アルカナ傭兵団の定例会議の場。出席者は国王であり団長であるディアークとアーテルハード、ルイーサとトゥナの四人だ。力の称号を持つテレルも本来は出席者であるが、今は任地にいる為、参加していない。この参加者五人がアルカナ傭兵団の幹部ということだ。
定例会議では、任地にいる上級騎士からの報告、任務の遂行状況やそれ以外の様々な情報についての確認と中央諸国連合の加盟国からもたらされる新たな派遣依頼についての検討を行うことになっている。ただ近頃は、これ以外の話題についてもかなり時間が費やされるようになっているが。
「ノイエラグーネ王国の状況はどうなっている?」
「愚者に接触した二名を屋敷外で拘束。尋問を実施しました。ベルクムント王国の騎士であることを確認しております」
ヴォルフリックに接触してきた男二人は、ノイエラグーネ王国が陰謀に関わっていたことの証人。その確保は速やかに行われている。
「ノイエラグーネ王国が関わっていたことも白状したのか?」
「はい。証言は得ております」
「その証言で……追及することは難しいな」
証人を得たからといって、それでノイエラグーネ王国が関わりを認めるとは思えない。きっっぱりと否定してくるはずだ。ノイエラグーネ王国の関わりを示すものは、その証人たちの証言だけなのだから。それこそベルクムント王国の陰謀だと反論するか、もしかするとノートメアシュトラーゼ王国を非難してくる可能性もある。
「王国騎士団長の屋敷に乗り込んでいても同じです。騎士団長を切り捨てて、知らぬ存ぜぬを貫き通すはずです」
ヴォルフリックを止めることをしなければ。ディアークがこれを考えていると思って、アーテルハードは結果は変わらないことを説明した。
「それでも王国騎士団長は排除出来たか……」
「それはこれからでも可能です。証人の一人の死体を見れば、陰謀が知れたと分かるはず。それでどう出てくるかです」
正面から追及しなくても、ベルクムント王国の騎士が殺されていれば、ノイエラグーネ王国はアルカナ傭兵団の仕業だと考えるはず。それに対して、どういった反応を示すか。自国の王国騎士団長にすべての責任を押し付けて、処分することをアーテルハードは望んでいる。
「ほんの出来心であれば、だな」
ベルクムント王国の誘いについ乗ってしまったのであれば、騎士団長を処分して、大人しくしている可能性はある。だが、そうでなければ。完全に取り込まれていた場合は、予断を許さない状況だ。
「裏切ればまっさきに滅ぼされることになります。その覚悟があるとは思えません」
寝返りを認めればノイエラグーネ王国が戦いの最前線になる。すぐに周辺国に攻め込まれて滅ぼされてしまうだけだ。
「もし、そうならない自信があるのだとすれば……火薬について何か分かったか」
ノイエラグーネ王国に他国の侵攻を跳ね返す自信があるのだとすれば、新兵器の存在が影響している可能性が高い。ベルクムント王国から提供を約束されているのかもしれないとディアークは考えた。
「存在しているのは間違いないようですが、現時点では詳細は確認出来ておりません。正直、ヴォルフリックに調査を任せたいと思っているくらいです」
火薬の調査は思うように進んでいない。存在しているのは間違いない。それをベルクムント王国が保有していることも分かっている。だがこの程度の情報では、ヴォルフリックの口から語られたものと何も変わらないのだ。
「それも有りかもしれないな。ただ真面目に調べる可能性は低い」
「そうでしょうか?」
傭兵団への帰属意識がないヴォルフリックであるが、任務においては、良くも悪くも予想を超える結果を出しているのだ。
「恐らく調査には彼の仲間が動くことになる。その動きを我々に見せると思うか?」
「そうですね」
一度、ヴォルフリックの組織について調査に赴いたが、痕跡もまったく掴めなかった。徹底した秘密主義。そうであるならヴォルフリックに調査任務を与えても、組織を使うとは思えない。
「引き続き、調べるように。できれば現物を確保したいものだな」
「かなり踏み込んだ調査が必要になると思います。隠者を投入してもよろしいでしょうか?」
隠者の称号を持つ上級騎士を任務に参加させる許可を求めるアーテルハード。諜報活動においてノートメアシュトラーゼ王国でもっとも優れた人材。だからこそ失うことは出来ない人材で、与える任務を選んでいるのだ。
