月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第64話 理想と現実の狭間で悩むのは若さの証なのか?

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 敵の動きを読み、時には策を用いて動かして、数百人規模の戦いの場を作り出し、勝利を重ねていく。反乱軍は連戦連勝。シュタインフルス王国の人々の心に「もしかすると」という思いが浮かぶようになった。だがそこまでだ。反乱の火が王国全土に広がる気配はない。反乱軍に期待はしても、自ら火の粉をかぶるほどの強い気持ちはない。人々の怒りを燃え上がらせるまでには至っていないのだ。
 それがヴォルフリックにはどうにももどかしい。シュタインフルス王国はそれほど悪い国ではないのか。選択を誤ったのか。そう考えたがコンラートの話ではそうは思えない。人々の暮らしは厳しい。敵国と隣接していることによる軍事負担が重いから、は力を持っている者たちにとっての都合の良い理由で、その彼らが贅沢する為に重い負担を課せられているのだ。
 暮らしを良くしたいと思わないのだろうか。このヴォルフリックの疑問にコンラートは。「民に政治は出来ないからね」と答えた。自分では出来ないから誰かに任せなければならない。その任せられる誰かが必要なのだと。
 その役目はコンラートが担うはずだ。だが、彼自身がそれを否定する。人々の期待を一身に背負う。期待を向けられるのであれば背負う覚悟はあるが、そうはならないというのがコンラートの言い分だ。
 「もっと華のある人物が必要なのさ」。これもコンラートの言葉だ。「例えば……そうだね。最近だとパラストブルク王国が良い例かな? 若くて綺麗な女性が悲劇の死を遂げた。それが」、ここでヴォルフリックの怒りが爆発した。コンラートに対して、感情を爆発させるのはこれが初めてだ。実際はコンラートに対してではなく、結局何も出来ない自分に向けての怒りだ。
 打合せは中断。ヴォルフリックは外に出ていくことになった。

「……ちくしょう」

 悔しがってみても物事は解決しない。それは分かっていても、声に出さずにはいられない。気持ちを落ち着かせる為でもあるのだ。

「……何かあったのか?」

「えっ?」

 この状況で話しかけてくる人がいるとは思っていなかったヴォルフリック。驚きの声をあげながら、声をかけてきた人に視線を向けた。

「すごい形相で飛び出してきたから。なんかヤバイことでも起きたのかと思って」

 話しかけてきたのは味方に引き入れようとしている裏社会の悪党の一人。ヴォルフリックが怒っている様子など見るのは初めて。大きな問題が起きたのではないかと心配して、代表して話を聞きに来たのだ。

「ああ……心配するようなことじゃない」

「でもよ」

「本当。生死に関わるようなことじゃないけど、思うように行かないことがあって。それに対して何もできない自分に腹を立てているだけだ」

 反乱が広がらない。だからといって彼らに危険が及ぶわけではない。先々、問題は出るかもしれないが、そうなる前に出来ることはある。彼らを解放することは、そのひとつだ。

「……その若さでどうしてそんな苦労をしょい込む? もっと楽な生き方も出来るだろ?」

「楽な生き方……それが出来るように頑張っているつもりだけど……」

 生き延びる為。今よりも少し良い暮らしが出来るようになる為。もっと自分たちが生きやすい世の中にする為。ヴォルフリックはその為に頑張ってきたつもりだ。

「どういう頭をしているとそうなる? 頑張るのと楽をするのは真逆だろ?」

「……今は辛くても、頑張ることで未来は明るくなるとは思わないのか?」

 ヴォルフリックには男の考えのほうが理解出来ない。努力をしないで良い結果など得られない。これが当たり前だと思っているのだ。

「ああ……若さゆえということか」

「なんでも若さを理由にするな」

「ああ、悪い悪い。だが事実だ。未来に希望を持てるお前は、まだ絶望を知らない。頑張ってもどうにもならない。そう思ってしまう奴らの気持ちが分からない」

 努力は報われる。こんな前向きな考えを失った人たちもいる。男も、他の裏社会の仲間たちの多くもそういう人たちだ。

「……努力したことあるのか?」

「ひでえこと言うな。まあ、確かに、お前の努力に比べれば、たいしたことねえ努力だ。だがな、俺だって最初から裏社会の小悪党で終わろうなんて思っていたわけじゃねえ。俺なりに、ささやかだが夢くらいあった」

 ヴォルフリックたちの、もっぱら強くなることに対してのものだけだが、努力は見ている。良くこれほど頑張れるものだと感心もし、呆れてもいた。だが男も、若い時には彼なりの頑張りを見せていた時期がある。報われることなく終わった頑張りだ。

