月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第17話 骨折り損のくたびれ儲け

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 ヴォルフリックたちがノイエラグーネ王国の都で拠点としているのは、地元の貧民街出身者を騙っているにも関わらず、表通りの高級ホテル。貧民街には本当にヴォルフリックたち、偽名ではアインとフォルス、が暮らしているか調べに来る可能性がある。裏通りの安ホテルも、可能性は低いかもしれないが、店で顔を知られた裏社会の人間に、泊まっていることを知られてしまうかもしれない。そう考えた結果だ。
 ただ今は少しその選択を後悔している。高級ホテルに泊まれば、それはそれで目立つ。事前に想定していなかった立場の者たちに何者か怪しまれるかもしれないことを警戒していた。

「……つまり、こう言いたいのか? ノイエラグーネ王国の人間が今回の一件に関わっている可能性があると」

 そう考えるようになったのは、尾行を終えて戻ってきたクローヴィスの報告を聞いたから。

「誰のものかまでは調べられませんでしたが、あれは間違いなくそれなりの地位にいる人物の屋敷です」

 尾行の結果、たどり着いた場所は都の中心部に近い屋敷。大抵の場合、城に近い場所に立っている屋敷には国の高官が住んでいるものだ。

「この国って、前から不審な点があったのか?」

 ノイエラグーネ王国は中央諸国連動の加盟国。ベルクムント王国に協力して、同じ加盟国に盗賊団を送り込むなんて真似は重大な裏切り行為だ。そんなことを行う下地が以前からあったのかヴォルフリックはクローヴィスに尋ねた。

「そこまでのことは私には……」

 だがさすがにクローヴィスにはその情報はない。父であるアーテルハードも何でも話してくれるわけではない。公私の区別はつけられている。

「そうか……とりあえず、その屋敷の主が何者か調べることからか。これは難しくはないな。その辺の奴に聞けば分かるだろ?」

 今と違って明るい時間であれば人通りもあるはず。誰の屋敷か調べることは簡単だ。

「不審に思われるかもしれませんが」

 ただ、誰もが知る人物の屋敷であれば、それを尋ねる相手を不審に思うかもしれない。

「別に構わない。早ければ明日の夜に踏み込むからな」

「はい?」

「俺たちがこの街の貧民街にいないことは調べられたらすぐにバレる。そうなると尾行したことも気づかれるかもしれないだろ?」

 素性をごまかして近づいたことがバレれば、その目的は何かということになる。後ろめたいことがある人間であれば、これくらいのことは気付く可能性は高いとヴォルフリックは考えた。

「……だからといって襲撃は不味いのではないですか?」

「どうして? 黒幕を潰さないといつまで経っても任務は終わらない。それはここに来る前に話したことだろ?」

 ふたつの盗賊団のアジトを潰し、任務も残り一箇所となったところで、傭兵団本部から討伐目標が増えたことを伝えられた。ヴォルフリックたちがノイエラグーネ王国に来たのはそれがきっかけだ。枝葉をいくら払ってもまた伸びてくる。事を終わらすには根を断つしかないと考えたのだ。

「そうですが、さすがにノイエラグーネ王国の高官の屋敷を襲撃するなんて真似は、独断で行うものではないと思います」

「……許可を取っている時間はない。そんなことをしている間に逃げられたら――」

 ヴォルフリックが最後まで言いきる前に、彼の背後から炎が立ち上った。それにわずかに遅れて立ち上がり、剣を振るうヴォルフリックとブランド。二つの金属音が部屋に響いた。

「小僧どもは敵と味方の区別もつかねえのか?」

 右腕に持った短剣でヴォルフリックが振り下ろした剣を、反対の手では逆側からブランドが斬り上げた剣を受け止めている相手。人よりもかなり長い手足を持つその男は吊し人、リーヴェスだった。

