月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第41話 視えないもの。視たくないもの

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 自分が特別であることに気が付いたのはいつのことだったか。記憶を探っても見つからない。特別であることが苦痛になった日のことは覚えている。何年何月なんて記憶はないが、その時の感情は今も胸にはっきりと刻まれている。
 父親は商人だった。大商家といえるほどの規模ではないが、家族が贅沢出来るくらいの稼ぎはあった。まだ幼かったトゥナは、それを嬉しく思えるほど世間を知らなかった。当たり前の暮らしだった。
 トゥナの父親はその当たり前に満足しなかった。もっと商売を大きくしたい。大陸全土で商売が出来るくらいの、数えるほどしかない大商家の一つに成長させたかった。だがトゥナにはその未来が視えなかった。
 父親が新しい商売を始めると言った時、それを聞いていたトゥナは自分に視えるものをそのまま話した。その商売は上手く行かない。失敗するので止めたほうが良いと。
 父親は喜んでくれると思っていた。だがそうはならなかった。子供には分からないことだからと言われて、トゥナの助言は無視された。新しい商売は失敗した。
 また別の時もトゥナは視えたことを話した。どれも暗い未来ばかり。父親が始めようとする新しい試みはどれひとつとして成功の未来を視せてくれなかった。トゥナが助言をするたびに父親は不機嫌になった。それでもトゥナは助言を止めなかった。母親が影で堅実な商売をして欲しいと言っているのを聞いていたからだ。トゥナは自分の助言で父親を堅実な商売に戻したかった。
 だが父親は止めようとしない。無理をして失敗し、それを取り戻そうとまた無理をする。自家の商売は徐々に傾いていった。終いにはトゥナの言葉を呪いだとまで父親は言い出した。そこまでトゥナと父親の間には広く深い溝が出来ていた。そうなるまでトゥナが助言を続けたのは母親の為。だがその母親もトゥナを見る目を変えていた。不吉な予言を行い、次々とそれを的中させるトゥナが気味悪くなったのだ。娘にそんな思いを抱くようになったのには、贅沢な暮らしに慣れきっていた母親には苦しい生活が耐えられなく、精神的に追い詰められていたという理由もある。
 だが理由なんてトゥナには関係ない。母親の為と思って行っていた彼女の行動は全て無に、それどころか家族との絆を断ち切ることになってしまった。自分の能力が疎ましかった。だがトゥナの能力は容赦なく彼女が望まない未来を視せてしまう。父親に殺される自分までをも。
 それを避ける為にトゥナは家を飛び出した。死にたくなかった。父親を人殺しにしたくなかった。悲劇を目の当たりにして母親が自殺するのを防ぎたかった。
 幸いにも運命はトゥナを縛ることをしなかった。家を飛び出したトゥナは占いを生業として、各地を転々として生き続けた。両親がどうなったかは知らない。自分が生きているからといって両親が不幸から抜け出せたとは限らない。いや、それよりも不幸から抜け出せた両親を知るのが怖かった。自分がいなくなったことで両親が不幸から抜け出せたのであれば、自分の存在は何なのか。それを突きつけられるのが怖かったのだ。
 両親のことを考えることから逃げ、それ以外の他人の運命を占い続けた。行く先々でトゥナの占いは人気になった。良いことは言い当て、悪いことには口を濁す知恵も身につけた。
 そんな時だった。ディアークと出会ったのは。
 彼は普通に占いを頼んできた。占う内容は壮大なもの。自分に世界を変えることが出来るのかというものだった。そんなものは占えないとトゥナは断らない。出来るであればその未来を伝えれば良い。不幸な結果になるのであれば、それも正直に告げれば良い。無理と言っても相手が怒ることも不安に思うこともない、どちらかと言えば気楽な占いのはずだった。
 だが結果は。

「……視えない」

「はっ? どういう意味だ?」

「貴方の未来が私には視えない」

 こんなことは初めてだった。未来視は完璧なものではない。難しい事柄は漠然としか視えないことが多く、今日の結果が永遠に同じであるとは限らない。運命は変わる。未来視はある時点のその断面を視ているだけなのだ。だが何も視えないなんてことは、これまで一度もなかった。

