月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #144 再会の夜

異世界ファンタジー 四季は大地を駆け巡る

 ドュンケルハイト大森林に逃げ込んだイーストエンド侯爵家軍は百名を少し超える程度。イーストエンド侯爵を守っていた精鋭部隊が乱戦の中でもなんとか規律を維持し、アイントラハト王国軍に引き離されることなく退却を続け、魔王軍の追撃を振り切ったのだ。
 とはいえ、なんとか百名を超える程度の数だ。総大将であるイーストエンド侯爵が無事であったとしても、反撃に出る力はない。散らばった自軍の再集結を図ろうにも、魔王軍に大きく劣る数では、大森林の外に出ることも躊躇われる。為すことなく大森林で過ごすことになった。
 だが当然、イーストエンド侯爵はその状況を良しとはしない。自領を、この時点では情報は何も得ていないが、奪われ、さらにパルス王国全体の危機に際して、何も出来ないなどという状態を受け入れられるはずがない。

「何故だ? 何故、ヒューガに会うことが出来ない?」

 打開策はヒューガの力を利用すること。だがそれを行おうにもヒューガと会うことさえ許されない。

「許可が出ておりません」

 しつこく理由を聞かれてもサキには、これ以外の答えはない。これ以上のことを答えるつもりもない。

「クラウが一緒にいるのにか?」

「クラウディア殿については許可が出ております。本人が望めば、王のいる拠点に向かうことが可能です」

「では私も同行させてもらおう」

 とにかくヒューガに会うこと。それが出来なければ何も始まらない。イーストエンド侯爵にクラウディアを利用することへの躊躇いはない。

「その許可は出ておりません。王は同行者は認めないと、はっきりと申されました」

「何故だ?」

 また理由を尋ねるイーストエンド侯爵。ヒューガが面会を拒否する理由を知らなければ、対処のしようがない。そう考えての問いだが。

「クラウディア殿には、ずっと以前から入国の許可が出ております。それ以外の方たちはそうではない。これが理由です」

 理由は明確、というか、先ほどからサキは説明している。ヒューガの許可がないから入国出来ない。それだけだ。

「……どうすれば許可を得られる?」

 ようやくイーストエンド侯爵は問いを変えた。無理押ししてもヒューガに会うことは出来ない。魔族であるサキが拒絶しているのではなく、ヒューガ本人が明確に拒んでいることが分かったのだ。

「その前に、まずはどういうお立場で王に面会を求められているのかを教えてください。それによって王のご判断も、そちらが為すべきことも変わることになります」

「どういう立場……」

 正解が何かを考えるイーストエンド侯爵。無駄なことだ。どの答えであってもすぐに面会の許可が出ることはないのだから。

「あの……私の伯父という立場だとどうですか?」

 クラウディアは考える前に尋ねることにした。そのほうが早い。それに本人が尋ねたわけではないので、問題ある立場だと分かれば、別のものに変えることも出来る。こう考えたのだ。

「伯父であるかどうかは関係ありません。私が尋ねているのはアイントラハト王国の民として受け入れてもらいたいのか、パルス王国の侯爵として我が国の王に面会を求めているのかです」

 サキは選択肢を絞った。この確認にサキ個人の意図は何もない。ヒューガに確認しておくように言われているので、尋ねているだけ。彼女のほうこそ、こんなことで無駄に時間を使いたくないのだ。

