月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第39話 ハイリスクで得られるのはハイリターンかノーリターンか

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 ベルクムント王国の宮殿では宴が催されている。感謝祭が終わってから半月と少し。ようやく世間に日常が戻ったばかりのこの時期に開かれた宴。定例のものではない。中央諸国連合への侵攻が発表され、公式なものとなったことで壮行会が開かれているのだ。
 停戦期間が終わるまではまだ半月近くあるが、それをベルクムント王国が気にすることはない。壮行会は戦争ではない。軍を発したとしてもそれは移動しているだけ。戦闘行為が行われるわけではないという建前だ。まして、この侵略戦の裏には聖神心教会がいる。非難を恐れる必要はないのだ。
 壮行会ということで、感謝祭の時とは異なり、やや華やかさに欠ける宴。出席者には軍人が多く、宴の席といっても規律がある。感謝祭の時の貴族のように、といっても極一部ではあるが、羽目を外して乱痴気騒ぎを始めるなんてことにはならない。宴そのものも壮行会であるので、きちんとした形式がある。今回の侵攻戦の総大将となる将軍の挨拶および戦勝を誓う言葉。それを受けての国王からの激励の言葉。さらに戦いに参加する貴族家が順番に名前を呼ばれて、前に進み出て、同じように戦勝を誓い、国王から激励を受けるという儀式が続く。そんな退屈な式を終えて、ようやく宴の席になるのだ。
 この時になると王家の人々は、ほぼ解放される。感謝祭の時のように挨拶に回る必要はない。一部の有力貴族家の相手をしていれば、それで良いのだ。軍人の、騎士の身分は低い。お目に掛かれるだけで光栄。この言葉通りの対応をされるのだ。
 だがカタリーナ王女は、それとは異なる対応を行っている。騎士たちが食事を楽しんでいる中を歩き回り、声をかけていた。騎士たちにとっては思わぬ事態。王女と直接言葉を交わすことなど考えておらず、舞い上がっている騎士も多くいた。
 王家の評判を高めるという点では、カタリーナ王女の行動は大成功だ。ただ彼女の目的はそれではない。何人もの騎士と言葉を交わしながら、フロアを歩き回る羽目になったカタリーナ王女。目的の人はフロアではなく、外にいた。

「……あ、あの」

 ぼんやりと空を眺めているカーロに、躊躇いながらも声をかけるカタリーナ王女。

「……王女殿下ご本人だったのですね?」

 視線を空に向けたままカーロは答えてきた。

「……ごめんなさい」

「いえ、謝る必要はありません。ただ……驚きました。お気づきだったと思いますけど」

 名前を呼ばれたヴァルツァー伯爵と共に国王の前に進み出たカーロ。その時に二人は目が合っている。驚きの表情を浮かべたカーロを、カタリーナ王女は見ているのだ。

「私も。仕えたばかりだと聞いていましたので」

 壮行会に同席する騎士は、その家で最も上位の地位にいる騎士だ。新入りであるカーロがヴァルツァー伯爵に同行してきたことは、カタリーナ王女には驚きだった。地位とは関係のない事情があるなど、彼女に分かるはずがない。

「たまたまです。本来、同行するはずだった方がある事情で来られなくなりまして、何の予定もなかった私が代わりに選ばれました」

「そうでしたか。それは……」

 喜ばしいことです、という言葉をカタリーナ王女は咄嗟に飲み込んだ。カーロに会いたかったという気持ちが知られてしまうと気が付いたのだ。

「……正直喜んで良いのか、複雑です」

 カーロのほうは躊躇うことなく「喜ぶ」という言葉を使う。ただ続いた言葉はカタリーナ王女を躊躇わせるものだ。

「複雑?」

「貴女にまた会えた。でも貴女が王女であることを知ってしまった」

「…………」

 カタリーナ王女の頬が赤らむ。カーロは自分に好意を向けてくれている。それが分かったのだ。

「……次にお会い出来るのはいつのことか。あるのかさえ、分かりません。もっと貴女を知りたい。もっと私を知ってもらいたいと思うのに」

「カーロ様……」

 カーロの言葉にカタリーナ王女は何も応えることが出来ない。王女と一騎士。本来であれば出会うことのない、あったとしてもこうして語り合うことのない立場の二人なのだ。だからこそ、この出会いに特別なものを感じてもいるのだ。

