月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #130 よろず相談承ります

異世界ファンタジー 四季は大地を駆け巡る

 旧ダクセン王国領にある村。長く続く戦乱で男手を失い、土地が荒れ果て、なんの収穫も得られることが出来なくなっていたところに、さらに野盗と化した元マーセナリ―王国軍の騎士や兵士による襲撃を受けて、蓄えまで奪われてしまった。
 明日食べるものにも困る状況。村を捨て、新たな土地で暮らしを立て直すにしても他の街や村も似たような状況。そもそも暮らしが成り立つようになるまで食つなぐことも出来ない。
 どうにもならない状況に絶望する村人たち。藁にも縋るつもりで、たまたま村を訪れた、よろず相談所などという聞いたこともない組織に相談を持ち掛けてみた結果。

「まず土に関しては、弱ってはいるものの、充分に回復は可能です。とりあえずは水……水路の修復ですか」

「はあ」

 相談員の説明に戸惑う村長。説明の内容に戸惑っているのではない。説明してくれている相手が、どう見てもエルフ族にしか見えないことに戸惑っているのだ。

「水の手も探ってみましょうか? 近くに井戸が掘れれば、水路の修復も短くて済みます」

「いやぁ、新しい井戸はそう簡単には……」

 農地の近くに水源があるのであれば、とっくに井戸を作っている。見つからなかったから、少し遠くから水路を伸ばす必要があったのだ。

「……見つかりそうですけどね? 捜すだけであれば、それほど労力がかかるものではありませんので、とにかくやってみましょう」

「いや、労力は」

 労力はかなりかかる。何か所も試し掘りを繰り返さなければならないはずなのだ。ただ、それは人族だけで行う場合。

「井戸を掘って、水路を修復し、土が蘇ったとしても収穫を得るまでには数か月かかります。それまではどうやって凌ぐおつもりですか?」

「……蓄えといえるものは何もなくて」

「なるほど……そうなると相談料も即金では無理ですね?」

「……その通りです」

 様々な相談を受けると言われたから相談しているが、払うお金がない。やはり駄目かと思って、村長は肩を落とした。

「ふむふむ。そうなるとローンを利用することになりますか」

「ローン?」

「分割支払いです。支払い開始日も遅らせる必要がありますか。繋ぎ融資も必要ですね。そうすると担保としては……今の農地と同じ広さの土地を提供してもらうことになりますが、よろしいですか?」

 つらつらと説明を続けるエルフ。こういうケースは想定内、というよりこういうケースばかりであると分かっている。

「土地の提供ですか?」

「はい。農地に変えるのはこちらで勝手に行います。収穫が出来るようになった段階で、その土地の面倒は村でみて頂いて、そこからあがる収穫物については全て相談所に提供してもらいます」

「それで良いのですか? あっ、いや、土地の提供と言われても勝手には」

 村長が勝手に土地の権利を渡すことは出来ない。今、登録してある以外の土地は全て国のものなのだ。

「ご心配なく。許可を取る相手はいません。恐らくは今の記録もなくなっているでしょう。仮にあっても許可を出す相手が定まってから、登録し直せば良いのです」

「……本当にそれで良いのでしょうか?」

「現状を乗り越えるには、気にしていられないのではないですか?」

「確かに……」

 そんなことを気にして相談所の提案を受けなければ、村人は皆死んでしまう。村長に選択肢はないのだ。

「では契約を取り交すことになりますが、その前に申し上げておきます。我々にとって契約は人族の人たちとは比べものにならないくらいに重要なもの。その我々と契約を結ぶからにはそれを破ることは許されません。そのおつもりで疑問点がなくなるまで、必要なことは聞いてください」

「……不作で相談料を払えない場合は?」

「その場合は分割支払い期間を未払いとなった回数分延長することなります。ただし、天候不順などどうにもならない場合のみです。農作業をサボることでそのような事態になった場合は、契約違反となります」

「契約違反になった場合、あっ、いえ、そんなつもりはないのですが、万一何かあった時は……」

 本当に村長には契約を破るつもりはない。だが脅されたと感じるくらいに、契約違反について言われているので聞かないではいられない。

「原因次第のところがありますので……はっきりと申し上げられるのは違反の原因を作った人だけに責任を取ってもらうということです。連帯責任なんてことは考えておりません。その責任も特別なものだとは思っていません。借金を踏み倒した場合にどうなるかなどを考えて頂ければ想像出来るのではないでしょうか?」