「……それはそうか。覚悟を決めるのに占いに頼るなんて情けないな」

 視えないと告げてもディアークは怒らなかった。神意のタロッカ、それも愚者のカードを手に入れたばかり頃のディアークだ。彼の望む未来の形も漠然としたものだったのだ。

「ごめんなさい。信じてもらえないかもしれないけど、こんなことは初めてなの。貴方の望むものが大き過ぎるからかしら?」

 何故ディアークの未来は視えないのか。世界を変えるなんて大きな事柄を視ようとしたせいだからだとトゥナは考えた。

「……じゃあ、これは? 信頼出来る仲間が欲しい。そういう人にはどこに行けば会える?」

「それなら」

 探し人はトゥナの得意とするところ。あくまでも出会える運命にある人に限ってのことだが、仲間になる人のいる場所ということであれば難しいことではない、はずだった。

「…………」

「まさか……これも分からないのか?」

 ディアークは動揺を顔に表している。トゥナの能力を疑っているのではなく、信頼出来る仲間、カードが認める仲間と出会えないのではないかと思ったのだ。

「貴方……何者?」

 さすがにこれは占おうとする事柄の問題ではなく、ディアーク自身の問題だとトゥナも思った。ではなぜ、ディアークの未来は視えないのか。

「俺は……何者か問われるような特別な存在か?」

「私にとっては貴方は特別な存在だわ。未来を視れない人にこれまで出会ったことがない」

「そうか……ではその言葉を信じて、運命を造ることにする」

 自分には特別な何かがある。これはディアークにとって支えだ。奇跡のような物事を実現する人物は、特別な何かを持っている人に決まっている。そういう人でなければ実現できるはずがないのだ。

「運命を造る……」

 視える未来は絶対ではない。それは分かっているトゥナであるが、運命を造るという考えは自分の中にはないものだった。

「そういう表現が適切な何かを俺は成し遂げたい。そういうことだ」

「……その為に仲間を探しているの?」

「ああ。二十二人の仲間が必要だ。実際にはもっとだと思う」

 神意のタロッカの種類は二十二種類。その数だけ、認められる資格のある人物が必要だ。それは最小の数で、そういった人物と残りのカードを探す為には、それ以上の協力者が必要になるはずなのだ。

「……私も」

「ん?」

「私も連れていって。貴方の、未来視では視えない未来を私は側で見ていたい。不確実な人生を私は生きたいの」

 先の視える人生をトゥナは生きたくない。それがどれだけ幸福なものであったとしても。自分の人生を未来視に縛られたくないのだ。ディアークはそんな自分を能力から解放してくれる人かもしれない。彼と共に生きていけば自分の人生も視えなくなるかもしれないのだ。

「もしかして……特殊能力を?」

「……未来が視える。貴方は視えないけど」

「そうか……俺もだ。俺のは戦うための力だが」

 特殊能力を持つ人に偶然巡り合えた。これが運命でなくて何なのか。ディアークはそう思う。この日からディアークとトゥナは共に行動することになる。神意のタロッカ探しや仲間探しにおいて、トゥナの能力は大いに役立った。ディアークの未来は視えなくても自分の、仲間になった人の未来を視れば良かったのだ。そういう点で二人の出会いはまさしく運命の出会いだった――

「……人って勝手ね。視えないことを喜んでいた私が、今はそれを恨めしく感じている」

 昔のことを思い出して、トゥナの顔に苦笑いが浮かぶ。ディアークの未来は視えない。だが大国ベルクムント王国との戦いを直前に控えた今は、少しでも先が視えて欲しいのだが、やはり能力は役に立たないのだ。

「……ただここまで視えないのはね」

 ディアークが駄目でも他の仲間を視ることで何か分かることがある。これまではそうやって自分の能力を活かしてきたのだ。だが今はそれも通用しない。

「視えないことが答えであるとするなら……やっぱり、彼か。これは視えなくても分かることね」

 勝敗はもう一人の視えない存在、ヴォルフリックが握っている。だがこれはベルクムント王国を罠に嵌めるために重要なポジションにいるヴォルフリックであれば当然のこと。未来視など必要ない。

「……視えないのか。視たくないのか」

 だがトゥナはそれだけだとは考えていない。ヴォルフリックの存在は自分たちの、ディアークの運命を変えるかもしれない。運命を造るはずのディアークの運命を変える存在とは何なのか。自分はそれを知ることを恐れているのではないかという思いがトゥナの心にはあるのだ。
 未来は視えない。だがその視えない未来は確実に変わっている。トゥナはそう感じていた。

 

