月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #145 正しい選択

異世界ファンタジー 四季は大地を駆け巡る

 東部が魔王軍によって占拠された。この情報が届いたパルス王国王都は大混乱に陥った。王国による情報統制などまったく意味を為さない。魔王軍を恐れて東部から逃げてきた人々が情報統制を不可能にしてしまっていた。
 南部に続いて東部まで奪われた。この事実を受けて、パルス王国の人々は自国の危機を本当の意味で実感したのだ。パルス王国は滅びるかもしれない。これまでほとんどの人が、まったく考えていなかった可能性が現実にあり得るものになったのだ。
 そうはいっても一般の国民に何かが出来るわけではない。逃げるにしても南と東は、実際はまだ一部であっても、すでに魔王の支配地。西ではユーロン双王国との戦争が行われている。選択肢は北に逃れるか、王都に留まるかしかない。情報に乏しい人々には、北はもともと魔族の本拠地という認識があるので、結局、王都に留まるという選択を行うことになるのだ。
 民衆がそうなるのは仕方がない。だが王国を統べる人々は、ただ動揺しているだけでいることなど許されるはずがない。

「……イーストエンド侯爵領を占拠した魔王軍ですが、その後は大きな動きを見せておりません」

「では、どういう動きを見せているのだ?」

 諜報部門の報告に問いを返すパウエル相談役。これからの対応を決めようとしている中、今のような具体性のない報告では役に立たないのだ。

「南部から逃れた反乱貴族軍を再編成しているようです」

「ようです……それは何に基づく推測か?」

 パウエル相談役の顔には苛立ちが浮かんでいる。彼が求めているのは推測ではなく、事実なのだ。

「……まず南部からいくつかの反乱貴族家軍が逃げ出したのは間違いありません。その貴族家の旗を持つ軍勢が東部で活動を行っていることを確認しました」

 南部奪回に向かったパルス王国軍に敗れた貴族たちは東部に向かった。これについては確認が取れている。諜報部門の報告が曖昧になるのは、魔族により防諜が図られている東部の情報だ。

「つまり、戦闘が行われている?」

「はっ。東部貴族との間で、小規模ではありますが、戦闘が行われております」

「それは真っ先に報告すべき事柄だな……まあ、良い。戦況は?」

 今は戦時中。戦闘が行われているのであれば、まずその事実を真っ先に報告すべきだとパウエル相談役は思う。魔王軍は大きな動きを見せていないのではなく、東部の完全制圧に動いているということなのだ。
 いつもであれば怒鳴りつけているところを抑えられているのは、報告者の未熟さを理解しているから。諜報部門の優秀な人材はすべて前線に出ている。出ただけでなく、多くがその前線で敵によって討たれた。残っているのは二線級の者ばかりなのだ。

「押し返しております。敵軍が反乱貴族家だけで構成されているという点が善戦出来ている理由との分析ですが」

「魔族が参戦していないのか……理由は分かっているのか?」

「南部から向かっている王国軍との戦いに備えているのではないかと考えております」

 パルス王国は、南部奪回をほぼ成し遂げた王国軍を東部に向かわせている。パルス王国における主力軍だ。その主力軍との戦いに備えて、魔王軍における主力の魔族は温存されている。深く考えなくても思いつくことだ。

「魔族を休ませる……ふむ」

 だがパウエル相談役は、その考えに腑に落ちないものを感じている。これまで何度も味方の裏をかいてきた優斗が、ここで常識的な対応を行うか。それが疑問なのだ。

「何かございますか?」

「……魔王軍はイーストエンド侯爵家軍との戦いに奇襲を用いた。実際の戦いの様子は分かっておらんが、少なくとも戦う前は正面からの戦いでは苦戦すると考えたのではないか?」

「その可能性は高いと思います」

「そのイーストエンド侯爵家軍よりも強い王国軍との戦いは正面から行うのか? イーストエンド侯爵家軍との戦いでそこまで慎重になる必要はないとでも思ったのか? だがイーストエンド侯爵家軍も鍛え上げられた軍のはずだ……」

 パウエル相談役は答えを求めているわけではない。答えを得られるのであればそれで良い。そうでなくても、声に出して考えることで自分自身の考えをまとめようとしているのだ。

「……今、我々が把握している魔王軍がその全てではないかもしれない」

 期待していなかった答えがアレックス王の口から出てきた。

「そうであれば何故、イーストエンド侯爵領にいる魔族は……我々の目を欺くためですか……」

 イーストエンド侯爵領にいる魔族が動かないのは、パルス王国の目を引きつける為。諜報部門を東部に引き寄せて、他の場所での活動を察知させないようにする為である可能性をパウエル相談役は考え付いた。

