月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #131 破壊と創造

異世界ファンタジー 四季は大地を駆け巡る

 レンベルク帝国の帝都。城の面会室でレンベルク皇帝はグランと向き合っていた。アイントラハト王国の外交担当としてグランは定期的にレンベルク帝国を訪れている。交易の話、軍事協力についてなど話し合うことはいくつもあるのだ。
 ただ帝都まで来るのは久しぶりだ。通常は国境の非武装地帯に設けられた交流所にレンベルク帝国からも外交担当が訪れ、そこで話し合いを行うことになっている。今回、帝都まで来たのは普段とは違う話題があるから。マーセナリー王国対策の状況変化について、レンベルク皇帝が話を聞きたいと伝えてきたからだ。

「土地を取らずに人を取る、か」

 アイントラハト王国の戦略がこれだ。土地を奪うのではなく、人の心を奪う。その為によろず相談所は活動し、アイントラハト王国軍はマーセナリー王国に進軍した。

「傭兵王と真逆であることに皮肉を感じます」

「なるほど。確かにそうかもしれん」

 傭兵王はひたすら領土を広げていった。人はあとから付いて来るという考えだったが、結果としてそれは上手く行っていない。完全に間違っているわけではない。土地を奪うにしても奪い方があったということだ。

「いずれにしろ、ヒューガ王は外に打って出ることになった。それは臣下としてどうなのだ?」

 いずれ、この時は来るとレンベルク皇帝は考えていた。だが今回のこれは思っていたものとは違う形だ。

「正直申し上げて難しいところですな。アイントラハト王国だけに目を向けていて欲しいと考える民がいるのは事実です。王がいてこそのアイントラハト王国。混迷の時代を経験しているエルフたちには、二度とその時に戻りたくないという思いがあるのです」

「ふむ……お主はどうなのだ?」

「……陛下から見れば、まだまだ至らないところがあるとしても、異種族をまとめ上げた我らが主は偉大なる王、いえ、この先さらに大きくなる御方だと考えております。そのような御方を大森林の民だけのものにしていてはいけないと思っております」

 ヒューガであればもっと多くの人々を救える。彼をアイントラハト王国が独占することは、不幸な人々を見捨てることになる。こういう考えだ。あくまでも、いくつかある思いの中のひとつであるが。

「大陸制覇を望むか?」

「いえ、求めるのは民のほう。王の治世を求める人たちだけが集えば良いと考えております」

「やはり、土地ではなく人か」

「全ての人をひとつの色に染め上げることは出来ません。無理に一つにしても内で反発が生まれるだけ。それはまとまりを壊してしまう力になります」

 逆に種族は違っても思いをひとつにする人々であれば、まとまって大きなことを成し遂げられる。グランはこれを知ったのだ。

「ひとつの色に……それでは……いや、多様性を失う心配など無用だな」

 アイントラハト王国は異種族共存を実現している。それは無理やり押し込めた結果ではない。

「はい。何もかも同じということではありません。お互いの価値観を尊重する。その上で共通する大事な何かがあれば良いのです」

「それが難しいのだがな」

 レンベルク帝国は他部族の連合体。それぞれ異なる文化や風習を持った部族が集まって出来た国だ。この形になったのは幾度も戦いを重ねた結果。多くの犠牲の上に成り立っている。人々の心を一つにまとめる難しさを、レンベルク皇帝は知っている。

「難しくなるのは人々が幸福だからだと思います」

「幸福だから? それはまたどうしてだ?」

「生きたいという欲求は生き物であれば当たり前にあるものです。生きるという目的の為にまとまることは、それほど難しいこととは思えません」

 生きる為に協力する。共通の死が目前に迫っている状況であれば、種族など関係なく協力し合おうという気持ちになる。ならない人のほうが稀なはずだ。

「……なるほど。生きられるのが当たり前になると次は自由を、豊かさを求めるようになる。欲求が贅沢なものになればなるほど求めるものの種類が増え、人々の思いはバラバラになるか」

