月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第22話 また、さらに気の進まないお仕事です

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 西のベルクムント王国と東のオストハウプトシュタット王国。この二大国にまとまって対抗する為に中央諸国連合は出来上がったのだが、ノイエラゲーネ王国がベルクムント王国の謀略に協力したように、必ずしも一枚岩とは言えない状態だ。それぞれ自国を存続させるにはどうするのが一番であるかを考えている。その考えは中央諸国連合加盟国の全てで統一されたものではない。それどころか各国の内部でも意見は割れている。アルカナ傭兵団がどれだけ頑張っていても、各国が感じる二大国の脅威は薄れていないのだ。
 しかも中央諸国連合が抱える問題はそれが全てではない。加盟国固有の問題でありながら、連合に影響を与える可能性がある。そんな面倒ごともアルカナ傭兵団に持ち込まれることがあるのだ。
 パラストブルク王国で起きている問題もそのひとつだ。

「ちょっと待ってください! 本気で言っているのですか?」

 傭兵団の定例会議の場で、アーテルハイドは慌てている。ルイーサの発言に驚いているのだ。

「会議の場よ? 本気に決まっているでしょ?」

 その会議の場で、いつもルイーサはふざけた発言をしているのだが、本人にその自覚はないようだ。

「パラストブルク王国の案件について、理解しているのですか?」

「馬鹿にしないでよ。ちゃんと分かった上で、愚者に任せたらどうかと言っているの」

「反乱側についてしまう可能性を否定できません」

 パラストブルク王国からの要請は反乱鎮圧。だが単純に、反乱側が悪で、それを鎮圧するパラストブルク王国が正義とは言い切れない内容なのだ。そうであるからアルカナ傭兵団は要請を放置してきた。中央諸国連合の結束を守る為にはパラストブルク王国の要請を受けるべき。だがそれを行うことで傭兵団の評判が落ちるのを恐れていた。

「そうなったら愚者は敵。速やかに討伐するべきね」

「……何を考えているのですか?」

 ルイーサは当初、ヴォルフリックに肯定的な考えを持っていた。少なくともアーテルハイドはそう感じていた。だが今の発言は非情さを感じさせるものだ。

「敵か味方かはっきりさせるべき。そう考えているの」

「追い込んで敵に回そうとしているように思えます」

「そんなことは考えていないわよ。傭兵団の一員として命令に忠実であるか、そうでないか。これを確かめるだけじゃない」

「それが……彼らは四人しかいないのです」

 その選択を求めることが追い詰めることになるのではないか。この言葉をアーテルハイドは飲み込んだ。これを口にしてもルイーサが考えを改めないのは明らか。彼女は分かっていて、選択を迫ろうとしているのだ。

「国丸ごとを相手にするのではなく、敵は一貴族家の軍よ。対応出来ない数ではない」

「率いているのは特殊能力保有者です」

「それが何? 他の任務でも敵に特殊能力保有者がいないわけではないわ」

「……結果がどうであろうと一人失うことになります」

「味方にならないのであれば、いないも同じ。敵か味方かはっきりさせるべき。こう言ったでしょ?」

 反乱側にいる特殊能力保有者に、傭兵団はアプローチをかけていた。だが、相手はそれを受け入れないままに、反乱を起こしてしまった。そのあとも接触を試みているが、相手からの反応はない状態だ。
 ルイーサはヴォルフリックだけでなく、その相手にも選択を迫ろうと考えているのだ。

「……討伐が成功した場合の影響は考えられているのですか?」

「それは貴方の仕事でしょ? 私に分かっているのは、今のままでは反乱を口実にしてパラストブルク王国は軍を出さないということ。ひとつ認めれば、他にもそんな国が出るかもしれない」

 ベルクムント王国は謀略の類だとしても大きな動きを見せた。それが発覚したと分かったあとで、どのような動きに出るか。本格的な侵攻を開始する可能性は低くない。その戦いに勝つためには、離脱する連合加盟国はあってはならないとルイーサは考えている。

