月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第46話 勝者がいれば敗者もいる

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 周囲にひしめく味方。もっと速く先に進み、見晴らしの良い場所に出たいのだが、前が詰まっていてそれは出来ない。この地は一万六千もの大軍が展開するには狭すぎる場所なのだ。だがこの状況も少し先に進めば変わる。敵の砦に向かっていくにつれて、平地は扇のように徐々に広がっていく。もっと広く軍勢が展開できるようになるはずなのだ。
 もうすぐ我々の番だ。指揮官のそんな声が聞こえてくる。息苦しささえ感じるこの密集ももうすぐ終わり。そんな安堵が騎士や兵士に広がった、その時だった。
 爆発音が周囲に響き渡る。もう味方の攻撃が始まったのかと思ったが、すぐにそうでないと分かった。敵襲の声が聞こえてきたのだ。
 敵も投爆弾を持っている。それは昨日の戦いで分かっていた。だがお互いに同じ、それどころかベルクムント王国軍のほうが威力の強い武器を持っている。さらに数は比べるのも馬鹿らしい圧倒的な差だ。このような場所で敵が仕掛けてきたことがカーロは理解出来なかった。
 前方から爆発音が続けて聞こえてくる。宙に吹き上がる赤い炎もカーロには見えてきた。考えていた以上に近い場所が、敵の攻撃を受けている。それを知ったカーロは背筋が冷えるのを感じた。
 昨日の戦いで敵の中にシュバルツがいることは分かっている。自分は彼の敵側にいる。そのことにカーロは恐怖を感じているのだ。
 爆発は続いている。だが味方は少しずつ前に進んでいるのをカーロは感じている。当然ではある。戦力は味方が圧倒しているのだ。だがカーロの体から寒気が引くことはなかった。
 このままでは終わらない。終わるはずがない。味方が前に進む勢いが強くなっても、この思いは消えない。
 その予感は的中した。味方の叫ぶ声。何を言っているか良く聞こえなくても、何が起きたかは分かった。空高くから舞い散る黒い影はカーロの視界にもはっきりと入っているのだ。

「まずい……逃げろ。逃げろぉおおおおっ!!」

 落ちてくるいくつもの小さな影。瓢箪型の投爆弾はカーロのすぐ近くにも落ちてきた。逃げろと叫んだものの、それは聞き届けられない。逃げようにも逃げる場所がない。密集のせいだけではない。投爆弾は広範囲に落ちてきていて、どこにも安全と思える場所がないのだ。
 結局、ベルクムント王国軍は身動きが取れないままに、爆発の中に取り込まれることになる。次々と巻き起こる爆発により味方の体が燃え、爆風がその体を宙に吹き飛ばす。
 荒れ狂う嵐の中にいるような感覚。前後左右で吹き荒れる爆風。立ち昇る炎の柱。恐怖におびえる声は爆発音にかき消され、それ以前に耳がおかしくなって、何も聞こえなくなっている。
 土煙で視界も塞がれ、人々はなすすべもなく立っているだけ。すぐに自分の周りでも起こる惨劇に震えながら。
 そして、その時はやってきた。真っ赤に染まった視界、それにわずかに遅れて爆風が人々の体を吹き飛ばす。それが収まった時、その場に立っていられた者は、カーロだけだった。

「…………」

 何故、自分は無事なのか。そんな疑問は一瞬で消えた。周囲から漏れ聞こえてくる苦しそうなうめき声が、それを考えることを許さなかった。

「……大丈夫か!? 動けるか!?」

 地面に倒れている味方に声をかける。爆発は派手であるが、瓢箪で作られた投爆弾は、陶器のそれと比べれば、殺傷力は強くない。すぐ近くで爆炎を浴びたり、吹き飛ばれた時の打ちどころが悪いなどでなければ、命を奪われる可能性は低いのだ。

