月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #134 落としどころ

異世界ファンタジー 四季は大地を駆け巡る

 傭兵王が敗北を認めたことでマーセナリー王国の情勢は一気に変化した。相変わらず各地に割拠している勢力は存在しているが、どれもそう遠くないうちにマリ王国に吸収されるか、奪えるだけ奪って解散するかのいずれかを選択することになる。それ以外の選択肢を持った勢力はすでに新たな居場所を定めている。よろず相談所で相談員として働くことにしたか、新たに興る国に仕えることを。

「はっ? 俺が王様?」

「いや、まだ決定ではないけど、やる気があるのかを聞いておこうと思って」

「お前、馬鹿なのか?」

 ヒューガに呆れ顔を向ける傭兵王。

「馬鹿は酷いな。検討する上での情報を集めているだけだ」

「俺は降伏した身だ。その俺が王になるなんてあり得ねえだろ?」

 今話し合いを行っているのは、新しく興す国の王を誰にするかについて。それを降伏した自分に打診してくるヒューガの考えが、傭兵王は理解出来ない。

「そうだけど経験者がいなくて」

「経験者って……この国はお前のものだろ? どうして他に王を立てる必要がある」

 そもそも新しい国を興すというところから、傭兵王は理解出来ない。傭兵王はアイントラハト王国に降伏した。新たな国にすると言っている土地はよろず相談所が活動地域で、そのよろず相談所はアイントラハト王国の組織なのだ。

「この土地に暮らす人は大森林の人たちとは違う。全ての人をアイントラハト王国の国民として受け入れられるとは思えない」

「どういうことだ?」

「アイントラハト王国は多種族、多部族の国。自分とは異なる種族、部族の人に偏見や差別意識を持っている人に国民になる資格はない。大森林の中に内部対立を起こすような要素を入れるわけにはいかない」

「……だから外は別の国にか。でもよ。それもまた差別にならねえか?」

 アイントラハト王国の国民になる資格がある人とない人がいる。そんな区別を行えば、それを差別だと捉える人も出てくるはずだと傭兵王は思った。

「大森林での暮らしが外よりも良いものだと勘違いすればそう思うかもな。でも実際には違う。それを理解してもらうしかない。それでも差別だなんて騒ぐ人は、外の国の国民である資格もないと俺は思う」

「……なるほどな」

 それもまた区別だと傭兵王は思う。だがそれを批判する気になれない。ヒューガは守るべきものとそうでないものを明確にしようとしているだけだ。これを誤ってしまっては全てを失うことになる。傭兵王自身がそうなってしまったように。

「主従関係も感じさせたくない。大森林で暮らす人に特権意識なんて持たせたくないからな」

「難しいことを考えてんだな」

「アイントラハト王国では、こういう点に関して気を使い過ぎなんてことはない。安定するまで常にバランスを取り続けていないと」

 今の世代では完全には望む形にならないとヒューガは考えている。大森林で生まれ育ったという共通意識を持つ世代が国を担うようになって、ようやくそれは実現するのだ。

「はぁ。俺には絶対無理だな。外の国だって無理。大森林の中だけで気を使っても上手く行かねえだろ?」

「確かに……そうなると適任者は……」

 ヒューガの視線がある人物に向く。実際は最初からこの人だと考えていた人物だ。

「……私は軍人だ。政治など行ったことはない」

 視線を向けられたのはカール・マック元ダクセン王国将軍だ。

「知っている。でもダクセン王国は将軍の出身地。ダクセン王国出身者は他にもいるけど、その中で一番偉かった人だ。国王経験者という条件を外せば、一番の適任者になる」

「そうだとしても……私に国王など務まらない」

「それはやってみなければ分からない。俺だって経験も知識もないのに国王になった。俺がやって、将軍は駄目ってことはない」

「いや、貴方は国王になるべくしてなった人で」

 ヒューガと自分を並べて考えるのは間違っているとカール元将軍は思う。知識や経験など関係なく、人の上に立つ為の何かを持っている。ずっと見てきて、そう感じるようになっているのだ。

