月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第27話 火は水に弱いってのは間違い

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 ゴードン将軍が軍を率いて進発する前に、ヴォルフリックたちはナイトハルト男爵領に向かっている。ニコラオスにこれまでの戦いについての詳細を聞きたいというのが、先発した理由だが、それは口実に過ぎない。ゴードン将軍と長く一緒にいたくないというのが本当の理由だ。ゴードン将軍は、愚王と評されているパラストブルク国王が気にいるような人物だ。ヴォルフリックが好むはずがない。長く一緒にいれば、どこかでヴォルフリックが切れて、衝突していまうかもしれない。それを避けようというのだ。
 これについてはクローヴィスも理解出来た。彼の目から見ても、ゴードン将軍は口だけで出世したのだろうと思ってしまうような好ましくない人物なのだ。ただ分からないのは、何故、ヴォルフリックがそんな人物を共に戦う相手として選んだのか。ニコラオスが反乱側に通じていることは、すでに聞いているが、それでも納得出来なかった。

「優れた敵よりも恐れるべきは無能な味方? へえ、クローヴィスも辛口だね?」

 クローヴィスはヴォルフリックの意図を本人に直接聞くのではなく、ブランドに尋ねた。ヴォルフリック本人は、ずっと不機嫌さを隠さないでいるので話しかけづらいのだ。

「実際にそういう人物だ。そんな人物を何故、ヴォルフリック様は引っ張り出したのだろう?」

「他にいないからじゃない?」

「序列は下かもしれないが、他にも将軍はいる。別の将にも手柄をあげさせる機会を、という言い方も出来たはずだ」

 ヴォルフリックは、いきなりゴードンを代わりの将とする方向に話を進めた。話の方向を自分の望む通りに持っていくヴォルフリックに、クローヴィスはかなり驚いたが、そうであるからこそ別の将軍を立てることが出来たのではないかと考えてしまう。

「その将軍が信用出来るとは限らないよ?」

「それはそうかもしれないが……」

「選ぶ基準を間違っている。ヴォルフリックが求めているのは本気で戦う将軍。それを証明しているのはあの人だけだってことだよ」

 ゴードン将軍は反乱軍と本気で戦った。その実績がヴォルフリックに代わりの将として選ばせたのだ。能力など関係ない。

「……強攻に出るのだな?」

「そうしないと終わらない」

「かなりの犠牲者が出る」

 反乱を早期に鎮圧するには正しい選択だとクローヴィスも思っている。だが、反乱側には多いに同情する面がある。そんな気持ちもあるのだ。

「彼らはヴォルフリックを怒らせた。自業自得だよ」

「……あれは誰に対して怒っている?」

 ずっとヴォルフリックは不機嫌だ。あまりに不機嫌過ぎて、何を怒っているのかも聞けないくらいに。ヴォルフリックと知り合ってから、ここまで怒りの感情を長く露わにしている彼を見るのは、クローヴィスは初めてだった。

「人に全てを背負わせて、自分たちは安全な場所で傍観しているだけの奴ら。ヴォルフリックがもっとも嫌う存在だね」

 常に手を汚すのは、その代償を払わされるのも裏の人間。本当の悪党である表の奴らは一切傷つくことなく、何もなかったことにしてしまう、かつて軍法会議の場でヴォルフリックが口にした台詞。その時もヴォルフリックは怒りの感情を露わにした。それと同じなのだ。

「それは誰?」

「反乱側にいる騎士たち。討伐軍の奴ら。王都にもいるね。本当はそいつらを全員、表舞台に引き出して、反乱側に追い込みたいのだろうけど、良い策が思いつかなかったのだろうね。機嫌が悪いのはこれもあるかな?」

「……背負わされているのは?」

「全部聞かないと分からない?」

「……反乱の首謀者とされているローデリカ=ナイトハルトか」

 表舞台に出ている人物で、必ず代償を払わされることになるのが誰かとなると、この名前が出てくる。

「実際に僕はその人を見ていないから勝手な推測だけど……もしかしたらヴォルフリックは昔の自分を見たのかもしれない」

「昔の自分?」

「ヴォルフリックは全てを背負っていた……僕たちが背負わせていた。それに気付いてもいなかった。どれだけ苦しい思いをしているか、僕たちは考えることもしなかった……」

 遠い目をしてクローヴィスの問いに答えるブランド。実際には答えを返している意識はない。自分たちの犯した過ちを思い出して、悔やんでいるのだ。

「それを気づかせたのは仲間の死……シュバルツはそれを自分の責任だと思い込んだ……僕たちがどれだけそれは違うと言っても、凍りついてしまったシュバルツの心を溶かすことは出来なかった……僕たちは……無力だった……」

 ヴォルフリックの呼び名が変わっている。クローヴィスとフィデリオはそれに気付いて視線を交わしたが、何も言うことなく黙って話を聞いている。ヴォルフリックとブランド、仲間たちの間に何があったのか、続きを聞きたかった。

