月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第28話 納得がいかない終わらせ方

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 討伐軍の陣地。そこから王都がある方角、西に少し戻ったところで街道を逸れると青々と木々が生い茂った森がある。その森の中。小さな灯りを囲んで、ヴォルフリックは報告を聞いていた。
 報告しているのはビトー。彼は王都での必要な情報収集を終えて、ヴォルフリックのもとにやってきたのだ、

「パラストブルク王国には改革派というのが存在する」

「なんだ、それ?」

「簡単に言うと、今の国の在り方を変えるべきという考えを持つ奴らの集まり。反国王派という表現が分かりやすいか」

「そんなものが……そいつらが反乱を唆したってことか?」

 反国王派ということであれば、反乱は望むところ。黒幕は確かに存在していたことがヴォルフリックたちも分かった。

「その情報はない。改革派の存在はなんとか突き止めたが、実態はまったく分かっていない。国王に逆らおうなんて奴らの組織だから、公にすることなんてないだろうからな」

「それでもよそ者のビトーの耳に入った?」

 絶大な権力を握る国王に逆らおうというのだ。存在が明らかになれば、すぐに潰されることになる。改革派に属する者がそうであることを公言することなどない。ではそんな表に出るはずのない組織の存在をどうやってビトーは突き止めたのか。

「何者かは分かっていないが、この数か月間の動きは見えた。具体的には、ナイトハルト男爵家の反乱の正当性を人々に広めようとしている」

「なるほど。まったく何もしていないわけでもないのか」

「それを行う中で存在が人々に知られていった。庶民の噂が国王の耳に届くなんて、よほどの状況になってからだろうからな」

 国王の耳に、その取り巻きの重臣たちの耳に届かなければ、組織に危険が及ぶことはない。届くくらいの事態になった時は、国王の立場のほうが危うくなっているはずだ。

「実際はどんな状況だ?」

「好意的ではある。同情する声も多かった。ただ、じゃあ、自分たちも反乱をなんてことにはなりそうもない」

「それはそうだ。誰か名が売れている奴、力のある奴がまず立ち上がって、そこに人々が集まる。そういうのが必要だろ?」

 だがそういう存在は誰も立ち上がっていない。改革派の誰も自ら立ち上がろうとはしていない。反乱を支援しようとしていたと聞いて、わずかに改善されたヴォルフリックの黒幕への印象は、すぐに元に戻ることになった。

「中心となる集団が……いや、もっと人の心が爆発するような何かが必要だな」

 核となる集団があれば、とビトーは考えたが、それだけでは足りないと思い直した。失敗すれば待ってるのは死。死の恐怖を吹き飛ばす熱気か狂気がなければ、一般庶民が立ち上がることなんてないと考えたのだ。

「……都に戻ったニコラオスは?」

 ニコラオス将軍は軍を握っている。反乱側とのなれ合いを部下にさせられるくらいに掌握している軍が。その軍が動けばなんとかなるのではないとヴォルフリックは考えた。

「国王に褒められて喜んでいたな。まあ、演技かもしれないけど」

「騎士や兵士は?」

「そこまでは。公の場に出るのは偉い奴だけだからな」

「それはそうか……でもそうだな。行動を起こすならすぐにだ。よほどの馬鹿でなければ分かるはず」

 討伐軍がゴードン将軍の指揮に替わり、さらにアルカナ傭兵団が加わっているのだ。反乱軍に勝ち目はない。短期間で決着がつくことは将軍にまでなった人物であれば分かるはず。事を起こすなら急がなければならない。だが王都では何も起きていない。

「これは俺の感覚だけど、国王に対する不満はかなり溜まっている。終わってもいないのに戦勝の宴を開く非常識さに憤慨する声は多く聞いた。反乱側を応援している気持ちもあからさまだったな。だがそこまでだ。王都には国を燃え上がらせるような熱はない」