「自信がないくらいで丁度良いとも思う。とにかくやってみて。駄目ならまた代わりを見つければ良いくらいのつもりで」

「それはどうでしょう?」

 ヒューガの考えに疑問を唱えてる人がいた。クリストフ、傭兵王に仕えていた元傭兵ギルド東方支部長だ。彼も傭兵王と共に投降してきていた。

「何か問題が?」

「カール殿の資質に問題があるとは考えておりません。ただカール殿は元ダクセン王国の将軍。だからこそ、起こる問題があります」

「どんなこと?」

 顔に笑みを浮かべてクリストフに問うヒューガ。答えの予想はついているのだ。

「旧ダクセン王国の者たちがすり寄ってくる可能性があります。中にはカール殿よりも上の立場だった者もいるでしょう」

「中には王家に連なる人も?」

「恐らくはいると思います」

 マーセナリー王国はダクセン王国の占領にかなり苦労した。今のマーセナリー王国と似たような状況で、国のあちこちで我こそはダクセン王国の正統継承者だと自称する者たちが次から次と立ち上がり、その数の多さで、討伐にかなり手間取ったのだ。
 それらはなんとか蹴散らしたものの全員を討ち取ったわけではない。潜んでいる者たちを炙り出すことが出来ないままに、今となっているのだ。

「将軍が王になったと知れば、その座を奪おうとする人が湧いて出てくる?」

「……はい」

 ヒューガの表情から笑みが消えない。それは自分の忠告を問題とは考えていないからだとクリストフは考えた。

「なるほどな。甘っちょろいだけの奴にエルフ族や魔族の王が務まるわけがねえか」

 傭兵王もヒューガの笑みが意味することを読み取った。ヒューガはクリストフが問題としたことを分かっていて、あえてカールを王にしようとしているのだと。

「……私は餌ということか?」

「餌という表現は良くないな。でも人を集める為に役立ってもらえるとは考えている……あっ、もしまだダクセン王家に忠誠心があるのなら止めておいたほうが良い。俺も無理にとは言わない」

「いや、私の忠誠はすでに……すでに、その……」

 私の忠誠はすでに貴方に向いている。この言葉がとっさに浮かんだことにカールは驚いてしまう。驚いてしまって言葉に出来なかった。

「とっくに離れているか。自分を死地に追い込んだ国だからな。それに悪いことばかりじゃない。将軍が信頼出来る人であれば、仕えてもらえば良い。ただし、こちらでも試させてもらう。人は変わるからな」

「……承知しました」

「ん? それって国王を引き受けてくれるってこと?」

「国王というか、その役目を引き受けさせて頂きます」

 人々の暮らしを落ち着いたものにする為には必要なこと。自分にしか出来ないことであれば引き受けるしかない。そうカールは考えた。それが仕える者の務めだと。

「では決まり。新国王の最初の仕事は国境を決めることだ」

「国境ですか?」

「マリ王国との国境。激しい領土の奪い合いをするつもりはない。そんなことよりも優先すべきは人々の暮らしを落ち着かせること。国として成り立つだけの組織や制度を整えること。やることは山ほどある」

 マリ王国はマーセナリー王国の領土を我がものにする為に、積極的に動いている。ヒューガにしてみれば、勝手にどうぞ、というところだ。自分たちが決めた領土に踏み込んでこなければ。むやみに領土を広げても豊かにすることが出来なければ意味はない。逆に負担になるだけだと考えている。

「守り易い場所を押さえるということですか。それでしたらお任せください」

 カールは元ダクセン王国の将軍だ。軍事的な要所は頭に入っている。それらの場所の現状を確認し、今も変わらず要所と言える場所であれば、そこを押さえ、国境とする。彼の知識が役に立つ。

「傭兵王も協力を。最新の情報ならそっちのほうが詳しいだろ?」

「ライナルト。俺はもう傭兵じゃねえ。それに仕える王に王と呼ばれるなんておかしいだろ?」

「ああ……俺に仕えるんだ?」

 元傭兵王、ライナルトの処遇は決まっていなかった。仕えるか、よろず相談所で相談員として働くか。どちらの立場であろうと、とにかくヒューガに協力する。ルナに敗北を伝えた時そのままの状態なのだ。

「なんだよ? 駄目なのか?」

「いや、駄目じゃないけど」

「ああ、敬語か、ちゃんとするよ。いや……きちんと? しっかりと?」

「敬語はどうでも良い。苦手な人の気持ちは、俺もそうだから良く分かる。さっきも言った通り、アイントラハト王国って入国審査みたいなのがあって、この人は大丈夫って判断されないと国民と認められない。でも大森林の外だとそういうわけにもいかないなって」

 旧ダクセン王国領内に作る国の人はその国の王、カールに仕えるという形。それで良いと考えていたのだが、ヒューガに直接仕えるというライナルトのような場合はどうすれば良いのか。これをヒューガは考えていなかった。