「仲間だなんて言う資格は僕たちにはなかった……そうだね。きっと今の彼女の周りにも仲間なんていないのさ」

 だが残念ながらブランドは我に返って、話を終わらせてしまう。

「……教えてほしい。ヴォルフリックは、その、どうやってその状態から立ち直ったのだろう?」

 ダメ元で話の続きを求めるクローヴィス。

「ああ……ある人がいてね。争いには無縁で、守られるべき存在であるはずのその人が動いた。柄にもなく、えげつない策を考えてね。仲間を殺した奴に復讐した」

 少し考える様子を見せたブランドだが、クローヴィスの問いに、今度は意識して答えてきた。

「それで立ち直った?」

「ヴォルフリックがいなくても、こんなことが出来る。どう? 驚いたって……それでヴォルフリックも僕たちの力を認めて、全てを背負い込むことをやめた」

「そんな説得を……」

「ということになっているけど、立ち直った理由は違うと僕は思うよ。自分が腑抜けのままだと、その人はまたとんでもないことをしてしまうかもしれない。きっと、そう思ったんだよ。僕たちを頼るようになったのは、そのあとだね」

 ヴォルフリックには心の支えがいた。どのような状況であっても優先すべき人がいた。その存在がヴォルフリックを救ったことをブランドは、他の仲間たちも分かっている。自分たちもそういう存在になりたかった。そう思った結果、今があるのだ。

「……ヴォルフリックはローデリカ=ナイトハルトをどうしようとしているのだろう?」

 ヴォルフリックが過去の自分とローデリカを重ねているのだとすれば、今後の展開はどうなるのか。助けようとしているのだとクローヴィスは思っているが、その方法が思いつかない。
 反乱の首謀者を助けることと、反乱を鎮圧させるという任務が成り立つとすれば、それは彼女を説得して戦いを止めさせること。では、そのあとは。
 首謀者を逃がすような決着を、依頼主であるパラストブルク国王が納得するはずがない。失敗と評価されることを覚悟して、ヴォルフリックはそれを行うのか。

「その答えを僕は持っていない。多分、ヴォルフリックも」

「そうであるのに、こんな大きな動きを?」

「終わらせる方向には進んでいる。あとはどういう終わらせ方にするかだね」

 ローデリカにどのような決着が待っているかは分からない。どのような終わり方が彼女にとって望ましいかなど、本人ではないヴォルフリックたちには分からないのだ。
 今進んでいるのは、どうにも気に入らない歪みを正すこと。それをもたらした者たちの関わりを排除することだ。

 

◆◆◆

 ナイトハルト男爵領に到着してからも物事の動きは早い。これはもっぱら、汚名返上の機会を得たゴードン将軍が張り切っているからだが。到着翌日には陣地を出て戦場に向かう討伐軍。それに対して反乱側も城を出て、野戦を挑んできた。情報通りの展開だ。
 討伐軍一千に対して反乱軍は半分の五百。これも情報通り。だがそれを知ったヴォルフリックはまた不機嫌になっている。

「……あれは何を怒っている?」

 小声でヴォルフリックが怒っている理由をブランドに尋ねるクローヴィス。

「敵が増えていないから」

「それで何故、怒る?」

 敵の数が少ないことは良いことだ。怒るどころか喜ぶべきことだとクローヴィスは思う。

「元いた討伐軍から移った人が誰もいないってことでしょ?」

「……なるほど」

 討伐軍を率いていたニコラオス将軍は、反乱側と通じているとヴォルフリックたちは考えている。そうであれば、この先は手抜きのない戦いに挑まなければならない反乱側の戦力増強に協力してもおかしくない。だが、そうはなっていないのだ。

「倍の敵と戦っても勝てると思っているのかな? 言い訳に使うとしても苦しいね」

 ニコラオスが反乱勢力に通じていて、それで援軍を送らなかったすれば、それは見捨てたということ。ヴォルフリックたちがいると睨んでいる黒幕はそれをどう考えるのか。

「では将軍。今日のところは小手調べ。以前の戦いで将軍が手に入れた貴重な情報に変化はないか、改めて確認するということでよろしいですね?」

「ああ。拙速は味方を損なうだけ。序盤は慎重に事を進めるべきと考える」

「さすがは将軍。部下を思うその気持ちは見習いたいと思います」

 聞こえてきたのはヴォルフリックとゴードン将軍が話している声。ヴォルフリックであることは間違いないのだが、クローヴィスは耳を疑ってしまう。

「……さっきまでの不機嫌はどこに? それに、あの態度は……」

 先ほどまで不機嫌さはどこにいってしまったのかという雰囲気、だけでなく嫌いなはずのゴードン将軍にどうしてあんな態度を見せられるのかクローヴィスは不思議だった。それを行っているのは、あのヴォルフリックなのだ。
 ゴードン将軍との話し合いを終えて、戻ってくるヴォルフリック。すでにその表情は不機嫌なものに戻っている。