「混乱は不幸を生みます。不幸におちた人々は救いの光を求め、それを与えてくれる人の下に集うようになる」

「その一人がヒューガ王か。だが今の理屈だと救われた人々は、いずれバラバラになってしまうな」

 安心して暮らせるようになれば欲が出る。その欲が大きくなればまとまりを失い、それぞれが勝手に動き始めて、また混乱が生まれる。

「仕方がありません。それを避けられる方法があるのであれば、この世の中から戦争なんてものはなくなっているはずです」

「一時の平和であってもないよりはマシか」

「はい。ただ諦めているわけではありません。共通の価値観を作り上げる為の活動は行っております」

 永遠の平和などない。それが分かっているからこそ、その平和の時を少しでも長くするための努力を怠るわけにはいかない。

「それはどのようなものだ?」

「教育です。全ての子供に共通した価値観を持ってもらう為の教育を行うことです。我が国であれば融和がそれにあたります」

 国を国として成り立たせる為に大切なこと。アイントラハト王国であれば融和がそれだ。それを実現する為に種族差別が悪であることを叩き込み、そういった意識が生まれないように各種族の文化や風習を、どうしてそういうものになったのかまで教えて、相互理解を深める。こういった教育も大事にされている。

「全ての子供たちか……」

 簡単なことではない。レンベルク帝国においても全ての子供たちが教育の機会を与えられているわけではないのだ。

「子供たちが働かなくては暮らしが成り立たない。これを当たり前のこととするのは間違いだと思います」

「生きるだけで精一杯という者の考えではないな」

 子供の手を借りなくても十分に家族を養える稼ぎが得られる。それでもう豊かな暮らしと言える。

「王が生まれ育った国では教育は当たり前の権利だったそうです」

「異世界か」

「一方で教育の機会を与えられない子供たちが多くいる貧しい国もあったようですな。それを王は不公平だと考えておられる。教育を受けた子と受けられなかった子では、将来の可能性が大きく異なる。それも差別を生むと」

「将来の可能性とは?」

 子供の可能性。それをレンベルク皇帝はすぐに思いつけない。そういう世界、時代というべきかもしれないが、なのだ。

「農家の子でも頭が良く、真面目に勉強すれば宰相になれる。そんな可能性です」

「……それは」

「我が国以外では難しいでしょう。それは王も分かっておられる。これも外の世界に踏み出すことを躊躇う理由のひとつであります」

 身分制の否定。これを実行するのは簡単ではない。身分が下の人たちも、それをすんなりと受け入れるとは思えない。貴方も頑張り次第では宰相になれるなどと伝えても、笑い飛ばされるだけだ。

「マーセナリー王国ではどうするつもりだ?」

「……それを受け入れる人たちだけの国を作る、という方法が一番可能性が高いかと」

「その国の民は受け入れても周りが受け入れん」

 そんな考えが自国にまで広がってしまっては大問題に発展する可能性がある。身分制を否定する国が生まれることを周辺国は決して認めないはずだ。

「そうでしょうな……そうなると我が国は全ての国を敵に回して戦うことになりますな」

「……それが分かっていて止めようとしないのか?」

「周りが止める必要はありません。無謀であると判断すれば王自らそれを止めます」

 負ければすべてを失うことになる。ようやくアイントラハト王国の人々が手に入れた普通の暮らしさえも。それが分かっていてヒューガが無謀な賭けに出るとはグランは考えていない。

「そうであっても臣下として諫めるべきものは諫めるべきではないのか?」

「無謀でなければ?」

「なんだと?」

「私には判断出来ないのです。私だけでなく、この世界の常識に縛られている者たちからは出来るなんて結論は絶対に出ません。ですが実際は可能であったら? さすがに百姓の息子が宰相になるなんてのは無理でしょうが、今よりももっと可能性を感じられる国が出来るのだとすれば、それを無知な者たちが止めるのは愚かな行いではないでしょうか?」

 これはグランがもともと持っていた望み。有力貴族家が権力を独占する国、しかも世襲によってその地位が守られ続ける国の在り方は間違っている。能力のある者たちがその力を活かす機会を与えてくれる国にしたい。そう考えてパルス王国で新貴族派として活動していたのだ。
 アイントラハト王国はグランが思っていた国の形を遥かに超えている。その国で働けることで満足はしているが、この可能性を大森林の中だけに留めておくのは惜しい。こんな思いもあるのだ。

