月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第43話 聞いてないけど?

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 最前線となるガルンフィッセフルスでは、すでに先軍が戦っている。戦場に響き渡る爆発音。ベルクムント王国軍は新兵器を惜しむことなく、戦場に投入してきた。想定されていたことだ。だが初めてそれを見、それを聞くノイエラグーネ王国の兵士たちは、すっかり怯えてしまい、まともに戦える状態にない。数で優る相手に対して、さらに戦力が減った形だ。
 その状況で奮闘しているのはアルカナ傭兵団の上級騎士たち。先軍はノイエラグーネ王国軍とアルカナ傭兵団のみの連合軍だ。彼ら以外に頑張る人はいないというのが実際のところであるが。
 その上級騎士の中でもすさまじい働きを見せているのは力のテレル。大柄の彼の、さらに五倍はあろうかという長い鉄の棒を力任せに振り回している。それだけなのだが、それが軍勢相手となると、一度鉄棒を振り回しただけで多くの敵を打ち倒すことが出来、敵に大きなダメージを与えることになるのだ。
 当然、敵もただやられているわけではない。近づけないのであれば、それこそ火薬の出番。陶器に火薬を詰めたものに火をつけて投げつけている。火薬が爆発する威力だけでなく、それによって飛び散る陶器の破片で敵を傷つける武器だ。
 それに対処しているのは正義のセバスティアン。彼の特殊能力は操土。土を操る力だ。彼はそれを敵への攻撃ではなく、火薬武器から味方を守るために使っている。土の壁で爆発の威力と破片を防ぎ止めているのだ。テレルに比べると地味な働きであるが、誰よりも忙しいのはこのセバスティアン。彼の頑張りがあってこそ、テレルも躊躇うことなく敵の軍勢に近づいて行けるのだ。
 吊し人リーヴェスと戦車ベルントの役目はテレルが陣形をズタズタにしたところで、斬り込み、敵の指揮官を倒すこと。それによって敵兵の統制を乱し、戦いを有利に進めようという作戦だ。
 苦労しながらもなんとかベルクムント王国軍に対抗している中央諸国連合軍。あとは主力となる中軍が到着すれば、一気に戦況は中央諸国連合軍に傾くところなのだが。

「敵の数が少なすぎます」

 その日の戦いを終え、今日の反省と明日の作戦について打ち合わせる席。そこで真っ先に隠者ルーカスが発言してきた。

「まだ敵も先軍が到着しただけなのじゃないか?」

 自分たちが善戦しているのは敵が少ないから。こう言われた気がして、少しリーヴェスは不満そうだ。

「後続については確かめてある。数日で到着する位置にはいない」

「じゃあ、もっと日数がかかる場所にいるんじゃねえのか?」

「途中までは戦場に到着した数の倍近くいたのに?」

 ルーカスも少しイラついてきた。リーヴェスが自分たち諜報部門の情報を軽く考えているのが許せないのだ。そもそもルーカスはテレルに報告しているつもり。リーヴェスの口出しは余計なことだ。

「整理して話してもらえるか?」

 ルーカスの苛立ちを感じ取って、テレルが割り込んできた。こうなるとリーヴェスは黙るしかない。アルカナ傭兵団の幹部であり、先軍の指揮官であるテレルの邪魔をするわけにはいかないのだ。

「ベルクムント王国軍はライヘンベルク王国に入るまでは、今の倍近い数がいました。これは部下がはっきりと確認したことですので、間違いありません」

 敵軍の動きは把握している。ベルクムント王国にも諜報組織は当然あり、お互いに探り合い、警戒し合っているので、ずっと張りつけておくことは出来ていないが、ぎりぎりのところまでは追っていたのだ。

「半分がライヘンベルク王国にとどまっている……理由が思いつかないな」

 先軍同士の戦いが不利になれば、そうでなくても中央諸国連合軍の中軍が戦場に到着することになればベルクムント王国軍も増援を贈らなければならない。後方に控えているとしても、国境からそう遠くない街か砦にいるはずだ。だがルーカスは数日で到着するような場所にはいないと言っている。

「戦いに絶対の自信があるということくらいですが、ベルクムント王国軍はそこまで愚かでしょうか?」

 先軍だけで勝てると思っているのであれば、より快適に過ごせるであろうライヘンベルク王国の都あたりにいるかもしれない。だが、そんな風に甘く見ているのであれば、中央諸国連合軍としては各個撃破する絶好の機会を与えられたことになる。中軍を投入してベルクムント王国の先軍を殲滅するべきだ。今の状況であれば、それは出来る。

「わざわざ勝機を与えてくれるはずがない。そうなると……残りのベルクムント王国軍はどこに行った?」

「ひとつの可能性を考えました」

「それは何だ?」

「我々が戦っている戦場。ここからライヘンベルク王国に戻り、南下すると」

 テーブルの上の地図をなぞり始めるルーカス。自分たちが今いるノイエラグーネ王国の城塞都市ガルンフィッセフルスから国境を越えて西に戻る。そこから下、南に下ると両国を隔てる山脈地帯がある。地図上ではただの山であるが。