「かまわん。火薬の調査は現時点での最優先事項だ」
「承知しました。指示を伝えておきます」
隠者の投入が決まったところで火薬についての話は終わり。続きは情報がもたらされたあとだ。
「あとは……アデリッサ様がまたヴォルフリックと接触しました」
「アデリッサが?」
「話の内容は火薬の罠のこと。オトフリート様も同席されていて、罠の存在を知らせてくれた御礼という口実のようです」
国王の妃とヴォルフリックの接触。それは傭兵団の幹部会議で話し合い内容か、とは誰も言わない。こういった類の話は、逆にこの場でしか話し合えないのだ。
「注意出来るような内容ではないな」
「はい。ただアデリッサ様の意図は明らかにヴォルフリックをオトフリート様の派閥に引き込むことにあるようです」
「派閥……後継者争いなど認めた覚えはないのだがな」
後継者争いなど国の乱れをもたらす害悪でしかない。ディアークはそう考えている。
「団長がそう考えていても、現実に争いは存在しています。もっぱら仕掛けているのはオトフリート様ですが、ジギワルド様も対抗しないではいられないでしょう」
こういったアーテルハードのような考え方が問題であるのだが、それに本人は気がついていない。彼だけでなく多くの人に共通する考えなので、おかしいとは思わないのだ。
「……ヴォルフリックを味方につけることに、何の意味がある?」
「彼は良くも悪くも、影響力があります。ジギワルド様にとっては毒にしかならないと思いますが、オトフリート様にとっては状況をひっくり返す劇薬になる可能性があります。アデリッサ様もこう考えているのではないかと」
「状況をひっくり返す、きっかけか……」
ジギワルドが後継者になる方向で進んでいるような言い方。ディアークはそうは思っていない。ではオトフリートを後継者に決めているのかというと、そうあるべきだと思っていても、公言するまでの気持ちにはなっていなかった。
「オトフリート様には失礼ながら、ヴォルフリックが下につくとは思えません。ただ、頻繁に会っているという事実だけでも利用される可能性があります」
アデリッサの評価はこういうもの。常に企みごとを行っている悪女というのが多くの人の認識だ。
「……ジギワルドも同じ数だけ会って話せば良いのではないか? オトフリートに会って、ジギワルドとは会わないということはないのだろう」
後継者についての話をディアークは好まない。息子二人はようやく傭兵団の任務を行うようになったところ。二人とも、まだ物足りないというのがディアークの気持ちなのだ。同じ評価であれば長兄のオトフリートが後継者ということになるのだが、周囲から聞こえてくるのはジギワルドを求める声ばかり。この時点で後継者に定めることがオトフリートの為になるのか、という思いもある。
まだまだ先延ばしにしたいのだ。
「承知しました。伝えておきます」
ディアークの考えはアーテルハードも薄々気付いている。彼個人としてはジギワルドを選ぶべきだと考えているが、無理に押し込むことはしない。ディアークに比べれば、ジギワルドは小粒。アーテルハードも物足りなさを感じている。ジギワルドが大きく成長しても、評価が変わるかは微妙だが。
「もっと競わせれば良いのに」
よせば良いのにルイーサが話に入ってきた。先延ばししようとしている件に対して、常に結論を急ぐ彼女が議論に加わっても、話がうまく進むはずがないのだ。
「競争心を煽りすぎれば、対立が強まります」
「じゃあ、トゥナに決めてもらえば? 未来視で、ちょちょいっと」
「視るべき時というのがあるのですよ。それが整わない状況で視ても、悪い結果が出るだけです」
トゥナの二人に対する評価もディアークと同じということ。後継者に必要な資質がまだ整っていない二人を未来視しても、良い結果にはならないと考えている。
「……面倒ね。じゃあ、しばらく様子を見ていれば?」
「ルイーサさんが話に加わる前に、そういう話になったつもりですけど?」
「…………」
ルイーサにしては、あっさりと引き下がったおかげで、会議の時間が無駄に長引くことなく済んだ。
この件で結論を急ぐ必要はないのだ。時は確実に前に進んでいる。その時に向かって。
◆◆◆