「……それも一時のものだとしてもか?」

 権力の継承を望む者は必ず出てくる。パルス王国の有力貴族家も初めから今ほどの大貴族であったわけではない。得た権力を使って、さらにその力を拡大させる。これを繰り返して絶対的な力を手に入れたのだ。

「思想は残ります。それを実現する方法も残るかもしれません。権力を手にした者たちが腐敗した時に、それに成り代わる者が出る。それだけで違うのではありませんか?」

 パルス王国のフォーエンド家が腐敗しているとまではグランは考えていない。だが彼らは彼らの為の政治を行っている。それはその恩恵を受けられない人々にとっては不公平な政治だ。それが平気で出来るのは、それを批判出来る勢力がいないから。いてもその者たちには力がなく、彼らの専横を止めることが出来ないから。
 今はそうでなくてもいつか彼らは国を誤らせる。そのリスクを取り除く機能が国には必要なのだ。

「……この世界の常識に縛られている儂には分からんな」

「私も可能性を口にしているだけです。ただ私は知っているのです」

「何を?」

「パルス王国は大いなる可能性を自らの手で振り払った。その責任の一端は私にもあり、だからこそアイントラハト王国では同じ失敗をするわけにはいかないのです」

 もしヒューガがパルス王国に残っていたらどうなっていたか。パルス王国時代には知らなかった事実も加味して、グランは考えてみていた。エルフ族との繋がりがないヒューガには価値がないか。そんなことはないとグランは思う。ヒューガにはパルス王国を導く力があると思う。
 それだけではない。パルス王国に残っていたとしても、結局は何らかの形でエルフ族や魔族との繋がりを得ることになったのではないか。こんな風にも思う。
 そうなった時のパルス王国にはどんな未来が待っていたのか。その未来をパルス王国は失ったのだ。

「大いなる可能性か……」

 グランの話はレンベルク皇帝を悩ませる。ヒューガを知ってからずっとレンベルク皇帝は、帝国の未来を託せるだけの人物かを見極めようとしていた。だが身分制の否定はさすがに受け入れ難い。自分の直感は間違いだったかと思ったのだが、その思いもわずかな間でまた揺れてしまう。
 レンベルク帝国はどうするべきか。今結論が出せることではなく、もともと急いでもいない。それでもこの思いが頭に浮かんだ。

「我々の多くはとっくに死んでいてもおかしくない者ばかり。そんなことも影響しているのでしょうな」

 レンベルク皇帝の迷いを感じ取ったグランは、場の雰囲気を緩めようとこんな話を口にした。レンベルク帝国に今、結論を出してもらう必要はない。もう少し様子を見ていてもらいたい。こんな考えからだ。

「……背負うものが少ないということではないな?」

「背負えるだけ背負ったところで、生きているだけで苦にならないというところですかな?」

「なるほど。それは……強いな」

 グランの言葉には明るさがある。失うもののない者の悲壮感が伴う強さとは少し違うのだとレンベルク皇帝は感じた。理想を追うことに妥協しないでいられる強さ。言葉にすればこのようなものかと。
 グランだけでなく、アイントラハト王国の国民が皆このような思いを抱いて生きているのだとすれば。レンベルク皇帝は少し可能性を信じられる気持ちになった。

 

◆◆◆

 マーセナリー王国軍五千と向き合うアイントラハト王国軍は千。エアル率いる春の軍とカルポ率いる秋の軍の二軍だ。数の上ではマーセナリー王国軍が圧倒的に優位であるが、戦況はその通りになっていない。
 主力であった元傭兵たちの多くが離脱したマーセナリー王国軍を構成しているのは一般兵。マーセナリー王国で徴兵された兵士たちと旧ダクセン王国軍の騎士や兵士が大部分だ。数では勝っていても質ではかなり劣る。特に魔法力においては圧倒的にアイントラハト王国軍が上だった。