「……敵味方の区別はついている」

 ヴォルフリックにとってリーヴェスは殺すべき敵の一人。この場で殺しても、間違ったなんて思わない相手だ。

「……また痛い目に遭わされねえと分からないようだな?」

「同じ結果になるとは限らない」

 初めて戦った時は不覚をとった。だが今回も同じ結果になるとはヴォルフリックは思っていない。リーヴェスの特殊能力は知っている。それにブランドもいるのだ。

「てめえ……なめてんしゃねえぞ」

 ヴォルフリックの台詞はリーヴェスにとって侮辱以外のなにものでもない。新人に負けるつもりは微塵もないのだ。

「リーヴェス殿! 団員同士の私闘は団規で禁止されています!」

 緊張感が高まった三人の間に割り込んだのはクローヴィス。結果がどうであれば、私闘など許すわけにはいかない。双方が罰を受けることになるのだ。

「……法王の息子か……だったら、こいつらも引かせろ。そもそも最初に突っかかってきたのは、こいつらのほうだ」

 アーテルハードの息子であるクローヴィスの前で下手なことは出来ない。アーテルハードの耳に入れば、それはそのままディアークも知ることとなる。自分の評価をひどく落とす結果になるのは分かっている。

「ヴォルフリック様、剣を引いてください。ブランドも」

「……分かった」

 ここでリーヴェスを殺すことが出来たとしても、その先はない。傭兵団が許すはずがなく、残りの復讐は諦めて、逃げるしかなくなってしまうだけだ。

「……それでリーヴェス殿は何のためにここへ?」

 二人が剣を引き、リーヴェスから距離を取ったところで、クローヴィスは用件を尋ねた。

「それはこっちの台詞だ。お前らが来るなんて聞いてねぞ」

「それは……」

 言い訳のしようがない。ヴォルフリックたちは本来の任務地とは異なる、この場所に無断で来ているのだ。

「団に無断で勝手なことをして、ただで済むと思っているのか?」

「…………」

 団規を破っているのはヴォルフリックたちの側。しかも、任務放棄と判断されかねない重大な違反だ。アーテルハードの息子であるクローヴィスが関わっていても関係ない。なおさら厳しい処分が下されることになる。アーテルハードはそういう性格だ。

「そんなことはどうでも良い」

 黙り込んでしまったクローヴィスの代わりに口を開いたのはヴォルフリックだ。

「なんだと?」

「盗賊どもを操っている奴らの居場所が分かった。俺たちはそこを襲撃するが、お前はどうする?」

 無断行動に対する処分など、事が終わったあとに考えること。今はどう任務を終わらせるかだとヴォルフリックは考えている。

「……お前、馬鹿か? その居場所がどういうところか分かっているのか?」

「知らない。なんだか偉そうな奴の屋敷だってくらいだな」

「この国の騎士団長の屋敷だ。そんなところに踏み込んだらどうなると思っている?」

 クローヴィスとフィデリオが突き止めた屋敷は、ノイエラグーネ王国騎士団長の屋敷。リーヴェスはそれを知っていた。

「どうなる? 悪党は皆殺しになって、盗賊団騒ぎは終わる」

「お前、本当に馬鹿なんだな? それで終わるはずがねえだろ? 下手すればノイエラグーネ王国との戦争だ」

「……その王国騎士団長だけでなく、国が悪巧みに関わっているなら、それも仕方ないだろ?」

 ノイエラグーネ王国との間で戦争が始まると聞いても、ヴォルフリックは引こうとしない。引かなければならない理由が、理解出来ないのだ。

「……クローヴィスとお前。お前ら二人なら俺の話は分かるはずだ。とにかくこの馬鹿にこれ以上、何もさせるな。縛り上げてでも王都に連れ帰れ」

 ヴォルフリックと話をしても通じない。そう考えたリーヴェスはクローヴィスとフィデリオに話を向けた。

「良いか? お前らの行動は本部に報告する。そうなれば嫌でも戻ることになるはずだ。分かるだろ?」

 二人がすぐに返事をしないので、リーヴェスはさらに話を続ける。無断で行動していることが傭兵団本部に知られれば、間違いなく帰還命令が出る。それを無視すれば拘束されての強制送還だ。