◆◆◆

 出発をいよいよ明日に控えても、ヴォルフリックたちの日常は変わらない。移動中は思うように鍛錬が出来ない。そう考えているので、ギリギリまで普段の鍛錬を続けているのだ。
 いつもと異なっているものがあるとすれば、ヴォルフリックがボリスへの指導を続けていること。自分の特殊能力がヴォルフリックにまったく通用しなかったことで、ひどく落ち込んでいるボリス。だが、そんなことは鍛錬を怠ける理由にはならない。逆にこれまで以上の鍛錬をヴォルフリックは求めることになる。さすがに今詰め込んでもどうにもならないと分かっているので、そこまでのことはしていないが、ボリスに基礎を身に着けさせようと型を教えているのだ。

「動きの基本は下半身だ。下半身が安定していなければ、上半身の動きを支えられない。下半身の動きを上半身に上手く伝えることで力を増すことも出来る」

 特別な話ではない。だがその当たり前をボリスは無視してきたのだ。

「力強さだけでなく、バネのような柔軟性も必要。その連動が大切だ」

 足を前に踏み出してみせる。ヴォルフリックの、どちらかといえば小柄な体からは想像出来ない重い音が響く。さらにそこから踏み込んだ足を、後ろに伸びている反対の足と同時に伸ばしていく。それに上半身の捻りを連動させていけば、伸びる拳に速さと力強さが加わる。基礎の基礎である剣の型を応用した動きだ。
 こうしてヴォルフリックが実際にやってみせて、ボリスに真似させる。それを何度も何度も繰り返していた。

「……ひとつ聞いていいかな?」

 その様子を横目で見ながらフィデリオは剣の立ち合い相手であるブランドに問いかける。

「何?」

「君も、その、出来るのか?」

「はい? 何のこと?」

 いきなり出来るのかと聞かれてもブランドには何のことか分からない。

「ヴォルフリック様が見せた、あれ。ボリスの拳を受け止めた」

 フィデリオが聞きたいのはヴォルフリックがボリスの拳を受け止めてみせた動きをブランドも出来るのかということ。

「ああ、内気功ね……出来るかとなると一応は出来る。ただヴォルフリックほどじゃないけどね」

「そうか……他の仲間も出来るのかな?」

「……大丈夫? フィデリオさんも爺ちゃんから教わっているはずだよね?」

 怪訝そうな視線をブランドはフィデリオに向ける。ギルベアトに剣を教わっていたのであれば当たり前に知っていること。それを自分にフィデリオが聞いてくることを疑問に思っているのだ。

「……誰もが身につけられる技ではない」

 内気功、体内の気を活性化させて身体を強化する技、は誰もが身につけられる技ではない。長い修練が必要で、それを行ったとしても身に付けられない者もいる。それを上位の型を学び始めたばかりのヴォルフリックが、ブランドも身につけていることにフィデリオは驚いているのだ。

「そう」

 一緒にギルベアトから剣を教わっていた子どもたちの間でも差が出ている。この事実は、それが明らかになった当時、仲間たちに衝撃を与えた。ブランドにとっては話題にしたくないことなのだ。

「それでも君たちは会得した……」

 ヴォルフリックもブランドもまだ若い。この年齢で内気功を会得出来ていることがフィデリオには信じられない。ただ、これには勘違いも混じっている。ヴォルフリックもブランドも幼い頃からギルベアトの教えを受けていた。年齢は若くても努力を重ねた年月は長いのだ。

「その話、鍛錬の時間を削らなくてはならないほど大事?」

「ああ、すまない」

「フィデリオさん、たまにおかしなことを聞くよね? 爺ちゃんの教えを忘れているみたい」

「……かなり前のことだからね」

 それだけではない。ギルベアトはフィデリオには教えていないこともヴォルフリックたちに教えている。ヴォルフリックたちのほうがあとから、それに長く教わっているので教えにも変わっている部分がかなりあるのだ。

「じゃあ、これは知っている? 実戦は実力を高める。だが実戦だけでは実力は衰える」

「……多分、聞いていないね」

「実戦経験は飛躍的に実力を高めることがあるけど、実戦だけを続けていると型が乱れる。だから常に基本に立ち返る鍛錬を怠ってはならない」

「……すまない。立ち合いを続けようか」

 ギルベアトの教えを使って、話に時間を取られている今の状況を非難したもの。ブランドの言葉を正しく受け取って、フィデリオは内気功の話を止め、立ち合いに気持ちを集中させた。
 もうすぐ戦いが始まるのだ。ヴォルフリックの名が世の中に知られるきっかっけとなる戦いが。