三団対抗戦の第二戦、近衛騎士団と王国騎士団の対戦は近衛騎士団の三戦全勝という結果に終わった。王国騎士団としては、アルカナ傭兵団との対戦を含めて一勝も出来なかったという惨敗であるが、それなりに意地を見せた結果だ。近衛騎士団との対戦は捨て試合など考えることのない真っ向からのぶつかり合い。結果として王国騎士団の順番は変わっていないのだが、気持ちの上で、堂々と正面から戦った結果として、こうなったというだけのことだ。悔しくないはずはないが、全てを出し切ったという充実感を覚えるものだった。
その戦いが終わり、いよいよ第三戦。両チーム一勝、個々の対戦でも全勝同士の戦いとなり、観戦者の、両騎士団のという条件付きではあるが、期待も高まっている。
先鋒はヴォルフリック、のはずなのだが、その彼がなかなか対戦台に上ってこない。
「……どうしたの?」
「何か揉めているようです」
対戦台の下でヴォルフリックとオトフリートが何やら揉めているのが見える。
「ここで仲間割れ? 仲間とは言えないか。いつものことね」
「いつものって……確かにそうかもしれませんが……」
王国騎士団と近衛騎士団の騎士たちも見守る中での揉め事。ルイーサのように「いつもの」で納得することはアーテルハイドの性格では出来ない。
「上がってきた……オトフリートね」
「順番で揉めていたということですか」
先鋒として対戦台に現れたのはオトフリート。彼の不満そうな顔が、揉め事が対戦順であることを示している。
「……ヴォルフリックと替わったのね?」
「そうですね……」
かなり不満であることは間違いないが、それでもオトフリートがヴォルフリックに譲ったことにルイーサとアーテルハイドは驚いた。目上の人であればまだしも、同年代相手にこんなことは滅多にあるものではない。少なくも二人はそういった場面に出会ったことがない。
一方で対戦相手はかなり戸惑っている。自分が戦うのはヴォルフリックだと考えて、それに備えてきたつもりなのだ。
「奇襲?」
「どうでしょう? 対戦順は今、決めたようですから、彼らにも備えはないはずです」
近衛騎士団が不利になったわけではないとアーテルハイドは考えている。少なくともオトフリートも対戦相手は予定とは変わっているのだ。
両者中央に進み出て一礼。先鋒戦が始まった。開始直後からオトフリートが、直前に揉めたヴォルフリックへの怒りをぶつけているかのような猛攻に出る。
「……毎回、怒らせてから戦わせたほうが良いのじゃない?」
対戦相手を圧倒している攻撃は、ルイーサがこんなことを思うくらいの勢いだ。オトフリートの猛攻は対戦相手の不意も突いた形で、相手は上手く対処することが出来ずにいる。さらに焦りが隙を生み、オトフリートに機会を与えてしまう。攻撃に転じようとした相手の懐に飛び込むオトフリート。剣をあわせることが出来ずに、そのまま押し倒された対戦相手の肩にオトフリートは剣を置いた。
「……勝ったわね」
「勝ちましたね。まずは一勝ですか」
もっとも不安であったオトフリートが勝利を得たことで、アーテルハイドは一安心。対戦相手を圧倒する戦い方も、第一戦での悪印象を薄れさせるに充分だ。
続いて中堅戦。ジギワルドは危なげない戦い方で勝利を奪う。この時点でアルカナ傭兵団の勝利は確定した。
「勝ったわね」
「勝ちました」
本番前に感じていた不安はなんだったのかと思う結果。ルイーサとアーテルハイドは喜ぶよりも戸惑っていた。
「息子二人に剣を教えたのは俺だぞ」
その戸惑いを見て、ディアークが口を開いた。今でこそ二人の鍛錬に関わることはなくなったが、小さい頃から傭兵団に入団するまで、ずっとディアークが教えていたのだ。特殊能力を使わなくても二人の実力がかなりのものであることを、ディアークは知っている。
「それ最初に言ってよ。正直、連勝記録が止まることも覚悟していたのよ?」
「安心するのはまだ早い。対戦はまだ残っている」
