月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 第122話 集う者たち

異世界ファンタジー 異伝ブルーメンリッター戦記

 ゾンネンブルーメ公国領での戦いは大きな転機を迎えた。それをもたらしたのはラヴェンデル公国軍。ローゼンガルテン王国の主力軍が公国領の西部でユリアーナ率いる魔王軍に足止めをくらっている一方で、領境を突破してすぐに領内深くに侵入を果たしていたラヴェンデル公国軍はゾンネンブルーメ公国軍と協力して、魔王軍に占領されていた町や村の奪回を進めていた。それがある程度、進んだところでゾンネンブルーメ公爵も公国主力軍、というべきかは別にして、を率いて合流。ゾンネンブルーメ公国の逆襲はその勢いを増した。このまま順調に行けば、全領地から魔王軍を駆逐するのも、そう遠くない時期に実現出来る。

「ゾンネンブルーメ公からは、このような報告が届いておりますが?」

 その内容を会議の場で報告したのはモーリン宰相。

「……騎士団長。どういうことだろう?」

 それを受けてアルベルト次期ローゼンガルテン国王、今はまだ王子であり、即位の時期も決まっていないが、はハイマン王国騎士団長に問いを向ける。モーリン宰相の前に、ハイマン王国騎士団長はゾンネンブルーメ公国への戦況を報告している。それとゾンネンブルーメ公爵からの報告内容に齟齬があったのだ。

「……ゾンネンブルーメ公は領境での戦いについて詳しく知らないのではないでしょうか?」

「そんなことがあり得るのかな?」

 知らないはずがない。たとえ本当に知らないとしても、それは伝えなかった王国騎士団の怠慢だ。

「詳細までは。途中かなり苦戦しておりましたので、不安を与えないように伝え方に気を付けておりました」

「そう。それでは仕方がないね」

 ここで王国騎士団長を追及しても意味はない。虚偽の報告をしたにしろ、戦況を意図的にゾンネンブルーメ公爵に伝えなかったにしろ。それはハイマン王国騎士団長の独断ではない。黒幕も分かっているが、アルベルト王子には、その人物を処罰する力がないのだ。

「魔王軍の主力はアーベントゾンネを守っておりました。主力を釘付けにしていたからこそ、ラヴェンデル公国軍とゾンネンブルーメ公国軍は勝利を積み重ねられたのです」

 アルベルト王子が追及することを止めても、ハイマン王国騎士団長は言い訳を続けた。アルベルト王子に向けた言葉ではない。周囲の人たちに聞かせる為のものだ。ゾンネンブルーメ公国の戦いを好転させたのはブルーメンリッター=花の騎士団であることに間違いはない。こう伝えたいのだ。
 一方でゾンネンブルーメ公爵は自分の手柄にしたい。その想いが報告に現れ、ハイマン王国騎士団長の説明との齟齬を感じさせていた。

「戦争というのは誰か一人の力で勝てるものではない。そういうことだね?」

「それは……まあ……」

 アルベルト王子の問いに曖昧な答えを返すハイマン王国騎士団長。これから先、アルベルト王子の言葉とは真逆の、一人の力でローゼンガルテン王国は魔王に勝利したということにしたいのだ。はっきりと肯定はしづらかった。

「ゾンネンブルーメ公国の戦況はおおよそ分かった。事態が好転しているのであれば、それがどこの手柄であっても良いことだ」

 ハイマン王国騎士団長の曖昧な答えにもアルベルト王子は文句を言わない。はっきりと答えられないことが分かっていて、わざとそういう問いを投げたのだ。小さな嫌がらせだ。

「キルシュバオム公国とラヴェンデル公国では戦いが行われておりません。ゾンネンブルーメ公国での戦いは順調に進んでおります。これでようやくリリエンベルグ公国奪回に動き出せます」

 この場はリリエンベルグ公国奪回作戦に対して、アルベルト王子の了承を得る為のもの。形ばかりの会議ではあるが、万一のことを考えて、こうしてきちんとした場を用意したのだ。成功はキルシュバオム公爵家のおかげ、失敗はローゼンガルテン王家の責任にする為に。

「王子殿下の決裁を求めるのであれば、きちんとした作戦計画を説明するべきではないですか?」

 ハイマン王国騎士団長、その背後のキルシュバオム公爵の誤算は、モーリン宰相が否定的な態度を見せていること。モーリン宰相も前国王弑逆に関わった一人。その彼がこんな態度を見せるとは考えていなかったのだ。