「どちらを選択すると、どうなるのですか?」

 クラウディアは簡単には結論を出さない。重要な選択かもしれないと考えているのだ。

「……どちらであっても、しばらくここに留まることに変りはないと思います。あとは王のご判断次第ですので」

 ヒューガには急いでイーストエンド侯爵に会わなければならない理由がない、他国の情勢次第で、会わないままでいる可能性もある。これくらいのことはサキにも分かっている。

「……これは教えてもらえるのですか? パルス王国はどうなっています?」

 ヒューガに会えるかどうかをサキに尋ねても意味はない。こう考えたクラウディアは、現状把握を試みることにした。イーストエンド侯爵のこの先の判断に必要だと考えたのだ。

「イーストエンド侯爵領は元勇者に占領されました。私が把握しているのはこれだけです」

「……パルス王国軍の動きは?」

「私は知りません。王の耳にも届いていないと思います」

「どうして?」

 パルス王国の状況はヒューガも注視しているはず。クラウディアはこう考えていた。

「どうして……? 我が国にとって優先度が低いからではないですか?」

 これもヒューガが実際に口にしたことだ。アイントラハト王国にとって重要なのはマンセル王国の判断とマリ王国の動き。パルス王国内の情報収集は二の次だと。

「魔王に好き勝手やらせるつもりか!?」

 サキの答えはイーストエンド侯爵にとっても想定外にもの。ヒューガと優斗は決定的に対立した。ヒューガ、アイントラハト王国は魔王軍と戦うことになると考えていたのだ。

「……魔王とは誰のことですか? 私たちが知る魔王様はすでに亡くなられています。後を継ぐ資格がある方はいますが、その方は魔王を名乗っておりません」

 優斗は魔王を名乗るに相応しくない。その称号に相応しい人物がいるとすれば、それはヒューガだとサキは考えている。

「……ヒューガは魔王になるつもりか?」

「私の話をどう聞けば、そのような理解になるのですか? 王は魔王を名乗っていません。この先も名乗ることはありません。王は魔族だけの王にはなりません」

 ヒューガはエルフ族の王でも魔族の王でもない。魔王が魔族の王を示す言葉であるなら、ヒューガがそれを名乗ることは決してない。

「……ユートはこの世界に災いをもたらす」

「その災いを呼び込んだのは、どの国でしたか?」

「……先の戦いについては謝罪する。言い訳にしか聞こえないかもしれないが、我々は戦いなど望んでいなかった。あれは手柄と領地を求めた者たちが引き起こしたものだ」

 イーストエンド侯爵はまた誤解している。サキは個人的な恨みから自分たちを冷遇しているのだと。

「私は戦いには関わっていません。戦いに参加していた者たちの多くは今、元勇者と共にいます。謝るのであれば、その人たちにどうぞ」

「それは……」

 謝罪出来る相手ではない。その相手を討ち、領地を取り戻すことをイーストエンド侯爵は求めているのだ。サキに個人的な恨みはないが、イーストエンド侯爵に冷淡であることは事実。恨みではなく、その言動でサキはイーストエンド侯爵をアイントラハト王国には相応しくない不快な人物だと判断しているのだ。

「私の権限は限られています。王のご判断をお待ちください」

 話を打ち切るサキ。実際、どれだけ話をしても何も変わらない。イーストエンド侯爵が他の拠点に入るには例外的な待遇が必要。それを許すことが出来るのはヒューガ以外にいないのだ。

 

◆◆◆

 サキ相手にどれだけ交渉を続けても、事態は良い方向に進まない。これはイーストエンド侯爵も理解した。ヒューガに会うには彼自身の許可が必要。それを得る手段は、イーストエンド侯爵には、ひとつしかない。クラウディアに説得を頼む、というものだ。
 成功する可能性は高いとイーストエンド侯爵は考えている。クラウディアはヒューガとは特別な関係で、順当に行けばアイントラハト王国の王妃になる立場。発言力はかなりあるはずなのだ。
 ただそう考えているのはイーストエンド侯爵であって、本人はそこまでの自信はない。仮に王妃の座を用意されていたとしても、周囲に歓迎されているとは思えない。

