月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第62話 謀はそうであると分からないから謀なのだ

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 目の前に展開しているのはシュタインフルス王国軍四百。対する反乱軍は三百。そのうちの百は飾り物だが、当然、敵であるシュタインフルス王国軍はそれを知らない。フォークラー家の旗が立つ、コンラート自身が率いる本軍。そう思わせることで敵の動きに制約を加える。それなりに装備を整えて立っているだけで意味があるのだ。
 ということにしている。そうでなければ裏社会の男たちは、戦場に立つことを了承してくれないからだ。彼らを騙しているつもりはヴォルフリックにはない。彼らを戦わせようとは本当に思っておらず、戦闘はパラストブルク王国軍だけで決着させるつもりだ。

「……君は行かなくて良いのかい?」

 いよいよ戦いが始まる。そうであるのにヴォルフリックは前線に出ようとしない。それがコンラートは疑問だった。ヴォルフリックは今この場にいる中で最強の戦力。そうであることをコンラートはすでに知っているのだ。

「彼らを守ると約束した」

「ああ……そうだとしても一人で?」

 ヴォルフリックは裏社会の男たちを守る為にこの場に残っている。それは分かったが、そうなると今度はヴォルフリック一人で大丈夫なのかという疑問が湧いてくる。

「戦力を割く余裕はない。それにいざとなれば彼らは逃げ出す」

「……それだとやっぱり君が残る意味がなくないかな?」

 戦わずに逃げ出すのであれば、ヴォルフリックが残っている意味がない。そうであれば、やはり、ヴォルフリックは前線に出るべきだとコンラートは考えた。

「俺がここにいることで、彼らは俺たちが先に逃げ出すことはないと思える。人質みたいなものだ」

「なるほど……その人質を君自身がつとめる意味は?」

 裏社会の男たちは自分たちを信用していない。そんな彼らを戦場にとどめておく為にヴォルフリックはこの場にいる。だが人質という意味であれば、ヴォルフリックでなくても良いはずだ。

「そんなに俺がここにいることが気になる?」

「ああ……ちょっと緊張しているのかな? 会話を続けていないと、不安で胃が痛くなりそう」

 奇襲ではなく、正面からの野戦。しかも反乱首謀者であるコンラートは敵にとって最大の目標。緊張と不安が胸に広がっているのは事実。だが、元々、図太い神経を持っている上に、死刑直前までいったコンラートだ。死を恐れる気持ちは薄い。胃が痛くなりそうはヴォルフリックに質問を続ける為の言い訳に過ぎない。

「……敵を足止めするだけであれば、俺一人で十分。これは安心させる為の嘘ではなく、本気」

 ヴォルフリックには、四百ほどの数であれば、足止めする自信がある。アルカナ傭兵団の愚者であると知られてしまう可能性は高いが。

「それは頼もしいね?」

「それに最前線に出るべきなのはそっちだ。活躍を世間に知らせることも大切だからな」

 戦いの中で名を売らなければならないのは反乱の首謀者となっているコンラートだ。ヴォルフリックたちは逆に目立つべきではない。

「それは無理。世間に知られる前に世の中から消えることになるね」

「本当か? でも、まあ、今回は機会がない。本陣に近づけることなく、勝たなければならないからな」

 戦う気のない裏社会の人たちを巻き込まないためには、接近を許すわけにはいかな。それを許し、男たちが逃げ出してしまえば、コンラートの評価が下がる。彼は、今のシュタインフルス王国に不満を持っている人たちの希望にならなければならないのだ。

「出来るかな?」

 ヴォルフリックは戦闘に参加しない。アルカナ傭兵団としての彼の部下もわずか四人。主力はパラストブルク王国軍だ。倍の敵を相手にしてパラストブルク王国軍はどこまで戦えるのか。他国に比べて実力が突出しているという話をコンラートは聞いたことがない。

「期待出来るくらいには鍛えられている。それに他国の反乱だというのに、何故か、やる気満々だ」

「そうだね」

 パラストブルク王国軍の戦意は高い。それはコンラートも気が付いている。その理由も、薄々だが、分かっている。彼らはヴォルフリックに認められるような戦いをしたいのだと。
 先のベルクムント王国によるノイエラグーネ王国侵攻作戦によって、一気にその名、といっても愚者という通り名だが、を各国に知られたアルカナ傭兵団の上級騎士。ヴォルフリックがその愚者であるという事実はコンラートを驚かせた。

「実際にどうかは、すぐに分かる」

「……確かに」

 シュタインフルス王国軍が動き出した。半数の二百ほどが前進を始めている。それに対して反乱軍は、左右両翼から五十ずつが前に出ていく。戦いが始まる。

 