「始まる」

 開戦間近。それをヴォルフリックは伝えてきた。

「そのまま戦うのですか?」

 そのヴォルフリックにやや戸惑った様子で問い掛けたのはフィデリオだ。

「……油断しているつもりはない。もちろん敵を過小評価しているつもりも」

「そうであれば良いのですが」

「動くぞ」

 フィデリオとの会話を終わらせて、前方に視線を向けるヴォルフリック。討伐軍は両翼が前進を始めている。それに遅れて、ヴォルフリックたちがいる中央も前に進み出る。討伐軍を囲むような動きだ。実際にゴードン将軍の狙いは包囲。数の優位を生かそうという戦術だ。
 一方の反乱軍は方陣を組んだまま動かないでいる。盾を隙間なく並べて、守りの姿勢だ。そう見えるだけだが。

「出た!」

 こう叫んで、前方に駆けていくヴォルフリック。ブランドたちもそのあとに続く。
 その間に反乱軍から、接触寸前だった討伐軍右翼への攻撃が始まった。鞭のようにうねっているのはローデリカが放った水流。それが討伐軍の最前線にいる兵士を飲み込んでいく。
 隊列を乱す討伐軍右翼。その隙間をさらに突撃してきた反乱軍がこじ開けていく。徐々に混乱が後方に広がっていく。それを止めたのは空に向けて立ち昇った炎だった。宙を流れる水流と交差したその炎。討伐軍右翼に届くことなくローデリカの攻撃は消えた。

「……止められた?」

 それを見て呆然とした表情のローデリカ。

「水であれば火に勝てると思っていた?」

「……貴方が火を使うことは今、初めて知ったわ」

「そうか。教えてないからな。ちなみに使うのは火だけじゃない」

 鋭い踏み込み。それにわずかに遅れてヴォルフリックの体が前に飛び出していく。甲高い金属音が周囲に響き渡る。ヴォルフリックとローデリカの剣が交差した音だ。

「私も剣を使うわ」

「知ってる」

 自らの剣を押す力を緩め、ローデリカの力を使って後ろに跳ぶヴォルフリック。その足が地についた、と見えた瞬間、また体が、今度は地面を這うように前に飛び出していく。
 大きく後ろに跳んで、地面すれすれに振られたヴォルフリックの剣を躱すローデリカ。そのあとを追うように、軌道を変えたヴォルフリックの剣。その変化に、ローデリカの反応はコンマ数秒遅れた、はずだった。
 剣を大きくはじかれたヴォルフリック。さらにほぼ百八十度軌道を変えたローデリカの剣が襲い掛かる。宙に舞う黒い髪。それだけを残して、ヴォルフリックの体は後ろに跳んだ。

「……加速した?」

 ローデリカの剣は予測を超える動きを見せた。それにクローヴィスは戸惑っている。

「よく躱せたわね?」

「たまたまだ」

「そう……次はそうはいかないから」

 剣を構えるローデリカ。その姿を、瞬き一つすることなく、ヴォルフリックは見つめている。鋭い踏み込みで前に出てくるローデリカの体。それにわずかに遅れて振り下ろされてくる剣。その剣に自らの剣を合わせようとしたヴォルフリックだが、それよりも前に炎が吹き上がった。
 目の前を通り過ぎるローデリカの剣。ヴォルフリックの体は大きく後ろに跳んでいた。

「……そういう使い方もあるのか。炎でも出来るのかな?」

 ローデリカの剣が加速する秘密は、彼女の特殊能力である水。剣から噴き出す水流が加速を生んでいたのだ。

「あなた……その能力……」

「次は完璧に躱す……と言いたいところだが、今日は終わりかな?」

「逃がさないわ」

「逃げているのは、そっちのお仲間だ」

「えっ?」

 ローデリカがヴォルフリックと対峙している間に、反乱軍は押し込まれていた。もともと数は半分。その数の不利をローデリカの特殊能力で補っていたのだが、彼女がヴォルフリックに抑え込まれてはどうにもならない。初めから分かっていた結果だ。
 もちろん、ヴォルフリックが互角に戦えればという条件付きだが、それも彼女には不利。ヴォルフリックは負けないように戦って、とにかく時間を稼いでいればそれで良いのだ。

「どうする?」

「くっ……」

 仲間を助けに行かなければならない。だがその隙をヴォルフリックに突かれたら。決断に迷うローデリカ。

「……やっぱり、そうくるか」

 最終的に彼女が選択したのは、仲間を助けること。ローデリカが放った水流が討伐軍の行く手を阻む。それで出来た反乱軍との隙間に彼女は飛び込んでいった。

「……追わないのですか?」

 いつの間にか側に戻ってきていたクローヴィスが問いかけてきた。

「それで仲間を助けるのに必死な彼女の隙を突いて殺し、それで終わり? 反乱は鎮圧。この国に平和が戻る。生き残った人々はその平和を喜ぶわけだ」

「……恐らくは」

「……今日の戦いは俺の負け。このままで終われるか」