月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第47話 どんな経験も人を成長させる糧になる

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 中央諸国連合軍の中軍と共にアイシェカープを発し、ガルンフィッセフルスに向かっている愚者とパラストブルク王国軍。その移動中も鍛錬をかかしていない。中軍六千が隊列を組んで整然と街道を進んでいる間、愚者とパラストブルク王国軍は走り込み。ヴォルフリックたちの遠慮のない走りにパラストブルク王国軍の人たちは当然、付いて行けるはずがなく、何キロにも渡る間延びした状態で走る続けることになる。
 目的の場所についても鍛錬は終わらない。そこからは剣の稽古だ。ずっと先に到着していて自分たちの鍛錬を先に終わらせたヴォルフリックとブランドが二百人の相手をするという形。二人にとってこれは休憩時間の扱いだ。互角に戦える人はいないが、それぞれが百人を順番に相手にしていれば、それなりに時間がかかる。相手をしてもらえていない間は休憩時間という考えなのだ。そんな時間がないとパラストブルク王国軍の人たちは完全にへばってしまって動けなくなる。こう考えた結果だ。
 次々と向かってくるパラストブルク王国軍の人たちの相手をしているヴォルフリックとブランド。それを横目で見ながらクローヴィスとセーレン、そしてボリスの三人は自分たちの鍛錬を続けている。型を何度も繰り返す地味な鍛錬だ。
 実戦を経験し、自分の無力さを痛感したクローヴィスにとって、この地味な鍛錬を行うのは辛いものだ。

「……焦ってもすぐに結果が得られるわけではないよ?」

 クローヴィスの気持ちを察して、フィデリオが声をかけてくる。

「分かっています。分かってはいますが……」

 基礎が大切なことは分かっている。その基礎が一朝一夕では身につかないことも。だからといって焦る気持ちは消えてくれない。またすぐに実戦に参加することになる。その時に、また何も出来ないのは嫌なのだ。

「心の乱れは動きの乱れに繋がる。その状態でどれだけ鍛錬を行っても、身につくことはないから」

 重ねて鍛錬に集中するように言うフィデリオ。集中出来ていない中で、どれだけ鍛錬を行っても意味はない。神経を研ぎ澄ますくらいの集中が必要なのだ。

「……分かりました」

 深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとするクローヴィス。それだけで焦りが心の中から消えるわけではないが、鍛錬中はなんとかそれを押し込めて、動きに集中しなければならない。
 まずはゆっくりと体を動かし、正確に型をなぞることに気持ちを集中させていく。

「そうじゃない」

「ええっ……」

 ようやく集中しかけた気持ちを邪魔する声。それはヴォルフリックの声だった。

「その鍛錬の目的は型をなぞることじゃない。動きを知ることだ」

「……動きを知るというのは?」

 自分が行おうとしていた「型をなぞる」という考えは間違い。ただヴォルフリックが言う「動きを知る」の意味がクローヴィスには分からない。

「たとえば剣を振る。お前はどこで剣を振っている?」

「どこで……」

「ほら、考えた。それは動きを知らないということ。腕で振っているか?」

「……はい」

 クローヴィスが考えたのはヴォルフリックの質問の意味が分からなかったから。腕で振っているか、と聞かれれば、当たり前のことをと思ってしまう。だがこれもまだヴォルフリックの問いの意味を理解していない。

「腕だけで?」

「……いえ、違います」

「じゃあ、上半身だけ?」

「いえ」

 そんなことはない。下半身も使っている。だがこれはまだヴォルフリックの問いに対する答えではない。

「じゃあ、どこを使っているか。たとえばお前が今やっていた型。それは間違い。大切なのは剣をどこに通すかじゃない。どういう体勢でも決められた位置に剣を通せるかだ」

「……どういう意味ですか?」

「言葉では分からない。たとえば」

 ヴォルフリックはクローヴィスが行おうとした型を、自分でやってみせた。それを見てもクローヴィスにはヴォルフリックの話の意味は理解出来ない。

「次はこう」

 また型を見せるヴォルフリック。だが先ほどとは異なり、上体が大きくのけぞっている。クローヴィスは自分が教わっていない型だと思った。だがそういうことではない。

「異なる体勢で同じ位置に剣を通す。それが出来る為には、それぞれどこに力を入れて、どこに力を入れないか。力を入れるとしてどれくらいの力が必要か。動かす為には止めることも必要。剣を振る時に、どこを動かし、どこを止めなければいけないか。ふとももの前? 後ろ? 両方の場合はどちらにどれくらいの力を?」