◆◆◆

 反乱軍を補足し、それより多い軍勢を送り込んだ。日中の正面からの野戦。負けることなど考えていなかった。だが、シュタインフルス王国軍は敗北した。まさかの事態に王国上層部は驚き、動揺した。なんだかんだあっても、最終的には反乱など成功しない。そんな甘い考えが吹き飛ぶことになったのだ。

「どういうことだ? 何かの間違いではないのか?」

 正式な報告が届いてもシュタインフルス国王アンドレーアスは、敗北という結果が信じられない。たかが数百同士の戦いで負けただけ、と考えるほどアンドレーアス王は愚かではない。私欲が強いからといって、軍事に無知であるわけではないのだ。

「敗北は間違いではありません。それどころか、完敗と評されるべき負け方です」

「完敗……」

 報告者の評価には王国軍への遠慮がない。ここで取り繕っても、何も良いことはない。危機を正しく認識してもらわなければならないのだ。

「あくまでも把握している範囲でですが、指揮官の騎士は戦死。その他の騎士は敵に拘束されている模様です。一方で生き残った兵士たちは解放されました」

「兵士は解放……どんな企みがあってのことだ?」

 兵士を反乱軍に組み込むことなく解放した。何か企みがあってのことだとアンドレーアス王は考えた。

「王国軍の敗北を広く知らしめること。反乱軍の志を伝えることも命じられているようです」

「……その反乱軍の志とは?」

 コンラートの目的は何なのか。それをアンドレーアス王は知れると考えた。

「民のための政治を実現する。反乱軍はその為に立ち上がったのだと」

「下らん」

 だがアンドレーアス王にとってはただの戯言。民のための政治なんてものは現実に存在するものではないと思っている。

「民のための政治がどのようなものかは、私にも分かりませんが、目の前に餌をぶら下げることはすでに行っているようです」

 報告者にとっても絵空事。実現出来るものではないと考えている。良政を行っていると言われる国であっても、民の為なんて考えではないのだ。

「その餌とはなんだ?」

「奪った軍の物資をまたバラまいています」

 反乱軍はまた王国軍から奪った物資を民に配っている。人気取りを目的としたもの。報告者は、正確には何人かで分析を行った結果だが、そう思っている。

「……すぐに回収しろ」

「クノル侯爵の領地ですが?」

「なんだと……?」

「物資が配られている場所のほとんどがクノル侯爵の領地内です。回収の為に王国軍を派遣しても、受け入れるとは思えません」

 クノル侯爵はアンドレーアス王に対抗する有力貴族派の筆頭。政敵である国王の命令で派遣された王国軍を素直に受け入れるとは思えない。そういう状況にあるという分析結果なのだ。

「……やはり、クノル侯爵が黒幕か」

 反乱の黒幕はクノル侯爵。アンドレーアス王はこう考えた。報告者の意図を正しく読み取ったのだ。

「可能性はあります。反乱軍は今回確認出来ただけで、およそ三百。後ろ盾もなくコンラートがこれだけの数を集められるはずがありません」

 小領主であったコンラートには、三百を超える人を集めるに必要な名声も資金もないはず。黒幕が必ずいると考えられていた。今回の一件で、その黒幕はクノル侯爵である可能性は高いとされた。

「ちょっと待て。クノル侯爵だと断定するのは早すぎるのではないか?」

 報告者の考えに疑問を持ったのはトリスタン王子。クノル侯爵は、コンラートにとって、真っ先に排除すべき敵。手を組むはずがないという思いがある。

「断定しているわけではございません。現時点ではまだ証拠を掴んでおりませんので」

「……証拠を得られる見込みはあるのか?」

 報告者は「現時点では」と言った。それをトリスタン王子は、この先、証拠を得られる自信の現れだと受け取った。

「密かに動いている者どもの存在を確認しております。その者どもは各地で民をそそのかし、新王の擁立を支持するように働きかけているようです」

「その新王がクノル侯爵のことだと?」

「それを確かめるために、暗躍している者たちを捕えようと動いております。捕え、事実を吐かせれば、それで明らかになります」

 それが確たる証拠になる。報告者が「現時点では」という条件をつけた理由だ。

「……仮に、あくまでも仮にだが、クノル侯爵が黒幕だと判明した場合は、どう対処するつもりだ?」

 暗躍している者を捕え、その者の証言を得たとして、はたしてそれが確かな証拠になるのか。トリスタン王子は疑っているが、それを伝えてもどうにもならない。では何をもってすれば証拠となるのかを問われるだけだ。

