多くの小部隊がアイネマンシャフト王国の防衛圏内を駆けまわっている。ローゼンガルテン王国とそれを追う魔王軍。その魔王軍の掃討に動いているアイネマンシャフト王国軍。魔王軍は当然、ローゼンガルテン王国軍だけを標的にしているわけではない。本当の標的はアイネマンシャフト王国軍であり、防衛圏内のあちこちで遭遇戦が繰り広げられている。
魔王軍とアイネマンシャフト王国軍の戦いが激しさを増すことはローゼンガルテン王国軍にとって悪いことではない。魔王軍にローゼンガルテン王国軍の相手をしている余裕がなくなれば、それだけ行動の自由を得られる。徐々にではあるが、ローゼンガルテン王国軍は移動速度があがり、合流が進むようになってきた。このまま順調に行けばグラスルーツへの撤退は可能。この安堵感が失敗を生む。
移動中に発見した村。警戒しながら近づいてみると、どうやら味方の部隊がいる。また合流が進むと喜んで村に入ったエカードたちであったが。
村の中は今にも戦闘が始まるのかと思うような物々しい雰囲気だった。
「何が起きている?」
「えっ? あっ、総指揮官! ご無事でしたか?」
声を掛けてきたのがエカードだと分かって驚いている騎士。
「なんとか。君たちも無事で良かった」
「はっ。かなり厳しい状況が続いていたのですが、なんとかここまでたどり着けました」
「そうか……それで? 何かあったのか?」
村に入ってきた自分たちに気付けないほど気を取られていたこと。何が起きているのか、ますます気になった。
「はい。魔人が子供を人質にとって立てこもっております」
「魔人が? 何故そのようなことになった? 事の経緯を説明してくれ」
騎士の説明だけでは状況がまったく掴めない。より詳しい説明をエカードは求めた。
「はっ。移動中にこの村を発見し、怪我人も多く、そうでない者も疲労がたまっていることから、しばらく滞在しようと考え、実際に村に入りました。幸いにも村民は快く受け入れてくれ、三日ほど前から滞在を続けていたのですが、昨晩になって魔人が村に侵入してきました」
「数は?」
「確認しているのは二体です」
「二体……」
たった二体。味方も百名ほど。説明された通り、怪我人も大勢いるように見え、戦闘能力はかなり低いと思えるが、それでもたった二人で攻めてくるのは舐めすぎているとエカードは思った。
「幸いにも見張りがすぐに発見し、かつ魔法士であったので即時攻撃を仕掛けて、かなりの傷を負わせたはずなのですが……」
「油断して人質をとられたのか?」
騎士が口ごもったのは、自分たちの失敗を話したくないから。エカードはそう理解した。
「油断は油断なのですが……」
「きちんと説明されないと分からない」
「……ではこちらに来てください。そのほうが状況はお分かりになります」
その場で説明することなく歩き出す騎士。そのあとをエカードは、レオポルドやマリアンネたちも付いて行く。騎士が連れてきたのは味方が取り囲んでいる建物の前。包囲の先頭にエカードたちは出た。
「……人質を解放して出てこい!」
おもむろに建物に向かって叫ぶ騎士。
「断る! お前たちこそ、村を出ていけ! そうじゃないと僕は殺されるぞ!」
返ってきたのは、明らかに子供の声。しかも言っていることが少しおかしい。
「……こんな感じで、交渉の窓口は人質にされているはずの子供なのです。ちなみに、負傷した魔人を建物の中に運び込んだのも子供だったと見ていた者は証言しております」
「どういうことだ?」
騎士の話では人質の子供は自らこの状況を作り上げたことになる。騎士が口ごもった理由がエカードにも分かった。
「分かりません。状況が分かりませんので、こうしてただ建物を囲むことしか出来ておりません」
「村長はいるか?」
「すぐそこに。説得するように命じたのですが……」
また騎士の説明が途切れる。村長への説得依頼も、思う通りに行かなかったのだとエカードは理解した。その詳細は、騎士ではなく村長自身に尋ねることにしたエカード。村長のいる場所に向かって歩き出した、といってもすぐそこだ。
