月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #136 明らかになったズレ

異世界ファンタジー 四季は大地を駆け巡る

 アインシュリッツ王国。これが旧ダクセン王国領に新たに建国された国の名だ。その領土はダクセン王国であった時とほとんど変わらない。変わったのは東方争乱当初にマンセル王国が奪った部分で、それ以外は元のままだ。レンベルク帝国との国境は元のまま、それ以外の部分はマリ王国から送られてきた使者との話し合いの中で、そう決められた。
 マリ王国との取り決めが正式なものではないことはアインシュリッツ王国側も分かっている。マリ王国との間で、その後、国交を開く為の交渉は行われていない。それを避けていることがマリ王国に野心が残っている証なのだ。
 それが相手の意思であれば、アインシュリッツ王国としてもそれに合った対応を行うだけのこと。マリ王国を敵国として認定しておくだけのことだ。

「旧マーセナリー王国、将来的にはマリ王国となるであろう領土との境の守りは固めました。現時点ではそれほど多くの兵を込めているわけではありませんので、正直、堅牢とは申し上げられません」

「それは分かったけど何故、将軍が、いや、国王が報告を?」

 ヒューガに状況の報告を行っているのはカール。アインシュリッツ王国の国王だ。それに疑問を感じるヒューガだが、それは彼のほうがおかしい。

「責任者という立場ですので、私から報告するべきだと思いました」

 カールはヒューガから国を預かっている立場。自分はアイントラハト王国の一部門の責任者くらいに思っているのだ。

「そうかもしれないけど……まあ、良いか。続けて」

「はっ。現時点でマリ王国が積極的に攻撃を仕掛けてくることはないという判断ですが、今の状況がいつまで続くかは分かりません。軍の編制は急ごうと考えております」

「マーセナリー王国から移ってきた人数では足りない?」

 アインシュリッツ王国には傭兵王ライナルトに従って投降してきた旧マーセナリー王国軍がいる。その軍がそのままアインシュリッツ王国軍となっているのだ。

「人数が足りないというだけでなく、質の向上も求められると考えております。訓練が必要ですが、それは一朝一夕でなるものではなく、長期に渡ることを想定しなければなりません」

「訓練期間中は任務に就けない……そこまでの訓練を?」

 国境の防衛拠点に籠っていても訓練は出来る。だがカールは、訓練に専念させようと考えているのだとヒューガは受け取った。

「今のうちに行っておくべきかと」

 マリ王国との争いが始まるまでにはまだ間がある。その間に鍛えるだけ鍛えておきたいとカールは考えているのだ。到達すべき目標はアイントラハト王国軍であるのだから、いくら時間があっても足りないくらいだ。

「まあ、そうだな。ただここで徴兵っていうのはな……アイントラハト王国軍でまずは穴を埋めることにしよう」

 質を高めることには同意だが、数を増やすことに関してはヒューガは抵抗がある。国土を再生しなければならない時に、労働力を国が奪うような真似をしては不満が生まれると思うのだ。

「承知しました。ではカルポ殿と相談した上で、訓練計画を作成し、陛下に提出致します。カルポ殿、よろしく頼む」

「分かりました」

 拠点防衛を担当するとなれば、それは守りを得手とする秋の軍の役目。それはカルポも分かっている。

「それと、レンベルク帝国との国境は良いとしてもマンセル王国側はいかがしますか?」

 レンベルク帝国がアインシュリッツ王国に攻め込んでくる可能性は極めて低い。同盟を破るような真似は、少なくとも現皇帝が行うことはないと判断出来る。だがマンセル王国にはそこまでの信用は与えられない。アインシュリッツ王国はもちろんアイントラハト王国とも、公式には交易以外になんの関係もないのだ。

「マンセルか……なかなか判断してくれないな」

 マンセル王国のシュトリング宰相とメルキオル王太子は関係構築に積極的だと思えるが、国としての判断はなかなか出ない。ヒューガとしても悩ましいところだ。

「背後を疎かに出来ない状況で攻め込んでくることはないと思いますが」

 パルス王国と魔族との戦いがどうなるか。マンセル王国はそれが明らかになるのを待っている。その間は何も動きはないとカールは考えているのだが。

「背後を疎かにして良いと思える時まで結論は出ないか。待っていては手遅れになる。守りを固めよう」

 マンセル王国はパルス王国がどうなるかを見極めようとしている。だがそれがはっきりするのはまだ先の話で、その結果、マンセル王国がパルス王国に付くとなってから国境の守りを固めるのでは手遅れになる可能性がある。こう考えてヒューガは、少々マンセル王国を刺激することになっても、国境を固めるべきだと判断した。

「承知しました。軍事的には今のところはこれくらいです。もう一つの大きな課題である移民についての説明に移ります」

「数は増える一方だと聞いているけど?」

「はい。マリ王国が占領地をどう取り扱うかについては、まだ明らかになっておりません。それが民に不安を感じさせているようです」

 重税を課すなど過酷な支配政治を行う可能性もある。それを恐れた人々は、すでに良い政治が行われていると噂に聞いているアインシュリッツ王国に逃れてきている。
 実際はアインシュリッツ王国の政治も始まったばかり。よろず相談所の働きが国の政治だと誤って伝わっているだけだ。

