月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第57話 悪だくみが絶えることはない

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 エーデルハウプトシュタット教国は聖神心教会の総本山。だが教会の運営のほとんどは各教会、もしくはそれを束ねる教区に任されている。大陸全土に教会がある為に、一極集中で日々の運営状況を管理することなど不可能なのだ。
 事実ではある。だが、それが結果として各教区の独自性を許し、「教会の権威を取り戻す」という現状に不満を持つ人々の耳に聞こえの良い訴えを続けてきた強硬派の台頭を招いている。教区が力を持つことが、異なる考えを持つ現教皇の権威を貶めることになっているなどいうことは、普段お目にかかることなどない、聖神心教会の上層部とは関わりのない人々には分からないのだ。
 現在、聖神心教会内で力を持っているのは西部中央教区司教トィヴェン。そして東部中央教区司教であるヴィルヘルムだ。ベルクムント王国を中心とした西部中央教区とオストハウプトシュタット王国を中心とした東部中央教区の頂点に立つ両司教。人口、それにほぼ比例する信者の数は力。それぞれ東西の大国を教区に持つ二者が力を持つのは当たり前のことだ。
 どちらも強硬派ではあるが、お互いに協力し合って、ということにはならない。並び立つ者がいれば、それと競い、結果を出して自分が上に立ちたい。そんな野心を持つ二人だった。

「……ベルクムント王国は多くの戦死者を出したと聞いています」

 ベルクムント王国と中央諸国連合の戦争の結果については、教皇の耳にも入っている。ベルクムント王国の大敗。まさかの結果に驚き、多くの戦死者が出たことを嘆いたものだ。

「異能者を討ち滅ぼす為の犠牲とはいえ、嘆かわしいことです」

 教皇の言葉に応えるヴィルヘルムの声に、悲壮さは感じられない。ベルクムント王国の大敗は、彼にとって競争相手であるトィヴェン司教の失態。教皇の手前、言葉にすることはないが、喜ばしいことなのだ。

「……その思いがありながら、また新たな争いを起こすと?」

「ベルクムント王国のそれとは異なります。死は異能者だけに与えられることになるでしょう」

 ヴィルヘルムが教区を離れてエーデルハウプトシュタット教国までやってきたのはまた新たな、ヴィルヘルムにとっては最初だが、計画の実行について教皇に報告する為。許しを得る、ではなくただ報告に来たのだ。彼は教皇の意向など受け入れるつもりはない。

「北の大地に押し込めている。それで充分とは思わないのですか?」

「異能者は北の大地だけにいるわけではありません。それに北の大地もまた、神が我らに与えたもうた大地。異能者の存在を許すべきではないと思います」

「…………」

 神の意思に背いて現世に存在する異能者を排除する。この強硬派の大義を否定する納得の理由を教皇は持たない。ただ反対すれば、それも神の意思に背くこと。教皇の座に未練などないが、自分のあとに強硬派の二人のどちらかが座ることは許したくなかった。

「計画は時間をかけて、万全の準備を整えてから実行に移すつもりです。間違ってもベルクムント王国のような失敗は許されませんので」

 西部中央教区のような失敗は許されない。ヴィルヘルムはこう言っているのだ。ベルクムント王国の衰退は西部中央教区の衰退。そしてそれは、相対的に東部中央教区の立場を上にあげることになる。
 ヴィルヘルムにとって絶好の機会なのだ。ここで自らも躓くわけにはいかない。躓くつもりもない。すでにかなりの時間をかけてヴィルヘルムは準備を整えてきているのだ。

「……犠牲者が出ないことを祈る」

 教皇に言えるのはこれだけ。ヴィルヘルムの計画を止めることは出来ない。そうであるのに教皇の立場にしがみつく意味があるのか、という思いも湧いてくる。自分にまだ何かを行う機会は残っているのかという不安が胸に広がっていく。
 強硬派の考えは神のご意思に背くもの。そうであれば聖神心教会など滅びてしまえば良い。教皇として許されざる思いまで、心に浮かんでしまう。

 

◆◆◆

 ノイエラグーネ王国の都ヤーヒンテンにある拠点を伝書烏に覚えさせた後、ヴォルフリックはキーラとブランドだけを連れて、国境を越えてライヘンベルク王国に入った。ライヘンベルク王国はベルクムント王国の従属国。前回の戦いでも軍勢を送ってきた敵国だ。パラストブルク王国軍二百名を連れて国境を超えるのは、かなりの危険が伴う。当然、堂々と国境を超えるのではなく山越えルートを使って、密かに入国するのだが、それでも二百人もぞろぞろと移動していれば目立ってしまう。発見される可能性が高まってしまうのだ。
 彼らの入国方法は別途、整えなければならない。その為にヴォルフリックは先行することになった。クローヴィスたちを置いてきたのは、パラストブルク王国軍の人たちと共に鍛錬を行いながら、手配が整うまで待機する為。当然、クローヴィスはそれだけが理由ではないと怪しんでいたが、無理に付いて来ようとはしなかった。同行して黒狼団の仲間に接触する場に立ち会ったとしても、何の意味もない。それよりも残って鍛錬を続けていたほうが、今後の為になる。そう考えたのだ。

