月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 第121話 敵の敵は味方、かどうかは分からない

異世界ファンタジー 異伝ブルーメンリッター戦記

 リリエンベルグ公国領内での戦いは大混戦。三つ巴の戦いは、いよいよその激しさを増している。この状況を仕掛けたのは魔王ヨルムンガンド。アイネマンシャフト王国の拠点建設を妨害するだけでなく、支配地域を拡大させようとシュバルツリーリエを出たアース族の軍勢にも襲い掛かったのだ。アース族との敵対関係を決定的にするその襲撃の意図がアイネマンシャフト王国には分からない。とにかく三勢力は他の二勢力を敵として、各地で戦うこととなった。

「……なかなか厳しいですね」

 この状況はジグルスの望むものではない。ヨルムンガンドとアース族が決定的に対立すること事態は悪くないのだが、今のような意図しない混戦状態にはなって欲しくなかった。

「魔王軍に比べれば、マシではありませんか?」

 アイネマンシャフト王国軍は基本、設定した防衛線上で戦っている。拠点周辺以外にまで部隊を派遣しなければならなくなったのは想定外だが、それでもあちこちでアース族と遭遇戦を行っている魔王軍に比べれば、状況は良いとフェリクスは思う。

「思いつくままに戦っているのであれば。でも、本当にそうでしょうか?」

「意図して今のような混戦を? そうだとしても結果は魔王軍に不利に働いています」

「一番、上手く行っていないのはアース族です」

 魔王軍以上にアース族の状況は悪いとジグルスは考えている。アイネマンシャフト王国の拠点への攻撃と魔王軍との戦い。それを同時に行っていることで戦力は分散している。

「魔王軍も同じでは?」

 二方面作戦を行っているという点では魔王軍もアース族と同じだとフェリクスは思う。

「そのはずだけど……本当にそうですか?」

「どういうことでしょうか?」

「各地の情報。魔王軍ってこんなに軍勢いますか?」

 こう言ってジグルスが指さしたのは会議テーブルの上に広げられている地図。この会議で確認していた各地で起きた戦いの情報が記された地図だ。

「軍勢の数、ですか……」

 フェリクスは改めて地図に記されている情報を順番に確かめていく。地図には、戦いが起こった場所に印が記され、その戦いでのそれぞれの勢力の軍勢の数が記されているのだ。

「正確に数えた数字ではないけど、魔王軍は五万を超えている。魔物はほとんどいなかったという話だから、魔人だけで五万です」

 魔王軍は戦死者以外にも、大勢がアイネマンシャフト王国に寝返り、もしくはアース族に引き抜かれて数を減らした。残った数は五万どころか三万もいないはず。

「増援が来た、とは考えていないのですね?」

「ゾンネンブルーメ公国ではまだ戦いが続いているはず。魔王軍が引き上げたという報告は届いていません」

「そうなると……何が起きているのでしょう?」

 戦場での戦術であればジグルスの考えはほぼ分かるのだが、これに関してはフェリクスには思いつくものがない。

「戦場への移動を速くすることで、部隊を効率良く運用している」

「それって、我が軍の」

 アイネマンシャフト王国は飛竜を使って部隊を移動させている。基本的には支配地域内だけで、それ以外の場所では、よほど急ぐ場合以外は利用しない。空を飛んでいれば安全、とは言い切れないからだ。それでも移動効率は陸上移動だけに比べれば遥かに良い。アイネマンシャフト王国軍の強みのひとつだ。

「そう。うちと同じ。でも魔王軍の飛竜が飛んでいるという情報はありません。有翼族と鳥人族は味方。仮に魔王軍にいるとしても部隊を運ぶことには使えない。一人を運ぶのに複数人が必要になるから逆に効率が悪いですから」

「空を飛ぶ以外の方法ですか……」

「戦いが始まった当初、魔王軍はいきなり各地に出没した……なんて遠まわしに言う必要ないか。魔王軍は地下に移動路を持っています」

 元は異世界にいた時に得たゲーム知識だが、すでに存在の証拠は得ている。アイネマンシャフト王国には、それを使って移動していた人たちが大勢いるのだ。

「……それってかなり問題ではないですか?」

「その通り。ただこの段階でいきなり使い始めた理由が分からない。最初から網の目のように張り巡らされていたのではなく、必要になって新しく掘り進めたってことも考えられるけど、それでも楽観的にはまったくなれない。次はどこを掘っているのかなんて分かりませんから」