「東部に向かっている軍に伝えなくては」

 イーストエンド侯爵家軍の戦いを知る王国軍は、奇襲への警戒を怠っていないはず。それが分かっているアレックス王であるが、それでも更なる警戒を告げる伝令を送らないではいられなかった。

「……西にも送るべきではありませんか?」

「西……ユーロン双王国と共闘すると?」

 敵の敵は味方、といっても相手は魔王を名乗る人物。多くの魔族を率いている相手だ。ユーロン双王国が共闘を受け入れるとはアレックス王には思えない。

「共闘の約束をとりつける必要はありませんな。魔王軍はただ我が軍を襲い、その戦力を削れば、それで良い。それでユーロン双王国は攻勢を強めてくるでしょう」

 対峙するパルス王国軍が弱体化すれば、それを絶好の機会としてユーロン双王国は攻勢を強めてくる。敗北という最悪の事態をなんとか回避出来たとしても、パルス王国軍はユーロン双王国との戦線から動けなくなる。魔王軍としてはそれで充分なはずだ。

「……ユーロン双王国に休戦の、いや、出来ることなら共闘の申し入れを」

 ユーロン双王国との休戦は以前から考えていた。だがアレックス王はさらに踏み込んだ決断をした。ただ共闘を、休戦であっても、申し入れるだけでユーロン双王国が受け入れるはずがない。その見返りとして領土を割譲することも厭わない。そう考えたのだ。

「西部を惜しんで、すべてを失うわけにはまいりませんか……ただ、ウエストエンド侯爵家がなんと言うか。状況を理解していれば大丈夫だと思いますが」

 ユーロン双王国に割譲するとすれば、それはウエストエンド侯爵領になる。自家の領地を渡すことをウエストエンド侯爵が認めるか。まったく受け入れないということはないとパウエル相談役は思う。パルス王国存亡の危機という正しい認識があれば、ウエストエンド侯爵にも理解してもらえるはずだと。

「すぐにウエストエンド侯に使者を。候に納得してもらった上で、ユーロン双王国との交渉も任せることにしましょう」

「それが良いですな。それは決まりとして……マンセル王国、マリ王国に使者を送ることは出来そうか?」

 パルス王国単独で抗うことは難しい。そうであれば他国の協力を得るしかない。ただ問題は魔王軍の支配地域を抜けて、他国に使者を送れるか。その可能性をパウエル相談役は担当者に尋ねた。

「人の往来を禁じているわけではないようですから、格式張った形を取らないのであれば、なんとかなるかと」

 魔王軍は人の往来を禁じていないが、あえて危険な場所に足を踏み入れようと考える人は少ない。行列を作って街道を移動していれば、すぐに使者だと知られるはずだ。

「それで良い。とにかく相手にこちらの意向を伝えることだ」

「ではすぐに人選を行います」

「あとは……東部の守りを検討する必要がありますな。東部貴族だけで守り切ることを期待するのは甘すぎる考えでしょう」

「そうですね。すぐに検討させましょう」

 今は押し返していても、いつ敗れるか分からない。魔族がその半分でも参戦してくれば、それでもう耐えられなくなる可能性が高いのだ。

「……それなのですが……計画案が届いております」

 少し躊躇いを見せながら、諜報部門の担当者が計画案の存在を伝えてきた。

「もう準備が出来ていたか? 対応が早いな」

「それが……手元に届いた案はイーストエンド侯爵家が考えたものです」

「なんと!? イーストエンド侯は無事なのか!? 何故、それを早く言わん!」

 イーストエンド侯爵は所在どころか生死も不明。パウエル相談役は第一報でそう聞いていた。その後も報告がなかったので、半ば諦めていたのだ。

「イーストエンド候の安否は未だ不明です。確認出来ておりますのは候本人ではなく、チャールズ殿の所在です」

「チャールズの? それでも良かった。それで? チャールズはどこにいるのだ?」

 チャールズこそ、魔王軍の奇襲で死亡したものと思われていた。無事であったことはパウエル相談役としても非常に喜ばしいことだ。

「東部貴族を束ねて、戦っております」

「チャールズが?」

 軍事の才能はチャールズにはない。そういう認識だったパウエル相談役にとって、彼が東部貴族を率いて戦っているという事実は驚くものだった。

「はい。防衛計画は元々、傭兵王の東方侵攻を想定して練られたもののようですが、敵の戦力や戦術に違いはあっても十分に活用できるものとして届けられました」

「……もしかして計画もチャールズが?」

 イーストエンド侯爵が、自身ではなく家臣の仕事であっても、計画していたものであれば、パウエル相談役を含めて他のエンド家にも相談があってもおかしくない。だがパウエル相談役はその存在さえも今初めて知ったのだ。