「……戦争に行きます」

「…………」

 カタリーナ王女の顔に影が差す。戦場に向かうカーロを案じる気持ちが、心に暗い影を落とすのだ。

「正直、少し怖くて、行きたくないという気持ちもあったのですが、今はなくなりました」

「どうしてですか?」

「功をあげれば、また貴女に会えるかもしれない。さらに功をあげれば、貴女とまた話せるかもしれない。戦争は私に機会を与えてくれる。そう思えています」

「…………」

 カーロの気持ちは嬉しい。だが無理をして万一があったらという思いも生まれる。カタリーナ王女もまたカーロに会いたいのだ。またこうして、今度はもっと楽しい話題で語り合いたい。もっと彼のことを知りたいのだ。

「またお会いできる日を楽しみにしております」

「……私もです」

「もう、行ってください。今の私は貴女を独占できる立場ではありませんから」

「……はい。では……お気をつけて」

 後ろ髪をひかれる思い。この気持ちをカタリーナ王女は初めて知った。また会えるという気持ちがある一方で、これが最後になるかもしれないという思いもあるのだ。
 ゆっくりとカーロに背中を向け、歩き始める。何人かの視線がこちらを向いていることが分かった。これがあるから、カーロはこの場を離れるように言ったのだと分かった。気持ちを引き締めて、笑顔を作ってフロアに戻るカタリーナ王女。

「……本当に生きて戻れるのかな……誤算だけど、気持ちを高めるには良いか」

 その背中を見ながらカーロは呟きを漏らす。いきなり戦争が始まるなんてことは想定していなかった。出世するには良い機会だとは思うが、無事に生きて帰れる保証はない。カタリーナ王女と会うのは、本当にこれが最後になるかもしれないのだ。その思いはカタリーナ王女の気持ちを高めるのには役立ったとカーロは感じている。まだ会うのは二回目。気になる存在になれればそれで成功という段階において、カタリーナ王女の気持ちはそれ以上に近づいている。恋愛において障害が気持ちを高めるという話があるが、その通りかもしれないと思った。
 だが気持ちが盛り上がっても、自分が死んでしまっては意味がない。悲劇で終わるストーリーを演じるつもりはカーロにはないのだ。

 

◆◆◆

 ベルクムント王国の動きはすぐにノートメアシュトラーセ王国に伝わった。壮行会が開催されるとなれば、その意図は明らか。それでも第一報を入手してからもアルカナ傭兵団幹部だけで何度か打ち合わせを重ね、さらなる情報を集めて、侵攻が間違いないとなったところで王国騎士団上層部を含めた会議が開催されることになった。そこで大まかな方針が確定、さらに作戦計画が練られて、それがある程度固まったところで、ようやく公表。アルカナ傭兵団の一般団員、王国騎士団の平騎士もベルクムント王国との戦争が始まることを知ることとなった。
 普段は使われることのない大会議室。そこに普段は集まることのない人々、アルカナ傭兵団の上級騎士たちが集まっている。

「ベルクムント王国軍の規模は現時点では不明。ただし、三万を下回ることはまずないはずだ。さらに従属国の軍勢も加われば、六千から一万の増加。最低でも三万六千、それ以上の敵を相手にすることになる」

 集まった上級騎士たちを前に、ベルクムント王国軍について説明しているのはアーテルハイド。まだまだ入手出来ている情報は充分ではないが、それが全て揃うのを待っている余裕はない。中央諸国連合の他の加盟国と共に迎撃態勢を整えるには、それなりの時間が必要だ。