「……それを考えているのであれば、確実に反乱を収められるチームに命じるべきではありませんか?」

 ルイーサの考えはアーテルハイドも、ひとつの選択肢として、理解出来る。だがその選択を取るのであれば、確実に任務を成功出来るチームを選ぶべきだ。わざわざ敵に寝返る可能性のある愚者を選ぶ必要はない。

「ベルクムント王国との戦いが始まったら、愚者はどうするの? 重要な場所を任せられる?」

 ベルクムント王国との戦いが始まれば、総力戦となることが予想される。その時にヴォルフリックをどう扱うのか。その戦いでヴォルフリックが裏切ることをルイーサは恐れているのだ。これがルイーサが結論を求める一番の理由だ。

「……団長」

 ルイーサの意見を否定しきるだけの理由をアーテルハイドは見つけられなかった。そうなればあとはディアークに決断を求めるだけ。

「……良いだろう。愚者に命令を出せ」

「……承知しました」

 ディアークの口から出たのはルイーサの意見を認める言葉だけ。その理由は語られなかった。そのまま部屋を出ていってしまうディアーク。アーテルハードにはその本心が見えない。

「……もう一度、聞きます。何を考えているのですか?」

 見えていないのはルイーサの本心も同じ。アーテルハードはもう一度、同じ問いを向けた。ディアークのいない今なら違う答えが聞けるかもしれないと考えたのだ。

「私が考えているのはただひとつ。団長を大陸の覇者にすることよ。私にはそれしかないの」

「ルイーサさん……」

 想いは同じ、とはアーテルハードは口に出来なかった。自分を見つめるルイーサの瞳がそれを許さなかった。目的は同じであっても想いの強さは違う。アーテルハードにはディアークの他にも大切な人、家族がいる。ルイーサが持たない家族が。

「その為に使えるものは使う。使えないものは捨てる。邪魔するやつは消し去る。それだけよ」

 これを言って、ルイーサも部屋を出ていく。
 ルイーサにとってはディアークが全て。彼を覇者にすることだけを考え、他の何も望まないで生きてきた。女性としてのディアークへの想いさえ、押し殺して生きてきた。目的を諦めることは人生を捨てることと同じなのだ。

「……彼女も時間がないことを感じているのよ」

「時間がない?」

「冷静になって考えれば誰でも分かる。大陸を制覇しようと思えば、少なくとも中央を手に入れておかなければならなかった。でも今の私たちは連合をひとつにまとめることにさえ、四苦八苦している」

「トゥナさん……?」

 トゥナが口にしたのは自分たちの夢の実現を否定する言葉。アーテルハードにはそれが信じられない。

「もし今の状況から一気に事を進めることが出来るとすれば……ごめんね。これも視えないままに口にしている言葉なの」

「……いえ」

 現状を打破することが出来るとすれば、それは自分たちの常識を打ち破る力を、考えを持つ者。無謀、愚行と思われるような行動を平気でとれる人物。
 はたしてそうなのか。それで良いのか。アーテルハードには判断がつかない。頭で考えて分かることではない。そういう存在であるから現状を打ち破れるのだ。

 

◆◆◆

 愚者に対する新しい任務の命令は、速やかに発せられることになった。パラストブルク王国の要請を受けると決めたからには、決着は急ぐ。ベルクムント王国との戦いはいつ始めるか分からないのだ。
 その命令を受けて、愚者のメンバーはヴォルフリックの部屋に集まっている。任務の詳細情報について共有する為だ。それを説明する役目はクローヴィス。彼が語っているのは命令書にはない情報も含まれている。

「反乱の経緯についてお話します。事は反乱の首謀者とされている人物の父親が殺されたことから始まっています。殺したのは……パラストブルク王国。国王の命令によるものであることが分かっています」