「……子シュバルツのことは考えてなかったな」

 山越えを終え、村の近くまで来たところでヴォルフリックは狼シュバルツを連れて行くのは難しいことに気が付いた。ノイエラグーネ王国では通用したアルカナ傭兵団の身分は、敵国であるライヘンベルク王国では使えない。巨大な狼を連れて、村に入ることなど許してもらえるはずがない。揉め事を起こしたくもない。いまは動きを知られるわけにはいかないのだ。
 仕方なく狼シュバルツは残して、村に行くことになった。

「子シュバルツはお前のことだ。まだシュバルツに勝っていないだろ?」

「……狼のことは考えていなかった」

「シュバルツだ!」

 あくまでもシュバルツとは呼びたくないヴォルフリックと、シュバルトと呼ばせたいキーラ。この点で二人に妥協はない。意地になる理由は、横で聞いているブランドにはまったく分からないが。

「シュバルツは大丈夫なの?」

 ブランドにはシュバルツと呼ぶことにまったく抵抗はない。面白がって、わざと名を呼んでいるくらいだ。

「俺は大丈夫」「平気だ」

「……面倒くさいな。キーラさんへの質問だからヴォルフリックは黙っていて」

 分かっていて返事をしてきたヴォルフリック。ブランドは面倒に思いながらも、ヴォルフリックに黙っているように言った。

「…………」

 はっきりと黙れと言われて、不満顔のヴォルフリック。

「一匹で、いや一人? とにかく置いてきて大丈夫?」

 そんなヴォルフリックを無視して、ブランドは話を続けた。

「平気だ。シュバルツも私も森育ち。街にいるよりもずっと過ごしやすい」

「キーラさん、歩くの速かったものね?」

 山越えを行うにあたって、キーラの体力を心配していたヴォルフリックとブランドだが、まったく無用のことだった。山を移動するキーラの動きはヴォルフリックやブランドよりもずっと上。付いて行くのが大変なほどだったのだ。

「久しぶりに山で過ごせて快適だった。シュバルツは残れたことを喜んでいるはずだ」

「じゃあ、伝書烏の仕事が終わってからも残れば?」

「ん? 残ると何がある?」

「拠点作り。盗賊団の拠点は見つからないように森や山の中に作ることになるでしょ?」

 愚者が与えられた任務は、ベルクムント王国が行ったことをやり返すこと。各地で盗賊団を暴れさせて、ベルクムント王国の従属国を疲弊させる。さらにベルクムント王国軍も動かし、それにダメージを与えることが出来れば大成功だ。これを実行する上で、盗賊団のアジトを用意しなければならない。

「どうしてこういう大切なことを教えない?」

 ヴォルフリックに文句を言うキーラ。ブランドに教えられた拠点作りをやる気満々なのだ。

「それは当初予定。今はどうするか考え中」

「当初予定なら、なおさら教えておくべきだろ?」

 最初から計画に入っていたことであれば、出発前に話しておくべき。キーラはこう考えている。

「力仕事だ。頼むことではないと思っていた。それに……」

「それに? 何だ?」

「……正直言うと、命令通りにするべきか悩んでいた」

 ベルクムント王国が行った謀略をなぞる。実行する意味は分かるが、それで良いのかという疑問がヴォルフリックにはあった。出発時には作戦計画は、ヴォルフリックの中では固まっていなかったのだ。

「どうして?」

「盗賊の振りといっても実際に誰かを襲わなければ、相手は脅威に感じない。じゃあ、誰を襲う?」

「……そういうことか」

 ベルクムント王国は街道を行き交う旅人や小さな村を襲わせていた。だがヴォルフリックは何の罪もない人たちを、任務の為とはいえ、襲うことに躊躇いを覚えている。そうキーラは理解した。

「俺たちは金で雇われた盗賊団をいくつか殲滅した。今回も同じ結果にならないとは限らない」

 アルカナ傭兵団が黒幕の存在を知りながら、金で雇われただけの悪党を殺す命令を発したことをヴォルフリックは軍事裁判で批判した。今回、自分が同じことを行えば、その批判は何だったのかということになる。
 傭兵団はわざとそうさせようとしているのではないかと疑っているくらいだ。