 地下通路の全容を掴んでいる人はアイネマンシャフト王国にはいない。分かっているのは基幹移動路。ローゼンガルテン王国の各地に伸びる主要街道のようなものだけだ。だが他にも細かな移動路があるのであれば、何故これまで使っていなかったのか、という疑問が生まれる。 基幹移動路以外に部隊の移動に使えるものはなかったとジグルスは考えている。ただこれまではなかったとしても、新たに掘られている可能性は高い。魔王軍の動きが変わったのはそれが理由だと。

「……対応を考えなければなりません」

 魔王軍は地下から拠点に侵入してくる可能性がある。それでは堅牢な防衛拠点を建設しても意味がない。

「もう動いています。新たに掘っているという前提ですけど、拠点の守護隊に気を付けるように伝えました」

「気を付けるといっても……」

 地下でのこと。気を付けようがないからフェリクスは脅威を感じているのだ。

「耳が良いから」

「耳ですか?」

「人族の常識では測れないほど耳が良い人がいるってことです。さすがにただ立っているだけでは無理みたいですけど」

 拠点内に深い穴を掘り、地上の音を遮断した上で、地中の音を探る。そういう場所を何か所も拠点内に作った。拠点から離れた場所は無理でも、近くまでくれば掘っている音を聞き取れる。内部にいきなり侵入されることは防げるはずだ。

「そうですか。拠点はそれで良いとして、外での奇襲、それと防衛線内への侵入にどう対応するかですね」

 特に防衛線内への侵入だ。アイネマンシャフト王国が防衛線を設定し、拠点を建設しているのはその内側を安全圏にする為。生産活動をこれまでよりも拡大する為だ。
 だが自由に防衛線内に侵入を許すとなれば、計画の根底が崩れてしまう。

「警備を強化するしかありません。迎撃部隊の配置も必要ですね。防衛線内全域に、しかも均等に配置するとなると大変ですが、それでもやるしかありません」

「計画をすぐに策定します」

「出来上がりを待つことなく、ある程度は配置を進めましょう。あとで調整すれば良い」

 いつ魔王軍が防衛線内に侵入してくるか分からない。完璧な計画が出来上がるのを待ってはいられないのだ。

「警備については私たちのほうですぐに動きます。最優先事項ということでよろしいですか?」

 ナーナが話に入ってきた。領内警備となれば、有翼族と鳥人族の得意分野。両種族を動かすのは指揮官であるナーナの仕事だ。

「お願いします。迎撃部隊は出来るだけ足の速い部隊が良いと思うのでフィンのほうで編制を考えてくれ」

「任せてくれ」

 迎撃部隊の主力には獣人族が選ばれた。編制は指揮官であるフィンの役目。

「しかし……勢力が分散したら、逆に手強くなるって」

 これまでの魔王軍の戦いは単純だ。目標とする拠点に集中攻撃を仕掛ける。守るべき拠点の防衛に戦力を集中させる。戦場は、ローゼンガルテン王国全体では複数あるが、狭い地域だった。
 だが今はそうではない。旧リリエンベルグ公国領内でもあちこちで、その分規模は小さくなっているが、戦いが行われている。魔王軍の戦略・戦術が根本的に変わっているのだ。

「恐らくはヨルムンガンドでしょう」

 その理由をナーナが伝えてきた。

「……なるほど。さすがに魔王は一味違いますか」

 当初、ナーナは例外として、八大魔将の多くは実力ではなく魔王に媚びを売ってその地位を得た者ばかり。その八大魔将に代わったのがアース族だ。アース族も、個の力こそ優れているが軍の指揮官としては、少なくともジグルスが戦ったブラギは、脅威ではなかった。
 そのアース族も魔王軍を離脱し、いよいよ魔王本人の登場となれば、これまでと違うのは当然のこと。