「……そんなことを考えて?」

 そんな細かいところまで考えて、型を行ったこと、それどころか体を動かしたことなどクローヴィスはない。考えなくても体は動かせるものなのだ。

「考えなくても動くようにすることが型の目的。でもその為には正しく動かし、正しく止なければならない。人の体って自分が思っているよりも間違った動き方をしている。それを正すことが鍛錬の目的だ」

「……それが出来るようになれば?」

「無駄はなくなり、目的の為だけに力が使えるようになる。効率的に動かせるってこと、それが出来るようになることが最初の壁かな?」

 これもまた基礎。ヴォルフリックとブランド、そしてフィデリオと同じ高みに上るために必要な基礎なのだ。

「では、まずはそれを越えてみます」

 越えなければならない壁であるなら、超えるしかない。そうしないとヴォルフリックの隣に立って、戦うことは出来ないのだ。

「簡単に言う。まあ、やれると信じていないと出来るはずがないか。ということで、これ」

「えっ……これは」

 ヴォルフリックが放り投げたものを、慌てて受け止めたクローヴィス。手にあったのは、以前一度だけ付けたことがある鍛錬用の魔道具だった。まだ早いと言われて、付けることを許されなかった魔道具だ。

「それは身体に負荷をかけるだけの魔道具じゃない。負荷をかけることで、動かしている場所を感じ取ることが出来るようになるためのものだ。それを常に意識して動くんだな」

「……分かりました」

 すくなくとも魔道具を付けられるくらいには自分は成長していた。そういうことだとクローヴィスは受け取った。無造作に放り投げられた魔道具。だがそれが、これまでの努力を認められた証だと思うと、なんだか嬉しくなる。

「何、にやけてんだ?」

「……にやけていません」

 その思いが顔に出ていたと知って、クローヴィスは慌てて表情を引き締める。

「いや、今、にやけていただろ?」

「していません」

「……まあ、いいか。俺とブランドは、これから馬に乗る練習をしようと思う。その間、パラストブルク王国軍の人たちの面倒を見てくれ」

「……分かりました」

 クローヴィスにあとを任せて、ヴォルフリックはブランドを連れて、馬を繋いでいる場所に歩いていく。移動などを考えると馬に乗れるようになっておいたほうが良いと考えて、練習することにしていたのだ。二人とも乗ることはできる。ただ、操れないのだ。
 離れていくヴォルフリックの背中を見つめているクローヴィス。