愚者の部隊は任務を与えられることなく、傭兵団本部で待機している。ヴォルフリックにとってはありがたいことだ。任務は実戦を経験出来るが、移動時間や待機時間などやたらと時間が消費される。それは今よりも遥かに強くならなければならないヴォルフリックにとって、無駄に時間を消費していることになるのだ。その点、傭兵団本部にいれば、ほぼ朝から晩まで鍛錬に時間を使える。食事の心配や雑事に気を取られることなく、集中出来るのだ。
今日も早朝から体力作りを中心とした鍛錬を始め、昼食休憩を挟むだけで、午後もずっと鍛錬場に入り浸っている。ただひたすら鍛錬に打ち込む一日、で終わるはずだったのだが。
「……あの、セーレンさん?」
「あっ、私のことは気にしないでください。勝手にやっていますから」
「気にしないでって言われても」
ヴォルフリックたちが剣の稽古を行っている、すぐ近くでセーレンも剣を振るっている。ヴォルフリックたちが行っていることを、なぞっているのだ。
「大丈夫です。私が勝手にやっているだけですので」
「それはつまり、父親の許可はもらっていないってこと?」
「……大丈夫です。世話係として剣の稽古をしているだけですから」
セーレンは従士希望であるのだが、父親である力のテレルがそれを許してくれない為に世話係として傭兵団で働いている。たしかに世話係のまま、剣の稽古をすることは禁止されていない、はずだ。
「……それなら良いけど」
鍛錬場で何をしてようと、まして剣の稽古であれば尚更、文句は言えない。すぐ近くで、明らかに自分たちの真似をしていることは気になるが、それも受け入れてしまえば、どうでも良いことだ。自分が稽古しているすぐ横で、まだ剣を持って間もない仲間が素振りをしているなど、当たり前にあったこと。ヴォルフリックはそう考えることにした。
元の位置に戻って、型の動きを始めるヴォルフリック。以前、行っていた型の稽古とは少し違うのだが、分かっている人にしかそれは分からないものだ。実際、少し離れた場所で型の動きを行っているクローヴィスは自分が行っているものとの違いに気がついていない。
「あっ!」
突然、耳に届いた声。セーレンのものだ。ヴォルフリックが視線を向けると、彼女は地面に倒れていた。動きを上手く真似出来なくて、バランスを崩したのだとヴォルフリックには分かった。
「……逆に上手くなぞろうとしているってことか?」
「ヴォルフリック様」
セーレンに気を取られているヴォルフリックを注意する声。指導をしているフィデリオの声だ。
「悪い。でも彼女、見えていないか?」
バランスを崩したのはヴォルフリックの動きを正確になぞろうとしているから。今、クローヴィスが行っている基礎の型を完璧に身につけてこそ、出来る動き。基礎がなければセーレンのようにバランスがとれずに倒れることになる。
「……天才ですから」
「はっ?」
「そういう評判を聞いたことがあります。彼女がもっと小さな頃に、父親のテレル殿は、おもちゃの剣で遊んでいたそうなのですが、その遊びで彼女は驚くほど強くなったそうです。ちゃんと剣術を習っていたクローヴィス殿が敵わなかったそうですから」
「それなのに世話係?」
周囲が認める才能を持っていながら、何故、世話係でいるのか。ヴォルフリックは不思議だった。
「とにかくテレル殿は娘に危険な真似をさせたくないようです。剣の才能を認めていないわけではありません。近衛騎士団へ入団させることは考えたようですから」
それがあってフィデリオはセーレンの噂を知った。まだ年若い女の子が、近衛騎士団に入団するなど異例のこと。団内で話題になったのだ。
「でも彼女は傭兵団の世話係だ」
「彼女が断ったと聞いています」
「そうか……」
「私が知っているのは、これくらいです。鍛錬を再開しましょう」
セーレンの話を終わらせて、ヴォルフリックは鍛錬に戻る。そのあとも、何度も何度もセーレンは地面に倒れる羽目になっていたが、ヴォルフリックがそれに気を取られることはなかった。誰よりも強くなる。ヴォルフリックのこの想いは、セーレンの従士になりたいという想いに負けるものではないのだ。
◆◆◆
最初はただ振り回してくれるだけで楽しかった。だがすぐにそれだけでは物足りなくなり、周囲にあるものを片っ端から叩くようになった。父親が相手をしてくれるようになったのは、それを見かねてのことだ。