「ブルーメンリッター総指揮官のエカード・マルクだ。今の状況について話を聞きたい」
「状況と申しましても……ご覧の通りでございます」
腰をかがめて、上目遣いで話す村長。だがその口から出た言葉は、協力的なものではない。
「……人質になっている子供は?」
「この村の子供です」
「両親は?」
「自宅におります。心労で倒れるようなことにならないようにと考え、そうするように私が言いました」
エカードの問いに答える村長。ここまでは普通のやり取りだ。
「子供が魔人を建物の中に運び込んだと聞いたが?」
「何かの間違いではないですか? 子供に魔人を運べるはずがありません。それに魔人は二人だと聞きました。そんな力持ちの子供がおりますか?」
騎士の説明を否定する村長。ただ村長の言っていることはもっともだ。普通に考えて、子供が魔人二人を運べるはずがない。担いで運んだということであれば。
「……交渉の窓口を子供が行っている。あれをどう思う?」
「分かりません。命じられてのことではないでしょうか?」
「そうだな……あの建物の中は分かるか?」
「……おおよそのことは」
村長の顔が曇る。ようやく、という表現はおかしいが、エカードが気になる点が出てきた。
「説明してもらおう。人質がいるのは二階だな? 一階はどうなっている? 二階に上る階段はどの辺りだ?」
「……あの建物は農具などを置いておく倉庫です。屋根裏には梯子で登ります。普段であれば梯子は外れていますが、今どうなっているかは分かりません」
「外されている可能性もあると?」
そうであれば、一階から屋根裏へはすぐには登れない。突入経路としてはあまり良くはない。
「……そうですね。なくはありません」
少し間を空けて答えてきた村長。空いた間の意味をエカードは考えている。悩むような質問ではないはずなのだ。
「外から屋根裏に上る方法はあるか?」
「……ないと思います」
「では作るしかないか。梯子を集めてくれ。あと死角となっている場所の確認も」
騎士に指示を出すエカード。建物の外から屋根に上って、そこから屋根裏に突入。詳細を聞かなくても考えていることは分かる。
「お止め下さい! 相手は貴方がたがいなくなれば出ていくと言っているのです!」
突入を止めるように言ってくる村長。
「約束が守られる保証はない」
「失敗すれば子供が殺されてしまうのですよ?」
「だからといって何日もこのままで放置しておくことは出来ない。子供だって衰弱してしまうだろう」
エカードは突入を思いとどまるつもりはない。時間を使う気もない。突入は成功すると信じているのだ。
「今すぐに貴方たちが出ていけば良い。それで子供は解放される」
「だからその保証はない」
「失敗した時にどう責任を取るつもりですか?」
「失敗はしない。我々を信じろ!」
エカードは本気で失敗しないと考えている。だがそれを言われても、村長が受け入れられるはずがない。
「……貴方たちを信じろと? ずっと裏切ってきた貴方たちの何を信じられると言うのですか!?」
受け入れるどころか反発心が生まれるだけだった。穏便に済ます為にと我慢して押し殺していた想い。それがつい口から出てしまった。
「それは……」
ローゼンガルテン王国に対する不信。エカードはそれを初めて目の当たりにした。
「そんなに魔人を殺させたくないのかな?」
割って入ってきたのはレオポルド。彼はエカード以上に村長に、この村に疑いの目を向けているのだ。
「どういう意味ですか?」
「子供は人質じゃない。魔人を助けようとしているのではないかな?」
「何故?」
「君たちは魔王に従っている。ここで魔人を見殺しにしては、あとでどんな罰を受けるか分からない。こういうことではないのかな?」
ようやく尻尾を掴んだ。そんな思いで嬉しそうに村長を問い詰めようとするレオポルド。
「我々が魔王に従っている……本気で言っているのですか?」