「悪いことではない。問題は移住を求める人たちに仕事を与えられるかだ」

「農地の再生は順調と言える状況です。ただ農民だけではありませんので、土地だけを用意しても充分ではないかと」

 農地再生は、アインシュリッツ王国が建国されたことで、よろず相談所への依頼の有無に関係なく行われている。だが移民の人たちが全てが農民であったわけではない。そういった人たちに与える仕事を作らなければならないのだ。

「……元いた人たちの商売を脅かすようなことにはしたくないけど、仕方がないかな?」

 元々、商売をしていた人たちの再起を待っていてはいつ仕事が生まれるか分からない。仕事を作る為に国が介入するしかないかとヒューガは考えた。アイントラハト王国の商業部門を活動させようという考えだ。

「負担は大きくなりますか?」

 アイントラハト王国の財をアインシュリッツ王国に投入することになる。余裕があるとは思えないアイントラハト王国に重い負担を課すことになることをカールは恐れた。

「小さくはないだろうけど、新たな稼ぎも増えそうだからな。なんとかなると思う」

「それであれば良いのですが」

「レンベルク帝国は安定している。マンセル王国も戦争で傷を負うどころか上手く国力を増している。周りの景気の良さも、再興の手助けになるはずだ」

 アインシュリッツ王国内の消費を拡大させるには時間がかかる。だが他国の消費を自国の利益に変えることが出来るのであれば、国を富ませることは出来るはず。あとは国として稼いだ金を国民の暮らしを良くするために、どのように使うかだ。

「あとは……早々に網にかかった者たちがおります」

「それは……会いたかった人? 会いたくなかった人?」

 カールが言う網にかかった者たちは、旧ダクセン王国の関係者のこと。カールから見て、どういう人物であるかとヒューガはこんな言い方で尋ねた。一応は気を使ったのだ。生かすべきか殺すべきかという直接的な表現を避けて。

「……後者です」

「分かった。ではあとはハンゾウさんたちに任せよう」

「お願いします」

 網にかかった者からさらにその先にいるかもしれない残党を探し出す。それはハンゾウたち、忍びの役目だ。

「じゃあ……」

 同席しているハンゾウに指示を行おうとしたヒューガの動きが止まる。ハンゾウの様子から何かが起きていると気が付いたのだ。ハンゾウがさりげなく行っているのと同じように、ヒューガも周囲の気配を探ろうとする。

「……ハンゾウくんも成長、いえ、今の私が未熟なのでしょうね?」

 だがその必要はなく、何かは自ら姿を現した。

「先生!?」

 ハンゾウが感じ取った気配は、ヴラドのものだった。

「お騒がせして申し訳ありません。ただどうしてもヒューガくんに伝えておかなければならないことがあります」

「……何?」

 ヴラドが、恐らくは気配を完全に消しきれないほど心を乱して伝えたいこと。悪い予感しかヒューガにはしない。

「姫が戦いに出ようとしています」

「……嘘だろ?」

 クラウディアが戦争に加わろうとしている。これはヒューガにとってはあり得ないことだった。

「本当です。イーストエンド侯爵家軍として、少数ですが魔法士部隊を率いて戦いに向かおうとしています。いえ、もう向かっている頃でしょう」

「どうして止めなかった?」

「もちろん、止めました。ですが私の言うことを聞いてくれません」

 ヴラドはクラウディアの出陣を止めようとした。ヒューガと同じで、あってはならないことだと考えているのだ、だがクラウディアはその制止を受け入れなかった。ヴラドの甘さ、クラウディアの甘えだ。

「……ディアは魔族と戦ってはいけない。どうしてそれが分からない!?」

「今の彼女にとって大切なのはイーストエンド侯爵家の人々だということです」

「そうだとしても! そうだったら尚更! いや……戦いを止めるのは無理かもしれないけど……」

 クラウディアは魔王の保護の下、魔族と一緒に暮らしていた。魔族はクラウディアにとって味方であって、戦う相手ではない。これから戦おうとしている中にも知り合いがいる。ライアンなどはその代表だ。
 そんな相手とクラウディは殺し合いをしようとしている。イーストエンド侯爵家の為というのは、ヒューガの考えでは、正当な理由にならない。