「……なるほど。なんとなく分かりました」

「あとは?」

 といった感じで何度か質疑応答を繰り返した後、村長はよろず相談所と契約を結んだ。契約違反となった場合を恐れても意味はない。ここで助けを得られなければ、皆死んでしまう可能性が高いのだ。
 この選択を、将来は分からないが、すぐに村長は正しかったと思えるようになる。

「……すごいな」

 契約締結後、よろず相談所はすぐに作業を開始した。水源の調査は驚くほどのスピードで行われ、さらに井戸掘りも見る見るうちに進んでいく。水源の確保はその日のうちに終わってしまった。
 調査もなにも、相談員が最初にここだと指示した場所から水が出たのだ。村長にとっては驚くべきことだが、相談員にとっては当たり前のこと。精霊がそこに水源があると言うのだからあるのだ。
 翌日からの水路の修復については、ある程度、常識の範囲で進んだ。力仕事は相談員たちが女性やお年寄りでも可能な作業は村人がという役割分担だ。ただそのすぐ近くで行われている新たな土地の開墾は常識外れだった。土は誰も何もしていないのに、実際には精霊たちが働いているのだが、掘り返され、石や木の根などが取り除かれていく。それが終わると屈強な男たちが、動きは普通だが、尋常ではない速さで鍬を入れ、次々と運ばれてくる腐葉土を混ぜ込み、土地を耕してく。
 荒れ果てていた農地は信じられないスピードで回復し、拡大していった。

「これが繋ぎ融資です。分配は村長にお任せします」

 さらに数日後、相談員は運ばれてきた大量の食物を村長に渡す。収穫を得られるまでの食料だ。

「……あ、ありがとうございます」

「御礼は我々ではなく、野盗討伐を依頼した相談者に……といっても相手が分かりませんね。では我々からお伝えします」

「野盗討伐ですか?」

「この辺りで暴れていた野盗の討伐は完了しました。この食料の一部はその野盗から奪い返したもの。貴方たちが奪われたものも混ざっているかもしれません」

 まだ余裕のあった、野盗に襲われていない村の相談を受けて、よろず相談所は野盗討伐を行った。その相談も自ら営業して獲得したものだが。

「……それでもやはり御礼を言わせてください。本当にありがとうございます!」

 農地は回復どころか増え、恐れていた野盗もいなくなった。この状況を作ってくれたのはよろず相談所。いくら感謝してもしたりないと村長は思う。

「また何かお困りごとがあれば、遠慮なく相談してください。我々はよろず相談所。なんでもやりますから」

 元傭兵たちによる野党討伐だけではなく、よろず相談所はこんな活動も行っている。こちらのほうが活動の中心だ。目に見える形で人族の人々の助けになる。それにエルフ族が、いずれは魔族が関わっているということも人々に知ってもらう。
 そうやって信頼を勝ち取っていく。これも、よろず相談所の重要な目的なのだ。

 

◆◆◆

 マーセナリー王国の傭兵王は、小集団に分かれて好き勝手を行っている元部下たちをひとつひとつ潰して、支配地域を回復させている。乱立する裏切り者たちに振り回され、思うように進まなかったのだが、このところ急に順調と言っても構わない勢いが出てきている。討伐するまでもなく裏切り者たちの集団が勝手に消えていっているのだ。
 傭兵王にとっては喜ばしい状況、とはなっていない。逆に苛立ちを強めているくらいだ。

「どういうことだ!? なんで今更、傭兵稼業に戻ろうなんて考えるんだ!?」

 小集団が消えていく理由は二つ。ひとつはマリ王国に吸収されているから。そしてもう一つがよろず相談所で相談員として働く者たちが、もの凄い勢いで増えているからだ。元傭兵に限った話ではない。一般の兵士たちの中にもそういう選択を行う人が増えている。
 前者について傭兵王は、マリ王国の裏切りは忌々しく思っているが、それほど気にはしていない。マリ王国の裏切りに文句を言えるほど傭兵王は清廉潔白ではない。必要とあればもっと卑劣な手だって使う。
 納得いかないのは、よろず相談所のほうだ。臣下になった元傭兵たちは傭兵ギルドに不満を持っていた者ばかり。たった一度負けたくらいで、何故元の仕事に戻ろうと思うのかが理解出来ない。