「敵の魔法をどうにかしろ!?」

「エルフ族に魔法で勝てるはずないだろ!? ましてあんな非常識な魔法をどうやって防げる!?」

 文句を言ってもどうにもならない。本来はエルフ族の魔法にも対抗出来ないわけではない。エルフ族の精霊魔法は威力は強いが、詠唱に時間がかかる。魔法を放たれる前に接近戦を挑む、もしくは弓や、威力は劣るが短時間で発動できる魔法で攻撃するというのが一般的な戦法だ。
 だがアイントラハト王国軍の魔法はそれを許さない。大小混在した魔法が切れ目なく襲ってきて反撃を許さないのだ。

「魔力が切れるまで待てってのか!?」

「……いや、その必要はなさそうだ」

「何?」

 ただ魔法攻撃が終わるまで耐え続けているだけ。その選択をマーセナリー王国軍はとる必要はなかった。

「敵だ! 接近戦を挑んできたぞ!」

「……舐めやがって」

 接近戦はマーセナリー王国軍も望むところ。それをアイントラハト王国軍から仕掛けてきたことを侮辱だと傭兵王は受け取った。侮辱のつもりはアイントラハト王国軍にはない。遠くから魔法で攻撃しているだけでは傭兵王は負けを認めない。こう考えているからだ。

「速いぞ! 急いで隊列を整えろ!」

 アイントラハト王国軍の足は速い。ホーンホースの足は普通の馬と比べものにならない速さなのだ。

「隊列なんてどうでも良い! あの野郎を討てばそれで終わりだ!」

「馬鹿! お前が討たれても終わりだろ!」

 陣を飛び出していく傭兵王に向かって叫ぶ副官のゲルト。だが傭兵王はその声を無視して、走り続ける。目標は一際大きなホーホーに乗るヒューガだ。

「テメエ! 今度こそ殺してやる!」

 今の状況はヒューガのせい。ヒューガに苦戦したことで傭兵王は臣下の信用を失った。そうであれば元凶であるヒューガを自らの手で討ち取れば良い。それで自分の強さを証明出来ると傭兵王は考えている。

「殺されるわけにはいかないな」

 ヒューガとしても傭兵王に自らの力を思い知らせなければならない。いきなりの一騎打ちは想定外だが、誘い出す手間が省けて大助かりだ。
 向かい合う二人。一騎打ちを邪魔する者はいない。マーセナリー王国軍、特に副官のゲルトは邪魔する気満々なのだが、それは春の軍が許さない。二人に近づけないように間に入って、押しとどめている。

「ガキが! 舐めてんじゃねえ!」

 振りかぶった剣をヒューガに向かって振り下ろす傭兵王。それをヒューガは身を躱すことで避けた。傭兵王にとってそれは想定内のこと。とくに反応を示すことなく、次々と攻撃を繰り出していく。ヒューガのほうは防戦一方。追い込まれているわけではないが、途切れることのない攻撃を受けきることに専念している。
 前回の戦いと同じような状況、では終わらない。斜めに振り下ろされた剣を躱したヒューガに傭兵王はさらに深く踏み込んで、跳ね上げるように拳を振るってくる。

「っと」

 見切ったはずの間合いを狂わす影。それは傭兵王が振るった拳の先に伸びていた刃だった。のけぞる姿勢になったヒューガに、さらなる攻撃が襲い掛かる。足を狙って振るわれた剣。それをヒューガはバランスを崩したまま、大きく後ろに飛ぶことで避ける。
 すかさず立ち上がろうとするヒューガ。その間を与えまいと傭兵王は膝立ちの姿勢のヒューガに向けて、力一杯剣を振り下ろした。

「なっ!?」

 受け止めようとするヒューガの剣を押し切ろうと考えて、体重を乗せて剣を振り下ろした傭兵王。だが、ヒューガの剣はなんの手応えもないまま、金属音を残して地に叩きつけられた。今度は傭兵王がバランスを崩す番。自らの勢いを押しとどめることが出来ずに地面に突っ伏してしまう。
 腹部に感じた強い衝撃。