「お部屋はこちらです。ただ、その、専任の使用人はおりません。必要であればすぐに人選を考えますが、どうしますか? ご自身で面談して選ばれますか?」

「大丈夫です。大抵のことは一人で出来ます」

 案内役のカルポに、こんな風に気を使われても恐縮してしまう。

「そうですか。専任者がいないだけで、侍女の仕事をする人はいます。適当に呼べば来ます」

「適当、ですか?」

「分かりにくいですね。こんな感じです。誰かいますか!?」

 その場で人を呼ぶカルポ。そんなことで人に聞こえるのかと思ったクラウディアだが、

「お呼びですか?」

 すぐに侍女の姿をした女性が姿を現した。

「すみません。クラウディア様にどのように呼べば良いか教える為でした。クラウディア様はもう知っています?」

「もちろんです」

 女性はリリス族。ヒューガの護衛兼侍女であり、まれに夜のお務めを、彼女たちにとっては贅沢な食事、行う女性の一人だ。クラウディアを迎えるにあたって、事前に気付かれない形で、彼女の容姿を確認している。今も姿は見えないが、ずっと近くで控えていたのだ。

「分からないことがあれば彼女たちに聞いてください。彼女たちが来られない時は、エリザベートさんが奥の部屋にいますので、彼女を頼ってください」

「……エリザベート?」

 エリザベートの名を聞いて、クラウディアの表情が険しくなる。

「知り合いですよね? 親しいとは言えないかもしれませんけど」

「……本当にあの人なのですか?」

 知り合いと言われるエリザベートは一人しかいない。しかも、カルポがわざわざ「親しいとは言えない」なんて言い方をする相手は間違いなくクラウディアの頭に浮かんだエリザベートだ。

「ああ、やっぱり専任者を一人つけましょう。すぐに人選を進めます」

 クラウディアの反応を見て、エリザベートとの接触は難しいとカルポは判断した。初めから分かっていたこと、とは言えない。カルポの知るエリザベートは、常にヒューガの体調を気遣い、こまめに面倒を見る素敵な女性であり、親を失った子供たちを愛し、育てる優しい母なのだ。

「あの……彼女はここで何をしているのですか?」

「エリザベートさんですか? 王のお茶のお相手が主ですね。今は子育てで忙しいですけど」

「子育て、ですか?」

 カルポの説明を聞いて、動揺を見せるクラウディア。勘違いをしているのだ。

「……あっ! 王の子ではありません! 彼女の亡くなった兄の子を育てているのです。母親もいない子供たちです」

「そう、ですか……」

 ヒューガの子ではない。それには一安心のクラウディアだが、エリザベートの存在そのものへの不安は消えない。彼女にとってのエリザベートは傾国の悪女。父と母の敵でもある。

「……余計なことかもしれませんが……人の一面だけを見て、それがその人の全てだと決めつけるのは止めたほうが良いと思います。あっ、いえ、クラウディア様がそうだというわけではないのですが……」

 やはり余計なことを言ったと思って、慌ててクラウディアのことではないと否定したカルポ。無駄なあがきだ。クラウディアのことでないのであれば、そんなことをカルポが言い出すはずがないのだ。

「人の一面だけ……そうですね」

 クラウディアには身に覚えがある。エリザベートのことではない。ヒューガのことで夏に似たようなことを言われているのだ。自分はヒューガの良い面だけしか知らない。孤児たちについても同じ。自分の知らなかった彼らの残酷な一面を見て、クラウディアはひどくショックを受けた。

「……食事は部屋に運ばせます。今日はゆっくりとお休みください」

 これ以上、話を続けてもややこしいことになるだけ。そう考えたカルポは話を終わらせることにした。

「ヒューガには会えないのですか?」

「申し訳ございません。今日はご遠慮ください。もともと忙しい方なのですけど、今はさらに激務状態でして」

 政務から離れていた影響、だけでなく、この先のことを考えてやるべきことが山ほどある。だからといって寝ないで働くということは認められない。ヒューガにきちんと休憩を取らせるのはカルポたちの義務。エリザベートのお茶の時間もその一つであったりするのだ。

「……分かりました。ありがとうございました」

 ヒューガにすぐに会うことが出来ない。この事実はまたクラウディアに自信を失わせた。何を甘えているのだという思いはある。ヒューガは一国を背負う王。私事を優先するべきではない。政務を放り出してしまうほうが問題だ。こう割り切ろうと努力をしてみたが、やはり気持ちが落ち込むのは止められなかった。