「手強いのはヨルムンガンドだけではありません。これまで下に置かれていた実力者が、権限を持って、出てくる可能性がありますね」

 ナーナがすぐに頭に浮かぶのはフェン。冷遇されていた彼も、いよいよ上位者としての権限を与えられて、戦場に現れる可能性がある。そうしなければならないほどヨルムンガンドが追い詰められていると感じていればだが。

「そうか……アレも来るかもしれないのか」

 ジグルスも一人、思い浮かぶ人物がいる。魔王ヨルムンガンド以上の脅威かもしれない人物。この世界の主人公を敵として戦わなければならないかもしれないのだ。
 その結末ははたしてどのようなものになるのか。魔人戦に勝利し、英雄になるはずだった主人公が、敵であり、負けるはずの魔人側に寝返った。そんなストーリーをジグルスは知らない。主人公はやはり勝つのか。魔人はやはり負けるのか。ハッピーエンドかバッドエンドか。そんなことは分かるはずがない。

 

◆◆◆

 ゾンネンブルーメ公国領内におけるラヴェンデル公国軍の戦いは順調だ。着実に魔王軍に占領した街や村を解放し、勢力範囲を広げている。それに対して魔王軍はほぼ無策。相変わらず魔王軍にとっての重要拠点を守ることを優先し、それ以外の拠点の守りや奪回に力を入れることをしない。それはつまり、魔王ヨルムンガンドの戦略・戦術が魔王軍には届いていないということなのだが、これはゾンネンブルーメ公国領内で戦っている人たちには分からないことだ。
 ただラヴェンデル公国軍にとっても良いことばかりが起きているわけではない。戦略はともかく戦術は変更を強いられる事態が起こっていた。
 どこからか飛来してきた飛竜の群れ。これまでも何度も物資を運んで来ており、見慣れたものであるのだが、今回はやってきた目的が違っている。

「……この先も捕虜はなんとか送り届けられるようにする」

 捕虜にした魔人の扱い。それも今までのように出来るか分からない。それでも何とかするとタバートは約束した。

「無理をする必要はありません。我々は……何と言うのでしたか……確か、じぜん……そう、慈善事業を行っているわけではありません。戦争を行っているのですから」

 タバートに答えたのは共に戦っていたエルフ族の指揮官。彼らは今日で、この戦場を離れるのだ。

「どうせなら、ずっと隠れ回っていれば良いのに」

「勝ち続けていれば、いつかはこの日が来ることは分かっていました。予想よりも早いですが、それはゾンネンブルーメ公に勇気がある証拠。まあ、真逆の可能性もありますが」

 彼らが戦場を去ることになったのは、ゾンネンブルーメ公爵がラヴェンデル公国軍とゾンネンブルーメ公国軍、元というべきだが、の連合軍の活躍を知り、戦いに合流すると伝えてきたから。本気で戦うつもりか、安全な場所があると知って、逃げ込もうとしているのかは分からないが。

「そのせいで我々は貴方たちという貴重な戦力を失うことになる」

 タバートはゾンネンブルーメ公爵の行動に納得していない。エルフ族の部隊は連合軍の主力。ラヴェンデル公国軍も騎馬や白兵戦では決して劣るところはないと考えているが、魔法と弓という中距離攻撃においてはさすがに敵わない。二軍が組み合わされることで、その強さは何倍にも膨れ上がるのだ。
 ゾンネンブルーメ公爵はわざわざ自領を奪い返してくれている軍を弱体化させようとしている。

「これまで戦ってきた感じでは、ゾンネンブルーメ公国を占領している魔王軍は烏合の衆です。まともな指揮官がいるとは思えません」

「確かに」

「この先の戦いも貴方たちであれば勝ち続けられるでしょう」

 魔王軍が重点的に守っている拠点も、数が多いだけで質は低いとエルフ族の指揮官は考えている。伝え聞いた他の場所での戦いと比べて、ゾンネンブルーメ公国の魔王軍は弱すぎる。残る連合軍で勝てるはずだと。

「そうだと良いが」

「それに、これは期待し過ぎないで欲しいのですが、もう少し奪回が進めば魔王軍は撤退する可能性があります。維持できない占領地に軍勢をずっと張りつけておくことなどしないはずですので」