「がはっ……」

 それが何かを認識する前に、さらに傭兵王は後頭部に強い衝撃を受けることになる。

「……上手く行ったかな?」

 こんな呟きを漏らしながら地面に落ちている自分と傭兵王の剣をひろうヒューガ。

「……テ、テメエ」

「ちょっと驚いたけど、攻撃の狡賢さでは先生のほうが上だからな」

 相手の不意を突く攻撃。これについてはヒューガの師匠であるヴラドのほうが傭兵王よりも一枚も二枚も上手。隠し武器で攻撃されるなんてことは数えるのも馬鹿馬鹿しくなるくらいに経験している。

「……殺せ」

「一度負けたくらいで諦めるのか?」

「俺はもう傭兵じゃねえ、王だ。恥をさらして生きられるか」

 傭兵であれば生き延びることを優先する。だが傭兵王はもう傭兵ではない。マーセナリー王国の国王だ。これ以上、生き恥を晒すつもりはなかった。この思いの半分くらいはただの意地であったとしても。

「だったら王であることを辞めれば良い。辞めて生きれば良い」

「……生きて何になる?」

「自分の力を人の為に使うとか?」

「そんなことはとっくにやってた! 傭兵ってのは人の為に働く仕事だ! だがその結果はどうだ!? この世の中は何か変わったか!?」

 仕事に困ることはなかった。護衛、野盗討伐等々、依頼料の高い仕事を数え切れないくらいに引き受けた。反乱鎮圧なんて滅多に出ない仕事を受けたこともある。使えきれないほどの金を手に入れた。
 だが傭兵王はある日、考えてしまった。野盗討伐の仕事はどうしてなくならないのだろうかと。何度も何度も依頼を受けて、全て達成している。それなのに野盗は世の中から消えないのだ。それは何故かを。

「ああ、分かっているさ! 傭兵は人の為に働いているわけじゃない! 金がある! 権力がある奴らの為に働いてんだ! そいつらの為に俺は沢山、人を殺したんだ!」

 犯罪者になりたくてなっている人がどれだけいるのか。そうならざるを得ない状況に追い込まれて野盗になった人も少なくないはず。自分はそんな世の中を作った奴らの為に、そんな奴らのせいで犯罪者となった人々を殺した。

「俺が世の中をぶっ壊してやる! 金持ちも権力者も、人を上から見下ろして笑っている全ての奴らを引きずり降ろしてやる!」

 最初の動機は怒りだった。だがいつからかそれは歪んでしまった。自分が権力者になることを優先するようになってしまった。

「壊せば良い。これからも壊し続ければ良い」

「……なんだと?」

「壊すことしか出来ないのであれば、そうすれば良い。そのあとで俺が作ってやる。それに納得いかないのであれば、また壊せば良い。俺もまた作る。何度でも何度でも、納得するまでやれば良い」

「お前……」

 ヒューガの意図が傭兵王には分からない。分かるのはこの世の中を作り変えようという意思があるようだということ。もちろん、この言葉だけでは分からない。分からないはずだった。

「信頼出来る味方は何人だ?」

「……なんでそんなことを教えなければならねえ?」

「次はその仲間だけで戦おう。こちらも数を合わせる」

「……舐めているのか?」

 ヒューガが示した条件は傭兵王にとって悪いものではない。数で優るが質で劣る。だがそれは全体の質であって、個々の力では完全に劣っているとは思っていない。質の高い味方だけで、同数で戦うのであれば勝ち目はある。そう傭兵王は考えている。

「舐めている相手を味方にしようなんて思わない。これ以上、戦わないでも負けを認めてくれるなら、これで終わりでも良いけど?」

「……認めるわけがねえ。五十だ。こちらは五十人で戦う」

「じゃあ、それで。また明日だな」

 傭兵王に背中を向けて、歩いていくヒューガ。その背中に斬りつけよう、とは傭兵王は思わない。それでは誰も勝ったと認めてくれない。自分自身が納得しない。
 戦いはまた明日もある。今度こそ勝つ。傭兵王は心に誓った。そう誓わないでは心が折れてしまう。そんな風に感じていた。