月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第79話 人をネタにして妄想するのは止めて欲しい

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 愚者の任務に関して、一部はまだ情報制限がかかっているが、そのおおよその内容は一般団員も知るところとなっている。もともと良くも悪くも目立っていて、その動向が注目されていたシュバルツ。その彼と愚者のメンバーの姿が一年以上、見られなかったのだ。何か特別な任務を行っていることは誰もが分かっていた。それでも、もたらされた情報は多くの人を驚愕させるもの。シュタインフルス王国で騒乱を引き起こしたことについては、ベルクムント王国の謀略をさらに大規模にしてやり返したようなものなので、驚きはあってもそれほど大きなものではないが、一万のベルクムント王国軍を撃退したという結果はそれとは比べものにならない巨大な戦果。にわかには信じられない人も少なくなかった。

「情報に誤りはない。ルイーサも同行していたそうだけど、愚者以外のメンバーは彼女だけ。父上がはっきりとそう言った」

 任務の結果を受けて、ただ驚いているだけでは終われない人たちもいる。ディアークの息子、ノートメアシュトラーセ王国の王子であり、アルカナ傭兵団の上級騎士であるジギワルドとその従士たちだ。

「具体的にはどのように戦ったのですか?」

 ジギワルドの報告を受けて、ファルクがより詳細な説明を求めてきた。ディアークが認めたのであれば、ベルクムント王国軍を撃退したというのは間違いのない事実。だがファルクには一万の大軍をジギワルドの太陽のメンバーだけで撃退する方法など、まったく思いつかない。

「離れた場所から敵の火薬兵器を爆発させたらしい。愚者でなければ出来ない作戦だ」

 ただディアークはジギワルドに全てを明かしていない。黒狼団が、その名を知らなくても何らかの勢力が、関わっていると推測できるような情報は隠しているのだ。

「火薬兵器ですか……」

 今現在、操炎の特殊能力を保有しているのはシュバルツだけ。ベルクムント王国の火薬兵器を逆用できる者は他にいないのだ。そうである以上、対ベルクムント王国戦においてシュバルツは、今後も飛びぬけた活躍をする可能性が高い。ジギワルドと太陽のメンバーはますます差をつけられてしまう。

「父上には我々にも任務を与えてくれるように頼んでおいた。ただ……」

 今回の愚者を超えるような活躍が出来る任務があるかとなると、それは難しいと思う。愚者が与えられた任務は、単独のチームが行うものとしては、これまでジギワルドが聞いたことのない大規模なものなのだ。

「他チームの反応について少し調べてみました。まだ情報を疑っている者が多いのですが、事実であると分かった時、好意的な反応を見せる者が大多数だと思います」

「好意的ではない反応なんてあるのかい?」

「愚者、というよりヴォルフリック殿に反感を覚えている団員は多くいます。好意的な感情を向けている者のほうが少ないくらいです」

 だが今回の件で、一気に逆転する可能性が高い。ファルクはそれを恐れている。

「色々と悪目立ちする人物だからね。それで? 他チームの反応のどこに問題があるのかな?」

「……これからお話することは、あくまでも最悪の事態を想定しての仮説です。実際にどうなるかは分かりません。そのおつもりでお聞きください」

 ファルクが話そうするしていることは、ジギワルドにシュバルツへの悪感情を生まれさせるかもしれない内容。そんなことになってはならないと考えているファルクは、話を始める前にあくまでも仮の話であると前置きした。

「……分かった」

「ヴォルフリック殿が入団してからこれまでにあげてきた実績は、過去の幹部チームの功績を除けばですが、ずば抜けています。悔しいですが、これは認めざるを得ません」

「そうだね……」

 自分にももっと多くの機会が与えられていたら。こんな思いもジギワルドにはあるが、それが言い訳に過ぎないことは頭では理解している。シュバルツのチーム、愚者の働きは自分たちに勝る。これを認めているから焦りが生まれるのだ。