「……事が動くことはないか」

 王都から事態が好転する見込みはない。王都で何も起きなければ、それ以外に期待出来ることはない。

「どうする?」

「……現地で終わらせるしかないだろうな。気分の悪い終わり方だ」

 野戦で少しでも敵戦力を削っておけば、最後に籠城された時の対処が楽になる。戦いの決着を先延ばしにする為に、こんな言い訳を使っていたのだが、さすがにゴードン将軍も焦れてきた。五度の戦いの様子を見ていれば、もう負ける気がしない。決着を求める気持ちが強くなっているのだ。これ以上の引き延ばしは難しい。それでもビトーからの報告に一縷の望みをつないでいたのだが、それも断たれた。
 もう終わらせるしかない。納得のいかない終わり方であったとしても。これ以上、引き伸ばしてもローデリカに希望はないのだから。

 

◆◆◆

 討伐軍との戦いはすでに五度に渡っている。戦況は常に劣勢。逆に、よくも五回も戦い続けることが出来ていると感心するくらいだ。その理由は分かっている。味方の頑張りではない。討伐軍が、正しくは討伐軍に加勢しているアルカナ傭兵団が手を抜いているからだ。
 ヴォルフリックとの戦いはいつもギリギリの攻防。全体としてはローデリカのほうが優勢で、相手も手を抜いているとは思えない。だがヴォルフリックはただローデリカを自分に引き付けておけば良いのだ。その間に数で劣る反乱軍は討伐軍に圧倒されてしまう。
 それでも決着がつかないのは、味方を守ろうとするローデリカの邪魔をヴォルフリックが行わないから。結果、反乱軍は崩壊を免れ、城に逃げ込むことが出来る。
 それを喜ぶ気にはローデリカはなれない。ヴォルフリックが何を考えているか分からないというのもあるが、戦闘の継続は彼女の精神を追い詰めるだけなのだ。
 戦いの最中にヴォルフリックから発せられた問い。それがローデリカの心を苦しめる。

「お前は何の為に戦っている?」

 まるで自分の心を見透かしたような問い。ローデリカはずっとそのことに悩んでいるのだ。父親を殺されたことへの復讐。きっかけはそうだった。だが果たしてそれが本当に反乱の動機なのか。国王を恨んだ。殺してやりたいと思った。だがそれだけで反乱を起こせるわけではない。
 男爵家に仕えていた人たちも怒りに震えていた。国王を許せないと叫んでいた人もいた。ナイトハルト男爵家は廃絶。行き場を失くした人たちの恨み言が尽きることはなかった。
 その怒り、恨みに方向性を与えたのは誰だったか。この国を変えようと言い出したのは誰だったのか。ローデリカの記憶にはない。気が付けば物事が動き出していた。

「大丈夫。改革の炎は一気に国中に広がる。貴女の行動がこの国の未来を変えるのです」

 あれよあれよという間に反乱の首謀者になっていたローデリカにこう語ったのは、ニコラオス将軍からの使者。王都にいる改革派はローデリカを支持すると告げられた。王太子の気持ちも変わっていないと。事が成功に終われば玉座の隣に座るのは、なんてこともほのめかされた。やるしかないと思った。
 時を稼げば良いのはローデリカのほうだった。反乱の機運が国中に広がることになれば、それを押さえることが出来るのは改革派。その改革派の旗印である王太子だけだ。現国王は退陣し、王太子が後を継ぐ。腐敗した大臣、役人は一掃され、改革派が代わりにその席を占め、この国は変わる。そのはずだった。

「改革の炎……そんなものはどこにあるの?」

 反乱の機運は全く広がっていない。周辺の街や村に住む人々は応援していると言うだけで、自ら何かをすることはない。争いがあれば避け、平穏が戻れば日常を過ごすだけ。誰も火の粉が自らの上に降りかかることなど求めていない。

「私はいつまで戦えば良いの? 誰か教えてよ」

 教えてくれる人は誰もいない。死の恐れを口にすることも出来ない。反乱に加わっている人たちにとってはローデリカだけが頼り。彼女が頼れる人は誰もいない。いなくなった。こう思うのは未練。初めから頼るべき人などいなかったのだ。
 夜が明ければまた戦いが待っているのか。その時が早く来てほしいと望む気持ちと、永遠に来なければ良いと思う気持ちが交差する。求めているのは終わりの時。だが次の戦いがそうだとは限らないのだ。
 窓の先には討伐軍の陣地。篝火の光だけがかろうじて見えている。それだけでは戦いがあるかなど分からない。分かるはずがない。

