月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 第147話 英雄と戦うということ

異世界ファンタジー 異伝ブルーメンリッター戦記

 キルシュバオム公国軍二万二千の内、前軍六千、そして王国騎士団の前軍六千の計一万二千が前進を始めた。それに対してアイネマンシャフト王国軍はブラオリーリエの瓦礫の影に隠れていた巨人族の部隊を前衛に押し出してくる。身の丈よりも遥かに巨大な盾を持った巨人族の部隊。それが前衛に並んで盾を並べると、まるで新たな防壁が出現したよう。実際にアイネマンシャフト王国軍の意図はそういうものだ。
 構わず前進を続けていたローゼンガルテン王国軍に向けて、その盾の壁の後ろから投石が撃ち込まれる。これもまた巨人族部隊によるもの。巨体を活かした即席の防壁とその後方からの投石攻撃。ユリアーナの戦法をさらに改良した形だ。
 ローゼンガルテン王国軍も反撃を試みるが、そのほとんどは巨大な盾に阻まれてしまう。ほぼ一方的に正確な投石攻撃を受けることになってしまう。

「突撃だ! 盾を打ち倒せ!」

 ローゼンガルテン王国軍の指揮官が突撃命令を発する。とにかく巨人族の盾をなんとかしなければ、一方的に攻撃を受けるだけ。間違った命令とは言えないかもしれないが、それを実現するのは容易ではない。
 投石の攻撃を避けて、盾に向かって殺到するローゼンガルテン王国軍の兵士たち。だが重く頑丈な盾はそう簡単には倒れない。数の力でなんとかしようと、後続も盾の前に殺到するが。

「あ、油だ!」

 盾に前に殺到したローゼンガルテン王国軍に向かって、有翼族、鳥人族が空から油を撒いてくる。それに気付けば、次に何がくるかは明らかだ。

「逃げろ! 火が降ってくるぞ!」

 盾の向こうから火のついた松明が放り込まれてくる。油に引火して、一気に炎が吹き上がる。それに巻き込まれる大勢の騎士、兵士たち。炎に身を包まれ、叫び声をあげてのたうち回る人々。盾の前はわずかの間に阿鼻叫喚の巷と化した。

「……あれを見ただけで、自分の決断は正しいと信じられるな」

 自陣からその戦いの様子を見ていたタバート。参戦しなくて良かったと心から思えた。

「味方も出来そうにありません。出方を読み誤れば巻き込まれてしまいそうです」

 アイネマンシャフト王国軍に味方することにも躊躇いを覚える。次にどう出てくるか分からなければ、攻撃を受けてしまう可能性がある。そこまでいかなくても邪魔はしてしまいそうだと部下は考えた。

「そうだな……あれを突破するとすれば、どの手が良いと思う?」

 タバートも同じ考えだ。戦いには加われない。そうであれば、せめて戦術を考える時間にしてしまおうと考えた。

「……正面突破を行うには大軍を一気に敵前に置かなければなりません……同じ機動力を使うのであれば回り込んだほうが犠牲は少ないですか」

 巨人族の盾を倒すには支える力以上の力を、敵に邪魔されることなく、一気に投入すること。大部隊を迅速に運ぶ機動力が必要。だがそれでも盾を倒すまで、一方的に攻撃を受けることになる。そうであれば、盾を迂回することを考えたほうが良い。これが部下の考えだ。

「……そうだな。ただ問題は……実際に見られそうだ」

 同じことを他軍も考えた。キルシュバオム公国軍、そして王国騎士団の両方から騎馬隊が飛び出していく。対するアイネマンシャフト王国軍からも騎馬隊が飛び出してきた。騎馬隊同士の戦い。数の上ではローゼンガルテン王国軍が圧倒的に有利に見える。
 さらに、それを見て、これまで様子見を続けていたゾンネンブルーメ公国軍も動き出そうとしていた。

