月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 第117話 一足早い変革の時

異世界ファンタジー 異伝ブルーメンリッター戦記

 群雄割拠、するには旧リリエンベルグ公国領は狭すぎる。各勢力はそれほど小さいものではない。だが旧リリエンベルグ公国領の今の状況を表現しようと思えば、やはり群雄割拠という言葉が一番適しているだろう。もしくは、たんに割拠していると表現するか。
 とにかく旧リリエンベルグ公国領内の状況は大きく変わった。変えたのは魔王軍の大魔将軍たち、アース族たちだ。
 アース族の一人、ブラギがジグルスに討たれた。その息子は、命こそ助けられたものの、従っていた深淵の一族を手放すことになった。太古の昔から続いていた従属関係を断たれたのだ。
 さらにヘイムダルもジグルスに降伏。従属していた昏光の一族を解放した。ヘイムダルと昏光の一族との関係は、ブラギと深淵の一族のそれと違って良いものであったようで、多くが仕え続けることになったが、あくまでもそれは個人としての関係。一族が解放されたという事実に変わりはない。
 太古から続くアース族の伝統が壊れた。ジグルスは同じアース族を滅ぼすことに躊躇いがない。これを認識した他のアース族の反応は大きく分けて二つ。戦いを放棄して中立の立場になろうと考えるか、ジグルスをアース族全体の敵として徹底抗戦を決めたかだ。どちらにも共通するのは、魔王ヨルムンガンドの統制から外れたということ。それぞれ勝手に動き出したのだ。
 旧リリエンベルグ公国領内は魔王ヨルムンガンドの勢力とアイネマンシャフト王国、旧リリエンベルグ公国勢力に加え、抗戦派のアース族と中立派のアース族の支配地域に分割されることになった。
 この結果、もっとも勢力範囲を減らすことになったのは魔王ヨルムンガンドの勢力だ。

「……彼らも盟約で縛り付けておけば良かったのです」

 ローズルは不満の感情を隠すことなく、ヨルムンガンドにアース族の離反を防ぐ手立てをとるべきだったと告げた。

「彼らが了承したと思うのですか? 無駄に誇り高い彼らが、真の臣従を誓うはずがありません」

 アース族には特権意識がある。ヨルムンガンドを魔王と認めても、それと自分たちが臣従することは話は別。あくまでも協力しているだけという立場なのだ。
 そもそもヨルムンガンドとバルドル、ヘル、フェンとの盟約も、臣従を誓ったというものではない。義兄弟の契を交わしたという意味合いのものだ。

「やはり、彼らを大魔将軍にするべきではなかった」

「今更、それを言いますか? しかも貴方が」

「それは……では、どうするつもりですか? 多くの臣下が奪われてしまいました」

 アース族は率いていた軍勢を支配下に置いたまま、ヨルムンガンドの統制を離れた。魔王軍としては戦力を奪われた形だ。

「取り返せば良いではないですか」

「どうやって?」

「まずは中立派との交渉ですね。戦う気がないのであれば、軍勢は不要なはず。返してもらいましょう」

 中立を宣言したアース族も、軍を手元に置いたまま旧リリエンベルグ公国領内にとどまっている。彼らの言う中立は、戦うことなく自分たちを養える領土を得ようという、自分たちに都合の良いものなのだ。

「言うことを聞くとは思えません」

「軍を抱えるのであれば中立とは認められませんね。戦って奪い取ることにしましょう」

 身勝手な中立を認めるつもりはヨルムンガンドにはない。中立の立場を守りたいのであれば、奪った軍勢を返し、元の住処に引っ込め。こう考えているのだ。

「アース族と戦うのですか?」

「当然。彼らは裏切ったのです。裏切って、こちらの戦力だけでなく領土まで奪おうとしている。アース族であろうと、なんであろうと許されることではありません」

 アース族の側は協力を止めただけ、くらいに思っているかもしれないが、ヨルムンガンドはそんな軽く受け取っていない。裏切りに対しては、その罪に相応しい報いを受けさせるつもりだ。

「……敵を増やすことになる」

「もう彼らは敵です。私は敵を討ち、味方を増やそうとしているのです。それとも貴方はバルドルが……彼はこう呼ばれたくないでしょうね。ジグルスがそれをすることを許すつもりですか?」

 ヨルムンガンドの側が放置しておけば、ジグルスが彼らを討ち、彼らに従っている人たちを味方に取り込むことになる。

「……いえ」

 それを許すわけにはいかない。これ以上、ジグルスの勢力が拡大することになれば、味方は完全に勝ち目を失う。ヨルムンガンドの考えをローズルも認めないわけにはいかない。

「急いだほうが良いでしょう。中立派の戦力を狙っているのは我々だけとは限りません。ジグルスと抗戦派のアース族、どちらに奪われても、こちらとしては大きな痛手。最弱の勢力に落ちてしまうことになります」