「そこまでは分かりません。イーストエンド侯爵家からの提案ということしか聞いておりません」

「そうか……とにかく、その計画案の検証を急ぐこととするか。陛下、今日の会議はここら」

「あっ、いえ、お待ちください!」

 会議を閉会させようとするパウエル相談役の言葉を、報告者はあわてて遮った。

「何だ? 報告がまだ残っているのであれば早く言え」

「そのチャールズ殿から伝言がございます。諜報部門ではまだ未確認の情報も含まれておりますので、今の時点でお伝えするべきか意見は割れているのですが……」

 それでもこの場で報告しようとしたのは担当者の独断だ。

「ここまで聞いて、それなら無用とは言えん。話せ」

「チャールズ殿は、ドュンケルハイト大森林に協力を求めるべきだと申しております」

「……なんだと?」

「ドュンケルハイト大森林にいるヒューガ殿に支援を求めるべきだと。ヒューガ殿は魔王軍に対抗出来るだけの力を持っているとチャールズ殿は考えておられるようです」

 パルス王国がこの窮地を脱する為に味方にすべき相手はヒューガが統べるアイントラハト王国。チャールズはそう考えている。共闘が実現出来るかはまったく分からない。それでも伝えておかなければいけないと考えたのだ。

「……この期に及んで……いや、責めるべきはイーストエンド侯か。チャールズは何を知っている? イーストエンド侯は何を隠していた?」

 パウエル相談役がイーストエンド侯爵から聞いたヒューガの評価は低かった。大森林で生きるのに精一杯の状況だと話していたのだ。だがチャールズはその生きるだけで精一杯のはずのヒューガに支援を求めろと言う。自分の知らない何かがあることだけはパウエル相談役にも分かった。

「相談役。どういうことですか?」

 アレックス王には話がまったく理解出来ない。ヒューガについて何も分かっていないのだ。

「ヒューガという男は知っておりますな?」

「ああ。異世界から来た彼のことであれば」

「あの男はドュンケルハイト大森林の王を名乗っております。彼の国がどの程度の規模なのかは分かりません。儂は大森林で生きていく為に協力し合っている程度の勢力だと聞いていたのですが……おそらくはそんなものではないのでしょうな」

 その程度の勢力で魔王軍に対抗出来るはずがない。もっと大きな力を持ち、その事実をチャールズは知っているのだとパウエル相談役は思っている。

「大森林の王……」

 パルス王国にとっては好意的に受け取れる事実ではない。大森林は敵。これが一般的な認識なのだ。

「……まだ裏がとれていない情報ですが、正体不明の部隊が魔王軍と戦っていたという証言があるようです」

 諜報部門の担当者が口を開いた。チャールズの提案を伝えた以上は、それに関連する未確認情報も話したほうが良い。そう考えたのだ。

「それは誰の証言だ?」

「イーストエンド侯爵家軍の生き残りです。ただ味方でもなく、その部隊によると思われる魔法攻撃で多くの人が戦死したとも証言しております」

「……我が国に関わりのない部隊、しかも攻撃を躊躇うことのない勢力か」

 ヒューガの、大森林の部隊であれば、そうであってもおかしくない。だがそうであるという証拠にもならない。

「交渉しようにも使者を送る方法がない。それに仮にその魔王軍と戦ったという部隊が大森林のそれであったとして、我が軍を攻撃したということは敵意がある証。交渉が成功する可能性が低いことを意味するのではないですか?」

 パウエル相談役が頭を悩ませているところで、アレックス王が割り込んできた。交渉に対して否定的な意見だ。

「そうかもしれませんが……」

「まずは他国との交渉。大森林については引き続き調査を進めていく中で、考えることにしようと思います」

「……承知しました」

 アレックス王がヒューガとの交渉に否定的なのは何故なのか。それがヒューガの知る秘密が公になることを恐れてのことであるとすれば、それは良くない判断だとパウエル相談役は思う。
 だが国王がはっきりと命じたことに、正面から反論するわけにはいかない。パウエル相談役も状況が分かってないのだ。まずは自分に隠されていた真実を知ること。チャールズからもっと情報を得ることだ。パウエル相談役はこう考えた。

 