「……えっ?」

 窓辺を離れようとしたローデリカの目に篝火とは異なる光が映った。まるで流れ星のように夜の闇を切り裂いた光。だが、それが流れ星でないのは明らかだ。光は地上から空に向かって飛んだのだから。
 不意に瞳から涙がこぼれてきた。辛くて、苦しくて、死んでしまいたいと思う時もある毎日であったのに、泣いていなかったことにローデリカは気がついた。

 

◆◆◆

 鳥の鳴き声が耳に届く。ここが戦場であるとは思えない静けさだ。陣地を出て戦場に進み出てきた討伐軍であるが、反乱軍とは距離を取ったまま動かないでいる。それは反乱軍の側も同じ。城を出て陣形を組んだまま、動く様子はまったくない。
 いつもとは異なる戦場の様子。そうなったのはヴォルフリックがゴードン将軍に告げた言葉のせいだ。

「今日で終わらせる。だから黙ってみていろ」

 これまでとはまったく異なるヴォルフリックの態度。それにゴードン将軍は文句を言うことなく、こうして大人しく従っている。ヴォルフリックが発する何かに気圧されてしまったのだ。
 討伐軍が沈黙を守る中、ひとり動いているのはヴォルフリック。剣の持ち手に巻いていた布を新しいものに張替え、握り心地を確かめながら剣を振る。それを終えると今度は防具。動きを確かめながら締めるところは締め、緩めるところは緩めていく。いつもとは異なる入念な準備。今日の日が特別なのだと周囲に分からせた。
 最後に足首に巻かれていたバンドを外して、立ち上がったヴォルフリック。

「行ってくる」

 こう言って外したものをブランドに渡すヴォルフリック。それを見たクローヴィスは慌てている。ヴォルフリックが逃亡防止の魔道具を外してみせたと思ったのだ。

「心配しなくてもこれは違うから。勘違いして変なことしないでよ?」

「……あ、ああ」

 ではそれは何なのか。それを尋ねることをクローヴィスはしなかった。そんなことはあとで確認すれば良い。すでにヴォルフリックは戦場の中央に向かって歩いている。今はそんなことを気にしている時ではないのだ。
 反乱軍からも一人進み出てきた。離れていても誰だかは明らか。ローデリカだ。彼女のほうもマントを身に着けた正装姿。こうなるのを知っていたことがそれで分かる。

「……始めるか。終わりの始まりを」

「終わらせることが貴方に出来るのですか?」

「それはやってみないと分からない。出し惜しみはするなよ? 今日は仲間の為に力を残しておく必要はない」

 ローデリカはいつも余力を残して戦っていた。仲間を守る力を残していたのだ。それは今日は必要ない。二人だけの戦いで終わらせるつもりなのだ。

「……それでは終わらないかもしれませんね」

「どうかな?」

 ヴォルフリックの体がゆらりと揺れた。そうローデリカが思った瞬間、頭上から剣が襲いかかってきた。それを大きくのけぞって躱すローデリカ。バランスを崩すと思われたが、地面に倒れることなくその体は大きく横に跳ぶ。ヴォルフリックの剣が斬ったのはわずかに残っていた水しぶきだけだった。

「……出し惜しみしていたのは貴方もでしたか」

「こっちは逃げていれば良いだけだった。そうしないと不公平だろ?」

「……少し頭にきました」

 手を抜かれていた。ヴォルフリックの意識は少し違うのだが、ローデリカはそう受け取った。その事実は武人として許せないものだ。

「それが良い。最後くらいは自分の為に戦ってみろ」

「私は戦っている!」

 間合いがあるままに剣を振るうローデリカ。届くはずのない剣だが、その剣先から伸びた水刃がヴォルフリックに襲いかかる。体を沈めてそれを躱すヴォルフリック。その姿勢から一気に前に飛び出すとローデリカの足に向かって、剣を薙いだ。
 地面に自らの剣を突き刺して、それを受け止めたローデリカ。空いた片手が地面に向かって振るわれる。横に転がったヴォルフリックのすぐ脇で衝撃音が響いた。球体になった水が地面に叩きつけられたのだ。