 元は八軍あった魔王軍も、今残っているのはヨルムンガンドの直轄軍以外は支配地域の拠点を守っている部隊とゾンネンブルーメ公国で戦っている軍勢のみ。ヨルムンガンドは最弱の勢力に「落ちる」と言っているが、それはローズルの危機感を刺激して動かす為の言い方。実際はすでに最弱と評価されてもおかしくない状況なのだ。

「……すぐに交渉に行きます」

 ヨルムンガンドの思惑通りにローズルは動いた。中立派との交渉に向かう為にその場を離れていくローズル。

「問題は抗戦派ですか……まとまられると少し厄介ですが……さて、どう動きますか」

 残ったヨルムンガンドは、この先の動きについて考え続けている。アース族は強い。その彼らがジグルスに危機感を覚え、真剣に戦おうとしている。それぞれの血族が総力をあげて戦うことになり、それらが一つにまとまられると侮れない勢力になる。
 彼らが率いている部種族が、彼らの為に命をかけて戦えば、という条件付きであるとしても。

「……結局、そこですね。支える者たちの気持ち。そういう戦いになりますか」

 ヨルムンガンドの顔に笑みが浮かぶ。個の力を重視していた、それが全てだった魔人。その魔人たちの戦いが、その他大勢の働きに勝敗がかかっている、という形になろうとしている。その事実がおかしいのだ。
 体を流れる血。それだけで特権意識を持ち、特別扱いされてきたアース族が、自らの存亡を賭けた戦いに挑もうとしている。この状況がおかしいのだ。

「……バルドル、ヘル……貴方たちは、とんでもない息子を残してくれましたね」

 この状況を作り上げたのはジグルス。これは間違いない。魔人は、魔人だけにとどまらず、この世界は変わろうとしている。そう思うと、ヨルムンガンドは笑わないではいられなかった。

 

◆◆◆

 旧リリエンベルグ公国の勢力範囲は南部のグラスルーツとその周辺部のみ。それ以上、拡大させるつもりはヨアヒムにはない。その必要も、力もない。そもそも独自の勢力圏を築いているつもりもヨアヒムにはない。アイネマンシャフト王国あってのグラスルーツ。王国の一部であるとさえ、ヨアヒムは思っている。ただそれを説明出来ない相手に対して、リリエンベルグ公国と称しているだけだ。
 そのグラスルーツにジグルスとリーゼロッテがやってきた。実家に帰省、ということではない。リーゼロッテに関しては兄であるヨアヒムと会うという私的な理由もあるが、それもあくまでも仕事のついで。仕事の相手がヨアヒムであるということだ。

「……魔王軍が分裂。それはまた……予想外のことが起きますね?」

「はい。アース族というのが、ここまで身勝手だとは知りませんでした」

 ジグルスがグラスルーツに来たのは、状況に大きな変化が生まれたので、今後についてヨアヒムと相談する為だ。アース族の一斉離反はジグルスにも想定外。全てを手放す覚悟で降伏してきたヘイムダルを少し見直すことになった。

「敵が分散するのは悪いことではないですね……ないですよね?」

 軍事的な才能は自分にはない。ヨアヒムはそれをよく理解している。それに良い状況であれば、忙しいジグルスがわざわざグラスルーツに足を運ぶはずがない。

「良いことでもないです。三つ巴の戦いとなると、隙が生まれてしまう可能性が高くなります。相手も同じですけど、計算出来ない戦いは行いたくありません」

 それぞれがそれぞれの思惑と、その時の状況で動きを変える。予測出来ない事態が生まれる可能性は高い。ジグルスとしてはそういう戦いは避けたい。戦争を完璧に計算し切ることなど不可能だと分かっているが、味方の被害は最小にしたいという思いがある。

「私には敵が分裂しなくても無理そうです」

「計算出来る戦いをしたいというだけで、出来ているわけではありません。それがさらに難しくなるわけです」

「具体的な戦い方は決まっているのですか?」

 それでもジグルスには策がある。ヨアヒムはそう考えている。ジグルスは思うような戦いが出来ていないと言っているが、これまで勝ち続けているのだ。

「防衛線を再構築します」

「守りの戦いですか」

「アース族の戦力をまだ把握しきれておりません。強いほうの種族ですので、それが全力で戦う気になったらどうなるのか。それを見極めるまでは守りに徹しようと思いまして」

 お手伝い戦くらいの認識でこれまで戦っていたアース族が、本気になるとどれくらい強敵になるのか。それをまだジグルスは掴んでいない。敵戦力が未確認の状態で、戦いを挑むの避けたいのだ。ただこれだけが守りを優先する理由ではないが。

「そうですか……防衛線というのは?」

「はい。これまではブラオリーリアが最前線だったのですが、さらに北にある、魔王軍の防衛拠点を二か所奪いました。そこから東へ向かい大森林の入口まで。西はそのまま南に下った線を防衛線にしようと考えています」