「……分かりました」

 それが分かっているクローヴィスは、こう答えるしかない。
 それに対してヴォルフリックは何も言わなかった。リーヴェスが何を言っているのかはヴォルフリックにも分かる。これ以上、意地を張っっても無駄だと考えたのだ。処分を恐れてのことではない。強行しようとすればリーヴェスは必ず邪魔をする。それは分かっているからだ。

 

◆◆◆

 リーヴェスに存在を知られたことで、ヴォルフリックたちのノイエラグーネ王国での活動は終わり、とはなっていない。ノイエラグーネ王国騎士団長の屋敷を襲撃することは断念。さらなる黒幕の追及も行うつもりはない。ただちょっとした後始末を行う為に、という口実で、翌日もノイエラグーネ王国の都に残っていた。
 昼間は観光。名所と言われる場所を片っ端から回り、それが終わると土産物屋めぐり。ただの時間つぶしだ。街に残った本当の目的は別にあった。その為には夜まで時間を潰している必要があったのだ。
 ようやく日が落ちて、時間つぶしは終わり。ヴォルフリックとブランドは目的地に向かった。歓楽街の外れにある酒場。獲物を釣り上げたその場所に、ヴォルフリックたちはもう一度足を向けた。

「……また来たのか?」

 ヴォルフリックたちを迎えた店の男は少し驚いた顔を見せている。昨日の今日で、また姿を現すとは思っていなかったのだ。

「あの炒めものの味が忘れられなくて」

「……じゃあ、注文は昨日と同じで良いな?」

「ああ……酒は止めておく。料理だけ。ただし、六人前で」

「はあ?」

 ヴォルフリックの注文を聞いて、また驚いた顔を見せる男。

「大人ぶるのは止めた」

「そうじゃなくて、六人前? ボリュームはかなりあるほうだと思っているのだが?」

 もともとこの店の料理はボリュームも売り。一人で三人前も食べられる量ではないはずなのだ。

「ああ、そっち? 遅れて仲間が来る。その分だ」

「仲間……すぐに来るのか?」

「いや……ああ、料理が冷めるか。じゃあ、来てからで良い。とりあえず二人前で」

 実際はそう時間をあけることなく仲間は来る。クローヴィスとフィデリオは店の外にいるのだ。そうであるのにこんな言い方をしているのは、しかも実際よりも多い人数分を注文しているのは、店の男に変な気をおこさせない為。あとから仲間が来ると思わせれば、変な真似はできないだろうと考えたからだ。

「カウンター空いてる?」

「あ、ああ」

 今日はテーブルに移動することなく、そのままカウンターの席に座るヴォルフリックとブランド。水を入れたグラスを置くと、男はカウンター裏の厨房に入っていった。
 包丁がまな板を叩く音。それが終わるとすぐにフライパンを振るっている様子が伝わってくる。油の音、鼻をくすぐる良い匂い。ブランドの腹が「ぐぅ」と鳴った。

「来た来た」

 湯気をあげる皿を二つ持って、男が厨房から出てきた。二人の目の前に置かれた美味しそうな炒めもの。ブランドはすぐにフォークを突き刺した。一方でヴォルフリックは。

「……どうした、食べないのか?」

 じっと男を見つめたまま、動かないでいた。

「俺、猫舌なんだ」

「もったいない。生きる楽しみの半分を損しているな」

「そんなに?」

 猫舌は料理に手を付けることなく男の反応を見ている為の方便ではあるが、実際にそうであってもそこまで損するとはヴォルフリックは思えない。

「辛い時でも悲しい時でも、美味い料理は常に美味い。美味い飯っていうのは楽しみ以外の感情を生まない、人生の中で唯一のものだ。その楽しみをお前は中途半端にしか味わえない。大げさとは俺は思わない」