「立てるなら立て! 急げ! また来るかもしれない!」

 動ける者にすぐに立ち上がるように伝えるカーロ。味方は大打撃を被っている。この状況につけ込んで、敵が更なる攻撃を仕掛けてくる可能性がある。シュバルツであればそうするとカーロは思う。

「元気な人は動けない人を助けて! 急げ! 敵の次の攻撃がくる!」

 本来、カーロにこんなことを指示する権限はない。彼は貴族家の一騎士。その中でも新参で地位は低いのだ。だが、それを指摘する者は誰もいない。指揮官がしっかりしていれば、すでに指示は出されているはず。それがないということは、今近くには部隊をまとめる人がいないということ。それが誰のものであっても、きちんと指示が出されれば、従士や兵士たちはそれに従おうと思うものだ。
 一人二人と立ち上がる人が増えていく。その数がある程度の数になると、自力では立ち上がれない人を助けようという行動が始まる。

「怪我人を後方に! 急いで! 敵がくる!」

 また最前線から爆発音が聞こえてきた。それに続いて争乱の声も耳に届く。敵の攻撃が始まった。まさかそれがわずか十数人によるものとは思わないカーロ、そして周囲の人々は怪我人だけでなく、自分たちも出来るだけ早く後方に下がろうと考えている。彼らの中ではすでに敗戦が確定したのだ。
 この考えは、結果として正しかった。

「敵だぁああああっ! 敵の増援が来たぞ!」

 敗北を確定させる情報がベルクムント王国軍の人々に伝えられた。百や二百の増援ではないことも、すぐに分かる。千単位の敵軍が姿を現して、攻めかかろうとしているのだ。
 誰の指示も待つことなく、ベルクムント王国軍は後退を始めた。すでに従士や兵士の戦意は失われているのだ。

 

◆◆◆

 フルーリンタクベルク砦の攻防戦は中央諸国連合軍の勝利で終わった。だからといって、それで戦争が終わったわけではない。主戦場
とされているガルンフィッセフルスの戦いはもちろん継続中。それだけでなく、フルーリンタクベルク砦に籠っていた味方の戦いもまだ終わったわけではない。
 砦を攻めようとしていたベルクムント王国軍は完全に統制を失い、バラバラになって逃げまわっている。この状況は中央諸国連合軍にとっては、敵戦力を削る絶好の機会。即座に、かなりの人数をかけて、追撃に移っていた。ベルクムント王国軍が混乱から立ち直って、フルーリンタクベルク砦に向けて再進撃をかけてこられても困るという戦略上の都合もある。敵の総数は当初想定とは大きく異なり、一万六千の大軍。かなりの犠牲者を出したといっても、再侵攻を行うには充分過ぎる数が残っているのだ。
 だが、今のベルクムント王国軍にはその余裕はない。総指揮官がどこにいるのか、生きているのかさえ分からない状況で、とにかく近くにいた人たちでまとまって、中央諸国連合軍から逃げているだけなのだ。
 一足速く戦場から抜け出す行動をとったカーロと一緒に逃げている味方も同じ。一息つく余裕などなく追いかけてきた中央諸国連合軍を振り払うのに必死だ。

「うおおおおっ!}

 雄たけびをあげながら敵に向かって剣を振るうカーロ。追われていることを考えれば、静かに戦ったほうが良いのだが、そんな余裕はない。疲れた体を無理やり動かして、追いついてきた敵と戦っている。
 カーロたちにとって救いなのは、追いついてくる敵の数がまだ少ないこと。彼らが逃げているのは山の中。進軍する時に切り開いた山道はあえて避けて、道なき道を進んでいる。その彼らを追いかける方も大変なのだ。余裕があるとは言えない人数を、さらに広範囲に散らして行方を追っているので、ひとつひとつの部隊は少数になってしまっていた。
 もちろん本来は、いきなり敵と戦うのではなく味方に所在を伝えて、人数が揃えてから戦う手はずなのだが、追われているほうはそれを許すわけにはいかない。追手を見つけたら、少数のうちに討ってしまおうと考えて、積極的に戦いを仕掛けている。