「侵攻路は、これも現時点では確定とまでは言えないが、ノイエラグーネ王国だと考えている」

 ベルクムント王国軍の予想侵攻経路を聞いて、参加者から小さな唸り声が漏れる。上級騎士であれば予測出来ることではあるが、そうであって欲しくなかった場所。ノイエラグーネ王国はベルクムント王国と通じていると考えられているのだ。

「我が国を含む中央諸国連合軍はノイエラグーネ王国に集結。迎撃態勢を整えることになる」

 これを聞いて、さらに大きな唸り声が大会議室に響いた。ノイエラグーネ王国国内で迎撃するリスクを皆が考えたのだ。いつ寝返るか分からない味方を抱えての戦闘を望む者はいない。

「……ノイエラグーネ王国の寝返りの可能性は検討している。だが、明確な証拠もない状況で見捨てるような布陣を組めば、中央諸国連合内での不信感が高まってしまう」

 裏切りが明白でない状況では、ノイエラグーネ王国を守る形で迎撃態勢を整えなければならない。加盟国を見捨てるようなやり方は、自国も同じ目に遭うのではないかという不安を煽ることになる。各国の信頼関係が崩れれば、中央諸国連合は崩壊してしまう。
 ノイエラグーネ王国が寝返りを画策したように、中央諸国連合は揺るぎのない強い信頼で結ばれているわけではないのだ。

「続ける。編制だ。先軍は力と正義、戦車、吊し人、それに隠者。指揮官は力で、王国騎士団千およびノイエラグーネ王国軍二千と共に最前線となる城塞都市ガルンフィッセフルスに布陣する予定だ」

 最前線に諜報活動に特化している隠者のチームを置く理由。分かる人には分かる。裏切りの可能性があるノイエラグーネ王国の動向を常に探る為だ。

「中軍には女教皇と月。団長も近衛騎士団を率いて中軍に参加、アイシェカープに布陣。ブラウヴァルト王国軍、ヘァブストフェスト王国軍、ベルクフォルム王国軍、各二千、ノイエラグーネ王国千も一緒だ」

 主力である中軍にディアークも参加。ベルクムント王国相手に後ろで控えている余裕はない。可能であれば中央諸国連合の全力で当たりたいところなのだ。

「後軍に太陽と私。指揮官は私が務める。フェルゼンハント王国軍、パラストブルク王国軍、グリュックスインゼル王国軍、ローゼンブルク王国軍各千とともにランゲヒューゲルに布陣」

 東側に領土を持つ各国は東の大国オストハウプトシュタット王国も警戒しなければならない。各国自国内に戦力を残す必要があるので、このような形になってしまう。後軍そのものも東に万一があった場合は、すぐに移動して事に当たることになる。

「最後に愚者。フルーリンタクベルク砦に布陣。万一、ベルクムント王国が別動隊を発してきた時の備えだ」

 ヴォルフリックたち、愚者の布陣場所は山間部にある砦。近くの山には、大軍を通せるような道ではないが、国境を抜ける山道がある。それへの備えとして築かれた砦だ。

「状況に大きな変化がない限り、先軍および愚者は一週間後、残りの部隊も二週間後に出発だ。質問はあるか?」

 誰も手を上げる者はいない。この時点では情報が少なすぎる。あえて、この場で質問しなければならないほどの疑問も湧かないのだ。

「全体会議は必要に応じて。各軍ごとの個別会議は出発まで毎日行う。物資の準備状況などは個別会議の場で、軍政局から報告がある。以上だ」

 ベルクムント王国軍の動きに想定外のものがなければ、全体会議はこれで終わり。細かい作戦計画や問題点の確認などは各軍で行われる。ディアークはもちろん、テレルもアーテルハイドも作戦計画については理解している。計画立案に携わっているのだから当然だ。個別会議で問題が見つかれば、また傭兵団幹部と両騎士団上層部で打ち合わせを行えば良いのだ。

「愚者は残れ。単独行動となるので、詳細を説明する」

 ヴォルフリックは全体の作戦計画を知らない。役割などを説明する必要があった。
 他の上級騎士が大会議室を出たあとに残ったのはヴォルフリックとアーテルハイド、そしてディアークだ。