 

◆◆◆

 部屋に運ばれた食事はこれまでと同じようなものだった。特別扱いされていないと不満を覚えることはない。南の拠点にいる時から特別扱いをしてもらっていたのだとクラウディアは受け取った。そういう考え方をするべきだと。
 自分は歓迎されているとは思えない。だからといって冷遇されているわけでもない。カルポの態度はそう感じさせるものだった。アイントラハト王国におけるカルポの地位はかなり高いことは、クラウディアにも分かっている。大森林に到着してしばらくはカルポの名を良く聞いた。現場の担当者が判断を求める相手として。
 そのカルポが案内役を務めてくれた。それは厚遇だと受け取るべきだ。カルポはクラウディアをずっと様を付けて呼んでいた。そのことからも自分の立場をどうとらえているのかが分かる。

「……それでもな」

 やはりクラウディアは気持ちが晴れない。自分の入国を皆が迎えてくれる。そんな虫の良いことは考えていなかったが、少なくともヒューガには喜んで欲しかった。
 これも我が儘だと分かっていても。

「ナツちゃんとフーキくんにも会えなかった」

 寝てしまおうとベッドに横になってもいろんな思いが浮かんできてしまう。会えなかったのはヒューガだけではない。夏と冬樹も迎えに出てくれなかった。特に気まずいままに別れた夏と会えなかったことは、クラウディアの気持ちを落ち込ませている。

「明日には会えると思うけど?」

「そうかな? そうだと良い……えっ?」

 いるはずのない人物の声。ベッドから跳ね起きたクラウディアの瞳に、頭に思い浮かべていた人の姿が入った。

「……ヒューガ」

「あれ? 反応悪くない? 久しぶりの再会。ここは抱きついてきても良い場面だと思うけど?」

「……ヒューガが来て」

 こういう我儘みたいなことを言ってはいけないと思いながら、クラウディアは言葉にしてしまう。突然のことで、どういう反応を見せて良いのか分からない。そんなクラウディアがほぼ無意識で選択したのは、ヒューガに甘えることだった。

「照れるな」

 こう言いながらもベッドに近づき、クラウディアの体を抱きしめるヒューガ。そうされたらされたでクラウディアは動揺してしまう。ヒューガに抱きしめらたことなど数えるほどしかないのだ。

「無事で良かった」

「ヒューガも。ごめんね。私のせいで」

「自分の為だ。ディアをあんなことで死なせるわけにはいかないからな」

 本当の目的はクラウディアを魔族と戦わせないこと。だがそれは間に合わなかった。間に合わなかったのであれば、わざわざそれを彼女に告げる必要はないとヒューガは考えた。

「……今日は会えないと聞いていた」

「ああ、ちょっと忙し過ぎて。うちの人たち、俺を休ませることを自分たちの使命みたいに思っているんだ。だから寝た振りをして抜け出してきた」

 実際に思っている。ヒューガの体調管理は、アイントラハト王国の上層部において重要事項のひとつなのだ。

「皆、ヒューガのことを心配しているんだね?」

「臣下に心配される王ってどうなの?」

「それだけ愛されているってことだよ」

 クラウディアの父はそうではなかった。多くの臣下が王である父から離れていった。それに比べれば、遥かに良いことだとクラウディアは思う。
 
「……やっと会えた」

「そうだね……やっと会えた」

 久しぶりの再会。色々と考えることは多かったが、いざこうしてヒューガに会うと、そんなものは吹き飛んでしまった。話したかったはずのことも。
 無言のまま抱き合う二人。別れた時に比べるとかなり逞しくなった体。当時はそれほど感じなかった男らしさ。ベッドの上で抱き合っているこの状況が、急にクラウディアは恥ずかしくなった。