「それはもちろん、ご説明いたします」

「ではお願いします」

「……今はまだ具体的なものはありません」

 作戦計画はまだ出来上がっていない。説明を求められても、応えられない。

「それでご裁可を仰ごうというのですか? 過去にそのようなことがあったでしょうか?」

 具体的な内容がない状態で、決裁を求める。そんなことは本来、許されない。だが現状はその臣下の勝手が許される状況だ。

「具体的な作戦計画を立てるには、まず現地の状況を知らなければならない。その為に騎士団を送るご裁可を仰いでいるのだ」

 上手く対応出来ないハイマン王国騎士団長に焦れて、キルシュバオム公爵が自ら発言してきた。こうなると逆らえる人はいない、はずなのだが。

「なるほど。キルシュバオム公の発案ですか。ただ王子殿下に作戦成功をお約束出来ない状況で、ご許可を得ようということですと、失敗した場合は……」

 キルシュバオム公爵が責任をとらなければならない。モーリン宰相はそう言いたいのだ。

「……すでに現地偵察は失敗ばかり。今さらだ」

 作戦計画を立てられないのには理由がある。リリエンベルグ公国領内の状況が分からないのだ。飛竜を飛ばしても戻ってこない。リリエンベルグ公爵、がいないことは分かっているので息子のヨアヒムに使者を送っても、グラスルーツの外のことは分からないという返答が来るだけ。苦々しい状況だが、キルシュバオム公爵をそれを責任逃れに使った。

「未だに現地の状況が分からないのですか? そんなことで大丈夫なのでしょうか?」

「だから現地を偵察する為に騎士団を送ると言っている」

「私が聞いているのは、ブルーメンリッターだけで大丈夫ですか、という意味です」

「なんだと……?」

 ブルーメンリッターに対する不信を口にしたモーリン宰相。それはキルシュバオム公爵の計画と真っ向から対立する発言だ。実際にモーリン宰相はそのつもりだ。未だに、何故、国王を弑逆するなどという大それたことに協力してしまったのか分からない。いくら犯した罪を悔やんでも元には戻らない。そうであれば、アルベルト王子を守る為に命を掛けようとモーリン宰相は覚悟を決めたのだ。
 キルシュバオム公爵による簒奪が思うように進んでいない状況を見て、勝算があるかもしれないと思えたからこそ、であったとしても命をかけることには変わりはない。

「ゾンネンブルーメ公国での戦いがもっと落ち着き、ラヴェンデル公国軍が転戦出来るようになってからのほうが良いのではないですか?」

 さらにモーリン宰相はブルーメンリッターの評価を落とすための発言を続ける。ゾンネンブルーメ公国の戦況が好転したのはブルーメンリッターではなく、ラヴェンデル公国軍のおかげ。暗にこう言っているのだ。
 この場にはそのブルーメンリッターの指揮官であるエカードもいる。アルベルト王子から直々に命令を受ける為に同席しているのだ。エカードは悔しそうな顔を見せているが、そんなことを気にするモーリン宰相ではない。

「それでは手遅れになる」

「手遅れ? それは何に対して、手遅れだと言っているのですか?」

「……それを宰相が問うか?」

 リリエンベルグ公国を見捨てたのは前国王時代のローゼンガルテン王国。その中でもモーリン宰相はそれを主導する立場にいたはず。こんな問いを口に出来る立場ではないとキルシュバオム公爵は思う。

「どういう意味でしょうか?」

「手遅れになった責任は宰相にもあるのではないか、という意味だ」

「それについては認めます。ですが、その時はそれが最善の選択だと考えていました。同じ失敗を繰り返さない為に、ここは慎重に検討するべきではないですか?」

 大国ローゼンガルテン王国の宰相にまでなった人物だ。キルシュバオム公爵相手であっても、こういったやり取りでは対等以上に渡り合える。モーリン宰相の得意分野で勝ちに行こうとしたキルシュバオム公爵の失敗。こういう時は。

「手遅れか、そうでないかなんてどうでも良い! 苦しんでいる人がいるのであれば助けに行く! それだけのことではありませんか!?」

 理屈ではなく感情で攻める。エカードは意図することなく、それを始めた。

「失敗すれば大勢の人が死ぬ」

「死ぬのは俺たちです。苦しんでいる人の為に命を捨てる覚悟は、とっくに出来ています」

「しかしですね……」

 理屈が通じない相手。モーリン宰相としては面倒な相手だ。宰相という地位を利用して黙らせようにも、それはキルシュバオム公爵が許さない。どうやってエカードをいなすか。それを考える宰相。

