月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 第126話 試してみないと分からないことはあるけど

異世界ファンタジー 異伝ブルーメンリッター戦記

 グラスルーツを出て、西に向かう。川に行く手を阻まれたところで北上。目的地の拠点はその川沿いにあった。そこまでの移動では、何の問題も起こらなかった。敵に襲われるどころか、その姿を見かけることもない。途中にあった小さな農村では、穏やかな日常を過ごすことが許されていた。これであれば人々がグラスルーツを出て、暮らそうと思うのも当然。こういう思いが浮かんだ一方で、本当に魔人との戦いが行われているのかという疑問も生まれる。わざわざ遠回りする意味はあったのかという思いも。

「目的地はブラオリーリエですか……」

 ブルーメンリッターの目的を聞かされて、ワルターの表情は暗い。本心からの表情であり、演技でもある。目的地はエカードから聞く前に知っていた。だが旧リリエンベルグ公国領内の戦いにローゼンガルテン王国軍が介入してくることを嫌がる気持ちをそのまま顔に表しただけでもある。

「現地の状況について、何か知っていますか?」

「いいえ。我々はブラオリーリエまで進出したことがありません」

「試みたこともないのですか?」

 リリエンベルグ公国を奪回しようと思えば、中心都市シュバルツリーリエを奪い返さなければならない。その為にはまず、ブラオリーリエに進出すること。敵に占拠されているのであれば奪い返すこと。こうエカードは考えている。ワルター率いる軍も同じ考えで行動するはずだと。

「何をもって試みたことになるかですが、北上はしています。ただそれではブラオリーリエの状況など分かりません」

 ワルターがブラオリーリエの状況を詳しく知らないのは事実。彼の立場では、情報が伝わってこないのだ。

「……その北上した時の状況はどうでしたか? 戦いはあったのでしょうか?」

 エカードとしては少しでも情報を得たい。道中の、それも一部の情報でも必要なのだ。

「ありました。その先に進むことを断念せざるを得ないような戦いが」

「それほど強い敵だったのですか?」

「我々にとっては。貴方たちの基準でどうかは、自分には分かりません」

 細かいことを聞かれてもワルターは困ってしまう。強敵であることは間違いない。だが、どう強いかなど、旧リリエンベルグ公国領での実戦経験がないワルターには分からないのだ。

「……この場所での戦いは?」

 求める答えが返ってこない。それにエカードは不審を抱き始めた。

「この地域ではまだ本格的な戦いは起きておりません。西部は比較的、魔王軍の数が少ないものと我々は考えております」

 これは事実だ。一時は中立派アース族の支配地域となった西部だが、彼らが軍事力を手放したことで空白地帯のようになっている。今はそうだというだけで、西に支配地を広げようとする抗戦派アース族とそれを妨げようとする魔王軍が激しい戦いを繰り広げており、決着がついていないだけだ。

「そうであるのに、このような拠点を作ったのですか?」

「そうであるから作れたのです。頻繁に魔王軍が攻めてくるような場所では、建設工事など出来ません」

「……確かにそうですが」

 ワルターの言う通りではある。だが、戦いのない場所に軍が拠点を持つ意味がエカードには理解出来ない。命惜しさに戦いを避けているように思えるのだ。

「さらに北にもう一つ、拠点を構築中です。それが完成したらまた別の場所に。なんとか数を増やし、人々が安心して暮らせる場所を増やしたいのですが……」

 エカードに不審に思われている点を少し薄めようと別の拠点について話すワルター。もともと話す予定であったことだ。

「時間がかかる計画です」

「仕方がありません。数が少なすぎるので、拠点に籠って戦うしかありません」

 ずっと放置していたローゼンガルテン王国軍に文句を言われる筋合いはない。という思いを態度に表すことなく、ワルターは事情を説明する。彼の怒りはそれほど強いものではない。兵士の訓練以外は、彼もリリエンベルグ公国の為に何か出来ていたと思えるものはないのだ。

「……ウッドストックという騎士を知っていますか?」

 リリエンベルグ公国の状況についてワルターから聞けることはあまりない。そう考えてエカードは聞く内容を変えた。

「ウッドストックというのは元々、貴方たちと一緒にいた?」

「知っているのですか!?」

 ワルターはウッドストックのことを知っていた。ようやく重要な情報が聞けたと思って喜んだエカード、だったが。

「ここに来る前に会いました。あのまま一緒に行動していれば、彼もリリエンベルグ公国に来ることが出来たのに……今はどうしているのでしょう?」

「どういうことですか?」

 ウッドストックのことを知っているのに、彼はここにはいない。エカードはワルターの話の意味が理解出来なかった。

「彼は王女殿下と一緒にいました。団を抜けた我々が王女殿下に危害を加えるはずはないのですが……信用してもらえなくて」

「ウッドストックと王女殿下が一緒に……そういえば、貴方たちはどうやってここまで来られたのですか?」

 リリエンベルグ公国との領境は封鎖されている。そうであるのに王国騎士団を脱退した彼らが、どうやってリリエンベルグ公国に入れたのか。それが、ウッドストックの居場所を知る手掛かりになるのではないかとエカードは考えた。