「もちろん本気だ。証拠も掴んでいる」
「『魔王』に従っている証拠ですか。では見せてください。『魔王』に従っている証拠を」
そんなものがあるはずない。アイネマンシャフト王国は魔王と戦っているのだ。
「……すぐに見せてやる。突入だ! 今すぐに突入しろ!」
「レオポルド!?」
「大丈夫だ! 魔人は子供を殺さない! 人質なんかじゃないからな! そしてそれが証拠になる! 魔人を生きて捕らえられれば、もっとはっきりとした証拠を得られる! 突入しろ! 魔人を捕らえろ!」
周りに命令するだけでなく、自ら建物に向かって駆けていくレオポルド。それを見て、躊躇っていた他の者たちも後に続いた。
「逃げろ、リーン! 逃げるんだ!」
それを見て、叫ぶ村長。
「……ほら、それが証拠だ」
それを聞いたレオポルドは途中で立ち止まり、満面に笑みを浮かべて村長に向かってこう告げた。
「愚かな……」
はめられた。それが分かった村長だが、事態は変わらない。自分が逃げろと叫ばなくてもローゼンガルテン王国軍は建物に突入する。結果は変わらないのだ。
「その言葉はそのまま返す。魔王に従うなんて愚かな選択をしたことを悔やむ良い」
「我々は魔王になんて従っていない」
「まだ惚けるか。往生際が悪いな」
村長は恍けてなどいない。事実を告げている。だが今のレオポルドには分からないことだ。
「来るな! 死ぬぞ! 僕は死ぬぞ!」
「もう良いよ! テオ! 僕が悪いんだ! 僕のせいだ!」
「謝るな! 悪いのはこいつらだ! 僕がテオたちを守る! こんな奴らに指一本触れさせるものか!」
建物の中から聞こえてくる声。子供二人の声だ。その声を聞いた村長の顔が歪む。本当に仲の良い二人。以前であれば考えられない二人の関係。実現するなど思っていなかった他種族共存。ようやく形になってきたそれが壊されようとしている。それが悔しくてたまらない。
もともとは既存の価値観に捉われ、アイネマンシャフト王国の思想に否定的であった村長だが、だからこそ、まさかの未来を感じさせてくれる二人の関係を大切に思っているのだ。
「……その二人を黙らせろ! 黙らせてさっさと連れてこい!」
子供たちの声を聞いて、複雑な表情を見せているエカードとマリアンネ。それを見たレオポルドはなおさら事を急ごうとしている。裏切りの確かな証拠を得て、自分が正しかったことを証明したいのだ。自分は間違っていないと示したいのだ。
レオポルドの指示を受けて、というわけではないのだが建物の中に突入した騎士たちによって、中にいた人たちが引き出されてきた。人族のテオと有翼族のリーン、残る二人の有翼族。かなりひどい怪我を負っているその二人はリーンの両親。いきなりローゼンガルテン王国軍がやってきて、逃げ出すことが出来なくなったリーンを助ける為に村に来たのだが、見つかって怪我を負ってしまったのだ。
「さて、君たちには全てを話してもらうよ」
「その必要はないわ!」
「誰だ!?」
割り込んできた声。その声の主が誰か探ろうと周囲を見渡すレオポルド。だがそれらしき者はどこにもいない。地上を見ていても見つかることはない。
自分を囲む人たちの視線。それが宙を向いていることに気が付いたレオポルド。ゆっくりと周りの視線に自分のそれを合わせる。だがその時にはすでに声の主は地面に降り立とうとしていた。レオポルドの目に映ったのは空に浮かぶ飛竜だけだ。
「……リーゼロッテ」
現れた人物が何者か告げる言葉はエカードのもの。だがこれだけでは彼女が何者かは分からない。
「お、王妃様!?」
追加情報は村長が教えてくれた。それを聞いてもローゼンガルテン王国軍の人々はすぐに理解出来ないだろうが。一斉にその場に跪く村人たち。まさかのリーゼロッテの登場に誰もが驚いている。
「今は非常時。そのような礼は無用です」
村人たちにこう告げて歩き出すリーゼロッテ。向かう先は捕らわれている人たちのところ。リーゼロッテ一人ではない。フェリクスも同行している。実際には、見えないだけで他にも大勢いるが。