「……もう一度、その夢を実現するために頑張ろうとは思えないのか?」

 その機会が今だ。ヴォルフリックは男たちに表の世界に居場所を作ることが出来る機会を手に入れる為に頑張って欲しいのだ。

「思えねえな。叶うことのない夢だって分かってしまったからな」

「絶対に叶わないのか?」

 諦めてしまえばそれで終わりだ。もちろんヴォルフリックだって全ての夢が実現するとは思っていない。それでも簡単に諦めてしまうのは違うと思っているのだ。

「もし叶うと分かっていれば、頑張れるかもしれない。だが、どうしたらそれが分かる? 分かったように思ったとしても、やっぱり無理だったら? 人ってのは、そういうのを恐れるものだ」

「でも、それじゃあ、何も変わらない」

「……正直、若えのに、また若いと言っちまった。まあ、事実だからな。若えのにお前は凄いと俺は思う。貧民街のガキどもをまとめ上げ、一大勢力を築き上げた。自分たちの人生を変えちまった。誰にでも出来ることじゃねえ」

 男の正直な気持ちだ。ヴォルフリックたちは虐げられる立場から抜け出した。強者になった。裏社会では新勢力の台頭なんて話は、それほど珍しいことではないが、黒狼団のそれは勢いが違った。結局は勢力争いに負けたと思っていたが、そうでないことも分かった。

「必死だっただけだ」

「どうであろうと変えたことは事実だ。お前は凄い。だから、誰もが自分と同じだと思うな」

「えっ……?」

「お前のような生き方は誰にでも出来ることじゃない。俺たちみてえな奴らにそれを求められても無理なんだよ。期待するな。期待し過ぎると、お前の心のほうが折れてしまう」

 ヴォルフリックの期待に応えられる人たちも特別な存在。自分たちとは違うと男は思っている。そんな自分たちに期待しても裏切られるだけ。ヴォルフリックのほうが傷つくだけだ。

「……意外。優しいんだな?」

 男の言葉は自分を気遣ってのこと。優しさから出た言葉だとヴォルフリックは受け取った。

「ば、馬鹿言ってんじゃねえよ。下手にお前に巻き込まれて、苦労したくないだけだ」

「……じゃあ、それほど苦労することなく、楽な暮らしが手に入ると分かったら協力してくれるのか?」

「それは……い、いや、絶対に苦労しねえと思えなければ駄目だ。簡単には協力しねえからな」

 期待して裏切られるのが怖い。では裏切られないと信じることが出来たらどうなのか。ヴォルフリックは信じられない相手なのか。頭に浮かんだ思いを男は否定する。

「……安心か。でもそれを与えられる時には事は終わっているよな」

 誰もが自分たちのように、リスクを負ってでも可能性を追うことを選ぶわけではない。シュタインフルス王国の人々の多くはリスクを恐れる人々なのだ。その恐怖を取り去るには、安心できるだけの何かが必要。もしくは恐怖を超える怒りが必要。それがない限り、シュタインフルス王国の人々が自ら立ち上がることはない。
 結局、コンラートや愚者のメンバーと話していた時と何も変わらない。成功を得るのに大事なものが足りないのだ。だがヴォルフリックの気持ちは、少しだが、晴れている。自分には見えていなかったものを男が教えてくれた。その事実が気持ちを晴らしてくれていた。

「ということであとは私に任せてもらえるかな?」

 そのヴォルフリックの気持ちを読み取ったかのようなタイミングで、コンラートが声をかけてきた。

「ということで?」

「とにかく、この先の策は私に任せてほしいってこと。満点は無理かもしれないけど、合格点はなんとか取れるように考えるから」

 ヴォルフリックの思う通りの結末にはならないかもしれない。だが、この活動を無駄にしない結果はなんとか残さなければならないとコンラートは考えている。

「……反乱の首謀者だからな」

「そうだね。任せてほしいはおかしいか。では私の思う通りにしてみる。この国を、人々の暮らしを少しでも良くする為に」

「ああ。俺も協力する」

 

◆◆◆

 民衆の動きは、ヴォルフリックの感覚であるが、鈍い。だが動きを活発化させている、活発化させなければならない者たちもいる。シュタインフルス王国軍の討伐対象となった有力貴族家だ。反乱は、自領に悪影響を及ぼさないかぎり、彼らにとって他人事。王家の治世の乱れは、その権威を失墜させる。相対的に自分たちの力が強まる結果になるのであれば、反乱軍を応援したいくらいだ。そう考える有力貴族たちも、最終的に反乱は失敗に終わると考えているのだ。
 だが事態は彼らが望まない方向に動いてしまった。王家はあくまでも政争の相手。軍事的な衝突などまったく望んでいない。まして反乱の黒幕だからなどという理由は、受け入れられるものではない。まったく身に覚えのないことなのだ。