優勝は決まった。だがもう一つの連勝記録。個々の対戦での不敗記録はまだ確定していない。
「そうね……違う意味でもっとも不安な男が残っていたわね」
ヴォルフリックは何を仕出かすか分からない。その点でもっとも不確定な存在だ。
対戦台に上ってきたヴォルフリック。中央で対戦相手と向かい合って一礼すると、後ろに下がって間合いを取った。開いた両足を、少し前後にずらすと腰を落として構えを取る。剣は腰の位置に置いたままだ。
「…………」
それに対してルイーサのコメントはない。ぐいっと上体を前に倒して、ヴォルフリックを見つめている。それはアーテルハイドとテレルも同じだ。前回の対戦では見せていない構え。ヴォルフリックが何を行うつもりなのか、興味を引かれているのだ。
そのヴォルフリックの構えに対して、対戦相手は戸惑っている。公開練習での情報にはない構え。手の内を隠すのは当然あることだが、ヴォルフリックの剣はギルベアトに教えを受けたノートメアシュトラーセ王国騎士の剣術であるはず。対戦相手のそれと同じであるはずなのだ。だが目の前の構えを対戦相手は知らなかった。
構えたものの、お互いに動こうとしない。対戦相手の側は前に出たり、横にずれたりと相手の出方をうかがう動きを見せているものの、ヴォルフリックのほうは相手が横にずれるのに合わせて、向きを変える以外にはほぼ動きがない。
「……攻撃を待っているのかしらね?」
あまりに動きがないことに焦れて、ルイーサは口を開いてきた。
「でしょうね……」
それに気のない答えを返すアーテルハイド。ヴォルフリックの動きを見逃すまいとしているのだ。
対戦相手も少し焦れてきている。ヴォルフリックが攻撃を待っているのは明らか。わざわざ罠に飛び込む必要はないのだが、あまりに動きがない為に、誘う動きが大きくなっていた。間合いを確かめる為に前に出て、すぐに下がる。そうかと思えば間合いを広げて、背後に回り込むくらいに大きく動いてみせる。それに対してヴォルフリックはその場で回って、対戦相手の正面を向くだけ。大きな動きはない。
「…………入った」
アーテルハイドのこの呟きとほぼ同時にヴォルフリックの足元から土煙があがった。周囲がそれを視認した時にはヴォルフリックの体はその場にない。対戦相手が立っていたはずの位置に移動していた。そしてその場にいた対戦相手は。
「……場外! アルカナ傭兵団大将の勝ち!」
対戦台の下に転がり落ちていた。自ら場外に落ちた以外は即、対戦相手の勝ち。そういうルールなのだが。
「また協議みたいよ」
副審から待ったがかかり、審判たちが対戦台の上に集まっている。ヴォルフリックが特殊能力を使ったのではないかと疑っているのだ。
「審判も知らないはずはないと思うのですが」
ヴォルフリックの特殊能力は操火。今の技とは関係ない。
「……あの馬鹿は常識外れだから、複数持ちかもね?」
「まさか……」
特殊能力は一人に一つ。特殊能力を応用する段階で、いくつもの技が生まれることはあっても元は一つ。それが常識だ。
「ちなみにアーテルハイドはあれを追えるの?」
「馬鹿にしないでください。以前よりは少し速くなっているようですが、まだまだ私の能力のほうが上ですよ」
アーテルハイドの特殊能力は神速。その名の通り、神のごとき速さで動く能力だ。ヴォルフリックが見せた技は、その神速に並ぶのかというルイーサの問いに、アーテルハイドは自信ありげに答えた。
「そうか。大広間の時……」
ヴォルフリックがノートメアシュトラーセ王国に連れてこられた日。大広間でディアークに襲い掛かろうとした時のヴォルフリックの動きも、かなりの速さだった。炎を発したことに気を取られて、それについて考えることを忘れていた自分の迂闊さをルイーサは反省した。
「結論が出たようです。これで三連勝。無敗は継続です」
審判はヴォルフリックの勝ちを再度、宣言した。これでアルカナ傭兵団の全戦全勝。これまで続いてきた記録は守られることとなった。