「何をしに来た?」
リーゼロッテの行く手を遮ろうとするレオポルド。
「無礼者! 控えろ!」
「……なんだと?」
そのレオポルドの前に立ちふさがったのはフェリクスだ。彼に無礼者呼ばわりされる覚えはレオポルドにはない、のだが。
「聞こえなかったか? 控えろと俺は言ったのだ」
鋭い視線をレオポルドに向けるフェリクス。学院時代より一回り以上大きくなった鍛え上げられた体。頬に残る傷。傷は頬だけではない。体のあちこちに傷跡はある。歴戦の勇士。フェリクスはかつての彼とは違う。
「き、貴様……」
そのあとが続かない。フェリクスの圧に耐えきれずに後ずさるレオポルド。控えろには足りないが、リーゼロッテが前に進むには十分だ。レオポルドを押さえる位置に立つフェリクス。その前を悠々とリーゼロッテは通り過ぎていく。
レオポルドがそんな様子では、あとの者たちにリーゼロッテの邪魔が出来るはずがない。そもそも何が起きているのかも分からない。圧倒的な存在感を放っているリーゼロッテの姿を呆然と眺めているだけだ。
「……よく頑張りましたね?」
「王妃様……僕……」
「貴方たちは頑張りました。今はそれで良い。それよりも……」
心配なのは怪我をしている両親のほう。二人の治療を急がなければならない。
「大丈夫ですか?」
「……お、王妃、自ら……も、申し訳……ありません」
「謝罪は無用です。私は彼らの第二の母になると約束しました。第一の母である貴女が動けなくなってしまったのであれば、私が動かなければなりません」
「あ、ありが、とう」
「御礼も。もう話さないで。私は貴方たち全員を助ける為に来たのです。すぐに治療します。もう少しだけ我慢してください」
リーゼロッテがこれを告げる時にはもう、別の飛竜に乗ってやってきていた人族の医師が治療を始めていた。傷口を消毒し、異物がないかを確かめる。それが終わると今度はエルフ族の出番。治癒魔法の詠唱が村に響いた。
「……リ、リーゼロッテ。これはどういうことだ? きちんと説明してくれ」
治療が終わるのを待っているリーゼロッテに、エカードが声を掛けてきた。
「説明? 私が貴方に何を説明する必要があるの?」
「君たちが……君たちが魔王に仕えているという情報がある」
リーゼロッテは魔人を助ける為に村にやってきた。情報は事実なのだとエカードは思っている。
「エカード。貴方、相変わらず自分が聞きたいことしか聞こえないのね?」
「はぐらかさないでくれ! 情報は事実なのか? もしそうであるなら……」
リーゼロッテであってもこのまま逃がすわけにはいかない。殺めるつもりはない。エカードには、彼女に聞きたいことが山ほどあるのだ。
「はぐらかしてなんていないわ。村の人々が私を何と呼んだか聞いていないのかと言っているの」
「……王妃と」
これも聞きたいことの一つ。エカードの頭にあるのは魔王との政略結婚だ。
「私が王妃であれば王は誰? こんな簡単な問題も分からないのかしら?」
「王は……王は?」
魔王ではない。リーゼロッテの言い方はそういうものではない。
「私が隣に立ちたいと思う人は、世界にたった一人しかいないわ」
「……まさか……まさか、ジグルスなのか!?」
驚きで大きく目を見開くエカード。リーゼロッテが自ら望んで妻になりたいと望む相手。エカードの頭の中にも一人しかいない。だが男爵家の跡継ぎに過ぎなかったジグルスが王になっているなど、エカードには信じられない。
「すぐにここを去りなさい。これは昔馴染みである貴方たちへの最後の好意です」
「話をしたい! 何がどうなっているのかを説明してくれ!」
「最後の好意も受け取れないの? 何がどうなっているかは簡単よ。貴方たちは我が国の民を傷つけた。陛下はきっと貴方たちをお許しにならないわ。もう貴方たちを見逃してくれない。陛下の命令が出た瞬間、アイネマンシャフト王国軍は貴方たちを殲滅する」