「殿下はどう思われますか!?」

 だがエカードはその間を与えてくれない。モーリン宰相を飛ばして、アルベルト王子に訴えた。

「……苦しんでいる人々を助けたい。その気持ちは理解出来る」

「では許可を頂けますか?」

「君の言葉でなければ」

「えっ……?」

 アルベルト王子の言葉の意味が、エカードはすぐには理解出来なかった。何故、自分の言葉が否定されるのか分からないのだ。

「君が言葉にした想いから、とっくに行動を起こしている人たちがいるはずだ。地位も名誉も求めることなく、それこそ現地がどうなっているかなどまったく分からない状態で、戦いに向かった人たちがいる。君の想いはその人たちと同じなのかな?」

「……それは」

 アルベルト王子の問いにエカードはすぐに答えることが出来ない。王国騎士という地位を捨て、勝算どころか味方がいるかも分からない状況であるのに、リリエンベルグ公国に単身向かったウッドストック。彼がどうしているかエカードには分からない。だが同じ行動を取れなかった自分の想いが、ウッドストックのそれと同じとは口に出来ない。

「君を責める資格は私にはない。ただ私はそういう人たちのことを知っている。知っていると、君の言葉は軽く感じられてしまう」

 エカードへの問い掛けに政治的な駆け引きはない。ただアルベルト王子は思ったことを口にしただけ。エカード・マルクは英雄に相応しい人物なのか、という思いを問いにしただけだ。

「……後悔はあります。だからこそ、ここで引くわけにはいかないと思っています」

 ようやく訪れた機会。手遅れであろうと、自分はリリエンベルグ公国の現状と向かい合わなければならない。エカードは心の中にある思いをそのまま言葉にした。

「そう……では見てくるが良い」

「えっ?」

「リリエンベルグ公国に行って、現地がどうなっているか、その目で見てくれば良い」

 リリエンベルグ公国への進軍を許可するアルベルト王子。彼にとってはキルシュバオム公爵の策略など、どうでも良いのだ。現実にリリエンベルグ公国の人々が救われるのであれば、エカードが英雄として祭り上げられることなど気にしない。

「ありがとうございます! ただ……その……重ねてのお願いなのですが……」

 エカードがアルベルト王子に直接、許可を求めたのには計算もあった。父であるキルシュバオム公爵の口からは出ない、要望があるのだ。

「もしかしてクラーラのことかな?」

「あっ、はい……妃殿下が同行することは可能でしょうか?」

「クラーラを危険な戦場に? 本気で言っているのかな? 今の彼女は王妃候補なのだよ?」

 ブルーメンリッターの一員、王国騎士であった時と、今のクラーラでは立場が違い過ぎる。ローゼンガルテン王国の王妃になる身なのだ。

「やはり、無理ですか……」

 エカードも無茶な要求をしていると思っている。わずかな可能性にかけて、ダメ元で願い出ただけだ。

「危険な目には遭わせないという条件であれば」

「……可能なのですか?」

 そのダメ元が、まさかの成功になった。

「危険な目に遭わせないということは戦場に出せないということだよ? 戦力にならないクラーラを連れて行くことに意味はあるのかな?」

「……戦場だけでなく、会議の場などでの彼女の助言はとても役に立っておりました。許可していただけるのであれば、とても助かります」

「そう。では許可しよう」

 戦場に立たせないという約束をさせたところで、改めてアルベルト王子はクラーラの同行を許可した。リリエンベルグ公国行きはクラーラ自身が強く望んでいること。エカードのほうから申し出てくれたのであれば、それを拒絶するつもりは最初からない。

「近衛騎士を同行させましょう」

 割って入ってきたのはキルシュバオム公爵。

「近衛騎士を戦場に?」

「妃殿下の護衛としてです。万一があってはなりません。かといってブルーメンリッターの騎士を護衛にするわけにも行きませんからな」

「……そうだね。では選抜してもらおう」

 護衛ではなく見張り。それが必要だとキルシュバオム公爵が考えるということは、クラーラに対する信頼が薄い証。彼女との距離が近づいたことで、アルベルト王子がなんとなく感じていたことが、事実であるとはっきりと分かった。
 護衛であろうと見張りであろうと、これもアルベルト王子にとってはどうでも良いことだ。クラーラ自身が自分の目で見て、耳で聞いたことを教えてもらえれば良い。何を知ることが出来るかは、アルベルト王子の意思では変わらない。変えることが出来る人が変えてくれるだけだ。

 