「……ではどうする?」

 傭兵団の命令に忠実であれ、とはキーラは言わない。彼女はアルカナ傭兵団を、団長であるディアークを妄信しているわけではないのだ。

「それを考え中。ただ情報が足りない。まずはそれを得ることだ」

「情報……どうやって?」

「その為に村に向かっている。隠しても仕方ないから言っておくけど、そこで仲間が待っている」

「それは……傭兵団員ではないな?」

 傭兵団の人間であれば、わざわざこの場所に来る必要はない。キーラがすでに構築してある情報網に乗せれば良いのだ。そう考えた上で結論を出したキーラは、ヴォルフリックの事情に詳しくない。知る必要を感じてもいない。他人の評価は本人を見て判断すること。意識しているわけではなく、自然にそうしているのだ。

「昔からの仲間だ。今回はかなり手伝ってもらう予定。俺とブランドの二人だけでは、さすがに手に余るからな」

「……私とシュバルツ。それと烏たちが助けてやってもだな?」

 ヴォルフリックが名前をあげたのはブランドだけ。その意味をキーラは理解した。自分たちの名がないことを不満に感じた。

「ああ、そう。キーラさんたちの助けを活かす為に仲間たちが必要だ」

「……嫌なら答えなくて良いが……クローヴィスやセーレンたちは信用出来ないか?」

 自分たちの名を加えてもらえただけで満足、とはいかなかった。普段の様子を見ている限り、ヴォルフリックとクローヴィスたちの間に、キーラには、溝があるようには見えない。共に命をかけて戦う相手を信用出来ないということに不安も感じる。

「人として信用出来ないということじゃない。彼らには彼らの家族がいて、守るべきものがある。それは俺のそれとは異なるものだ」

「……だから線を引いておく?」

「……まあ。そういうことかな?」

「そうか……私は?」

 キーラの家族もまたヴォルフリックの家族とは異なる。ヴォルフリックが言う家族が何者かキーラは分かっていないが、自分のそれが含まれていないことは確か。そうであれば自分もクローヴィスたちと同じではないかと思ったのだ。

「キーラさんの家族は……シュバルツ、と烏たち。他にいても同じような存在だろ? ……シュバルツ、とは競い合っているけど殺し合いをするつもりはない。必要もない。だから決定的に対立する可能性は低いと思う」

「そんなにシュバルツは言いにくいか?」

 シュバルツという名を発するたびに、ヴォルフリックは躊躇いを見せる。それがキーラには面白かった。

「自分の名だから。想像してみて。自分と同じ名前の人を普通に呼べる?」

「まあ、そうかも。じゃあ……シュバルツのことは兄と呼べ」

「……はい?」

 何故、今の流れで狼シュバルツを兄と呼ばなければならなくなるのか。ヴォルフリックにはキーラの考えが理解出来ない。

「父シュバルツってほど年は離れていないだろ?」

「いや、だから、何故、俺が狼を兄と呼ばなければならない?」

「シュバルツのほうが年上だから。私もこれからはシュバルツはシュバルツ兄。お前のことはシュバルツ弟と呼ぶことにする。どちらを呼んでいるか、これで分かるだろ?」

 ヴォルフリックにとって何の解決にもなっていない提案だ。

「……シュバルツ」

「ん?」

「シュバルツ、シュバルツ、シュバルツ、シュバルツ、シュバルツ、シュバルツ、シュバルツ、シュバルツ、シュバルツ、シュバルツ、シュバルツ、シュバルツ、シュバルツ、シュバルツ、シュバルツ、シュバルツ、シュバルツ、シュバルツ、シュバルツ、シュバルツ、シュバルツ、シュバルツ、シュバルツ、シュバルツ、シュバルツ、シュバルツ、シュバルツ、シュバルツ、シュバルツ、シュバルツ、慣れた!」

「……お前、大丈夫か?」

「大丈夫だ! これからは狼はシュバルツ、俺がヴォルフリック! これで行くからな!」

 狼をシュバルツと呼ぶ。結局、ヴォルフリックが妥協した形、と本人が思っているだけで、約束はそうではないが。

「子シュバルツのくせに……」

「ヴォルフリック!」

「……分かった。そう呼んでやる。まったく……子供だな」

「子供って……」

 本人は不満そうにしているが、キーラの言う通り、子供だ。こんな風に狼シュバルツ相手にムキになるから、キーラもヴォルフリックと一緒にいることを心地よく感じるのだ。悪いことではない。

「ああ、あれじゃない?」

 ブランドが何かを見つけて指をさす。その先には目的地と思われる村。黒狼団の仲間が待っているはずの村に到着したのだ。