「ねえ」

「…………」

 声をかけたがヒューガは無言のまま。沈黙がクラウディアの胸の鼓動を激しくする、のだが。

「…………ん?」

 自分を抱きしめていたヒューガの手が緩む。それと同時にクラウディアは、ヒューガの体重を支えなければならないことになった。耳元で聞こえる静かな息遣い。

「……寝てる」

 それが寝息であることはすぐに分かった。

「どうしよう?」

 とりあえずヒューガを起こさないように、ゆっくりと体をずらすクラウディア。ヒューガの体は、ゆっくりとベッドに倒れ込んでいった。横になったヒューガの様子を確かめるクラウディア。気持ちよさそうに眠っている。

「……疲れているのね?」

 話の途中で眠ってしまった。それは残念だが、そうなるほど疲れている状態で会いに来てくれたことは嬉しかった。落ち込んでいた気持ちは綺麗サッパリ消えていた。

「ずっと眠ったままだと、またいなくなるよ?」

 寝ているヒューガを見ていると、別れた夜のことを思い出す。眠っているヒューガをクラウディアは置き去りにした。あの時の選択は正しかったのか。晴れた心に、また影が広がった。
 あのまま一緒にいたら、どうなっていたのか。考えても仕方のないことをクラウディアは考えてしまう。今に限ったことではない。ヒューガと別れてから何度も、数え切れないほど何度も考えたことだ。

「……二人で静かに暮らせていたかな?」

 今、ヒューガの周りにいる人たちがこの問いを聞けば、それはないと断言するだろう。ヒューガが世に出ないでいることなど、世界が許すはずがない。多くの人がそう思っている。
 だがクラウディアはそうではない。話には聞いていても、実際に王であることが分かっても、クラウディアの中のヒューガは出会った頃のままなのだ。そうあって欲しいのだ。これはヒューガとも共通する想い。二人の時は止まったままなのだ。
 ヒューガの寝顔を見つめながら、物思いにふけるクラウディア。その彼女の耳に、遠慮がちなノックの音が届いた。
 ヒューガを起こさないように、ゆっくりとベッドを降り、扉に向かうクラウディア。音をさせないように開けた扉。その先には赤い髪の、暗がりの中でも美しいと分かる女性が立っていた。
 それが誰か、クラウディアにはすぐに分かった。

「夜分に失礼します。王がこちらに来ていないですか?」

「……ベッドで寝ています」

 わざと簡潔に答えるクラウディア。そんな対応をしたことをクラウディアはすぐに後悔した。自分の心に湧いた嫉妬心が煩わしかった。

「……そうですか。では朝になったら迎えを寄越します」

「それで良いの?」

「所在を確かめに来ただけですから。かなり疲れているので、このまま寝させてあげたほうが良いと思います。もちろん、クラウディア様のご迷惑でなければですが」

「……私は平気」

 エアルの表情からは嫉妬の色が見えない、それがますますクラウディアの気持ちを落ち込ませる。自分が情けなくなってしまう。

「ではお願いします」

 クラウディアの返事を聞いて、エアルは扉を閉める。その表情にはクラウディアには見せなかった苦いものがあった。ただ嫉妬心からのものではない。

「……その辺りに潜んでいるのでしょ?」

 誰もいない廊下で、クラウディアに聞こえないように声量を押さえて問いかけるエアル。問い掛けた相手はリリス族の誰かだ。ヒューガの居場所などリリス族であれば、すぐに掴めるはず。それを身を隠し、エアルに探させるように仕向けた。こうエアルは考えている。苦い表情はそれを恨んでのことだ。

「無視か…………可愛くて、美しい人」

 戦場ではじっくりとクラウディアの容姿を確認している余裕などなかった。それでも美人であることは分かっていたが、今、間近で見て、その美しさにエアルはため息をつきたくなった。ヒューガの想い人。その人がとうとう大森林にやってきたのだ。

「あの人がヒューガの……戦場とは雰囲気が違った……綺麗な人」

 そして同じ想いを、扉の向こうでクラウディアも感じている。お互いにそれは分からない。分かるのは、この状況を作りだしたリリス族だけだ。