「我々は……隠しても意味はないですか。公にはされていない道を使ってです。王国騎士団でも限られた者しか知らない道です」

「そんな道があるのですか?」

「軍事機密というものです。すでに騎士団の一員ではありませんが、詳細の説明はご容赦を。どうしても知りたければ、そうですね……騎士団長にお尋ねください。副団長の自分が知っていたのですから、当然、知っているはずです」

 これも嘘。そんなものはない。実際は犯罪者などが使う裏道はあるかもしれないが、そんなものはワルターも知らない。

「そうですか……軍の機密ですか」

 そうであれば、ウッドストックが同じ方法でリリエンベルグ公国に来ることは出来ない。会える可能性が低くなったと考えて、エカードの表情が少し暗くなる。

「お役に立てなくて、申し訳ありません」

「いえ……このまま団内だけで会議をしたいのですが、よろしいですか?」

「かまいません。では我々はこれで」

 ヒアリングの終了はワルターにとって望むところ。ついつい速足になってしまいそうになるのをこらえながら、部下たちと共に会議室を出ていく。その場に残ったのはブルーメンリッターの幹部だけだ。

「何も分からないのと同じだな」

 ワルターから得られるものは何もなかった。本人の前では見せなかった落胆と呆れの気持ちを、エカードは声にした。

「一応、西部は比較的、安全だということは分かったよ。援軍を投入するのであれば、ラヴェンデル公国側の領境を使うべきだね」

「……使わせてもらえるか?」

「ラヴェンデル公国軍の援軍は難しいかな?」

 リリエンベルグ公国奪回作戦で、ブルーメンリッターは絶大な戦功をあげなくてはならない。ラヴェンデル公国軍に活躍の場を与えるような作戦を許してもらえるとは思えない。

「そんな考えで作戦は上手く行くのかしら? 絶対に勝てるなんて保証はないのよ?」

 マリアンネは、キルシュバオム公爵家のやり方に否定的だ。魔王軍は甘くない。ゾンネンブルーメ公国での戦いで彼女はそれを思い知らされた。ユリアーナの策略で殺されるところだったのだ。

「彼女はこの戦場にいるかな?」

「今はいなくても、いつかは来るのではなくって?」

 魔王軍の恐ろしさを思い知ったつもりのマリアンネも、実際のところは正しい認識を持っていない。ユリアーナだけが脅威ではないのだ。

「……次は負けないよ」

「その根拠は? 今の私たちはゾンネンブルーメ公国で戦っていた時と何が変わったの?」

 何も変わっていない。マリアンネはそう思うから、ラヴェンデル公国軍の援軍を求めるべきだと考えている。それがタバートの率いる部隊であれば心強い。

「確かにここにいる軍は役に立ちそうにない。もうひとつの拠点があるそうだが、そこも同じだろう」

 この拠点では魔人との戦いが行われていない。実戦経験に乏しい軍が役に立つとは、エカードには思えない。

「最初から期待していないはずだよ? 自分たちの手で勝利を掴む。求められているのはこれだ」

 リリエンベルグ公国内の戦力には最初から期待していない。ブルーメンリッターの力で、リリエンベルグ公国を奪回しなければならないのだ。ただ、はっきりとこう言い切れるのはレオポルドだけ。エカードとマリアンネはそうではない。

「……西がこういう状況だってことは、グラスルーツへの敵の侵攻を防いでる拠点は別にあるのではないかしら?」

 西の拠点では戦いが起こっていない。そうであれば何故、魔人はグラスルーツに攻め寄せてこないのか。別の場所で戦いが行われている可能性をマリアンネは口にした。もともと期待していたこと。だからブラオリーリエを目的地に定めているのだ。

「そうだとしても僕たちのやることは変わらない。ブラオリーリエに残存兵力がいるなら、それを助け、その先にあるシュバルツリーリエを奪回する」

 主役は自分たちでなければならない。レオポルドはこう考えている。キルシュバオム公爵が、彼の父親もそれを求めているのだ。

「ブラオリーリエに行ってみないと分からない。たしかにこれは変わらないな」

 ブルーメンリッターの最初の作戦目標はブラオリーリエ到達。味方がいるのであれば、そのままブラオリーリエを拠点として戦う。魔人に占拠されているのであれば、奪い返して、やはり反攻の拠点とする。この方針に変わりはない。
 まずは最初の作戦目標を達成すること。まだブルーメンリッターはこの地で何も為していないのだから。

 

◆◆◆

 アイネマンシャフト王国の防衛線。そこに建設された防衛拠点のすぐ近くでアイネマンシャフト王国と魔王軍の戦いが行われようとしている。ここ最近、頻繁に発生している小部隊同士の衝突とは異なる、軍と呼べる規模同士の戦いだ。それを求めたのは、これまで混戦を作り出してきた魔王軍の側。アイネマンシャフト王国はその誘いに乗った形だ。