◆◆◆
三団対抗戦はアルカナ傭兵団が全戦全勝で優勝という結果となった。対抗戦の最後は表彰式、といっても実際に表彰されるわけではない。国王であるディアークからお褒めの言葉と労いの言葉がかけられるだけだ。例年であれば。
今年の対抗戦はそれで終わりとはならなかった。その原因は、当然、ヴォルフリックだ。
「なんだと?」
「優勝したのに褒美もないのかと聞いている」
ヴォルフリックが、優勝という結果に対して言葉だけで終わらせることに文句を言ってきたのだ。
「褒美など例年出していない。勝利の名誉で皆、満足している」
そうはいっても勝利を得てきたのはアルカナ傭兵団だけ。団長であるディアークに文句を言えないだけだ。両騎士団であれば言えるのかとなると、それもないだろうが。
「俺は満足しない。優勝という結果に見返りを求める」
「お前だけを特別扱い出来るはずがないだろ?」
「じゃあ、三人全員に与えれば良い」
「お前以外の二人が望むとは思えないな」
オトフリートとジギワルドが褒美を求めるはずがない。彼らは王子という立場。その上、周囲に自分が欲深いと思われるような言動を見せるはずがない。
「それは褒美の内容次第だろ? 金品であれば二人は拒否するだろうが、俺が求めているのはそういうものじゃない」
「……では何だ?」
金品以外でヴォルフリックが望む褒美は何なのか。ディアークはそれに興味を持ってしまった。
「皇帝との対戦」
「……なんだと?」
「俺と戦え!}
ヴォルフリックが求めるのはディアークとの対戦。ここでそんな要求を出してくるとはディアークは考えていなかった。
「このくそガキが! 百年早いわよ!」
ヴォルフリックの要求に反応したのはルイーサ。ディアークとの戦いを望むヴォルフリックに怒りを向けてきた。
「百年も待っていたら死んでしまうだろ?」
「私が殺してあげる」
「皇帝を?」
「……お前に決まっているだろ!?」
よせば良いのにルイーサを挑発してしまうヴォルフリック。ルイーサは完全に頭に血が上ってしまっている。ヴォルフリックのところに向かおうとするルイーサ。それを止めているのはアーテルハイドとテレルだ。さすがに同じ上級騎士二人がかりだと、ルイーサも振り切れない。
「……勝てるつもりか?」
その間にまたディアークがヴォルフリックとの会話を始めた。
「勘違いしているみたいだな。俺が求めているのは今日やったのと同じ対戦。殺し合いじゃない」
「そうだとしても問いは同じだ。勝てるつもりか?」
「今回は勝てるかどうかは考えていない。まずは敵を知ることだ」
ディアークの実力をヴォルフリックは知らない。それで勝てる勝てないの判断など出来るはずがない。この対戦申し込みは勝てる自信がついたからではない。自分が目指す高みを知る為のものだ。さらに本当の目的はそれとも別にある。
「なるほど……良いだろう。褒美を与えてやる」
「団長!?」
ディアークが了承したことに驚いたのはアーテルハイド。彼だけではない。この場にいる、ほぼ全員が驚いていた。国王に対戦を申し込むなんて無礼を受け入れたこと。ディアークが実戦でもないのに剣を持つことなどなど。驚いている理由は様々であるが。
「二人はどうする?」
「私は辞退します。陛下のお手を煩わせる気にはなりませんから」
ジギワルドは対戦を求めないことを即答してきた。
「……オトフリートは?」
「私は……私も辞退します」
オトフリートも辞退を告げる。ジギワルドが辞退を、それもディアークに迷惑だという理由で辞退したからには、選択肢はひとつしかないのだ。
「そうか……分かった。では愚者との対戦だけだな。すぐに始める。良いな?」
「当然」
対戦の準備に入る二人。だが準備が必要なのは二人ではなく、周りのほうだ。すぐに始めようとする二人を制して、アーテルハイドは周囲に指示を出す。