「……なるほど。そうかもな」

 食というものにヴォルフリックは警戒感を覚えている。料理は男の言うようなものではないのだ。そうであることを考えれば、生きる楽しみの半分という言い方は大げさではないかもしれないと思った。

「もっとも、お前らは美味い飯に出会ったことなんて数えるほどしかないか」

「いや、仲間が作ってくれる料理はいつも美味い」

「ほう。美味い飯を作れる奴がいるのか。それは幸運だな。手放すんじゃねえぞ」

「……ああ」

 男の言葉にヴォルフリックの顔が曇る。

「どうした? 喧嘩でもしているのか?」

「いや、喧嘩はしてないけど、離れている期間が長くて。次にいつ会えるかも分からない」

「……どっか行っちまったのか?」

「行ったのは俺のほうだ。俺、この街の人間じゃあないからな」

「なんだと?」

 地元の小悪党だと思っていたヴォルフリックたちが、実はそうではなかった。その事実を聞いて、男の顔に警戒感が浮かんでいる。ヴォルフリックたちの態度は明らかに地元の人間であるように振る舞っていた。それが演技だと分かったのだ。

「そんなに驚かなくても。この店に来ているよそ者は俺たちだけじゃあないだろ?」

「それは……何人かいるだろうな」

「でも表の人間となると数人だ」

「……どうだろうな?」

 ヴォルフリックの追及に答えをごまかす男。もうヴォルフリックが何を言っているのか分かっている。

「間違いない。その情報を俺たちは入手した。金貨と引き換えにな。ちなみに雇い主は秘密」

「…………」

 雇い主を秘密というからには、男が知っている相手とは別にいるということ。それが何者かは分からないが、まずい状況であることは間違いない。ヴォルフリックは自分が何をしていたかを知っている。だからこんな話を始めたのだと男は考えている。

「さて、ここからが相談だ」

「相談だと?」

 相談という名目の脅し。その可能性を男は考えた。それで命が助かるなら悪いことではない。あくまでも脅しの内容次第だが。

「この炒めもの、すごく美味しいらしいから他の仲間にも食べさせてやりたい」

「……なんだって?」

 ヴォルフリックの相談は男の想像の斜め上を行くものだった。ふざけているのかと思った男だったが。

「この先、いつになるか分からないが、俺の仲間がこの店にやってくることがあるかもしれない。その時は良くしてやって欲しい」

 これを言うヴォルフリックの表情は真剣なもの。そうなるとただ料理を食べさせたいということではないはずだ。

「……仲間というのはどんな奴らだ?」

「シュバルツ・ヴォルフェ=黒狼団を名乗る。それが俺の仲間だ」

「シュバルツ・ヴォルフェ……」

 どこかで聞いたことがあるような名。だがすぐに思い出すことは男には出来なかった。西の大国ベルクムント王国の都で起きた裏社会の抗争の噂は、周辺国の同じ世界に住む人々の間にも広がっている。だが、抗争相手である黒狼団の名は強く記憶に残るほどではないのだ。

「お前にとっては良い話だ。上客を得ることが出来て、店は長く続けられることになるだろう」

 断れば、逆に店は潰れることになる。仮に店そのものは継続することになっても、店主は代わることになるはずだ。

「……分かった」

 男にはこう答える以外の選択肢はない。実際にどこまで掴まれているかは、いずれ分かること。それで本当にマズイ状況であれば、ヴォルフリックの要求に応えれば良い。そうでなければ無視だ。とにかく今はこの場を凌ぐことが重要なのだ。
 だがこの時の思惑とは異なり、男は詳しいことを知ることは出来なかった。翌々日には店に来るはずだった相手は姿を現さない。その日だけでなく、その後も店に現れることはなかった。
 男に分かったのは何かがあったということ。その何かにヴォルフリックたちが絡んでいるだろうこと。そして、黒狼団というのはベルクムント王国の都ラングトアで勢いを伸ばしている、正体不明の犯罪集団であるということだけだ。