月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第29話 次の、そして本当の戦いの為に

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 パラストブルク王国の王都。東門から城に伸びる大通りの両側には住人たちが並んでいる。反乱鎮圧を終えて王都に帰還する討伐軍を迎える為だ。だがその表情は決して明るいものではない。国に命じられて駆り出されてきたものの、心から反乱鎮圧の成功を喜んでいるのは少数。多くは反乱の失敗を残念に思い、ローデリカの早すぎる死を悼んでいるのだ。
 ゴードン将軍を先頭に討伐に参加した騎士たちが隊列を組んで進んでいく。大通りの両側からあがる歓声の声。熱が込められたものではないとしても、たしかに歓声の声があがった。ここで反抗的な姿勢を見せれば、あとで罪に問われる。住人たちはそう考えているのだ。
 その歓声も、パラストブルク王国とは無関係な存在には必要ない。隊列の最後を進むアルカナ傭兵団。不機嫌さをこれ以上ないほどに露わにして歩いているヴォルフリックには、住人たちから厳しい目が注がれている。彼らは知っているのだ。反乱鎮圧はアルカナ傭兵団によって為されたことだと。
 国に向けられない怒りのはけ口を住人たちはヴォルフリックに向けた。誰が投げたものか分からない石。それがヴォルフリックの頭を直撃する。騒然とした空気が広がっていく。投げた当人も、まさか当たるとは思っていなかったはずだ。

「……これで終わりか?」

 額に流れる一筋の血。それを拭うことなくヴォルフリックは住人たちに向かって問いかけた。当然それに答える者はいない。

『お前たちの怒りはこの程度かと聞いているんだ!!』

 空気が震えるのを住人たちは感じていた。その震えが人々の体に伝わり、心を震わせていく。

『俺に石をぶつけただけで満足する程度の軽い怒りなのか!? そんなものの為に彼女は死ななければならなかったのか!?』

 ローデリカを殺したヴォルフリックが何故、このように怒っているのか住人たちには分からない。だが、彼の怒りが自分たちのそれよりも強く、重いということは、はっきりと感じ取れる。

『お前たちも同じだ! 彼女に全てを背負わせておいて、自分たちは影に隠れて文句を言うだけ! 自分たちの血は流さない! 何も犠牲にしようとしない! 彼女を生贄にささげて、自分たちの願いを叶えようとしていた!」

 辛辣な言葉。だがそれに反論する声はあがらない。ヴォルフリックの言葉を聞いている人々は考えている。彼の言葉は真実なのか。自分たちは彼女に対して何をしたのかを、ようやく考え始めた。

『こんな国に生まれたのが彼女の不幸だ! お前らにとって、志のために命を捧げた彼女は誇りかもしれない! だが彼女にとって、何もしないお前らは、恥だっ!!』

 怒りで震える手を強く握りしめて叫ぶヴォルフリック。世の中は理不尽で溢れている。それをヴォルフリックはよく知っている。だが、そのせいで人が死ぬことを仕方のないことと受け入れるつもりはない。
 ヴォルフリックは、本当の意味で、彼女が求める結果を用意してやることが出来なかった。それが悔しく、情けなかった。ヴォルフリックの怒りは自分にも向けられているのだ。

「……帰る。こんな国の空気なんて、一秒でも長く吸っていたくない」

 来た道を戻るヴォルフリック。ブランドとフィデリオもそれに続く。唯一、逡巡したのはクローヴィスであったが、その彼もフィデリオに目で促されて歩き始めた。このままヴォルフリックがパラストブルク国王に、その周囲にいるであろう改革派の人々に会ってしまうとどうなるのか。挨拶をしないで帰る無礼のほうが遥かにマシな結果で終わる。それが分かったのだ。
 パラストブルク王国での任務は、後処理も含めて、こうして終わりを告げた。

 