「そうであるのに評判が悪いのは、ヴォルフリック殿が陛下や傭兵団を公然と批判しているから。敵視していると言っても良い状況だからです。ただ、そんな彼を、今はまだ少数ですが、支持する団員もいます」

「父上を批判する団員が他にもいるってこと?」

「いえ、そうではありません。陛下に正面から立ち向かおうとしている団員がヴォルフリック殿だけという点が評価されているのです」

「何が違うのかな?」

 正面から立ち向かおうとしているというのは、敵対しているということ。こう考えているジギワルドには、二つの差がどこにあるのか分からない。

「言い方を変えます。陛下を本気で越えようとしているのはヴォルフリック殿だけということです」

「……それは……私だっていつか父上を越えたいと思っている」

 いつか父を超える。この思いはジギワルドも持っている。だが、自分のその思いとシュバルツの思いの違いは分かる。「いつか」などと考えている自分の思いはその強さにおいてシュバルツに劣ると。

「目に見える形で行動に表しているのはヴォルフリック殿だけということです。傭兵は実力の世界。強い者が上に立つ。陛下が団長であるのは、一番強いから。こう考える団員は、今彼を支持している人よりも多いと私は考えております」

「……彼を団長にという声があがると?」

「可能性があるということです。ただまだ先の話です。陛下がご健在である中で、それを言える団員はいないでしょう」

 シュバルツを支持しているといっても、ディアークに向けられる気持ちを超えるものではない。ファルクはこう考えている。

「ジギワルド様は次期国王になられる御方だ。そのジギワルド様を差し置いて、愚者が団長になることなどない」

 ファルクの考えに別の従士が反論してきた。ジギワルドの気持ちを考えた上での発言でもある。

「ノートメアシュトラーセ王国の国王がアルカナ傭兵団の団長である必要はないという意見もある」

 だがファルクははっきりと現状をジギワルドに認識してもらいたい。その為に言いづらいことを話しているのだ。

「しかし、今は……」

「今は陛下が団長も務められている。だがそれが正しいことか」

「今のあり方が間違っているというのか?」

 ジギワルドはディアークのやり方を全て肯定している。それを否定されることは受け入れられない。こういうところがシュバルツを支持する人たちに物足りなさを感じさせていることが分かっていない。

「理由は私も納得するものです。陛下はアルカナ傭兵団最強。ですが国政をみる為に国を離れられないでいます。離れることがあっても、前回のベルクムント王国との戦いの時のように中央諸国連合加盟国内。最強部隊が前線に出られない。それが東西との戦いの停滞を招いているという意見です」

 ディアークや他の幹部を恐れて、表には浮かんでこない意見。それをファルクは調べてきている。

「それは……」

 感情的には言いたいことがあるが、理屈では反論できない。理由はともかく、ディアークだけでなく、アーテルハイド、ルイーサといった実力者も国外に出ることは滅多にない。アルカナ傭兵団は全力を戦いに向けられていないのは事実だ。

「記録が残っていなかったので調べられなかったのですが、おそらく国王になられる前は違っていたと思います。その活躍が多くの国の信頼を勝ち取り、中央諸国連合は固まった。ですが、それ以降、拡大出来ていないのは事実です」

 国王になる前のディアークは任務を与えられれば、どこにでも行っていた。当時は国政に関わり合いがなかったというだけでなく、簒奪という形で国王になってしまったので、逆に反乱を起こされることを恐れて、長く国を離れられなくなったのだ。

「そうなのかもしれない。だが国王となったジギワルド様が他者の下に置かれるわけにはいかない。国王であるジギワルド様がいて、その下にアルカナ傭兵団の団長がいる。それで良いではないか」

 反論していた従士も国王と団長は別であるべきという意見は受け入れた。もともとファルクの意見に強く反発しているわけではない。ジギワルド本人では言いづらいだろことを、勝手に代弁しているだけなのだ。

「……それであればノートメアシュトラーセ王国軍で良いはずだ。だがアルカナ傭兵団は傭兵団のまま残っている。これは勝手な推測に過ぎないが、陛下ご自身と幹部の方々が王国と傭兵団は別物と考えられているのではないだろうか?」