 やや躊躇いながら反乱が起きた背景を説明するクローヴィス。父親に言われて、これを説明しているのだが、本当に話して良いものか迷っているのだ。

「殺された理由は?」

「……国王の贅沢を諫めて、です」

「そんな酷いものだったのか?」

「その判断は難しいものがあります。他国ではもっと贅沢な暮らしをしている国王もいます。ただ問題は、それが国力に見合ったものであるかどうかです」

 ヴォルフリックを刺激しないように、それでいて誤魔化すことのないような説明をしようと心がけているクローヴィス。だがいくら心がけても、無理がある。

「……つまり国民を苦しめるような贅沢だってことか。それを諫めた臣下が殺されることになった。どちらが悪いかは明らかだな」

 国王の側に正義はない。誰が聞いても明らかなことだ。

「だからといって反乱は許されるものではありません」

「では復讐であれば?」

「それは……」

 ヴォルフリックの問いにクローヴィスは答えを返せない。復讐を果たそうとしているのはヴォルフリック自身だ。それを否定する言葉は口に出来なかった。

「まあ、良い。それで反乱はどんな状況なんだ? 資料では領地に籠っていると書いてある。それだけだと反乱側が優勢というわけではなさそうだ」

「はい。パラストブルク王国側は領地から出てこられないように軍を配置しておりますが、戦況そのものはほぼ動きがない状況です」

「それで傭兵団に支援要請を?」

 反乱軍を抑え込めているのであれば、何故、傭兵団に依頼をしてきたのか。クローヴィスの説明を聞いて、王国側への印象が悪いこともあり、ヴォルフリックは不審を覚えてしまう。

「戦況が動かないのは、王国が反乱を鎮圧するのに苦労しているから。そして反乱側が動かないのは、状況が動くことを期待しているからです」

「状況が動くというのは?」

「民の支持が広がること。それによって他の貴族家も動くことです」

 反乱側にも王国軍を討つだけの力はない。もっと勢力を広げる必要があるのだ。その為には時が必要だった。

「なるほど。それが期待出来るだけの人気が反乱側にはあるわけだ」

「圧政を行っている国王を討とうというのですから」

「でも思うようには支持は広がっていない。何故だろう?」

 圧倒的な支持を受けているのであれば、反乱の勢いは全国に広がっているはず。だがそうはなっていない。反乱側の期待を裏切る何かがあるのだとヴォルフリックは考えた。

「分かりませんが、国に刃向かうにはかなりの覚悟が必要なのではないでしょうか?」

「当然だな……これについては考えても答えは出ないな。とりあえず、領地に籠っている反乱側の軍勢を討てば終わりということか。それを国王側に許さないのは……特殊能力のおかげ?」

 反乱を率いているのは特殊能力保有者。その力が王国側の軍勢をはねのけていると資料には書かれている。

「そうなっていますが……何か疑問が?」

「そんな凄い能力なのか?」

「操水となっています。水を操る能力です」

「それは資料を見れば分かる。水を操って、どうやって戦うんだ?」

 水で敵をどう傷つけるのか。ヴォルフリックには具体的なイメージが湧かなかった。

「恐らくは水といってもかなり固く出来るのでしょうね。刃物のような固さがあると考えれば、厳しい相手だと思います。攻撃だけでなく、守りも固いのでしょうから」

 ヴォルフリックの疑問に答えたのはフィデリオ。実際に見たことはなくても、特殊能力の知識はある程度持っているのだ。

「……確かに難敵だ」

「火は通用しないかもね?」

 水相手ではヴォルフリックの炎は通用しないかもしれない。ヴォルフリックが考えたことと同じことをブランドも思った。

「……その特殊能力保有者以外の敵戦力は?」

「戦力については、資料に書かれている以外のことは、父から何も聞いておりません」

「強敵は一人と考えて良いのか……今ここで結論を出す必要はないか。現地でも情報を得られるだろうからな……得られるのだろうな?」

 パラストブルク王国軍が極めて非協力的な可能性をヴォルフリックは考えた。とにかくパラストブルク王国に対しては、信用出来る相手ではないという考えがヴォルフリックにはある。当然のことだ。