「……もう行こう」

 追手を討ち果たしたところで、カーロは味方に先を急ぐように伝えた。目に入った敵は討った。だがそれが全てとは限らないのだ。逃がした敵から自分たちの居場所が知られ、もっと多くの敵が追ってくる可能性は高い。
 カーロの言う通り、戦いを終えた味方は休むことなく動き出す。ここまでカーロは多くの敵を討ち取ってきた。その活躍により、味方から信頼されるようになっていた。

『急げ! 北側から回り込むぞ!』

 何者かの声がカーロたちの足を止める。回り込むという言葉から、まず間違いなく中央諸国連合軍。カーロたちは、すでに敵の新手が近くにいることを知った。

「……南に向かおう」

 敵は北側から先回りしようとしている。そうであれば逃げているカーロたちは逆に向かうしかない。南に向かって、敵を躱したとしてその後はどうするかなど考える必要はない。とにかく今は敵を振り切ることだけを考えて、行動するしかない。
 足をひそめて南側に進路を取るカーロたち。徐々にその足は速まり、森の中に紛れていった。

「……逃がしちゃうの?」

 その様子を見てブランドがヴォルフリックに問い掛けた。

「仲間を殺すわけにはいかないだろ?」

「仲間?」

「カーロがいた」
 
 ブランドよりも先に追いついていたヴォルフリックは、逃げていく敵の中にカーロがいることに気付いていた。だからわざと聞こえるように味方の動きを大声で叫んだのだ。

「カーロが? あいつ、何しているの?」

「さあ? 何か考えがあるのだろ?」

「その考えも生き残らないと、どうにもならないね?」

 カーロたちが無事に逃げ延びられる可能性は高いとは言えない。低いとも言えない。追手の中央諸国連合軍に出会わないでいられるか、仮に追いつかれても返り討ちに出来る程度の数であるかは運次第。その運がカーロにあるかどうかだ。

「……ロートたちは近くにいるのか?」

 ヴォルフリックが何もしなければ。仲間の生死を運任せにするつもりはヴォルフリックにはない。

「いるよ。シュバルツが速すぎるから遅れているだけ。あまりに速いから、本当に狼の血が混じっているんじゃないかって言っていたよ」

「混じるか……でも近くにいるんだな」

「どうするの?」

「安全なところまで誘導したい。ただ出来るか……エマがいれば確実だけど、そんなこと言っていられないか。やるしかないな」

 出来る限りのことを行うしかない。その結果、失敗したとしてもそれは運。何もしないで死なせてしまうのとは訳が違う。仲間を死なせるわけにはいかない。その為に出来るだけのことを行う。ヴォルフリックは常にそうなのだ。

 

◆◆◆

 中央諸国連合軍による追撃は徹底して行われた。ここでベルクムント王国軍を徹底的に叩くことが最終的な勝利に繋がると考えた中央諸国連合軍は、一時的に軍の配置に空白が出来ることを厭うことなく、六千の援軍をそのまま追撃戦に参加させ続けたのだ。
 ベルクムント王国と従属国の連合軍は、大軍を集結させる場所などない山中で組織的な反撃を行うことが出来ないまま、個々の力で追撃から逃れるので精一杯。それさえも手持ちの物資がほとんどない状態で逃げた集団は長く続けられない。山中をさまよい続けて餓死するよりは、より生存の可能性がある捕虜になることを選んだほうがマシだと考える人たちが次々と中央諸国連合軍に投降していった。
 ベルクムント王国連合のフルーリンタクベルク侵攻軍は完全に崩壊。一万六千という大軍の半数以上が討たれるか捕虜になるか、もしくは山中で亡くなるという歴史的な大敗を喫することになる。
 再侵攻の恐れがなくなったと判断したところで中央諸国連合軍は、決戦に向けて戦力の再配置を行うことにした。ヴォルフリックたち愚者とその傘下にいるパラストブルク王国軍もフルーリンタクベルク砦を離れて、主力軍がもともと駐屯していたアイシェカープに移動している。そこから他の軍勢と共に前線のガルンフィッセフルスに向かう予定だ。
 その日を翌日に控えてクローヴィスは、後軍のいるランゲヒューゲルから、ディアークが不在の間の代理指揮官を務める為に一時的に移動してきていたアーテルハイドに呼び出された。

