月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 第140話 頂上決戦

異世界ファンタジー 異伝ブルーメンリッター戦記

 魔王軍は時を同じくして全部隊が後退した。それを追うアイネマンシャフト王国軍。地下通路のあちこちで後退する魔王軍と追うアイネマンシャフト王国軍との間での戦闘が行われた。ただ、それほど激しいものではない。魔王軍は最低限の抵抗を行うだけで、後退を急いでいる。それを追うアイネマンシャフト王国軍の追撃も執拗ではない。魔王軍には何か策がある。こう考えて、先を急ぎ過ぎて孤立する部隊が出ないように慎重に前進しているのだ。
 両軍が再激突したのはこれまでとは異なる広い空間。後退した魔王軍、それを追ってきたアイネマンシャフト王国軍の各部隊がその場所に集まっての戦いだ。
 あらかじめ簡易陣地を構築していた魔王軍はその中に籠って、防御に徹している。対するアイネマンシャフト王国軍は魔法を主体とした攻撃。魔王軍の出方を探る意味もあって、距離を取っての攻撃を繰り返している。
 広い、とはいえ地下の空間を行き交う魔法。両軍とも、一応は気を使っていて、大規模魔法は使ってない。地下通路の天井が崩落なんてことになるのを恐れているのだ。
 その小中規模魔法の撃ち合いで、圧倒的な攻撃力を見せているのはユリアーナ。もともと個対個の魔法攻撃は彼女の得手。それを活かしているのだ。
 そのユリアーナに対抗出来るとすればリーゼロッテがその一人、なのだが彼女はこの戦場にいない。地上でローゼンガルテン王国軍、それと魔王軍が地上に出てきた場合に備えているのだ。
 小中規模魔法の撃ち合いでは対抗出来ない。そうであれば守りに徹すれば良い。それが出来る人はいる。ジグルスがそうだ。ユリアーナが放つ魔法をことごとく漆黒の剣で斬り払うジグルス。放った魔法はアイネマンシャフト王国軍に届くことなく、霧散してしまう。

「……行くわ」

 魔法での一騎打ちの形になった。しかもジグルスには通用していない。剣での戦いに切り替えるのは自然の流れだ。そう考えて、ユリアーナは陣地を飛び出して、前に出る。
 アイネマンシャフト王国軍からの魔法攻撃に勢いが増しても気にしない。彼女の役目はジグルスを引き付けることだ。

「今日こそ決着をつけてあげる」

「……そういうお約束みたいな台詞を使うと死ぬから」

「死なないわよ!」

 両軍のほぼ中央で激突する二人。攻めるユリアーナと守るジグルス。これまでと同様の展開だ。乱れ飛ぶ魔法など気にすることなく、激しい戦いを繰り広げる二人。
 それを見守る人は誰もいない。そんな余裕は両軍共にない。魔法攻撃で押し始めたアイネマンシャフト王国軍は全体を前に出す。魔法で足止めしようとする魔王軍だが、それは叶わない。アイネマンシャフト王国軍に届く前に相手の魔法で撃ち落されていく。

「どうして寝返ったのです!?」

「馬鹿馬鹿しくなったからよ!」

「馬鹿馬鹿しい?」

 魔王側に寝返った理由。返ってきたユリアーナの答えは、ジグルスには意外なものだった。

「私はこの世界の頂点に立ちたいの! 誰かの踏み台になるつもりはないの!」

「踏み台になんてなっていないはず!」

 ユリアーナはこの世界の主人公。踏み台キャラとは真逆の存在であるはずだ。

「なろうとしていたわよ! 手柄は全てエカードのもの! せめて王妃の座くらいあるかと思ったけど、それも別の女に奪われそうだった!」

「それって……」

 もしかしたら自分のせいかもしれない。こんな風にジグルスは感じてしまう。彼女の為に用意されていたストーリー。それを歪めた者がいるとすれば、それはジグルス。彼にはその自覚がある。