 支配地域がもっと狭まれば、魔王軍はゾンネンブルーメ公国から撤退する可能性がある。ラヴェンデル公国とキルシュバオム公国でそうしたように。それはつまり、旧リリエンベルグ公国領内に戦力を集中させるということで、それだけアイネマンシャフト王国の戦いは厳しくなるということだ。そういう点で、このタイミングでエルフ族の部隊がゾンネンブルーメ公国の戦場を離脱することは正しい。

「……そうなった場合は」

「貴方たちは自領の守りに戻れます。その先は……分かりません。悪い結果にならないことを願うだけです」

 ゾンネンブルーメ公国での戦いを終えたタバートたち、ラヴェンデル公国軍はその先、どうするのか。考えられる可能性はいくつかあるが、その選択にこの二人には関われない。決めるのはローゼンガルテン王国なのだ。

「……貴殿らと共に戦えたことを誇りに思う」

 今、タバートが彼らに伝えられるのはこれまで共に戦ってくれたことへの感謝。

「我々もです。正直、命令を受けた当初はどうしてと不満に思いましたが、貴方たちと共に戦い続けてきて、王の気持ちを理解出来ました」

「気持ち?」

 彼らがこの戦場に来たのは、ただ魔王軍と戦う為ではない。それはなんとなく分かったが、ジグルスの気持ちというものが何か、タバートにはまったく見当がつかない。

「王は我々の心の中にある人族への偏見に気が付いていた。だから、この戦場に行くように命じたのです」

「人族への偏見があるから、ここに? 彼らしくない強引さだと思うのは間違いだろうか?」

 人族に偏見を持つ臣下を、他国に送って人族の指揮下に置く。荒療治にはなるかもしれないが、タバートは、自分が知るジグルスらしくないやり方だと思った。学院にいた時のジグルスは、考えが違う相手に対して、丁寧な説明を何度も繰り返し、納得してもらおうとしていた。そのイメージとのギャップを感じたのだ。

「王らしくないというのは、我々には分かりません。ただ王は確信を持っていたのではないですか? 貴方の下で戦えば、我々の気持ちは変ると」

「それは……」

 彼の言う確信の意味がタバートには分からない。ジグルスは何を信じていたのか。頭に浮かぶものはあるのだが、それを肯定することが出来なかった。

「人族も強い。だがそれは王が一から鍛え上げた軍だから。我々はこう思っていました」

 アイネマンシャフト王国で彼らは元リリエンベルグ公国軍遊撃部隊の強さを思い知らされた。驕りの気持ちを消して、ケントール族の背に乗って戦うことを受け入れた。だが彼らから人族を下に見る気持ちは消えていなかった。ジグルスが鍛え上げたのだから強いのは当然。ジグルスの近衛として戦うのだから、彼が望む戦い方をするのは仕方ない。こんな言い訳を心に残していたのだ。

「ですが貴方たちと共に戦い、貴方たちの日々の弛まぬ努力を知り、自分たちの考えは間違いだったと気付けました。タバート殿、貴方は立派な指揮官です。貴方の部隊は、間違いなく我らが知る最強の部隊のひとつです」

「……その言葉、なによりも嬉しいな」

 彼らに認められた、というだけではない。彼の考えが正しければ、ジグルスも自分の実力を、努力を認めてくれているということになる。ラヴェンデル公国での戦いで、指揮官としての力量で自分はジグルスに遠く及ばないことを思い知らされた。何度も自分の力のなさを嘆き、挫けそうになりながらも、その背中に追いつこうと頑張ってきた。その努力が報われた気がした。

「我々ももっと強くなります。この先、どのような形になるか分かりませんが、良い意味での競争は続けたいと思います」

「そうだな。我々もまだまだ強くなる。その為の努力を惜しむことは決してない」

「……では。我々はこれで」

 また会いましょうとは言えない。その再会がどのような形で実現するか分からないから。個人的な友誼がどれほどあっても、ローゼンガルテン王国とアイネマンシャフト王国の国同士は敵対関係になる。その時は、もう間もなく訪れようとしている。