「思っていたより広いですね?」

 ヨアヒムが考えていたよりも、ずっと広範囲の防衛線。これまでは防衛線というより、ブラオリーリアという点を守っていただけ。線で考えるとそうなってしまうのだ。

「拠点の奪い合いをしていても得るものは少ないと考えました。支配地域をはっきりとさせて、そこは絶対に守る。軍事的にそういう態勢を整えて、あとは内政です」

「なるほど」

 今現在、アイネマンシャフト王国の領土といえるのは南西部にある拠点のみ。ジグルスはその狭いアイネマンシャフト王国の領土を一気に広げようとしている。広げたうえで、そこでアイネマンシャフト王国の政治を行おうとしているのだとヨアヒムは理解した。

「安全圏と思えるものを作れば、そこに移り住みたいと考える人も出てくるでしょう。住む人が増えれば、生み出される物も増えます。ここでの戦いはそれが重要だと思っています」

 食料不安が生み出した戦い。それに勝利するには、その問題を解決しなければならない。そうでなければ本当の勝利とは言えない。ジグルスはそう考えている。
 その為には軍事だけでなく、内政も同時に進めなければならない。そこで成果を出せば、人族だけでなく、魔人たちの中からもアイネマンシャフト王国で暮らしたいと思う人が出てくると考えているのだ。

「……敵を刺激しますね。敵なのだからしかたありませんが」

 魔王、アース族の勢力はアイネマンシャフト王国が生み出したそれを奪おうとする。ローゼンガルテン王国の食料とそれを生み出す生産地、労働力を奪う為に始めた戦いなのだ。

「はい。だから絶対に支配地域は守らなければなりません。それが出来れば、人々は気付くでしょう。奪うことしか出来ない人たちと生み出すことが出来る人たちの差を。どちらでありたいかを考えてくれることに期待しています」

「……人々に選択肢を与える戦い」

 そういう戦いの在り方をヨアヒムは考えたことがなかった。元々、戦争について考えることは少なかったが、仮に考えていたとしても戦略、戦術の類から外れることはなかったと思う。ジグルスの話したこれも戦略、戦術の一種なのかもしれない。そうだとしてもやはり自分はこういう考えには至らなかっただろうとヨアヒムは思う。

「相談したいのは、北に進出してもらえないかということです」

「それは、我々がグラスルーツを出るということですか?」

「そうです。元々あった街とまったく新しい場所に拠点を二つ作ろうと考えています。そこを守って欲しいのです。西への備えです」

 ジグルスは構築する防衛線の一部をグラスルーツにも担当してもらいたいと考えている。アイネマンシャフト王国軍だけでは、やはり足りないのだ。

「……守れますか?」

 この問いはジグルスではなく、グラスルーツの軍事責任者、元ローゼンガルテン王国騎士団副団長のワルターに向けられたものだ。カロリーネと共にグラスルーツにやってきたものの、アイネマンシャフト王国には入れなかったワルターは、ヨアヒムから軍事責任者を任されていた。

「どのような拠点か分からない段階ではなんとも……対峙する敵戦力はどの程度か分かりますか?」

「幸いというか、南西部には中立を宣言したアース族の一勢力がいるだけです。ただ、いつ気が変るか分かりませんし、中立でいられるかも怪しいものです。南西部はそれほど戦争で荒れていませんので」

 開戦当初から戦いは大森林に近い東部で行われていた。中央部に移ってからも、ブラオリーリア攻防戦が主戦場であるので、南西部は戦火に荒らされていない。そういう場所であるので、中立を宣言したそのアース族は自らの支配地として選んだのだ。だがそういう土地は他の勢力にとっても魅力的な場所。奪い合いが始まる可能性がある。

「数は分かっているのですか?」

「四千ほど……もう少し減る予定ではいます」

「そうですか……やるしかないということでしょう」

 守れるかどうかを考えても意味はない。そのアース族が敵に回れば、嫌でも戦わなければならないのだ。

「ありがとうございます。拠点については出来るだけ堅牢なものにします。さすがにここと同じというわけにはいきませんが」

「分かっております」

 グラスルーツはずっと工事を続け、今ではブラオリーリアを超える堅牢な城塞都市に生まれ変わっている。ブラオリーリアでの戦いの経験を生かして改良を重ねてきたので、防衛力には自信がある。
 ただここまでくるには何年も費やしており、防衛線の構築を急ぐ今の状況で、同等の拠点の構築など不可能だ。

「あと相手の動きは出来るだけ早く掴めるように、態勢を構築します。最初は少し驚くかもしれませんが……まあ、情報は大切ですので」

「……分かりました」

 ワルターも驚く、何も聞かされていない人たちに比べれば落ち着いたものだが、ことになる一人だ。アイネマンシャフト王国の情報部門を構成するのは冥夜の一族だけではない。有翼族、鳥人族も偵察と情報伝達を担っている。制空権を握っているアイネマンシャフト王国の強みだ。
 今回、グラスルーツも一歩踏み出すことになる。拠点を出るということだけではない。自分たちの味方がどのような存在か。それを多くの人が知ることになるのだ。