「姫はそういう決断をしました。ヒューガくんはそれを知っておくべきです。いえ……申し訳ありません。これは私の身勝手な行動です」

 ただ情報を伝えるだけにヴラドは、わざわざクラウディアの側を離れて、ここまで来たのではない。身勝手と思いながらもヒューガに期待しているのだ。

「……いや、知らせてくれてありがとう」

 これを聞いている周囲の者たちの多くは、何を話しているのか分からない。クラウディアを知っている人々もそうだ。
 クラウディアは魔族の敵に回ろうとしている。ユートと共に行動している魔族との戦いであるが、その影響は他の魔族の意識にも影響を与えるとヒューガは考えている。
 戦争を仕掛けたのはパルス王国。しかもその理由は欲。魔族は挑まれた戦いを受けただけであり、非は明らかにパルス王国にある。南部での戦いがその延長であるのであれば、やはりパルス王国に正義はない。その不正な戦いにクラウディアは加担し、魔族と殺し合いをしようとしているのだ。
 そんな人物をアイントラハト王国のリリス族や他の魔族たちは受け入れるのか。難しいだろうとヒューガは思う。エルフ族も怪しいと、カルポ、そしてエアルがひどく動揺しているのを見て、ヒューガは思っている。
 クラウディアはドュンケルハイト大森林で暮らす資格を失うかもしれないのだ。

「……私は姫のところに戻ります。守ることは妨げられないはずなので」

「ああ……気を付けて」

 ヴラドに言葉をかけるヒューガ。だがその様子は心あらずといった雰囲気だ。ヴラドが去ったあともヒューガの様子は変わらない。会議はそのまま閉会となった。

 

◆◆◆

 街を夜の闇が覆っている。人々は皆、寝静まっている時刻。そんな時間にヒューガはコクオウにまたがって、夜道を進んでいる。頭の中はまったく整理出来ていない。今の自分の行動は間違っているという思いのほうが強い。それでもヒューガはじっとしていられなかった。間違った行動であっても、何もしないままでいるよりはマシ。そう考えて、いや、考えてという表現は正しくない。ただ気持ちのままに動いたのだ。

「……誰だ?」

 そのヒューガの行く手を遮る影。

「誰だ、は酷くない?」

「エアル……」

 影はエアルだった。今もっともヒューガが顔を会わせたくない相手だ。

「行くの?」

「……ディアを止めなくてはならない」

「そうね。じゃあ、行きましょう」

「えっ……?」

 エアルは自分を止めに来たのだとヒューガは思っていた。だが彼女はあっさりとクラウディアのところに行くことを認め、自分も同行すると言ってきた。

「一人で行かせるわけないでしょ? 私は常にヒューガと一緒よ」

「いや、でも、今回は……」

 クラウディアの為の行動だ。クラウディアの為に、王として果たすべき義務を放り出して、戦場に向かおうとしているのだ。

「貴方の望みは私の望み。もう分かってくれていると思っていたわ」

 エアルにとって国王としての義務など優先すべきことではない。一人の人間としてのヒューガが何を望んでいるのか。そのほうが大事なのだ。

「……いや、さすがにそこまで自惚れていない」

 多くのことはそうかもしれない。だがクラウディアに関することは、さすがに違うだろうとヒューガは考えていた。

「私に対しては自惚れて良いの。ヒューガはそれが許される唯一の人よ」

「……それって作戦?」

「作戦?」

「俺にとって一番大切な人はエアルだと思わせることで、行くのを止めようという作戦」

 エアルこそ唯一無二の存在ではないか。彼女の言葉でヒューガの心にこんな想いが湧いた。

「……バカ」

「でもよく分かったな?」

 ヒューガは普通に抜け出してきたのではない。夜の闇はヒューガの味方。ルナの手助けがあったのだ。ルナもまたエアルと同じ。ヒューガの想いが全てということだ。

「イフリートは私の想いを誰よりも理解してくれているから」

「ああ……カルポが泣きそうな台詞」

 イフリートがエアルに教えた一方で、カルポの精霊であるゲノムスはどうしているのか。これをカルポが知れば、少し悲しむかもしれないとヒューガは思った。

「ゲノムスはルナに弱いから。仕方がないわ」

 ゲノムスを口止めしたのはルナ。それはカルポよりルナを上に考えていることになり、やはりカルポは泣いてしまいそうだ。たんにカルポへの想いとルナへの想いの質が違うだけなのだが。

「……ディアに会うのは初めてだな?」

「そうね。少し緊張するかも」

「どういう意味の緊張?」

「どういう……喧嘩するつもりはないわ。どちらかといえば、親に会う感じかしら? 認めてもらえるか不安ってところね」

 ヒューガの隣に座るのはクラウディア。これを忘れてはならないとエアルは思ってきた。それを受け入れることがヒューガの側にいられる条件だと考えていた。では逆に自分はクラウディアに受け入れられるのか。その自信はエアルにはない。

「……俺も緊張するかな? ディアに会うのは久しぶりだ。それに……大人になったかな? お互いに」

 自分が知るクラウディアであれば魔族との戦いに加わろうなんて考えないはず。今のクラウディアは自分が知る彼女とは変わってしまっているのかもしれない。実際にそうで、それを知るのがヒューガは怖かった。怖くて口にすることが出来なかった。

「……大人になったわ。私がヒューガを大人にしてあげた」

「そういう意味じゃないから……じゃあ、行くか」

「ええ、行きましょう」

 暗い夜道を並んで進むホーホーの影。それはすぐに闇に紛れて見えなくなった。