「協力を拒むことはないはずです。依頼を受ける条件にパラストブルク王国軍の協力が含まれております」

 傭兵団単独で反乱側と戦うような状況は受け入れていない。まして送り込む愚者のチームは四人しかいないのだ。

「……分からないな。何故、パラストブルク王国はこんな依頼を出した? 傭兵団はこれを受けた?」

 ヴォルフリックに油断はないが、これまで得た情報から考える限りは、反乱討伐そのものはそれほど困難なものであるとは思えない。難しいのは民の支持が反乱側にあるだろうこと。その反乱側を討てば傭兵団も悪者に加担したことになる。

「……ああ、そうか」

「何か分かったのですか?」

 ヴォルフリックの疑問はクローヴィスも持っていた、何故、傭兵団はこんな依頼を受けたのだと。父親からは得られなかった答えを、ヴォルフリックは思いついた様子。クローヴィスとしても是非聞きたい内容だ。

「いざとなれば俺に全部押し付けるつもりじゃないか? 俺が勝手な行動を取ったことにして、批判を躱すのが狙い」

「そんな……」

 否定したい気持ちがクローヴィスにはあるが、あり得るという思いもある、ディアークに復讐したいと考えているヴォルフリックが、傭兵団の信用を地に落とす為に画策したことだ、なんて説明は、少なくとも傭兵団内では信じる人は大勢いる。

「そんなことは考えていない」

「えっ……へ、陛下!?」

 いきなり割り込んできた声の主がディアークだと知って、クローヴィスは大いに動揺している。

「セーレンさん?」

 ヴォルフリックのほうは、ディアークの後ろで小さくなっているセーレンに批判の視線を向けている。

「無理。止められるはずないでしょう?」

 その視線に言い訳をするセーレン。これは責めるヴォルフリックのほうが悪い。国王の入室を止めることなど、傭兵団幹部の娘であっても個人としては一世話係に過ぎないセーレンに出来るはずがないのだ。

「打ち合わせ中だったか……悪いが席を外してもらえるか? 愚者と二人で話をしたい」

 ヴォルフリックと二人きりでの話し合いを希望するディアーク。もちろんそれに対しても文句は言えない。クローヴィスとフィデリオ、そしてセーレンも黙って部屋の外に出て行った。唯一、抵抗の素振りを見せたのはブランドだが、その彼もヴォルフリックが軽く頷くの見て、無言のまま外に出ていく。

「……依頼の打ち合わせか。割とあっさりと引き受けたと聞いたが?」

「上級騎士としての特権を享受しているからには、きちんと義務を果たせとオトフリートに言われた。それに納得したから文句を言わなかっただけだ。内容に不満はある」

 最終的にはオトフリートを言い負かしたヴォルフリックだが、言われたことには納得している部分があるのだ。

「オトフリートがそんなことを……意外と気が合うのか?」

「まさか。犬猿の仲という表現がぴったりだと思う」

「そうか……ジギワルドとは? ほとんど接点がないように聞いてはいるが?」

 オトフリートとは喧嘩相手だとしても接点がある。一方でジギワルドとはほとんど話していないとディアークは聞いている。それが不思議だった。人当たりが良いのは、明らかにジギワルドのほうなのだ。

「良く知らないが、喧嘩にはならないかもな。育ちが違い過ぎて、話がかみ合わないと思う」

「……そういう印象か。なるほど」

 感情的になって喧嘩を売るオトフリートは、ある意味、分かりやすい。一方でジギワルドは本音が見えにくいのかもしれない。ディアークは初めて、こんな考えを持った。

「まさか息子たちとの仲を確かめる為に、ここに来たのではないだろ?」

「ああ、もちろんだ。ちょっとお前に聞いてみたいことがあってな」

「何だ?」

「……私の生き方をどう思う?」

「はっ?」

「お前から見て、私の生き方はどう思える? 二人きりの場でこれを聞いてみたかった」

「……人の生き方を評価する資格は誰にもない」

「だがお前は俺に向けての言葉を持っているはずだ。好意的なものなど期待していない。そんなものであれば他にいくらでも聞ける相手がいるからな」

 自分の生き方を肯定してくれる人であれば、周りにいる。ルイーサもアーテルハイドも、少し思いは違ってもトゥナも生き方そのものを否定すうような真似はしないことをディアークは知っているのだ。
 だが今、彼が求めているのは、そういうものではない。求める意見を持ち、かつ臆することなく述べるとすれば、ヴォルフリックしかいないと考えて、ここに来たのだ。