「…………」

 このファルクの推測も同感出来るものだ。ディアークの普段の言動でそれを感じることがある。それに、アーテルハイドたち幹部は王国の要職についていないという事実もそれを示している。

「さらに、これはすでにご承知のことと思いますが、団員の中にも王国と傭兵団は別と考えている者が少なくありません。王国への忠誠を感じない、雇われた傭兵そのものである者の存在はご存じでしょう?」

 ディアークたち幹部がそんなであるのだ。団員の中にも純粋に傭兵として働いている者は大勢いる。国に縛られるのは嫌、国という存在がそもそも嫌い。だが戦う以外に能はない。そういった人たちにとってアルカナ傭兵団は良い働き場だ。

「仮にそういった者たちが愚者を支持した場合、どうなると考えている?」

 シュバルツがアルカナ傭兵団の団長になる可能性。ジギワルドもそれを否定出来なくなった。

「まだまだ遠い先の話です。具体的にどうなるかは分かりません。それに、ヴォルフリック殿が引き受ける可能性は低いと思われます」

 ジギワルドの問いに対して、自分の考えを述べることをファルクは躊躇った。どこまで認識してもらうべきか。最後の最後にきて迷いが生まれたのだ。

「……私が国王になった時、アルカナ傭兵団は今よりも強くあって欲しい。その為には愚者が団長であるべきだと思うか?」

「陛下が引退されるとなれば、おそらくは幹部の方々も多くが退かれることになるでしょう。アルカナ傭兵団は大きく世代交代することになると思いますが、今現在、我々の世代で最強は、ジギワルド様には失礼ながら、ヴォルフリック殿だと考えております」

 ジギワルドの続く問いはファルクの望んでいた形。シュバルツはなんとしても味方に引き入れなければならない。この認識をもっと強く持って欲しかったのだ。ノートメアシュトラーセ王国においてアルカナ傭兵団の影響力はかなりのもの。中央諸国連合加盟国はノートメアシュトラーセ王国ではなくアルカナ傭兵団を頼りにしているのだ。
 そのアルカナ傭兵団長の有力候補にシュバルツがなり、その彼がオトフリートを支持するようなことになったら。今どれだけ優勢であっても、ジギワルドの国王就任は実現しない。
 さらにシュバルツへの支持が高まり、その状況で彼がアルカナ傭兵団を離れ、それに追従する者が多く出るような事態になれば、もっと最悪の状況となる可能性がある。アルカナ傭兵団が弱体化すれば、ノートメアシュトラーセ王国は中央諸国連合の盟主ではなくなる。代わりとなるのはシュバルツと彼に追従した人たちによって作られた新しい傭兵団を抱えた国。そういう国が現れなければ、中央諸国連合そのものが互解する可能性もある。
 ここまでの考えを口にすることをファルクは止めておいた。シュバルツの重要性を認識しすぎた結果、その危険性に目が向くことを恐れたからだ。ジギワルドの本質は善良で、暗殺など思いつかないとファルクは思っている。だが従士のすべてが同じではない。ファルク自身、その考えが浮かんだことがあるのだ。成功の絵がまったく浮かばず、心の憶測に封印することにしたが。
 周囲が様々な思惑を抱える中、まもなくシュバルツたちはノートメアシュトラーセ王国に帰還する。シュバルツ本人にとっては迷惑なことだ。

 

 

◆◆◆

 シュバルツたちはすでにノートメアシュトラーセ王国に帰還している。王都まではあと数日。長かった任務もようやく終わりを迎えることになる。それに対しての思いはそれぞれ。シュバルツやブランドなどはノイエラグーネ王国に入国した時点で任務のことは頭から消え去り、ただ強くなることだけを考えて毎日を過ごしているが、そこまですっぱりと頭を切り替えられない人は当然いる。こちらのほうがどちらかというと普通だろう。