「国軍の動きはどうなのだ?」

 王国軍が討伐に来るとして、それはいつ頃なのか。そもそも本当に来るのか。わずかな期待を胸に、クノル侯爵は部下に王国軍の状況を家臣に尋ねる。

「討伐軍の編成が行われているのは間違いありません。ベスティエを使うというのも事実のようです」

「それはもう分かっている。いつ頃、動くのかを訪ねているのだ」

 求める答えが返ってこなかったことにクノル侯爵は苛立っている。もともと苛立っているのだが、その向け先を求めているのだ。

「……まだ確定ではありませんが、数日のうちに出発するものと思います」

「数日……目的地は判明したか?」

 王国軍が動き始めるのは、もうすぐ。時間が残されていないのであれば目的地、最初の討伐対象がどこであるかが重要だ。間違っても自家であって欲しくない。クノル侯爵は問いを発しながら、それを願っている。

「反乱軍討伐に向かう模様です」

「そうか!」

 王国軍の最初の目標は反乱軍。それを聞いたクノル侯爵の顔に安堵が広がった。有力貴族家討伐が事実であれば、少し先に延びただけのこと。危機が消え去ったわけではないのだが、先延ばしされただけでクノル侯爵は嬉しいのだ。

「反乱軍が敗れれば、次は間違いなく当家だと思われます」

 家臣のほうは先延ばしされたくらいでは喜べない。それによってクノル侯爵の決断も先送りになってしまっては、胃が痛くなる日々が伸びるだけだ。王国軍に討たれて、何も感じられなくなるよりはマシだが。

「……反乱軍が善戦する可能性はないか?」

 反乱軍は連戦連勝。また王国軍が負けることになれば、自家の軍を向けられることはなくなる。クノル侯爵はこれを期待していた。

「ベスティエがいる討伐軍にですか? 可能性はなくはないと思いますが……」

 狂力の能力を持つベスティエの恐ろしさは貴族家の人たちも良く知っている。といっても実際にその戦いぶりを見たことがあるわけではない。王国が有力貴族家を牽制する為に広めた話を聞いているだけだ。

「やはり、難しいか」

「おそらくは数でも質でも反乱軍は劣るわけですから」

 数でも質でも王国軍が上。そう考える彼らは反乱軍の戦いも見たことがない。それで勝敗を予測するのが、そもそもの間違いだ。

「……当家が支援したとして状況は変わると思うか?」

「まさか、コンラートの申し出を受けるおつもりですか?」

 クノル侯爵家にはコンラートからの支援要請が届いている。反乱が成功した場合、王国の統治をクノル侯爵にお願いしたいという話と共に。家臣はそれをコンラートの策略だと考えているのだ。

「決めていない。考える上での参考にするだけだ」

 家臣だけでなく、クノル侯爵もコンラートからの申し出を疑っている。コンラートは王家以上の政敵であり、クノル侯爵家主導の謀略で処刑台に送り込んだ相手。信じられる相手ではないのだ。

「……当家単独では簡単ではないと思います」

「そうだな……他家とも協力して、それでも微妙なところか」

 王国軍と正面から戦って勝てるとは思えない。こう考えているのであれば、膝を屈して許しを乞えば良いのだが、クノル侯爵はその決断も出来ないでいる。反乱の黒幕など言いがかり。王国は自家を滅ぼすために濡れ衣を着せようとしている。そうであれば許しを乞うても無駄。仮に許されるとしても全てを奪われて放り出されるだけ。この可能性を恐れているのだ。

「裏交渉は進めております。なんとか仲裁に、いえ、誤解を解いてもらって、この件を穏便に収めなければなりません」

「やはり時間が必要か……コンラートの申し出は拒否、いや、保留だな」

 密かに進めている交渉が上手く行けば、反乱軍などどうで良い。だがそうならなかったら。自家に王国軍が攻めてくる事態になったら。その時のことを考えると、信用ならない相手とはいえ、完全に手を振り払うことは躊躇われる。敵の敵は味方。そう割り切る必要があると。

「……交渉を全力で進めます」

 悪魔の微笑み。握手のために差し出した手の反対側でナイフを握っていると言われるような信用ならないコンラート。その手を完全に振り払えないほどクノル侯爵家は追い詰められている。この状況は家臣にも分かっている。そんな中で最善の方法は何かを考えると、やはり裏交渉を成功させることだ。王家の誤解を解く、それが無理でも許しを得るための代償は最小限に抑える。この交渉を成功させること。仲裁を頼む相手は良識派と呼ばれるくらい、コンラートとは比べものにならない信用出来る相手なのだ。