「……分からない」

「そう言わずに。どんな言葉でも良いのだ」

「だから分からない。お前が何をしたいのか」

「……俺が何をしたいか分からない?」

 知る機会は何度もあったはず。軍法会議の場では、それをヴォルフリックが否定したことで、ひと騒動あったのだ。

「ああ、カードを集めたいのか、覇権を手に入れたいのか。それともお友達が欲しいだけなのか、俺には分からない」

「……そんな風に見えるのか」

「俺には守ってくれる爺がいたから偉そうなことは言えないが、明日生きていられるか分からない毎日を過ごしてきた俺の仲間たちからは、贅沢に見えるだろうなと思う」

「そうか。俺の生き方は贅沢か……」

 自分の人生が贅沢であるなんて思ったことはなかった。日々、ぎりぎりのところで生きてきたつもりだった。それがヴォルフリック、彼の仲間には甘いものに見える。確かに、明日死ぬかもしれないとしたら自分は何を望むのかなど考えたことは一度もなかった。将来に夢を見て、生きようとしてきた。

「……何故、俺の母親をクズに渡した? 恋人だったのだろ?」

 ヴォルフリックにも聞きたいことがある。人前では聞きにくい、母親との関係だ。

「……俺の意思ではない。ミーナが勝手に決めたことだ……いや、俺の責任か。俺が頼りなかったのだと思う」

「傭兵団を守る為?」

「そうだ。そう思わせてしまった」

 自分の身を犠牲にしてアルカナ傭兵団を守る。そうしなければ守れないと思わせてしまっていたことを、ディアークは悔やんでいる。

「諦めようとは思わなかったのか?」

「それは、志をか?」

「そうだ。他の全てを捨てて、俺の母親と生きようとは思わなかったのか?」

「……俺だけのものではなくなっていた……いや、これは言い訳か」

 世の中を変えるという志は、ディアークだけのものでなく、アルカナ傭兵団の仲間たち全員のもの。それを捨てることは許されなかったとディアークは答えようと思ったが、ヴォルフリックはその仲間さえも捨てる選択はなかったのかと聞いているのだと気付いた。

「責めているつもりはない。そういう時にどう考えるのか気になっただけだ」

「まさか……お前にもそういう人がいるのか?」

「はっ? 馬鹿か? そんなのいるはずないだろ?」

 明らかに動揺しているヴォルフリック。これまでディアークに見せたことのない素の表情がそこにあった。

「……第一印象はミーナにそっくりだと思ったが、こうして間近で見るとそうでもないな」

 ミーナ譲りの黒髪と印象的な青い瞳。これにより似ていると錯覚してしまったが、表情を見れば母親似というわけではないことは分かる。

「間違ってもクズに似ているなんて言うなよ。殺すぞ」

「殺せるものならな。さて、あまり待たせても悪いな。俺はもう行く」

「ああ、二度とくるな」

 ヴォルフリックの言葉に苦笑いを浮かべながら、席を立って扉に向かうディアーク。

「……好きにしろ」

「はっ?」

「この任務はお前の好きにして良い。ただし、お前の選択ひとつで多くの人が死ぬことになるかもしれない。これは忘れるな」

「…………」

 選択の自由。それは決してヴォルフリックを解放するものではない。逆に重い枷をつけられたような気分になってしまう。仲間ではない、無関係な人間の命を背負わされることなど、ヴォルフリックには初めての経験なのだ。