「……明後日には到着か。嬉しいような悲しいような」

 セーレンはすぐに切り替えられなかった側。普通の人の側だ。帰還を直前に控えて、任務の日々を思い返している。

「ああ、その気持ちは分かるな」

「僕も」

 そしてクローヴィスとボリスも同じ。彼らの場合は思い返しているというより、反省しているというほうが表現としては正しいが。

「まだまだ満足は出来ないけど、それでも強くなった実感はある」

「俺も」

「僕はどうかな……?」

 任務期間中は実戦と鍛錬を繰り返す日々。しかも実戦のいくつかは死を覚悟するような厳しい戦いだった。その危機を切り抜けられたという自信。続けてきた鍛錬は間違いではなかったという確信。ボリスだけはその性格から自信なさげだが、自分たちの成長を感じられる機会となったのは間違いない。

「……もう一年、いえ、半年続けられれば追いつけたかもしれないのに」

「半年というのは強気過ぎないか?」

「それくらいの気持ちじゃないと追いつけないということよ」

 それでも満足出来ないのは、時々、任務に加わってきた黒狼団の実力者との差を思い知らされたから。幼いころから鍛錬してきたのは同じ。そうであるのに実力で負けている事実が、セーレンとクローヴィスの二人を落ち込ませるのだ。

「確かに。内気功の練度があがれば、差は縮まるはずだ」

「練度か……その為にももっと実戦を経験したい」

 それでも二人が大きく成長出来たと思えるのは、内気功をある程度、身につけられたこと。黒狼団のメンバーたちは二人にとって良い師匠だった。それぞれが自分に合った感覚で身につけているので、その中のいくつかがクローヴィスとセーレンの参考になったのだ。
 ただ練度という点ではまだまだ。二人はようやくスタートラインに立ったというところだ。

「彼のようには……いや、セーレンは彼と似ているか」

「そう? 本当にそうなら嬉しいけど」

 シュバルツの背中を追っている二人だが、もう一人、目標とする人が出来た。ロートがその人だ。黒狼団においてシュバルツに並ぶ実力者と言われているロート。特殊能力がなくてもそこまで強くなれる。ロートは二人に自分たちの可能性を示してくれた。
 ただクローヴィスの考えはセーレンとは少し異なる。特殊能力はなくてもロートには剣の才能がある。セーレンにもあるそれは、自分にはないものだ。目標とする気持ちはあっても、同じ高みにたどり着ける自信はない。

「……どちらにしても当たり前のことをやっていたら一生追いつけないか」

「だから実戦をもっと経験したいの。一対一は戻っても鍛えられるけど、あの感覚はね」

 混戦の中で、いつ、どこから来るか分からない攻撃。ひたすら集中力を高めて、というだけでなんとか出来るような状況ではなかった。一対一で戦う時のように目の前の相手の動きに意識を集中させていては他が疎かになる。全方位に適度な意識を向ける、なんて言葉では説明できない独特な感覚が必要だった。
 それを平然と行っているように見えるロートたち黒狼団のメンバー。いつの間にか、なんとなく。どうして混戦の中で敵の動きが分かるのかというクローヴィスたちの問いへの答えは、そんな漠然としたものだった。

「きっと、父上たちも同じなのだろうな」

「でしょうね。でも口で教われることではないから」

 シュバルツとロート以外で二人が目標としている人。二人が最初に目標とした人はそれぞれの父親だ。四人との差を詰めるのに必要なものは同じ。実戦の中で研ぎ澄まされていく感覚はそのひとつだ。
 それを分からせてくれた今回の任務。長く離れていた家に戻れるのは嬉しいが、いつまたそういった機会を得られるのか分からない。嬉しいような悲しいような。三人の気持ちはこういうことだ。

「もっともっと経験を積み、成長しなければなりませんね?」

「そうだな」「そうね」

 ブランドが口にしたのは普通の言葉。だがその言葉には熱い想いが込められている。それをクローヴィスとセーレンの二人は分かっている。自分たちも同じ気持ちなのだ。
 長く続いた任務は終わり。愚者のメンバーたちは、もうすぐノートメアシュトラーセ王国に帰還する。

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