北部にいるジグルスからの命令はまだ届いていない。この事実を伝える使者が向かっているところだ。まだローゼンガルテン王国軍には手出しをしないという命令は有効。それが取り消されないうちに旧リリエンベルグ公国領を出ろとリーゼロッテは忠告しているのだ。
「……無駄な戦いをするべきではない」
だがエカードの心に、リーゼロッテの忠告は届かない。
「民を傷つけた敵を討つことが無駄な戦い? 私は、私たちはそうは思わない。これまでもずっと民を守る為の戦いを続けてきたつもりよ」
「これからも勝ち続けられるとは限らない」
「貴方は勝敗が見えている戦いしかしないのね? 勝つ戦いしか行わないというのは目的を持って戦っていないということ。それこそ無駄な戦いだわ」
このやり取りも無駄。エカードは何も分かっていない。事を正しく理解していない相手と話をしていても正しい結論は出ない。結局、エカードは学院時代と変わっていない。思い込みだけで行動しているのだとリーゼロッテは思った。
「これが最後の忠告よ。今すぐに去りなさい!」
言葉と共に空に向かって放たれた光の矢。その矢を追って、視線を空に向けた人々の目に映ったのは、弩を自分たちに向けている有翼族の兵士。次々と空に舞い上がる有翼族の兵士たち。その数はローゼンガルテン王国軍をすぐに超えた。
「……百。数え終わるまでに村を出なければ攻撃するわ。もちろん、その前でも攻撃されれば反撃する」
「リーゼロッテ!」
「百、九十九、九十八……」
エカードの呼びかけを無視してカウントダウンを始めるリーゼロッテ。さらに声を掛けようとするエカードだが、周囲の者たちは耐えられなかった。リーゼロッテに背を向けて一斉に逃げ出してしまう。
その様子を見てもまだ躊躇いを見せたエカードだが、リーゼロッテが一切、自分に視線を向けることなく、カウントダウンを続けているのを見て諦めた。
仲間たちを追って、村の出口に向かうエカード。仲間たちはそこでエカードを待っていた、わけではない。
「どうした?」
先に進もうとしない理由を尋ねるエカード。
「囲まれています」
「何?」
リーゼロッテは他にも部隊を連れてきていた。有翼族とは異なり、重装備の鎧兜に身を固めた騎馬隊が、陣形を整えて村の外で待ち構えていた。どう行動すべきか。それを見て悩むエカードに騎馬が一騎近づいてくる。
「時間はそう残されていないと思うが?」
「君は……」
エカードは騎士を知っている。リーゼロッテの学院時代の取り巻きであり、彼女が率いたリリエンベルグ公国軍の騎士の一人、イザークだ。
「村を去れ。そう命令されているはずだ。それとも従わないつもりか?」
「……分かった」
親しみなど一切感じさせない命令口調。話しても状況が好転することはないと考えたエカードは、速やかに村を離れることにした。有翼族だけでなく元リリエンベルグ公国軍遊撃隊の指揮官であった騎士が率いる部隊までいる。戦いになれば多くの犠牲が出ることになるのは明らかだ。
整然と隊列を組むアイネマンシャフト王国軍の間を、怯えながら進むローゼンガルテン王国軍の騎士や兵士たち。エカードたちにとっては屈辱の時間だ。勝利を掴むどころか追撃に怯えながら逃げ去ることになるのだから。
「……本当にこれで、よろしいのですか?」
去っていくローゼンガルテン王国軍を眺めながら副官がイザークに問いを向けた。
「リーゼロッテ様が気持ちの整理をつけられる為だ。この先の戦いで同情心が湧いてしまうほうが問題。早めに解決しておいたほうが良い」
「確かに」
「それに、我らがどうしようと魔王軍にとっては関係ないことだ」
アイネマンシャフト王国軍が見逃したからといって、魔王軍もそれに倣うわけではない。ローゼンガルテン王国軍は危機を回避したわけではない。これからも襲撃に怯えながら移動することになるのだ。
はたして何人が無事に領境までたどり着けるのか。楽観できる要因は何もない。自軍以外は全て敵。ローゼンガルテン王国軍は、本当の意味で、それを思い知ることになる。