「……刃になったり、球になったり。なんでも有りだな」

 ローデリカは水を自由自在に操っている。その点は自分よりも上だとヴォルフリックは認めざるを得ない。

「仲間を守る為に私は努力を続けてきた。その努力は無駄ではないわ!」

「まだそんなこと言っている! 俺は自分の為に戦えと言っている!」

 ローデリカから放たれた太い水流。これまで軍勢に向けて放たれていたそれをローデリカはヴォルフリックにぶつけてきた。大勢を一度に吹き飛ばすほどの水流だ。
 それがヴォルフリックの体に達する前に炎が天高く吹き上がる。

「私は自分の為に戦っている!」

「そうやって無理やり、思い込もうとするな!」

 まるで二匹の龍が舞っているかのように空中で絡み合う水と炎のうねり。その下でヴォルフリックとローデリカは剣を合わせている。特殊能力保有者同士の戦いの凄まじさを、見ている者たちは思い知った。

「思い込んでなんていない!」

「そうやって否定することが思い込んでいるってことだ!」

 空中で弾け飛んだ火龍と水龍。ヴォルフリックとローデリカの動きは止まらない。水刃が宙を舞う。それを遮る炎の球。多くの水刃と炎球が周囲で舞い飛ぶ中、目にも留まらぬ速さで剣を振るい続ける二人。

「仲間の為に戦うことの何が悪い!?」

「悪いとは言っていない! それが本当の仲間の為の戦いならな!」

 振るわれたヴォルフリックの剣。それを大きく後ろに跳んで避けたローデリカ。

「あっ……」

 だがその体は、強い衝撃を受けて、さらに後ろに吹き飛ぶことになった。受け身を取れないままに地面に叩きつけらたローデリカ。

「……ぐっ……は、はあ……」

 その衝撃で肺から一気に空気が抜けていく。
 苦しげな、声にならない息。それでもローデリカは立ち上がろうと動き出す。横に転がり、うつ伏せの姿勢から腕の力で上半身を起き上がらせる。さらにゆっくりと膝を立て、その膝に両手をおいて体を起こしていく。
 その様子をヴォルフリックをじっと見つめていた。

「……お前は何のために戦っている?」

「……私は……私は……仲間の為に……」

「もしその仲間が本当にお前にとって大切な人であれば、それは自分の為の戦いだ。その人を守ることが自分の為。お前は本当にそう思えているか? お前の言う仲間はそんなお前の支えになっているか?」

「…………」

 ヴォルフリックの問いに答えたのは、ローデリカの両瞳からこぼれ落ちた涙。彼女にそんな仲間はいない。誰も彼女を支えてはくれなかった。

「俺がお前の戦いを終わらせてやる。お前はもう、信じられない他人の為に傷つく必要はないんだ」

「……貴方が?」

「ああ、俺が。俺には救ってくれる仲間がいた。不公平だろ? だからせめて、終わらせるくらいはしてやる」

「……あ、ありがとう」

 ローデリカの足元から立ち昇った炎が彼女の全身を包み込んでいく。彼女が待ち望んでいた終わりの時が訪れたのだ。
 敗北の時。戦いの終わり。それを待ち望んでいた彼女がいる一方で、そんな時が来るとは思っていなかった者たちもいた。反乱軍に参加していた人たちだ。

「……ま、負けた」

「ローデリカ様が……ローデリカ様が!」

 彼らの支えはローデリカただ一人。最後は彼女がなんとかしてくれると思っていた。その支えを失った彼らの動揺をおさえるものはいない、はずだった。

『逃げるな! 逃げることは俺が許さない!』

 戦場に響き渡った怒声。城壁が震えたかと錯覚するほどの、物理的圧力さえ感じてしまうような声。それと同時に反乱軍の背後に炎の壁が立ち上がった。それを見て、さらに心の動揺を強める反乱軍。