「敵が飛び出してきたぞ! 部隊を前進させろ!」

 アイネマンシャフト王国軍が盾の影から飛び出してきた。これをゾンネンブルーメ公国軍は攻撃の絶好の機会だと考えたのだ。

「他軍に遅れるな! 急げ!」

 命令を受けて駆け出して行くゾンネンブルーメ公国軍の部隊。その手にあるのは弩だ。敵騎馬隊を弩兵部隊で攻撃しようと考えたのだ。ゾンネンブルーメ公国軍にとっての切り札のひとつ。魔人との戦いで活躍した部隊のひとつだ。
 敵騎馬隊の動きを見ながら布陣場所を決め、そこに向かって全力で駆ける弩兵部隊。その足を止めたのは、アイネマンシャフト王国軍の魔法攻撃だった。

「どうした!? 急げ! 敵の先回りをするのだ!」

 アイネマンシャフト王国軍の魔法攻撃はゾンネンブルーメ公国軍に向けられたものではない。キルシュバオム公国軍、王国騎士団の騎馬隊に向けられたものだ。まだ接触には距離がある状況でアイネマンシャフト王国軍の騎馬隊から一斉に放たれた魔法。その威力はすさまじくローゼンガルテン王国軍の騎馬隊の四分の一を吹き飛ばしてしまった。
 さらに混乱するローゼンガルテン王国軍の騎馬隊に騎乗から矢が放たれる。正確に敵騎士を撃ち抜いていく矢。両軍の騎馬隊がすれ違ったあと、ローゼンガルテン王国軍側はほぼ馬だけが駆けている状態になった。

「何をしている!? 動け! 動かんか!」

 足を止めたままのゾンネンブルーメ公国軍の弩兵部隊。彼らは目の前で行われたアイネマンシャフト王国軍の攻撃を知っている。大規模魔法による一斉攻撃で敵に大打撃を与え、残る敵を弓矢で掃討していくその攻撃を何度も目の前で見ている。味方として。
 薄々は感じていた。はっきりと分かっていても分かっていない振りをしていた人たちも少なくなかった。自分たちの街や村を解放してくれたのは何者かということを。
 アイネマンシャフト王国軍の騎馬隊が近づいてくる。見慣れた装いの騎士たちが騎乗している。その騎馬隊から放たれた矢は、命令を発している指揮官だけを正確に射抜いていった。自分たちに恩人を殺せという命令を発する者たちだけを。
 結果、ゾンネンブルーメ公国軍は精鋭とされる戦力をこの戦いで使えなくなった。

「……そういえばまだあれを止める方法を思いついていなかったな」

 タバートにとっても良く知る戦法。精霊魔法と弓矢というエルフ族がもともと得意としていた戦い方に、機動力を付加したもの。味方としては頼もしいが、敵に回した時の対処法は思いついていなかった。

「……あの巨人族の盾は有効かもしれません」

「なるほど……まったく、あの男は……」

 戦術を考えたのは、間違いなくジグルスだとタバートは思っている。エルフ族の戦法を真似することが出来ても、すでに対処法をジグルスは考えてしまっている。そう考えた。

「次は何でしょう?」

 アイネマンシャフト王国軍は戦いのシナリオを考えている。初っ端で敵の戦意を挫き、味方に出来る者、そこまではいかなくても戦意を完全に失わすことが出来る人たちへの対応を行う。ここまでで敵戦力を、ほぼ無傷で削減することに成功。次の一手はどのようなものになるのかと部下は思った。

 

 

「……その前に伝令の到着だ」

「参戦の催促ですか」

「しかも王妃候補様、自らのお出ましだ。行動力に関しては、高く評価出来るな」

 馬に乗って駆けてきているのはクラーラ。その姿がはっきりとタバートにも見えた。自ら説得に動こうという行動力についてはタバートも評価する。だがクラーラは、もっとも重要なことを理解していないとも思う。