「だったら敵に回って、そっちで頂点を目指したほうは良いでしょ?」

「……それでハッピーエンドになるのですか?」

 主人公がいなくなった世界。敵側に回ってしまった世界。それで世界は正しい結末を迎えるのか。ストーリーの書き換えを強く望んでいたはずなのに、ジグルスはそれが気になってしまう。

「私にとってのハッピーエンドにはなるわね。多くの者たちが私に跪くの。当然、君も。君にはベッドの上でも尽くしてもらうことにする」

「……それは主人公のやることじゃない」

「ええ、そうよ。私は主人公を辞めたの。正義の味方も辞めた。ストーリーに縛られることなく、自分の好きなことをする。そう決めたの」

 本来の主人公がいなくなれば、世界は新たな主人公を、その主人公によって紡がれる物語を必要とする。それを実現するには本来の主人公である自分がストーリーから逸脱するしかない。ユリアーナはこう考えたのだ。

「……結局、欲望を満たす為ですか」

 だが胸の内の思いは言葉にしなければ他人には通じない。

「もともとこの世界は欲望を満たす為の世界よ。性モラルなんて存在しないR18の世界だもの」

「俺が知るこの世界は正義の味方が活躍する世界ですけどね」

「……そう。どうやら違うゲームみたいね。私は私のゲームを続けるわ。君の大切な人も私のゲームに引き込んであげる。何をさせようかしら? まず服は禁止ね。素っ裸で――」

 甲高い金属音が鳴り響く。ジグルスが振るった剣を受け止めた音だ。

「冷静さを失うと、死ぬわよ?」

「……ご忠告ありがとうございます。では冷静に貴女を殺すことにします」

「こわーい。でもそんな君も好きよ!」

 ユリアーナの反撃。小さなつむじが宙を舞い、すぐにそれは大きくなってジグルスに襲い掛かる。だがユリアーナが放った魔法はジグルスに届く前に霧散する。振り下ろされた剣。間を空けることなくジグルスはそれを斬り上げた、
 軽く後ろに跳んでそれを躱したユリアーナは、また一瞬でジグルスとの間合いを詰める。振り上げられる剣と振り下ろされる剣。それが激突する前にユリアーナの体が真後ろに吹き飛び、背中から地面に落ちていく。

「……痛いな、もう。女の子を蹴るなんて酷くない?」

 ジグルスの追撃を警戒しながら、ゆっくりと立ち上がるユリアーナ。

「そういうプレイは貴女のゲームにはなかったのですか?」

「私はソフトなのが好きなの」

「そうですか。ご要望には応えられそうにありませんね」

「そんなこと言わないで付き合ってっ!」

 ジグルスの懐に飛び込むと同時に魔法を放つユリアーナ。近距離での魔法攻撃だ。剣で斬り払うことが出来ずにジグルスはまともに受けてしまう。だが、それはユリアーナも同じだ。自分が放った魔法で腕を切り刻まれていた。

「……意外でした」

「な、何が?」

 痛みに顔をしかめながら、ジグルスに問いを返すユリアーナ。

「捨て身の攻撃で来ることが」

「その捨て身の攻撃も君には通じないのね?」

 ジグルスのほうは、まったくダメージがないことはないのだが、ユリアーナに比べればかなり軽い。今のジグルスとユリアーナでは魔法耐性にかなり差があるのだ。

「魔人とエルフの混血なので。魔法耐性は強いようです。それ以外にもありますけど説明は省略で」

「……チートね」

「ああ、そうかもしれませんね。でも、この力のおかげで守れるものがあります。今は素直に感謝出来るようになりました」

 異世界に転生したのに才能を与えられなかったことを恨んでいた。才能だけで偉そうにしている奴らが許せなかった。チートなんて認めたくなかった。過去のそういった気持ちはかなり薄れている。努力であろうと才能であろうと守りたい人を守れる力があることに感謝出来るようになった。