「それは陛下のご判断となります」

 報告者と彼が所属する部署は情報を集め、それを分析し、事実、もしくは推論を導き出すのが仕事。その結果に対して、どうするかを決める権限はない。

「決まっておる。反逆者は許すわけにはいかない。軍を送り込んで討伐するだけだ」

 反逆が明らかになればクノル侯爵家は排除することになる。大罪を犯した者を許す理由はアンドレーアス王にはない。

「……間違ってもコンラートの謀略にはまるようなことのないように」

 アンドレーアス王の考えを否定することは出来ない。反逆者を討つのは当然のことだ。本当にクノル侯爵が黒幕であれば。そんな単純な話ではないとトリスタン王子は考えている。

「もちろんです。油断することなく、慎重に事を進めております」

「……頼む」

 慎重に、という言葉とは真逆の楽観的な思いが感じられる。自分が悲観的過ぎて、そう感じてしまうのか。トリスタン王子の心は揺れている。コンラートの真意は未だに見えない。そんな中で明らかに劣勢な王国側。トリスタン王子の不安は強まるばかりなのだ。

「……ライヘンベルク王国はどうなっている?」

 アンドレーアス王が隣国であるライヘンベルク王国について尋ねてきた。事が起きた当初から、反乱を支援しているのではないかと疑っていた相手だ。

「使者からの報告では、関与を否定しているという話だったと記憶しております」

 シュタインフルス王国がすぐに使者を送って確かめた結果、ライヘンベルク王国は反乱への関与を否定した。それ以外にない答えだ。関与している。していない。どちらであっても否定するに決まっている。

「その後の進展はなしか……」

 ライヘンベルク王国を警戒して、国境に張り付けている王国軍。アンドレーアス王はそれを反乱軍の討伐に向けたいのだが、決断できる情報は得られなかった。

「陛下のお耳に何も届いていないのであれば、そういうことになります」

「……ベスティエを解き放て」

「ベスティエ、ですか?」

 アンドレーアス王の命令を受けて、王国騎士団長が驚きの表情を浮かべている。ベスティエとはそういう存在なのだ。

「これ以上、敗戦を繰り返すわけにはいかない。ベスティエに反逆者を一人残らず殺させろ」

 ベスティエとはシュタインフルス王国軍の切り札。最低でも三百人いると確認されている反乱軍を皆殺しに出来る力があると、アンドレーアス王は本気で思っているのだ。

「しかし……ベスティエは異能者です」

 ベスティエは異能者、つまりアルカナ傭兵団の上級騎士と同じ特殊能力保有者だ。シュタインフルス王国は聖神心教会を、教会とのつながりが強いと思われているパラストブルク王国を気にして、特殊能力者は教会に引き渡されるか、殺されるかしている。そういう存在を反乱鎮圧に使って良いのか。王国騎士団長はこう訴えている。ベスティエを戦場に出さない為の口実だ。

「だからどうした? 騎士団長は何のために、けだものを生かしているのか分かっていないのか? けだものと同じか、それ以下の者どもを始末する為だ」

 アンドレーアス王もベスティエのことは毛嫌いしている。彼を生かしているのは、彼が持つ人殺しの力を利用する為。それだけだ。

「主人にも噛みつくような獣です」

 王国騎士団長がベスティエを使いたがらないのは、興奮して我を忘れると、味方まで殺してしまうから。狂力。これがベスティエの特殊能力につけられた能力名。狂戦士や狂獣と呼ばれることもある、制御不能な力なのだ。

「では猛獣使いを雇って、戦場に連れていけ。騎士団長が自らその役を務めてもかまわない」

 自分の決定にこれ以上、文句を言うのなら、その噛みつかれる役を命じることになる。要は脅しだ。

「……適任者を同行させます」

 王国騎士団はその脅しに屈した。最後まで反抗するほどの強い気持ちはない。そういう人物であれば、王国騎士団長としてこの場にはいられない。

「ついでに王国に反抗的な貴族家の一つや二つ、潰してしまえ。これまでが寛容過ぎたのだ」

 いざ使うとなれば多くの成果を求めたい。アンドレーアス王に欲が生まれた。元々、強欲で自己中心的な人物。珍しいことではない。

「……承知しました」

 王国騎士団長はこう答えるしかない。さきほど脅しをかけられたばかり。ここで再度、国王の意に背くようなことは口にできない。
 国王の無茶な要求に小さく逆らってみる。それに腹を立てた国王に脅され、すぐに撤回。それ以降は何に対しても了承で返す。王国騎士団長に限らず、イエスマンしかいない王国の会議ではよくある展開。会議に参加していない人たちも、こういう実態はよく知っている。
 知っていれば利用しようと考える人も出てくる。そして実際に利用された。この日から数日後、王都にある噂が流れることになった。アンドレーアス王が、クノル侯爵をはじめとした有力貴族派の討伐を決断したという噂だ。続いて、その討伐戦にベスティエが用いられるという噂が流れ、それが事実であると分かると、その有力貴族討伐の話は一気に王国全土に広がっていった。噂ではなく、事実として。