「……フルーリンタクベルク砦に向かった?」

 その山の中には狭い道があり、ノイエラグーネ王国との国境を超えることが出来る。超えた先にあるのがフルーリンタクベルク砦だ。

「まっすぐにフルーリンタクベルク砦に向かっていた三千に惑わされた可能性があります」

 フルーリンタクベルク砦に向かう軍勢も諜報部門は把握していた。想定通りの敵の動きであるが、それに惑わされて、想定外の動きを見逃してしまった可能性をルーカスは考えている。

「その想定が正しいとして、フルーリンタクベルク砦に向かった敵の数はどれくらいだと考えられる?」

「……軽く万は超えます。一万五千か、もしかするとそれ以上の可能性もあります」

 山越えに向かったのがベルクムント王国軍だけとは限らない。ベルクムント王国軍も従属国の軍との連合だ。どこかの軍が密かに動いていた可能性は、ベルクムント王国軍の動きを見逃していたからには、否定することはルーカスには出来ない。

「しかし、それだけの数でどうやって狭い山道を……いや、逆にそれだけの数がいるから出来るのか。フルーリンタクベルク砦に一万五千の敵……」

 山道を切り開いて進む。簡単なことではないが、一万人を超える数をその作業に投入すればどうか。充分に可能だとテレルは考えた。そうなるとフルーリンタクベルク砦にいる娘、セーレンのことが心配になってしまう。三百の味方で一万五千の敵を相手にする状況など、さすがにテレルも覚悟するどころか考え付くこともないものだ。

「仮にベルクムント王国軍が山越えに成功し、フルーリンタクベルク砦を突破した場合、状況はかなり厳しいものになるかもしれません」

 フルーリンタクベルク砦が落ちたあとにベルクムント王国軍はどう動くか。中央諸国連合軍の主力がいるアイシェカープを奇襲する可能性はある。そうではなく、そのまま後方に進軍。後軍がいるランゲヒューゲルを襲うかもしれない。ノイエラグーネ王国の都を急襲する可能性も。
 いずれにしても先軍は増援がないままに戦うことになる。もし、その状況でノイエラグーネ王国が寝返ったら。

「……さすがに我々だけでは勝てないな」

 周りは全て敵となれば、勝てるはずがない。先軍は崩壊。ベルクムント王国軍はガルンフィッセフルスを突破して、アイシェカープに向かうことになる。それで戦争の決着がつくとはテレルは思っていないが、状況としては厳しくなるのは間違いない。

「まだ何の確証も得られていないものですが、陛下にお伝えしてよろしいですか?」

「ああ、もちろんだ。すぐに伝書烏を飛ばしてくれ」

 

◆◆◆

 フルーリンタクベルク砦はノイエラグーネ王国の南東部の高原地帯にある。すぐ東はライヘンベルク王国との国境地帯。砦の防壁の上からは遠くまで山々が連なっている様子がよく見える。雄大な景色ではあるが、それを楽しむ余裕は砦に籠る人々にはない。多くの人の顔は緊張で強張っていた。
 また山のほうから爆発音が聞こえてきた。数日前のように周囲にこだまするようなものではない。もっとはっきりと、明らかに爆発による音だと分かるものだ。

「そろそろ見えそうだな」

 それは爆発場所が近づいている証。その爆発を引き起こしているのは誰かとなれば、ベルクムント王国軍に決まっている。ベルクムント王国軍は狭い山道を、ところどころではあるが、火薬を爆発させることで広げて、進んできたのだ。

「……来た」

 木々の切れ間から人影が見えるようになってきた。まだ遠く、よく見えないが軍勢であることは間違いない。

「……多くありませんか?」

 見える人影の数はどんどん増えていく。山裾が人影で埋まるくらいに。

「わざわざ火薬を派手に使って移動してくるくらいだ。もとの山道ではあまりに狭すぎたんだろ?」

 火薬を惜しむことなく使って、山道を広げてきた。それを行う必要があるだけの人数が移動してきたのだとヴォルフリックは考えている。今、思いついたことではない。この可能性は数日前から想定されていて、それが今、正しいことだと分かっただけだ。

「このままの勢いだと万を超えるかもしれません」

「……そうかもしれないな」

 作戦計画での想定は二、三千の軍勢。だが今、山を下りてくる人影の数は、とてもそれでは収まりそうもない。ベルクムント王国軍はまんまと誘いにのったと言えるのか。罠に嵌められたのは中央諸国連合側である可能性が出てきた。

「どうしますか?」

「戦う以外の選択肢が? 逃げて良いのであれば全員で逃げるけど」

 逃げるとしてもどこに逃げるのか。ベルクムント王国軍は追撃してくるに決まっている。もしくは思わぬルートから中央諸国連合軍の他部隊に攻撃を仕掛ける可能性もある。
 ヴォルフリック自身は勝手にどうぞ、というところだが、問いを発したクローヴィスのほうがそれを許せないはずだ。

「五日間、耐えられればですか……」

「馬鹿じゃなければ、もっと早く来るだろ?」

 敵の到来は、その姿が見える前から中軍に知らせている。火薬の爆発音で近づいてきているのは分かっていたのだ。問題は、敵が想定の何倍もの数であると判断してもらえるか。少なく見積もられれば、増援の数もそれに応じたものになってしまうはずだ。

「……どちらにしても戦わないでいるわけにはいかないか。皆に指示を出せ。迎撃準備だ」

「はっ!」