対戦台を自分たち、そして近衛騎士団で囲む。対戦のどさくさに紛れて、良からぬことを企む者たちを警戒してのことだ。さらにディアークの防具を用意させようとしたのだが、それはディアークに拒否された。
「愚者の攻撃は当たらない」
「……いや、しかし」
そう言われても万一の場合の備えを考えるのが自分の責務だとアーテルハイドは考えている。
「能力は使う」
「はっ?」
「そうでなくては愚者の要求に応えられない。違うか?」
ヴォルフリックが求めているのはディアークの実力を確かめること。特殊能力抜きでの戦いではそれは出来ない。
「しかし、その場合は……いえ、分かりました」
その場合はヴォルフリックが特殊能力を使うことも許すことになる。それを心配したアーテルハイドであったが、すぐに余計なことだと考えなおした。操炎能力程度でディアークは倒せない。アルカナ傭兵団で一番の実力者はディアークなのだ。
特殊能力は解禁。三団対抗戦とは異なるルールで二人は戦うことになる。そうなると今度は別の準備が必要になった。周囲を囲む近衛騎士たちに盾が配られる。ディアークの衝撃波とヴォルフリックの炎の流れ弾から身を隠す為だ。
それが全て整って、ようやく二人の対戦が始まる。
「国王ともなると対戦ひとつでも大事だな?」
「煩わしいとは思わないと言えば嘘になるが、これも国の為だ」
「国のね……まあ、俺には関係ない。今度こそ、始めて良いのだろ?」
「ああ。来い」
先ほどと同じような構えを取るヴォルフリック。それに対してディアークに構えらしい構えはない。剣をだらりと下に降ろしたまま、無造作に間合いに踏み込んでいく。
舞い上がる砂煙。ヴォルフリックの体が一瞬でディアークの間合いに飛び込んでいく。近衛騎士の時と同じ展開だが、今回、後ろに吹き飛んだのはヴォルフリックのほうだった。地面を転がるヴォルフリック。手をついてその勢いを上に転じて跳びあがると、足から降り立った。
「……なるほどな。これを突破しなくてはならないのか」
ヴォルフリックの攻撃を阻んだ障壁。ディアークの特殊能力であることは明らかで、それを突破しないことには勝つことは出来ない。
また構えを取るヴォルフリック。今度の構えはさきほどよりも、かなり低い。その姿勢から前に飛び出たヴォルフリック。ディアークの間合いの手前で、大きく沈み込むと剣を振り払った。
ドンッという衝撃音と共に宙に舞うヴォルフリック。剣を振り払う勢いで回転した体は、さらにその勢いを増している。
「いっけぇええええっ!!」
ディアークの頭上から、回転の勢いを利用して剣を振り下ろすヴォルフリック。だが、その剣もまたディアークの体に届くことはなかった。剣と剣を打ち合わせる甲高い金属音が周囲に響き渡る。
剣を止められ、空中でバランスを崩すヴォルフリック。その体にディアークの拳が伸びた、その瞬間。宙に現れた炎が一気にディアークの体を包み込んでいく。それを見た周囲から驚きの声があがった。
炎はますます勢いを増して、空に向かって立ち昇っていく。まさか、という思いが周囲の者たちの心に生まれた、その時。
「なっ?」
ディアークを包んでいた炎は一瞬で消え去り、真っ直ぐに伸びた剣がヴォルフリックの首に突き付けられていた。
「……悪くない」
じっとヴォルフリックを見つめてディアークはこれだけを告げると、そのまま対戦台を降りていく。そのディアークに駆け寄るアーテルハイド。
「あの……大丈夫でしたか?」
対戦を無事に終えたというのに浮かない表情のディアーク。アーテルハイドは何かがあったのかと心配になった。
「……ミーナに会った」
「えっ……?」
返ってきたのはまったく想像外の答え。亡くなったミーナに会えるはずがない。ディアークの言葉に、アーテルハイドの動揺が激しくなる。そんなアーテルハイドを気にすることなく、ディアークは歩を進めていく。浮かない表情であったはずのその顔に、今は笑みが浮かんでいた。