◆◆◆

 無事でいられたのは部下の機転のおかげ、チャールズはこう考えている。とにかく陣地から逃げ出すことを優先した。それが成功したあとも、すぐに反撃を試みるのではなく、身を隠して事態の推移を伺っていた。自家の本軍が敗北したと分かるとすぐに他家を回り、自分が無事であることを知らしめ、反撃、ではなく自領を守る為に東部貴族が協力し合うことを訴え、それをまとめあげ、実際に実行している。
 その過程で多くの人が命を落とした。それは申し訳なく思っているが、自分がこうして無事でいて、魔王軍と戦えている状況は良いことだ。チャールズはそう思えている。命を失った人たちの為にも戦い続けなくてはならない。そう考えている。

「……本当に良いのですか? 貴方の父に、そして姫に会えるのですよ?」

 だからこうしてヴラドが大森林に行くことを勧めても、チャールズはそれを受け入れる気にはなれない。

「私が大森林に行ってもパルス王国の為にやれることはありません。父とクラウがいれば、それで十分だと思います」

 大森林に行ってやるべきことがあるとすれば、それはヒューガに支援を求めること、だがそれはクラウディアがいれば事足りる。

「ヒューガくんは気にしないと思いますよ?」

「……えっ? それって、その、どういうことですか?」

 ヒューガは何を気にしないのか。そう言われてチャールズが思い当たるのは一つしかない。だが、そうであるはずがないとも思っている。

「貴方が姫のことを好きであっても気にしないということです。貴方を軽視しているわけではありません。ヒューガくんは、自分の大切な人に好意を向けてくれる相手に対し、素直に感謝出来る人物だという意味です」

「……彼は知っているのですか?」

 ヒューガは自分の気持ちを知っている。まさかのことにチャールズは大いに動揺いている。

「知っていましたね。彼の間者たちは私の生徒だったのです。弟子たちが育ってくれて私も嬉しいです」

「人の気持ちまで読めるのですか……」

「それは勘違いですね。私が喜んでいるのは彼らが情報を隠さなかったことです。主がどう思おうと事実は事実として伝える。そういうことが出来ていることを喜んでいるのです」

「じゃあ、私の気持ちはどうやって?」

「それ聞く必要あります? 誰でも分かると思いますけど? 確かめてはいませんけど、姫にも伝わっていると思いますよ」

「う、うそ……」

 その場に崩れ落ちそうになるのを、なんとか堪えるチャールズ。クラウディア本人に自分の気持ちを知られていた。これはヒューガに知られていた以上に、衝撃を与えるものだった。

「二人の為に身を引こうなんて考えているのであれば、それは止めたほうが良いと思います。私は……そうですね。私は、貴方が姫と過ごした時間は、ヒューガくんとのそれに勝るとも劣らないものだと思います。貴方が引く理由はありません」

 クラウディアを応援するということがどういうことなのか。ヴラドには分からなくなっている。何が彼女の為であるのか。かつてはヒューガと結ばれることがそうだと思っていた。だが、そう決めつけることが正しいとは思えなくなってきたのだ。

「……時間の問題ではないのです」

「では何を気にしているのですか?」

「私はヒューガ殿を尊敬しています。彼は凄い。運命に愛されている人です。そしてクラウも凡人ではありません。彼の隣にはクラウが、クラウの隣には彼が相応しいと思っているのです」

 お似合いなどという表現では収まらない。クラウディアとヒューガの二人はこの世界を変える。二人の出会いは運命なのだとチャールズは信じている。凡人である自分が運命に逆らえるはずがないと。

「……チャールズくん。年長者として、そしてヒューガくんを知る者として貴方に忠告します。凡人であることを卑下してはいけません。努力は才能を凌駕します。そう信じることが大切で、ヒューガくんはその実践者です」

「努力は才能を凌駕する、ですか……」

 その努力を自分は行ってきていない。チャールズはこう思ってしまう。

「そして彼は誰もが才能を持っているとも考えています。戦う力だけが才能ではありません。貴方には貴方の才能があり、それを活かせる場所があるはずです。だから……貴方はヒューガくんに会うべきです。彼はきっと貴方の才能を見つけてくれます」

 人を活かす力。ヒューガのもっとも優れた才能はこれだとヴラドは思っている。だから人はヒューガの下に集う。自分の居場所はここだと思える。

「……やるべきことをやった上で、その機会があれば。私も会いたくないわけではありません」

 ヒューガに会いたいという気持ちは強い。それを押しとどめているのはイーストエンド侯爵家の嫡子という立場。パルス王国でやるべきことが自分にはある。その責任を果たさなければならないという想いが、チャールズを縛るのだ。
 もしチャールズがこの時、ヴラドの誘いに乗って大森林に向かい、ヒューガと会っていたら。これを考えることに意味はない。この結果はチャールズが選択した運命。彼が思う正しい道なのだ。