◆◆◆

 ヴォルフリックたちがパラストブルク王国での任務を終えて、自国に帰還して一月後。アルカナ傭兵団本部では緊急幹部会議が開かれていた。不測の事態が、それもかなり大きな問題に発展しそうな事態が起きたのだ。ノートメアシュトラーセ王国内ではなく、パラストブルク王国で。
 中央諸国連合にも影響を与えかねない事態。傭兵団だけでなくノートメアシュトラーセ王国としての対応を検討しなくてはならず、その為の会議がこのあと予定されているのだが、その前に詳しい事態を把握して、傭兵団幹部の間で認識を共有させておこうということだ。

「まずは反乱の状況ですが、報告では全国に広がっているそうです」

 パラストブルク王国でまた反乱が起こされた。しかも今度のそれは全国規模に拡大している。

「反乱の首謀者は何者だ?」

 それだけの規模にまで拡大させる力のある者が首謀している。ディアークはそう考えたのだが。

「これといった首謀者は現在のところ確認されておりません」

「……影に隠れているということか?」

「その可能性はあります。だた分かっている限りは、各地で扇動する者が出て、最初は小さな騒乱程度だったものが合流し、連携し、反乱と呼べる規模にまで拡大したという状況のようです」

 いくつもの騒乱が同時多発的に発生し、それがひとつの大きな流れとなった。前回の反乱では起こらなかったことが起きているのだ。

「扇動者が生まれたきっかけは?」

「ローデリカ=ナイトハルトです。どうやら彼女は日記をつけていたようで、その日記が、恐らくは前回の反乱に加わっていた者の仕業だと思うのですが、持ち出され、内容が世間に広まったようです」

「その日記には何が書いてあった?」

 きっかけはローデリカ。だが彼女自身が反乱を起こした時は、広がりを見せなかった。それがどうしてこうなるのか。その答えは日記の中身だ。

「反乱を起こしてから亡くなるまでの彼女の心情が書かれているようですが、それによって黒幕の存在が明らかになり、それが人々の怒りに火をつけたようです。当然、焚き付けた者はいるのですが」

「黒幕は……王太子で間違いないのか?」

 ヴォルフリックの推測についてはディアークの耳に入っている。ただ確かな証拠のない話であり、仮に本当に王太子が黒幕であったとしても、アルカナ傭兵団がどうこう出来ることではない。裏を取るような活動はしていなかった。

「日記の中には具体的なことは書かれておりません。ただ、その黒幕への愛情が感じられる記述があるようでして、ローデリカ=ナイトハルトとそういう噂のあった人物が誰かとなると、王太子の名があがるようです」

「恋人に反乱を起こすように焚き付けておいて、それが上手く行かないと見ると裏切った。その結果、亡くなった彼女は悲劇のヒロインか……それで反乱……」

 人々の怒りを生むには十分だ。だがそれが反乱にまで発展するかとなると、そこまでではないようにもディアークには思える。

「扇動者は名もなき者たちですが、その熱意はなかなかのもののようです。それに国王に対する反乱ではなく、非難している相手は王太子。参加している個々の人々に、そもそも反乱に加わっているという意識があるのかも微妙です」

「一つ一つは王太子を非難しているだけの小集団。ただ数が多すぎる為に、反乱と呼べるような規模になったということか……そうなるとパラストブルク王国はどう対応するのだ?」

 国家転覆を企んでいる集団ではない。それをパラストブルク王国がどう考えているか。どれだけの危機感を感じているか分からなければ、どう動くかの判断が出来ない。

「パラストブルク王国は国王の判断が全て。その国王がどう考えるかなのですが……ただ今回は王太子が絡んでいる話ですので」

「そうか。国王も前回の反乱の黒幕が王太子であると知ったのか。これは……読めないな」

 パラストブルク国王に王太子を処分するつもりはあるか。そうではなく王太子が黒幕であることを事実無根として、非難している人々を押さえ込むほうに動くのか。遠く離れた場所にいて推察出来ることではない。