「まずはご苦労だったな」

 クローヴィスを労うアーテルハイド。その口調は固い。今の彼は父親としてではなくアルカナ傭兵団幹部として話をしている。この場はディアークも同席している傭兵団の会議の場なのだ。

「……いえ」

「呼び出したのは他でもない。現地での戦いの様子について、より詳細に聞きたいからだ」

 クローヴィスを会議の場に呼んだのはフルーリンタクベルク砦での戦いについて、より詳しい内容を聞きたいから。公式の報告書には書かれていないであろう内容を聞くためだ。

「報告書は既に読んでいる。正直、信じられないというのが率直な感想だ」

 一万六千の軍勢に、いくら投爆弾があったとしてもヴォルフリック一人で立ち向かった。最終的にも戦いに参加したのは愚者のメンバーだけ、ということになっているのだ。

「どの部分でしょうか?」

 戦いをずっと間近で見ていたクローヴィスも、大勝利を収めるどころか、こうして無事でいられることさえ信じられない気持ちだ。ただそれについての説明を求められるとなれば、具体的に何を話せば良いのか聞く必要がある。私も信じられませんでは呼び出された意味がない。

「なにもかも、と言っては説明のしようがないな。作戦はあらかじめ考えられていたものだな?」

 これは聞かなくても分かっている。投爆弾を求め、それを敵に投げる役としてボリスを従士にした。それが示している。

「恐らくは。たださすがにあの敵の数は想定していなかったと思います」

「それはそうだろう……敵の数が分かっても戦い続けようと決めた理由は?」

「それが与えられた任務だからだと思います。ただ……逃げることも考えていました。我々以外は砦に籠ったままだったのは、逃げることも考えてのことです」

 少し躊躇ったがクローヴィスは正直に逃げようとしていたことを話した。罰せられる恐れはない。立ち向かおうと考えるほうが普通ではないのだ。

「敵との距離を取らせる為か……自分たちは逃げられる自信があった?」

 戦闘状態から敵に背を向けたのでは、ほとんど逃げられることはない。砦から出撃させなかったのは、それを考えたから。では敵と戦ったヴォルフリックたちはどうするつもりだったのか。

「あったのだと思います。結果が、それが過信ではないことを証明しています」

「……そうだな」

 逃げるどころかその一万六千を足止めしてみせたのだ。ヴォルフリックには、逃げるということに対しては充分な勝算があったとアーテルハイドも思う。

「実際はかなり苦戦していました。大軍を相手に一人で戦っていて苦戦も何もないですけど、少し誤算はあったと思います」

「その誤算とは?」

「投爆弾が思うようなところに投げられなかったこと……いえ、誤算は誤りです。最初からそれは分かっていたはずですから」

 ボリスが正確に投爆弾を投げられないことは戦う前から分かっていた。ボリスはその為の訓練をずっと行っていたが、ヴォルフリックが満足する結果は一度も見せられていなかったのだ。

「それでも実行した……よく分からない男だな」

 自分の命を、これ以上ないほどの危険に晒して任務を行う理由はヴォルフリックにはないはず。だが実際にはヴォルフリックはそれをやってみせた。時折感じるヴォルフリックの複雑性。アーテルハイドは今回もそれだと考えた。