「……やっぱり、君だ」

 涙が零れそうになるのをこらえながらジグルスを見つめるユリアーナ。自分の考えは間違いではなかった。選択は正しかった。そう思えた。

「何が?」

「……私の物にしたい一番は君だってことよ! ニクラス、魔王の所まで下がるわよ!」

 ジグルスに背中を向けて、一目散に逃げていくユリアーナ。不意をつかれたジグルスは、それにすぐに反応出来なかった。

「……全体の動きは把握出来ている?」

 周囲に人影のない中、一人呟くジグルス。

「だいたいのところは。魔王軍全体が後退しているみたいだね」

 それに応えたのはジグルスから離脱して、実体化したルーだ。

「後方は居住空間になっているって話だったね?」

 今は後退する魔王軍を追って、城内に突入しているような状況。悪い状況ではない。

「そう。魔王の居室を守る為に敵は後退している、って情報が伝わっているみたいだけど……」

「もしかして罠?」

 口ごもったルー。単純に喜べる状況ではないのだとジグルスは受け取った。

「……まだ断定は出来ないけど、確かに魔王らしき人はいるみたい。魔王を見たことがある精霊はいないから、あくまでもらしき人だけどね?」

「魔王自らが囮に? いや、自分自身も戦いに出るつもりなのかもしれないか……」

 罠であれば追撃の中止を考えなくてはならない。だがそうでなければ魔王を討ち取るチャンスだ。どちらであるか決めるには材料が足りなかった。

「それはあるね。でも彼女はどこに向かっているのかな?」

「どういうこと?」

「今のところ、彼女は別の方向に進んでいるみたい。この先、正しい方向に向かうのかもしれないけど、そうならない時は彼女はどこに向かっているのだろうね?」

「……なるほど……何人いる?」

 少し考えて、人数を尋ねるジグルス。ルーに向けたものではない。周囲に潜んでいる冥夜の一族に向けたものだ。

「十五です」

「……追撃している味方に罠への警戒を指示。それと二小隊をこちらに回すように伝令、あとは俺に付いて来い」

「御意」

 後ろを振り返ることなくユリアーナが消えていった地下通路に向かって駆け出すジグルス。そのあとを十ほどの黒い影が追いかけていった。

 

◆◆◆

 ジグルスから逃げ出したユリアーナは、先で潜んでいたニクラス等と共に地下通路を奥へと進んでいる。その歩みは急いでいるとは言えないもの。先頭を歩いているユリアーナの表情はかなり辛そうだ。

「急いで治療しないと」

「大丈夫。ちょっと失敗しただけよ。自分の魔法の威力なんて受けたことないから分からなくて」

 ユリアーナが辛そうな表情をしているのは、魔法の自爆によって受けた傷のせい。傷口から流れる血は腕を真っ赤に染め、指先から地面に滴り落ちている。

「せめて出血を止めないと。血を流し過ぎては危険です」

 ユリアーナの顔は真っ青だ。傷の痛みよりも出血によるもの。ニクラスは出血多量による死を恐れている。

「そんな時間はないから。彼にこんなところで追いつかれるわけにはいかないの」

 だがユリアーナは治療を受け入れない。走ることが出来なくなってからずっとニクラスは言い続けているのだが、足を止めようとしなかった。

「しかし、このままでは!」

「このまま行くの! 行かなければならないの! もし私が動けなくなったら、ニクラス! 貴方が私を運んで! 絶対に私を連れて行って!」

「ユリアーナ様……」

 何故、ここまでユリアーナが頑なに治療を拒むのか。何故、怪我をおして、魔王のところに向かうとしているのか、ニクラスには分からない。

「お願い……私はこの時の為に……どうしてもやらなければならないことがあるの」

「……分かりました。ここから先は私が運びます。どうぞ、背にお乗りください」

 ユリアーナの前で背中を向けてしゃがみ込むニクラス。彼女を背負って運ぼうと考えているのだ。その背中に体を預けるユリアーナ。立ち上がったニクラスは目的地に向けて、足を踏み出す。
 この先に何が待っているか分からない。だがユリアーナにとって命に代えても成し遂げたい何かがあるのだ。そうであるならば、自分たちもまた命を賭してそれを支えなければならない。その為に彼らはユリアーナについて来たのだ。