「……これは、失敗だったかな?」

 前方に展開しているアイネマンシャフト王国軍を見たフェンは、指揮官にはあるまじき言葉を口にしてしまう。戦う前から敗戦を匂わせる言葉を発しては、軍の士気に関わる。心の中で思っていても、声にするべきではなかった。

「なるほど。彼が魔族を率いるとこういうことになるわけか」

 フェンが望ましくない言葉を口走ってしまったのは、アイネマンシャフト王国軍が考えていたよりも遥かに統制がとれているから。フェンは、リリエンベルグ公国軍の部隊を率いていたジグルスの、指揮官としての力量は高く評価していた。だが魔族を率いるとなれば勝手が違う。こう考えていたのだ。

「確かに統率はとれているようですが、それと実戦での強弱は別ではありませんか?」

 感心した様子のフェンに向かって、それは過度な評価だと告げてきた部下。フェンに反感を持っているのではない。さすがに戦う前これは問題だと考えたのだ。

「そうだね。これはそれを確かめる為の戦いだ」

 フェンが全軍五千を率いて戦いを挑んだのは、アイネマンシャフト王国軍の実力を確かめる為。どういう戦いを行うのか、実際に見て、研究する為だ。魔人には珍しい慎重さ。ただ、また部下に忠告させることになるので言葉にはしないが、慎重ではなく軽率だったかもしれないという思いがフェンにはある。

「敵が動きました」

 敵の前衛が前に進み出てきている。鎧兜を身にまとい、大きな盾を持った兵士たち。遠目では魔人の兵士とは思えない。ただその体の大きさは、人族の標準からはかなり外れている。

「体の大きさではこちらが上だね? こちらも前衛を前に出して」

 フェンが率いる軍は巨人族が主力。体の大きさであれば、敵をかなり上回る。その巨人族で編制された前衛部隊に進軍を命じる。

「……本陣からあまり離れないようにとも伝えて」

 正面からの力比べ、になるはずがない。同数であれば巨人族のほうが有利。それはジグルスも分かっているはずで、何か手を打ってくるはずだとフェンは考えた。
 この考えは正しい。

「敵騎馬隊! いや、セントール族です!」

 熊人族で編成された重装歩兵部隊の後ろに控えていたセントール族の部隊、つまりジグルスの近衛部隊が一気に前に飛び出してきた。

「あれか……対魔法防御!」

 アイネマンシャフト王国の近衛部隊については話に聞いている。騎乗しているのはエルフ族。一斉魔法攻撃が来るはずだ。前進した前衛部隊に指示が飛ぶ。対魔法防御といっても気合いを入れて、耐えるだけだが。
 動きを止めた巨人族の部隊。そこに予想通り、アイネマンシャフト王国軍の魔法が襲い掛かる。気合いで耐える魔王軍。体内の魔力を活性化させる、を魔人が無意識に行うと気合いを入れるになるだけで、意味がないわけではない。

「敵部隊がそのまま突撃してきます!」

「どういうことだ?」

 巨人族にエルフ族が白兵戦で勝てるはずがない。ケントール族であっても同じ。その突撃の勢いは凄まじいが、それに耐える力が巨人族にはあるはずだ。
 アイネマンシャフト王国軍の意図がフェンには分からない。わずかな間だけで、すぐに知るが。

「あれは……鬼人族?」

「鬼人族? 鬼人族が、いや、それだって同じだ」

 力では巨人族が圧倒するはず。やはり自軍の有利は変わらない、とフェンは思ったのだが、そんなはずはない。一か八かの攻撃を序盤からジグルスが仕掛けるはずがないのだ。

「……味方が……あれは、武器、なのか?」

 味方の巨人族が一人、二人と地に倒れていく。アイネマンシャフト王国軍の部隊はグウイが率いる部隊。剣士の部隊なのだ。アイネマンシャフト王国軍は力比べなどするつもりはない。素手の相手に武器を持った味方をぶつけたのだ。

「……鬼人族があんな戦いを……これは聞いていなかったな……下げて! 後退させるんだ!」

 これまでの戦場で投入されていなかった部隊。その存在を知れたことを喜ぶ気には、フェンはなれなかった。このままでは、敵の実力を測ることは出来ても、味方に甚大な被害が出てしまう。

「ヨルムンガンドはこれを知っていた? いや、忠告を無視したのは私か……」

 ヨルムンガンドの嫌がらせはまだ続いている。一瞬そう思ったフェンだったが、すぐに否定した。この作戦に対してヨルムンガンドは否定的だった。そうであるのに、敵を知らなければ戦えないと言って、フェンが押し切ったのだ。

「……後備を前進! 敵を押し戻せ!」

 この作戦は失敗。序盤でフェンにはそれが分かった。ヨルムンガンドの作戦には意味があった。大軍同士の戦いになると、戦術面でアイネマンシャフト王国軍には歯が立たない。これをヨルムンガンドは分かっているのだと。
 こうなると今後の戦いに悪影響を及ぼさないように、いかに被害を最小に食い止めるか。フェンはそれに全力で取り組むことにした。そうだとしても上手く行く保証はないが。