『目を逸らすな! 彼女の死に様を見届けろ! お前達にはそうする責任がある!』

 続くヴォルフリックの言葉に多くの者がその動きを止められた。怯える気持ちは先程よりも強まっている。だがその気持が彼らの足の自由を奪っていた。

『彼女は誰の為に戦った!? そして誰の為に死んでいく!? お前たちの為じゃないのか!?』

 ヴォルフリックの言葉が人々の心を締め付ける。

『お前たちは彼女の為に戦ったのか!? 彼女の為に死ねたのか!? 彼女を追い込んだのはお前らだ! 彼女に全てを背負わせた! 彼女の苦しみを理解しようともしなかった! だったら、せめてっ! 彼女の最後くらいは見届けろっ!!』

 ヴォルフリックの言葉が人々の心に問いかける。彼らが犯した罪を知らしめる。ローデリカは誰の為に戦ったのか。自分たちは誰の為に戦ったのか。はたしてそれはこれまでのように誇れるものなのか。明らかなのはこのままでは、この国は変わらないということ。彼女の死は意味を持たないということ。
 ゆっくりと地面に倒れていくローデリカの体。その体にヴォルフリックはまとっていたマントをかけた。彼女の体を覆っていた炎はすでに消えている。
 そこに近づいてきたのは一人の兵士。その兵士は大事そうに、マントにくるまったままの彼女の体を抱えると戦場から離れていこうとしている。ヴォルフリックはその場にとどまったまま。それを咎める様子はない。

「……将軍閣下。よろしいのですか?」

 ローデリカの遺体が敵に持ち去られようとしている。反乱の首謀者であるローデリカの遺体だ。戦果を証明する為に王都に運ぶべきものだ。

「……貴殿は私に、焼け焦げた女性の体を人々の目に晒せと言っているのか?」

「えっ、あ、いえ、それは……」

 ゴードン将軍の返答は部下にとって想定外のもの。彼が求めると思ったからこそ、部下は進言したつもりだったのだ。

「口だけ将軍。口先だけで上り詰めた奇跡の将軍。私に対する評価は知っている」

「…………」

「そう言われても仕方のない行いをしてきた自覚もある。だがな、それでも私は武人のつもりだ。一武人として、誇りある戦いを終えた戦士を辱めるような真似は出来ん」

「……し、失礼しました!」

 部下が初めて知るゴードン将軍の一面。何故、これを普段から見せないのかという疑問も生まれている。

「……ナイトハルト男爵も尊敬すべき武人であった。決して私では届かない憧れの存在であった。そして……その娘もまた尊敬に値することを知った。我々はその二人の死に敬意を表するべきではないか?」

「……はっ! 承知しました!」

 ゴードン将軍の言葉を受けて、駆け出していく部下たち。整列と叫ぶ声があちこちから聞こえてきた。四列横隊で隊列を整えた討伐軍。

『気をつけぇっ!!』

 騎士の号令が響き渡る。

『ナイトハルト男爵とローデリカ嬢の名誉ある死に! 捧げぇええええっ! 剣っ!!』

 号令に合わせて、一斉に自らの剣を抜き、顔の前に立てる騎士たち。最敬礼で二人の死に敬意を表しているのだ。

「……この件は陛下に知られないように箝口令をしいておくように」

「はっ?」

 ゴードン将軍は、彼らしい言葉を残して、部下から離れていく。目指す先はクローヴィスたちのところだ。

「凄いものだな。アルカナ傭兵団には彼のような戦士が沢山いるのか」

「えっ……ああ、はい」

 ヴォルフリックに限らず、特殊能力保有者の本気の戦いを見たのはフィデリオも初めてのこと。他の上級騎士の実力など分からないのだが、こう思われていたほうが良いと判断して、肯定を返した。

「しかし、あの若さで……私が国王であればパラストブルク王国軍全てを任せたいと思うくらいだ……おっと、今の発言は口外はなし、ということで」

「……はい」

「戦後処理がある。本人への礼はあとにさせてもらおう。君たちもご苦労だった」

 これを告げてゴードン将軍はクローヴィスたちから離れていく。反乱の首謀者であるローデリカは亡くなった。反乱軍は完全に戦意を喪失している状態だ。だがまだ終わりではない。捕らえるべき者は捕らえ、城の接収も行わなければならない。パラストブルク王国の討伐軍はまだ忙しいのだ。
 それにヴォルフリックたちアルカナ傭兵団の出番はない。彼らの任務は依頼主への報告を残すだけ。喜びの少ない、苦い結果で終わることになる。