「……何、にやけてんだ?」

 そんな彼にセーレンが、彼女のほうこそ、にやけた顔で声をかけてきた。

「にやけてないだろ?」

「惚けるな。あとを任されたのが嬉しくて、にやけていたんだろ? あれだね。君たちを父子はつくづく人に仕えるのが好きなんだね?」

「父上と一緒にするな」

 セーレンに図星をさされて、不服そうな顔を見せるクローヴィス。

「ずっと一緒にされたがっていたくせに」

「それは……」

 父親のアーテルハイドはクローヴィスの憧れの存在。父のようになりたいと、ずっと思っていた。なれないことがコンプレックスになっていた。

「良いな、クローヴィスは。一歩先を行かれたみたいだ」

「あっ……」

 セーレンはヴォルフリックから鍛錬用の魔道具を受け取っていない。それに気が付いて、クローヴィスの表情が暗くなる。

「同情はいらない。鍛え足りないのは自分が一番分かっている。でも……必ず追いつく。あの人の隣に私は立つ」

 セーレンの視線が離れた場所でブランドと共に騎乗訓練を行っているヴォルフリックに向く。今、彼の隣にいられるのはブランドだけ。実力も信頼度もセーレンはブランドに遠く及ばない。だがいつかは自分もあの場所に。セーレンはそう考えている。
 圧倒的な大軍を前にしても、臆することなく戦いを挑んだヴォルフリックを、セーレンはただただカッコいいと思った。彼の隣で戦っている人たちがどうにも羨ましかった。自分もカッコいいと思われる、周りから羨ましがられる人になりたい。そう思った。
 それはクローヴィスも同じ気持ちだ。ただいるだけの、守られるだけの存在でいたくない。愚者はアルカナ傭兵団最強部隊。そう評される時に恥じるのではなく、誇れる自分でありたいのだ。

 

◆◆◆

 クローヴィスとセーレンと異なり、ボリスは強くなる決意を固めるどころか、ひどく怯えている。自分はヴォルフリックを殺しかけた。だがそれに対して、戦いが終わったあと、誰も何も言ってこないことに怯えているのだ。たんにヴォルフリックは気にしていないから、そして他の人たちはボリスに気を使ってのことなのだが、そう受け取れないのがボリスの性格。普通に接してくることを、怒っているからだと捉えてしまう。もともと知り合ったばかりで仲が良いと言える関係ではない。事務的とまで感じるのはボリスの思い込みだが、素っ気ないくらいの態度は当たり前のことなのだ。
 さらにボリスを不安にさせているのは、自分はもう用済みになってしまったのではないかということ。この心配はもっともだ。投爆弾を遠くまで投げられるということでボリスはヴォルフリックの従士になった。だが、その戦いは終わってしまった。投爆弾も全て使い切っている。ボリスの出番はなくなったのだ。
 心配であればヴォルフリックと話をすればいいのだが、それも出来ない。「ああ、そうだった。じゃあ、もう要らない」と言われてしまうのを恐れている。
 そんなことで、ヴォルフリックと一緒に行動しながらも距離を取っているボリス。移動中も鍛錬鍛錬なので、誰も気が付いていないが。

「……こう……こんな感じだったかな?」

 不安を紛らわせる為に、鍛錬には以前とは比べものにならないくらい真剣に向かい合っているボリス。そうであるから周りも話し掛けようとしなかったりするのだが。

「下半身から立ち上がった力が、上に移っていく感覚だったんだよな」

 ぶつぶつと呟きながら行っているのは、フルーリンタクベルク砦の戦いで、最後に投爆弾を入れていた鉄の箱を投げた時の再現。あきらかにこれまでとは違う力が全身を貫いた感覚。それを思い出そうとしているのだ。