 

◆◆◆

 ユリアーナたちに遅れることわずか数分ほど。ジグルスは十人の冥夜の一族と共に地下通路を進んでいる。奥に進むほど複雑に入り組む地下通路。居室スペースへの入口も増えていて、行き止まりになっている通路も多い。そんな中をジグルスたちは、歩みは速くないが、確実にユリアーナたちの後を追い続けている。精霊たちのおかげもあるが、それだけではない。ユリアーナたちが進んだあとには、その痕跡がはっきりと残されているのだ。

(……どう考えても罠だけど……あの馬鹿、俺を罠にかける為に死ぬつもりか?)

 ユリアーナが残した痕跡は彼女の血。追跡をわざわざ容易にしているのは、かなり怪しいのだが、その為に流している血の量はかなりのもの。ジグルスが出血死を危ぶむくらいだ。

(……何を考えているのか、また分からなかった。今回は自分のせいだな。あんな単純な挑発に乗るなんて……)

 リーゼロッテの話を出されて、ついカッとなってしまった。冷静になってみれば、話題を逸らす為の挑発であることは分かる。だが学院時代の印象がまだ気持ちの奥に残っていて、リーゼロッテのことになると冷静でいられなくなるのだ。

(気を付けないとな…………今、気を付けるのは別のことか)

 リーゼロッテを自分の弱点にしてはいけない。だが今はそれを考えている状況ではない。心に吹き上がってきた警戒心。すぐ先に何か、恐らくは敵がいる。それが誰かとなれば。
 ジグルスと同じように危険に気付いた冥夜の一族が、警戒しながらもすぐ前の扉を開ける。そのまま扉の中に二人が飛び込んでいく。警告がないのを確認して、ジグルスも部屋の中に足を踏み入れた。

「……なるほど。彼女の目的はこの場を作ることでしたか」

 少し先に立つ人物が、声を発してきた。その足元にはユリアーナが倒れている。その横には心配そうな表情で跪いているニクラスと他の側近たち。

「……魔王、で良いのかな?」

「ええ。私が魔王、ヨルムンガンドです。ジグルス・クロニクス。アイネマンシャフト王国の国王ですね?」

「ああ、そうだ。ちなみにこれは罠なのか?」

 本物の魔王が、今のところはまだ本人がそう言っているだけだが、待ち構えていた。それ以外の敵は床に寝ているユリアーナと彼女の取り巻きたちだけ。危機的状況という感じではない。

「罠に嵌められたのは私のほうだと思いますよ。彼女は別の場所に貴方を案内するはずだったのですから」

「彼女が……」

 ユリアーナは魔王ヨルムンガンドを裏切っていた。それが本当であるとすれば、彼女の目的は何なのか。自分の役に立ってくれたのは分かる。だが何故、自分の為にこんな危険な駆けに出たのかが分からない。

「ただどちらにとっての罠であるかは、どちらが生き残ったかで決まることになります」

 敵味方は少数。戦いはほぼ一騎打ちの状況だ。ヨルムンガンドはニクラスたちを戦闘に加わらせるつもりはないので、ジグルス次第では完全な一騎打ちになる。どちらにとってこの状況が良いことかは、戦った結果、分かること。敗者にとって罠なのだ。

「確かに。じゃあ、始めるか」

 ジグルスもヨルムンガンドと一騎打ちで決着をつけることを選んだ。敵味方に分かれていても求めるものは同じ。魔族が安心して暮らせる世界。魔人同士での殺し合いを求めているわけではない。

「そうですね。始めましょう」

 アイネマンシャフト王国国王ジグルスと魔王ヨルムンガンド。二人の戦いが始まる。この戦いを終わらせる為の、魔族の未来を守る為の戦いが。