父親は凄かった。どれだけセーレンがおもちゃの剣を振り回しても、そのすべてを受け止めてくれた。それが楽しくて、なんとか父親の剣をかいくぐって、体に届かせようと頑張った。だがそれは簡単なことではなかった。
それでもセーレンは諦めない。父親は長く家を離れる時があるが、その間もおもちゃの剣をふるい続けた。ただ一人で練習するだけでなく、幼馴染のクローヴィスが彼の父親に教わっていることを、近くで聞いて、そして見て、勉強もした。
自分もクローヴィスのように父親に教えてもらいたいという思いはあったが、まだ自分が未熟だからだと自分自身に言い聞かせた。父親の体に届かせることが出来るようになれば、もっと本格的に教えてもらえると信じた。
そして、その時がやってきた。
父親の顔は今でも忘れられない。大きく目を見開いて、固まってしまっていた。そんな父親の姿は初めて見た。とても面白かった。我に返った父親が褒めてくれた時は、凄く嬉しかった。その日の夕食の席は、母親に自慢する父親の声をずっと聞くことになった。
いよいよ本格的な稽古が始まると思った。だがそうはならなかった。
それに焦れて、自分はもっと強くなる。強くなって父親と一緒に傭兵団で働くと宣言した。かえってきたのは喜びの言葉ではなく、叱責だった。従士になることは許さない。剣の稽古もこれ以上は不要だと言われた。その日は一日中、泣き続けた。どうして反対されるのか分からなかった。
それが分かったのはクローヴィスの家に遊びに行った時。彼と彼の父親が剣の稽古をしている様子を見る父親の視線が教えてくれた。羨ましそうに、そして寂しそうにそれを見ていた父親。自分の父親は男の子が欲しかったのだとセーレンは知った。
それを知った彼女は剣を諦めた、なんてことにはならない。女の子の自分であっても父親が望むような子供になれる。強くなれる。そう信じて、従士を目指した。
ヴォルフリックの従士になりたい。それを告げたのは、つい先日のこと。結果は、変わらなかった。
「……ちくしょう」
周囲の光景が滲んで見える。地面に倒れるのはもう何度目か。それは涙で視界が滲んでいるせいではない。
「全然、違う」
「えっ?」
不意に聞こえてきた声に振り返ると、そこには長い棒を抱えたヴォルフリックが立っていた。
「動きはそれなりに真似られていても、意識する場所が違う。型で大事なのは足運び。剣を振ることばかり考えていては上手くいかない」
「足運び……」
「不安定に見えているかもしれないけど、そうじゃない。どのような体勢であっても揺るがない下半身。それを身につけるための鍛錬だ。ちょっと見ていろ」
こう言うとヴォルフリックは、昼に行っていた型の動きを始めた。剣ではなく長い棒を振り回して。かなり重そうな棒。そんなものを振り回せば体を持っていかれそうだが、そうはならない。一見、不安定に見える下半身だが、それは地面を掴んで、まったく揺らぐことがない。
「こんな感じ。ただいきなりこれは無理だと思う。まずはクローヴィスがやっているのを教わると良い」
「……でも私……従士じゃない」
「セーレンさんは従士になりたいのか? それとも強くなりたいのか?」
「……強くなって、従士になること」
セーレンの望みは両方。強くなって傭兵団で父親と共に戦うことだ。
「じゃあ、まずは強くなることだな。これには父親の同意はいらないだろ?」
「いらない、と思う」
剣の稽古を行うことに父親の同意はいらない。だがそれをヴォルフリックたちと一緒に行うのはどうかとなると、微妙なところだ。それでもセーレンは、少し不安そうな感じではあるが、いらないと答えた。
「俺たちのスケジュールは把握しているはず。どこから参加するかは任せるけど、基礎があってこそ上に行けると俺は思う」
「朝から参加します」
「そう。じゃあ、また明日」
軽く手を上げてセーレンに挨拶を向けたあと、ヴォルフリックは背中を向けて、傭兵団施設のほうに歩いていった。その背中を呆然として見送っているセーレン。明日からヴォルフリックたちと一緒に鍛錬を行うことに決まった。それは嬉しいことだが、何故、そういうことになったのかが分からない。
「もしかして……惚れられた?」
そうではない。