「味方を守ろうとしたのだと思います」

「味方を?」

「はい。すぐに逃げても味方に多くの犠牲が出るのは明らか。犠牲を減らす為には戦う必要があった。そう考えたのだと思います」

「それは……愚者のメンバーだけではないのだろうな?」

 ヴォルフリックが仲間を大切にすることはアーテルハイドも知っている。だがその仲間は黒狼団のメンバーだったはずなのだ。

「我々だけであれば逃げることは容易だったでしょう」

「そうだな」

 戦闘状態からでも逃げることが出来るのだ。砦を抜け出して逃げることなど、なんの危険もないはず。ヴォルフリックが戦ったのは愚者のメンバー以外も助けるため。それはアーテルハイドに驚きをもたらした。

「何が愚者を変えたのだと思う?」

 驚いたのディアークも同じ。ヴォルフリックは仲間とそれ以外がはっきりしていたはず。近しい関係とはいえない味方の為に命をかけるような人間ではなかったはずなのだ。

「……変わっていないのではないでしょうか?」

 だがクローヴィスの考えは違う。ずっと側にいることで彼にも見えてきたものがあった。

「変わっていない? それでどうして見ず知らずと言ってもよい味方の為に命をかける?」

「彼は仲間にこだわっていますが、そんなことに関係なく庇護下にある人を見捨てられないのだと思います。今回でいえば、パラストブルク王国軍がそれです」

「……パラストブルク王国軍が自分の傘下にあったから。そうか……そうだな」

 仲間には優しいが、それ以外には非情。ヴォルフリックの普段の発言からそんな風に思っていたが、彼の行動を見れば、それは間違いだと分かる。雇われた盗賊への哀れみ。ローデリカへの同情。ヴォルフリックは仲間と呼べる人物以外にも非情なわけではない。

「恐らくですが、彼の仲間は一方的に守られる存在ではなく、守り守られる互角の関係なのだと思います」

「……何故そう思った?」

「今回の戦いで私は何も出来ておりません。最後に敵の大軍を足止めしたのは、証拠はありませんが、ヴォルフリックと彼の仲間たちです」

 今回の戦いについて労われたり、褒められたりするとクローヴィスは心が痛くなる。自分の無力さを思い知らされた戦い。クローヴィスにとっては恥じるべき戦いなのだ。

「仲間たち、なのだな?」

「はい。ブランドだけではありません。パラストブルク王国軍の兵士に偽装していましたが、そんなはずはありません。突然現れた十人ほどの兵士全てが私よりも上。私には彼らと同じ戦いは出来ませんでした」

 きつく拳を握りしめて、これを話すクローヴィス。悔しさがにじみ出ているその様子が、現れたヴォルフリックの仲間の実力を示している。クローヴィスが悔しさを感じるほどの実力差があったのだ。

「……その仲間たちは?」

「分かりません。今もまだパラストブルク王国軍に紛れ込んでいるのか、もうどこかに行ってしまったのか。恐らくは後者だと私は思います」

 戦いを見せて、そのまま残っている可能性は低いとクローヴィスは考えている。自分がこのように話すであろうことを、ヴォルフリックは分かっているのだ。

「そうか……どの程度の実力、なんて聞いても説明のしようがないか……」

「はい。それでもあえて説明するとすれば……もし彼らが全員愚者のメンバーになれば、アルカナ傭兵団最強部隊と評される日が間違いなく来ると私は思えます」

 クローヴィスの発言に目をむくアーテルハイド。彼は、父である法王アーテルハイドの部隊どころか皇帝ディアークの部隊よりも、愚者は強くなると言っているのだ。アーテルハイドの知るクローヴィスの口からは決して出るはずのない言葉だ。
 変わったのはヴォルフリックではなく、クローヴィス。この時はまだアーテルハイドはそれを分かっていない。

「そうか……アルカナ傭兵団最強か……」

 ディアークは驚くよりも、少し胸が痛くなった。ここ最近、意識するようになった代替わり。クローヴィスの言葉は代替わりというより、世代交代をディアークに意識させるものだ。それはまだ認めたくなく、それでいていつかは来ると諦めているものでもある。
 まだまだ自分たちは働き盛り。世代交代などずっと先の話という思いはあるが、その日は確実に近づいてきているのだという感覚がディアークの心に湧いていた。