「国王の判断の迷いが対応の遅れを生んでおります。時間の経過が人々の怒りの発散につながれば収束に向かうでしょうが、国王が抑え込めない力を持ったと国民が思うようになると、事態はパラストブルク国王にとって最悪なものになるでしょう」

「本当の意味での反乱か……軍部は?」

「まだ詳細はつかめておりませんが、揉めている様子です。国民に対する強硬策を訴えているのがニコラオス将軍。事実関係をはっきりさせた上で罪がある者には罰をと主張しているのがゴードン将軍です」

「……俺が知る二人の印象とは真逆の主張だな?」

 無条件に国民に刃を向けるなんて主張はニコラオス将軍らしくない。ゴードン将軍もそんなことは言い出さないが、彼の場合は国王の意向が全て。それが定まっていない状況で、自らの主張を訴えるのは珍しい。

「事実関係が明らかになって困るのはニコラオス将軍ですから。ただ、いつもと異なる展開があるのも事実。騎士たちの支持はゴードン将軍に向いているようです」

「……これまでとは何かが変わっている。それをもたらしたのはローデリカ=ナイトハルトの死か」

 本当にそれだけなのか。ディアークの心にそんな思いがよぎった。

「とりあえず今、明らかなのは、パラストブルク王国は他国との戦いに軍を出す余裕なんてないってことね?」

 割り込んできたのはルイーサ。不満を顔に表して、これを言ってきた。ヴォルフリックに任せた結果がこれ。その事実を批判しているのだ。

「そうなるだろうな」

「せっかくの特殊能力保有者も殺してしまったわ。首に縄をつけて引っ張ってくるぐらいすれば、それで良かったのに」

「愚者に任務を任せるように言ってきたのはルイーサさんではないですか?」

 ルイーサの言い様にアーテルハイドが文句を言ってきた。結果はルイーサの言う通りかもしれないが、アーテルハイドはクローヴィスから話を聞いて、ローデリカの最後を知っている。ヴォルフリックの判断を間違いだとは言いたくない。

「私はその結果、敵か味方かはっきりすると言ったの。今回の件で、少なくとも彼は傭兵団の為にならないのは明らかになったわ」

「そうかしら?」

「何?」

「それを判断するのはまだ早いと思うわよ」

 ルイーサの判断に異議を唱えてきたのはトゥナ。彼女がはっきりと人の意見を否定することは珍しい。

「……じゃあ、いつなら良いの? パラストブルク王国の結果が明らかになってから? その結果は彼の行いに関係ないわ」

「もっと先よ。彼女がこの先、どう生きていくか。それが傭兵団にどう影響するか見えてから」

「彼女……まさか、ローデリカ=ナイトハルトのこと?」

「そう。彼女は生きている。私のカードがそれを示しているの」

 ルイーサの前にはカードが広げられている。ローデリカの未来を視た結果だ。未来が視える。それはつまり、彼女にはまだ未来がある。生きているということになる。
 それを知って、トゥナのカードをのぞき込むルイーサ。ディアークとアーテルハイドも同じ行動をとっている。

「恋愛、実行、裏切り、転落、そして解放。彼女の運命はまだ途切れていない」

 カードをひとつひとつ指差していくトゥナ。三人にはカードが示すものなど視えない。彼女の言葉を聞くだけだ。

「先に何があるのよ?」

「何かしら?」

 こういってゆっくりとカードをめくるトゥナ。

「…………」

 そのカードを見て、ルイーサは息をのむ。現れた図柄は、愚者だった。

「……どういう意味かしら?」

「私に分かるはずないでしょ?」

「自由、始まり……解釈は色々だけど、私には視えない」

「そうか……視えないのか」

 トゥナの視えないという言葉に納得した様子のディアーク。未来視の能力を持つ彼女にも視えないもの。万能とはいえない能力であるので、それは珍しいことではないのだが、愚者のカードに結びつく存在となるとディアークに思いつくのはひとつ、一人しかいない。
 そこまで考えなくても、ディアークを除く二人の頭にも同じ存在が浮かんでいる。ローデリカの未来にはヴォルフリックが絡んでくる。そうとしか思えない。
 ただ問題は、それがアルカナ傭兵団の為になるのかという点。それは三人、トゥナを含む四人でも分からないことだ。