「まずフルーリンタクベルク砦だが、西の国境に通じる山道の出口にある砦で百名ほどのノイエラグーネ王国軍が常駐している」

「……それが増える予定は?」

「ない。ベルクムント王国軍は数ではこちらを圧倒している。兵力を分散させる余裕はない」

「それはどう受け取れば良い? 百人も置いとけば充分なほど安全なのか? それとも危険であるのに百人しかいないのか?」

 たった百人で守る砦。そこにヴォルフリックたちを送り込んでも五人増えるだけ。それを行う意味がヴォルフリックには分からない。

「……後者の可能性がある。兵力を分散させる余裕はない、というのはノイエラグーネ王国の台詞だ」

 自国が侵略される状況で、リスクを取って防備の穴を許容する。それはおかしいとアーテルハイドは考えている。リスクを取るのではなく、わざと隙を作ろうとしているのではないかと疑っているのだ。

「つまり、裏切り者が百人いる場所に行けと?」

「現場が裏事情を知っている可能性は低いと考えている。守りの部隊に裏切らせるのであれば、数を少なくする必要はない」

 砦の部隊がベルクムント王国軍の手引きをするのであれば、数の多い少ないは関係ない。増やしておいてベルクムント王国軍に合流させるという考えだってある。

「……最後まで裏切りを隠すつもりであっても数は関係ない。連合に潜り込ませておく軍勢の数を多くしておきたいと考える可能性だってある」

「分かっている。可能性はひとつではない。ただ、こちらもギリギリなのだ」

「だからあえてリスク覚悟の配置を考えた。リスクを負うのは俺たちだけど?」

 内も外も敵。そんな状況でも必ず危険をすり抜けて無事でいられる、なんて考えるほどヴォルフリックは楽天家ではない。

「率直に聞く。五日間守り切るのにどれだけの数が必要だ?」

「……なるほど。俺たちは餌か」

 あえてリスクのある配置にする理由。アルカナ傭兵団の側もわざと隙を作ろうとしているのだとヴォルフリックは分かった。ベルクムント王国軍の別動隊を引き込もうとしているのだと。

「数では敵が勝る。こちらとしてでは出来るだけ、敵を分散させて戦いたいのだ」

 ベルクムント王国軍が別動隊を発すれば、それだけ敵主力軍の数は減る。送り込んできた敵別動隊を各個撃破出来れば、尚、良い。五日というのは離れた場所にいる中央諸国連合主力が駆けつけるのに必要な日数なのだ。

「……敵の数も、現地も分からなければ答えなんて出せない」

「ろくに整備されていない山道だ。多くても敵は二、三千。過去において三百ほどで撃退したという例がある」

「聞く前に答えを出している。最大でも三百にしかしないということだ」

「あまりに守りの数を増やし過ぎれば、敵は諦めてしまう」

 ベルクムント王国軍を罠にかける。二、三千であっても減らすことが出来れば、戦況への影響は大きい。その勝利によって、ノイエラグーネ王国が寝返りを思いとどまる可能性だってあるのだ。

「……命をかけてまで守る義理はないのだけどな……ちなみに、セーレンの父親はこの件を知っていたのか?」

 ヴォルフリックの視線がディアークに向く。娘想いのテレルが、愚者のチームが危険な任務に赴くのを知っていて従士になどするか。これを疑問に思ったのだ。受け入れざるを得ない事情があるとすれば、ディアークの命令ではないかと。

「知っていた。だからお前から引き離そうと考えた。だがその一方で、これから厳しい戦いが続く中、一人でも多くの戦力が必要であることも理解しているのだろう」

 テレルの本当の気持ちはディアークには分からない。だが、親としての判断だけではないことは想像がつく。

「……引き受けるには条件がある」

「それは何だ?」

「これから考える。生き残る為の方策を」

 この場で断ることは出来ない。そうであれば、少しでも条件を良くすることを考えるしかない。それが何かは、今はまだヴォルフリックにも分からない。考えるしかない。仲間と共に生き残る為には。