「踏み込みは力強く。後ろ足のケリで生まれた力を前足に乗せて、さらに伸ばして上半身に伝えていく」

 ひとつひとつの動きを確かめていく。

「腕はまだ後ろ。下半身の力が上半身に伝わると、自然と前に出てきて」

 ブンという風切り音が耳元で鳴る。前に振られた腕が鳴らした音だ。

「……腕に力をいれなくても、これくらい加速するのか」

 以前は腕の力だけに頼っていた。だがそれがなくても同じか、それ以上に腕は振れるのだ。そうなると腕はいつ力を入れれば良いのか。

「同じようにやれば良いのかな? それとも力を入れるタイミングも遅らせるべきか」

 腕の力の入れ方に悩むボリス。砦の時はほぼ無意識、無我夢中でやった結果だ。そうであるから、こうして再現出来ないか、試しているのだ。

「それって型?」

「えっ? あっ……ブランドさん」

 問い掛けてきたのはブランド。フルーリンタクベルク砦で、もっとも自分に対して怒っていたブランドが現れたことで、ボリスは動揺している。

「年上の人にさん付けで呼ばれるの気持ち悪いから」

「でも……」

 愚者ではブランドのほうが先輩。ただブランドはそういうことに関係なく、年上からの敬語を嫌がっているのだ。

「型の稽古をしているの?」

「……型じゃなくて、箱を投げた時の感覚を思い出そうと思って」

「ああ。あの最後に箱ごと全部投げちゃったやつ?」

「……ごめんなさい」

 焦って行ってしまったこと。ボリスにとっては失敗なのだ。

「別に謝る必要ない。結果としてヴォルフリックは助かったからね。でも、あれ凄かったね? 二人でも重い鉄の箱を、あんなに投げられるなんて」

 砦の防壁の上まで運んだ時に、ブランドは箱がどれほど重いかを知った。あんな遠くまで投げられるような重さではなかったのだ。

「それだけが僕の取り柄だから」

「力が強いって、それだけって言うようなことじゃないと思うよ? 単純な能力だからこそ、いろんなことに活かせる。殴るだけで人を殺せるって凄いから」

「い、いや、それは……ちょっと……」

 撲殺はボリスにはあまり気分の良いものではない。相手を殺した感触が、はっきりと手に残ることを想像しただけで、気分が悪くなる。

「ああ、ボリスさん、刺激的なの苦手そうだものね? そうなると……逆にすごく長い棒を振り回すのは? 相手を遠ざけることも出来るから怖くないかも」

「すごく長い棒……それで敵を……倒せるね……」

 ボリスは従士として、他の人と同じ剣の鍛錬しか行ってこなかった。ブランドの言うような、自分だけの戦い方というものを考えてこなかったのだ。

「ただ僕なら懐に飛び込むね。それをされた場合……やっぱり、殴り倒す?」

「ええ……」

「どこかで割り切らないと。戦争なんて、中身はただの殺し合いだから」

「……そうだね」

 敵と向かい合えば相手を殺さなければならない。殺さなければ自分が殺される。ボリスは、苦しい生活から逃れるためという理由はあっても、自らそういう道を選んだのだ。

「戦い方の工夫は必要だね。たしかセーレンさんのお父さんは同じ能力じゃなかった?」

「……似た能力ではあるね」

 アルカナ傭兵団の幹部である力のテレルと同じ能力と言われることに、ボリスは抵抗を感じてしまう。実力も実績もまったく違うのだ。

「今度は同じ戦場だから参考にすれば良い」

「い、いや、僕なんかが参考にするなんて」

「なんで? 強い人を真似るのは強くなるための近道。まして同じ能力を持っている人なら、弟子入りしても良いくらいだ。それともボリスさんは強くなりたくないの?」

「強く……なりたい……」

 ずっと足手まといだった。いつも期待を裏切り、誰にも相手にされなくなった。そんな自分が大嫌いだった。それなのに、今回もヴォルフリックの期待を裏切ってしまった。鉄の箱を投げられたこと以外は、何も出来なかった。
 それでもディアークからかけられた言葉は嬉しかった。「よくやった」なんで言葉を聞いたのは、いつ以来か。もし、自分自身に恥じることのない活躍が出来た時、同じ言葉をかけられたら、きっともっと嬉しいのだろうとボリスは思う。そうなりたいと思う。

「じゃあ、考えないと。何もしないで強くなんてなれない。人よりも強くなろうと思ったら、人の何倍も努力しなければいけない。誰にでも分かる、当たり前のことだよね?」

「……そうだね。当たり前だね」

 自分は人一倍努力をしてきたか。特殊能力という、人よりも恵まれた才能を持っていても、人と同じか、それ以下の努力しかしてこなければ弱いのは当たり前。こんな当たり前のことに、どうして今まで気付けなかったのかボリスは不思議だった。
 気付いてはいたのだ。だが努力をして、それでも弱いままであった時のことが、自分の才能全てを否定しなければならない事態になることが怖かっただけだ。何もしないままでも、それは変わらないというのに。気の弱さを言い訳にしていても何も変わらない。変えようという努力をしなければ変わるはずがない。そうしてみようとボリスは思った。ようやく一歩を踏み出すことになった。