◆◆◆

 旧リリエンベルグ公国領に隣接する大森林地帯。ユリアーナにはそれ以外のことは分からない。フェンに連れられて真っ暗な地下道を何日も進み、ようやく明るい場所に出られたと思ったら、またすぐに、今度は初めて会う魔人の案内で地下を進んで、辿り着いた場所がここなのだ。
 地下道とは異なる広い空間。恐らくは魔導によるものと思われる明かりが、その空間を照らしている。

「ふうん。意外とあっさり現れるのね?」

 待っている時間はわずか。すぐに相手は姿を現した。魔王ヨルムンガンドだ。

「勿体つけるような身ではありません。それに私の場合は、いきなり現れたほうが相手の心を揺さぶる。貴女は違うようですが」

 細い目。その下には鼻筋もあり、わずかに唇のような厚みもある。だがヨルムンガンドの顔が与える印象は蛇。尖った歯、二股に分かれた細い舌が見えなくても蛇にしか見えない。それはそうだ。ヨルムンガンドは蛇人族。服の隙間から覗く肌には鱗も広がっている。

「魔王ってくらいだから目が四つくらいあるのだと思っていたわ。それに比べれば普通ね」

 ユリアーナが驚かなかったのはヨルムンガンドの容姿を知っていたから。実物を見て、何も感じなかったわけではないが、予め分かっていればひどく驚くことはない。

「目が四つ。それはジグルスですね」

「えっ?」

「黒き精霊と一体化した時の彼は目が四つになるそうですよ」

 笑みを浮かべて、ジグルスについて話すヨルムンガンド。ユリアーナの反応を楽しんでいるのだ。

「そう。それは便利そうね?」

「……そうですね。死角はかなり減るでしょう。戦うには厄介な相手ですね。さて、雑談はこれくらいにして本題に移りましょう」

 残念ながらユリアーナの反応はヨルムンガンドが期待していたほどではなかった。話を終わらせて、ユリアーナたちをこの場に呼んだ目的に移る。

「わざわざ来てもらったのは、改めて貴女に軍を任せようと考えたからです」

「それは出世ってことかしら?」

「どう受け取るかは貴女次第です。これまでは肩書がなかったのですから、一応は出世ですか。魔将軍として一軍を任せます。規模は五千。これは魔物を除いた数です」

 ユリアーナは魔将軍の肩書をヨルムンガンドから与えられた。彼女が予想していた通りの話だ。ただ。

「戦力、減ってない?」

 ゾンネンブルーメ公国では巨王軍もユリアーナの指揮下に入って、戦っていた。巨王軍は、戦況に変化がある度に一部がリリエンベルグ公国に転戦するなど増減していたが、最大定員は一万。これに比べれば半分だ。

「とりあえずは、です。ゾンネンブルーメ公国から全ての軍勢を引き上げます。戻ってきた部隊を再編成しますので、最終的には一万くらいになるはずです」

「それでも同じ」

「仕方ありません。フェンにも割り当てなければなりませんから」

「……私に?」

 フェンはユリアーナの副官。それ以前も都度、部隊を編制して率いていただけで、決まった部下はいなかった。

「貴方も魔将軍として一軍を率いてもらいます。数は同じ。まずは巨王軍の半分五千。そこから増やしていきます」

「私が魔将軍……」

 ヨルムンガンドはフェンも魔将軍に任命した。フェンにとっては驚きの人事だ。

「再編成する我が軍は三軍。私と貴方たち二人がそれぞれ一軍を率いることになります。数はかなり減りました。ですが、将軍の質はこれまでで最高だと思っています。ああ、これは自画自賛になりますね」

「……戦場は?」

「旧リリエンベルグ公国領の全て。その中にいる味方以外は全て攻撃目標です」

 魔将軍を任命し、軍を再編してもヨルムンガンドの戦略は変わらない。味方以外は全て敵。混戦状態を継続させるつもりだ。

「なんか、正面からの殴り合いって感じね。正面からじゃないか。拳はどこから来るか分からない」

「強い者が最後に残る。そういう戦いになるでしょう」

 軍の強さ、戦術の巧みさだけでなく、運の強さも必要。ヨルムンガンドの言う強い者はそういうあらゆる面で勝っている存在のことだ。

「……面白そうね。結果が楽しみだわ」

 ストーリーのない、結果が約束されていない戦い。ユリアーナが望んでいた展開になっている。だがそれを喜ぶ気にはなれない。エンディングまでユリアーナが望む形になるとは限らないのだ。
 それでもなんとかここまで来た。主人公であることを放棄し、ストーリーに守られることもなくなった。それでも自らの力で、ユリアーナはここまで辿り着いたのだ。