あれに任せることにした)

 また爆発音が夜の王都に響いた。

(私たちの子?)

(そうだ。俺とお前の子だ。逞しく育っている。父親の俺が嫉妬してしまうくらいに優秀な息子だ)

(そう。育ててくれたギルベアト殿にお礼を言わないとね?)

(ああ、そうだな。ギルベアト殿にも会えるか……だが、その前にまだやることがあった)

 このまま死出の旅に向かうことをディアークは良しとしなかった。最後の最後に現世でやっておくべきことを思い出した。意識はまだ朦朧としている。体の感覚もない。それでもディアークは立ち上がる。わずかに残った命をふり絞って。

『……叛徒ども! 俺はまだ生きているぞ! アルカナ傭兵団団長! 皇帝ディアークはまだ生きている! 俺を殺したければここに来い! 殺せるものならな!!』

 今のディアークのどこにこんな力があるのか。この答えはない。彼の声は、力強い声は王都の空に、確かに響き渡った。多くの人々がその声を聞いたのだ。

「……あとは……あとは頼むぞ! 我が息子……シュ、シュバルツよ……」

 命の全てを燃やし尽くしたディアークは、その場に崩れ落ちていく。その顔には笑顔が浮かんでいた。

(ディアーク……)

(ミ、ミーナ……い、行こう……二人で……これからは……ずっと……)

 ディアークの体を抱きしめるミーナ。青白く輝く炎がディアークの体を焼いていく。現世に身の欠片ひとつも残すことなく、彼の全てを連れて行く。ミーナはヤキモチ焼きなのだ。
 ノートメアシュトラーセ王国の王、アルカナ傭兵団団長、皇帝ディアークの最後の時。それがどのようなものであったのか、知る者は誰もいない。