「普通に許せば良いだろ? 権限とかそういうのは気にするな。俺は戦うことしか出来ねえ。今回それを思い知った。共に戦う仲間を偏見の目で見るような真似も絶対にしねえ」

「……そうだな。大森林の中のことに関わらないのであれば、影響はないか」

「それであれば!」

「えっ?」

 割り込んできたのはカール。その声の大きさにヒューガは驚いた。

「私の立場も改めて頂きたい。客将ではなく、正式に陛下の臣として認めて頂けますよう、お願い申し上げます」

「……ああ、それはもちろん」

「ありがたき幸せ! 我、カール・マック! 改めて、陛下に身命を賭して仕えることをお誓い申し上げます!」

 その場に跪き、剣を立てて誓いの言葉を口にするカール。ライナルトもクリストフも、既に臣下として仕えている人以外の全員がカールにならって、口々に誓いの言葉を述べていく。
 その想いの強さはそれぞれ異なるものはあるが、ヒューガに大森林外での臣下が出来たということに変わりない。これまでとは異なる在り方の臣下たちだ。

 

◆◆◆

 マーセナリー王国の情勢は当然、マリ王国の王都にも届いている。傭兵王が敗れたということはマリ王国にとって朗報だが、その後の情勢については良し悪しの判断がつかないでいた。判断を行うには情報が足りないのだ。

「……ダクセン王国が復活したということか?」

 報告を聞いたマリ王国の王マフムードは苦い顔だ。

「ダクセン王国の元将軍が王を名乗っているというだけで、復活ということではないと思われます」

 王の問いに答えたのはマリ王国の大将軍ティラマ。この情報はマーセナリー王国領を奪う為の軍事行動の中で得たものだった。

「元将軍……どの程度の勢力なのだ?」

「その辺りの情報は分かりません。ただいくつかの要所を押さえられております。それが出来るだけの軍事力は持っているのではないかと推察いたします」

「張りぼてである可能性もある」

 とりあえず人数を込めただけ、という可能性をマフムード王は考えた。そうあって欲しいのだ。

「それは攻めてみなければ分かりませんが……」

 答えをぼやかすティラマ大将軍。彼には攻撃を仕掛けることを躊躇う理由があるのだ。

「何か問題が?」

「背後にレンベルク帝国がいる可能性を考えております。マーセナリー王国との戦いで勝利した軍勢のその後の活動はまったく不明です。我々が把握出来ない場所にいるのではないかと」

「それが旧ダクセン王国領か……あり得る話だな」

 背後にレンベルク帝国がいるとなればマフムード王も慎重になる。レンベルク帝国は尚武の国。自国軍の精強さには自信があるマフムード王であるが、強国とむやみに戦って、損耗するのは避けたい。

「逆にレンベルク帝国は旧ダクセン王国領を得ることで満足した可能性もあります」

 ティラマ大将軍もレンベルク帝国と戦うことには消極的だ。敗北を恐れているのではなく、やはり自国軍を消耗させたくないのだ。

「……旧ダクセン王国領は一旦、諦めるか。東方が落ち着くのは悪いことではない」

「はい。背後の脅威を見極めるまでは、陛下のお考え通り、慎重に動くべきと私も考えます」

 マーセナリー王国領奪取に動いているマリ王国の背後で、想定外の事態が起こった。パルス王国南部を魔族が奪ったという出来事だ。パルス王国の弱体化はマリ王国としても望むところだが、それに代わる新たな脅威が生まれるのでは意味はない。

「……ダクセン王国の元将軍とやらに使者を送れ。こちらに争う意思がないことを伝えた上で、向こうの出方を探るのだ。旧ダクセン王国領だけで満足しているようであれば、それで良い。ただそれは暗黙の了承ということにしておけ」

 東方でのさらなる争いを避けることにしたマフムード王。あくまでもパルス王国の情勢がどうなるかを見極めるまでのことだ。この時点で明確に国境を定めることを避けようとしているのが、その証。
 魔族が脅威ではないとなれば、レンベルク帝国と、間違いだが、戦っても充分に勝機があると分かれば、暗黙の了承などなかったことにして、戦いを仕掛けることになる。
 とにかくマリ王国も、一時のものではあるが、落としどころを探り、東方を落ち着かせることを選んだ。アイントラハト王国の望む通りの形だ。