 

◆◆◆

 ノートメアシュトラーセ王国の都。その街の正門から伸びる大通りを一本入ったところに、その食堂はある。表通りに面していないこともあり、もともとは寂れた食堂であったのが、店の主が代わってから数か月で、街全体でも断トツの人気店となった食堂だ。
 かなり繁盛していたのだが、忙し過ぎて働く人がもたないという理由で営業時間を短縮。オープン時の混雑はさらにひどくなったのだが、それでも客足が途絶えることなく、人気店のままであり続けている。
 今は休憩時間。店は閉まっているのだが、女性客がひとりテーブルで座っている。その前に向かい合って座っているのはロートとエマだ。

「……この街には姿を現すべきではないのでは?」

「私の顔を知る人は、この国にはいません。彼以外には」

「そうかもしれないが……」

 この場所に現れることが迷惑なのだ。普通の食堂を装っているのに、怪しい人物が出入りしていると変な噂が立たないとも限らない。もっとも目の前に座るローデリカは、怪しいというより美人であるということで目立つ存在だが。

「これを彼に返したくて。長居をするつもりはありません」

 ローデリカが差し出してきたのは綺麗にたたまれた黒いマント。ヴォルフリックが彼女の体にかけたものだ。

「さすがに壁の中には入れないので、彼に渡して貰えますか?」

「わざわざこれだけの為に?」

「時間は有り余るほど出来ましたから。それに、彼の仲間という人にどうしても会ってみたかった」

 自分にはいなかった仲間。ヴォルフリックを支えている仲間がどのような人たちなのかローデリカは知りたかった。

「……貴女自身が彼の仲間ではありませんか?」

「えっ?」

 エマの言葉に驚くローデリカ。

「シュッツの炎は貴女を守った。彼の炎は彼自身と彼の仲間を傷つけることは決してない。貴女はすでに仲間なのです」

「私が彼の仲間……私に仲間……」

「貴女のお話は聞いています。私たちは貴女を裏切らない。貴女が仲間である限り、決して」

「……私は何をすれば?」

「好きなことを。それが間違っていることであれば、私たちは間違っていると言います。正しいことであれば応援します。見返りを求めるような関係は相手を苦しめるだけ。私たちはすでにそれを経験しています」

 見返りという意識はなかった。ヴォルフリックならなんとかしてくれる。彼に任せておけば大丈夫。そんな甘えがヴォルフリックを苦しめ、追い詰めていた。仲間の死がそれを気付かせてくれた。

「でも貴方たちは今も彼の側にいる。彼を支えられている」

「お互いに。貴女ともそうなれると思います。だって貴女は、同じ痛みを知っているから」

 微笑みを向けるエマ。その笑みを見て、ローデリカは涙が出てきた。彼女の言うような関係になりたいと、心から思えた。泣き出した自分に、さりげなく背中を向けたロートとも。二人の仲間たちとも。そしてもちろん、ヴォルフリックと。

「……しばらくはのんびりと過ごすつもりです。色々と旅をして、色々なものを見て過ごそうと」

 しばらく泣き続けていたローデリカであったが、気持ちが落ち着いたところで、また話し始めた。

「それも良いと思います。きっと今の貴女には休息が必要なのです」

「そのあとは……彼は私の戦いを終わらせると言ってくれました。でも私の戦いは、まだ終わっていないと思っています。彼は……私だけでなく、多くの人の戦いを終わらせるべきです。その為に、私も戦い続けようと思います」

「……はい。私たちもその時が来ると信じています」

「では、その時に」

 涙のあとをぬぐい、決意に満ちた表情で立ち上がるローデリカ。いつか来る戦いの時の為に生きることを彼女は決めた。次は信頼できる仲間たちと共に、意味のある戦いが出来ると信じて。