「タバート様!」

 ラヴェンデル公国軍の陣に駆け込んできて、タバートの名を呼ぶクラーラ。

「……何か御用ですか?」

 ここで隠れても意味はない。タバートが自軍の陣地にいないはずがないのだ。

「何故、参戦されないのですか!?」

 クラーラの用件は予想通り。ラヴェンデル公国軍も戦いに参加しろというものだ。

「何故? まさかと思いますが、クラーラ様は王家に弓引けと命令されているのですか?」

 参戦しない口実。ジグルスが用意してくれたであろうこれを、タバートはここで使うことにした。

「そんなことは言っていません!」

「ですが向こうには王女殿下がいらっしゃる。王女殿下に剣を向けるわけにはいきません」

「……王子殿下のご命令に逆らってもですか?」

 説得材料として良いものではない。それはクラーラにも分かっている。だがカロリーネに剣を向けさせようと思えば、彼女以上の権威を使うことしか思いつけない。

「王子殿下は妹君を討てと命令されたのですか?」

「……いえ」

 そんな命令を発するはずがない。嘘をついてもすぐにバレる。

「では我らは、少なくとも王子殿下のご意向がはっきりするまで参戦することは出来ません」

「でも……それでは……」

 この戦いには勝てない。ラヴェンデル公国軍が参戦しても勝てる保証はない。ここまでローゼンガルテン王国軍はまったく歯が立たない状況。ここまで劣勢になるとはクラーラは考えていなかった。

「……我々を説得するよりも王国騎士団長の説得に向かわれたほうが良いのではないですか?」

「騎士団長ですか?」

「ええ。どうやら王女殿下のご出陣です。このままでは、ローゼンガルテン王国の旗同士で戦闘が行われることになります」

「そ、そんな……」

 タバートの言う通り、ローゼンガルテン王国の旗を掲げた部隊が、巨人族の盾の間から進み出てきている。部隊を率いるのはカロリーネ。ローゼンガルテン王国の旗を掲げた、ローゼンガルテン王国の王女が率いる部隊が敵陣から出てきた。このままでは実際に直接、剣を交えることになるのだ。
 さすがにこの状況はクラーラもまずいと思う。カロリーネと戦った。それだけでも問題なのに万一、戦死なんてことになったらアルベルト王子がどう思うか。それにどう対処すれば良いのか。クラーラにはまったく思いつかない。そうであればそうなる前に止めるしかない。
 タバートの忠告を受け入れて、なんていう気持ちはないが、クラーラは馬を駆って、陣地を飛び出していった。

「……やはり、自分が誰と知恵比べをしようとしているか分かっていないのだな」

 ジグルスが描いた筋書きをクラーラは変えようとしている。それを実現したければジグルス以上の策を弄さなければならない。まず間違いなく、一つや二つ失敗しても次善の策を用意しているだろうジグルスの周到さを超えなければならない。それをクラーラは分かっていないとタバートは思っている。仮に分かっていても、彼女にジグルスを超えることは無理だと考えている。

「これで王国騎士団が動けなくなれば、あとはキルシュバオム公国軍だけですか」

 カロリーネ率いる部隊と戦うことを躊躇って王国騎士団が動けなくなれば、残る戦力はキルシュバオム公国軍だけになる。それで戦いは一気に決着の時を迎えることになると部下は考えた。

「……王国騎士団がどう動こうと決着の時だ」

 こう言って空を指差すタバート。

「……あの数……もしかして万はいきますか?」

 タバートが指さす先には飛竜の群れ。空の一角を黒く染めてしまうくらいの大群が空を飛んでいた。その意味を部下も分かっている。飛竜による部隊移送。ゾンネンブルーメ公国での戦いで、これも何度も見ている。
 だが空を飛ぶ飛竜の群れはその時とは数が、比べるのが馬鹿馬鹿しくなるくらいに違う。それだけの飛竜を必要とする増援部隊がどこかに、そう遠くない場所にいるのだ。
 タバートたちの予想通り、それはすぐに姿を現した。ローゼンガルテン王国軍の後方に突然浮かび上がった漆黒の影。だが影に見えたそれには人を殺す力があった。巨大な釜の一振りで何十という数が斬り払われる。
 安全な後方にいたはずが、突然襲ってきた惨劇。動揺する後軍の兵士たちにさらなる悲劇が襲い掛かる。

『敵襲! 後方に敵軍出現! その数……およそ五千、い、いや、一万!』

 この警告の声が聞こえた時にはすでにアイネマンシャフト王国軍、ジグルス率いるケントール族部隊はローゼンガルテン王国軍に背後から襲い掛かっていた。騎乗するエルフたちによる大規模魔法の一斉攻撃から弓矢での攻撃。ここまでは近衛以外のエルフ族騎馬隊と同じ。異なるのは、そこから敵陣を切り裂くように突撃をかけること。
 ケントール族の巨体に跳ね飛ばされるローゼンガルテン王国軍の騎士や兵士。それを避けられてもケントール族が持つ槍や剣が襲い掛かって来る。
 ローゼンガルテン王国軍を襲うのはジグルスの部隊だけではない。フレイが率いる部隊。グウェイが率いる部隊も大混乱に陥っているローゼンガルテン王国軍に白兵戦を挑んでいく。
 さらに正面からも、巨人族の楯の影に隠れていたアイネマンシャフト王国軍の部隊が次々と飛び出してきた。

「……これは……下手すると、この一戦で終わるのではないか?」

 圧倒的な破壊力。それに抗う術がローゼンガルテン王国軍にあるとは思えない。ラヴェンデル公国軍やゾンネンブルーメ公国軍の一部のように離脱した軍勢がいるとしても、たった一戦でローゼンガルテン王国軍七万が壊滅してしまうというあり得ないことが、現実になろうとしている。

「……ああいう人だったのですね?」

「何のことだ?」

「ジグルス・クロニクスという人は、なんというか、同じ目立つでも今とは違う印象でした。今の彼は、これだけ離れて見ているのに……」

 後方からローゼンガルテン王国軍を突き抜けて、最前線まで飛び出してきたジグルス。部隊を反転。再突入の機会と場所を探っているのか、その場にとどまったまま戦場を睥睨している。動きのないジグルス。だがその姿は異常に目立つ。惹きつけられて視線を外せなくなる。
 学院時代のジグルスは今のような雰囲気を持っていなかった。言動で目立つことはあっても、ただ立っているだけで周囲の注目を集めるような存在ではなかった。その違いに部下は驚いているのだ。

「多種族を統べるという、過去に前例のない偉業を成し遂げた英雄だからな」

 リーゼロッテを支えるだけだった学院時代とは違う。今のジグルスは、彼自身が周囲から持ち上げられる立場。その立場に自らの力で
昇ったのだ。

「……やきもちは止めておいたほうが良いと思います」

「はっ?」

「リーゼロッテ様も、こうして遠目で見ても、その美しさが分かるほど……さらに美しくなられたようですね?」

 そのジグルスの隣に並ぶリーゼロッテ。彼女もまた周囲の注目を集めないでいられない魅力を放っている。こんなことを言ってくる部下も学院時代とは変わっている。タバートと従属貴族の子弟たちの間に、学院時代にはあった見えない壁が今はなくなっている。タバートにとって嬉しい変化だ。

「お前な……あの二人の間に割り込むことなど出来るはずがない。これは学院時代から変わらないことだ」

「そうですね。変わらないものもあります」

 ジグルスとリーゼロッテの関係以外にも以前から変わらないものがある。タバートと二人の関係もその一つだ。変わらないでいられた。今はこの幸運に心から感謝している。二人の信頼を裏切らないでここまで来られたことを、本当に良かったと思える。この先まだまだ難しい局面は続くはず。そうであっても、やはり変わらないままでありたいとタバートたちは強く願っている。