「生活の保証、命の保証。よろず相談所はそれを与えています」

 傭兵王の問いにクリストフが答えた。よろず相談所を訪れてから、色々と調べている。その結果、分かったことは多い。

「命の保証なんてあるか? 傭兵は危険な仕事だ」

「危険な仕事を受けるかどうかは本人が決めること。本人の意思を無視して戦争に駆り出されるよりは遥かにマシだと思っているのです」

 今更、何故、傭兵に戻るのか。この疑問の答えはすぐに見つかった。同じ不満を持ちながらもマーセナリー王国に残っている元傭兵は少なくないのだ。

「そうだとしても傭兵ギルドなんて信用できねえ!」

「よろず相談所です」

「所長は元傭兵ギルド長じゃねえか!?」

「……そうですが……傭兵ギルド長だからといって、その意思が組織の全てに浸透するわけではありません」

 少し躊躇いを見せながらクリストフはこれを口にした。東方支部長であったクリストフは、高ランクといえども一傭兵に過ぎなかった傭兵王が知らないことを知っているのだ。

「……何の話だ?」

「前傭兵ギルド長は不正を嫌う人物。傭兵の待遇改善を進めようとしていた人です。ですが彼は真面目すぎて派閥を作れなかった。それが彼が他の支部長や支店長とは違う証でもあります」

「……お前も元傭兵ギルドの支部長だ」

「ええ。私は彼とは違い、野心を実現する為であれば、汚いことを平気で行います。その結果の今です」

 クリストフは、自分の悪心を否定しない。自らの野心実現の為に、傭兵王と手を握り、様々な手段で味方を増やしていた。これは隠しようのないことだ。

「だからって……やり方は傭兵ギルドと同じだろ?」

「少し違います。依頼は依頼者が直接出すことになっています。報酬を決めるのは依頼者なのです。その報酬から四割を引いた金額が傭兵たちの取り分。これだけだと多く取り過ぎのように思えますが、その四割で施設の運営、これは食堂も含みます。それと怪我をした場合などの保証も賄われます」

 傭兵ギルドでは依頼料はギルドが決める。依頼者が約束した報酬からどれだけ引かれているか分からない。もちろん依頼者から聞ける場合もあるが、直接会えるような依頼は雑用の類で、そういった依頼はギルドも取り分を少なくしていたりする。

「怪我した時の保証?」

「治るまで仕事が出来なくなるので、その間の生活費です。決して多くはありませんが、食費は食堂を使えばタダで、動くことも出来ない怪我人を収容する施設もあります。本人は金を使うことはありません」

「……そんなのでやっていけるのか?」

「分かりません。やっていけているのかもしれませんし、損を埋められる資金源があるのかもしれない」

 クリストフはやっていけないと思っている。よろず相談所には資金を提供している組織があると。

「……レンベルク帝国か」

「その可能性は高いですが、前ギルド長とレンベルク帝国の繋がりが分かりません。国として、もっとも付き合いが深いのはパルス王国。傭兵ギルドも考えましたが、他地域の傭兵が羨むような制度を認めるのかという疑問があります」

「ではパルスの策略だな?」

「……どうでしょう?」

 レンベルク帝国、パルス王国の両方に否定的な答えを返すクリストフ。

「なんなんだ一体? 何も分からねえのか?」

「分からない組織である可能性があります」

「なんだ、それ?」

「エルフ族と思われる傭兵、いえ、正しくは相談員でした。相談員が大勢いるようです」

 よろず相談所について調べれば、その仕事の実施状況を調べればすぐに分かることだ。よろず相談所は隠すことをしていない。エルフ族が、魔族もだが、人々の苦しい状況を助けている。この事実を大勢に知ってもらわなければならないのだ。

「そりゃあ、エルフ族だっているだろ?」

「確かに傭兵ギルドにもごく少数、登録されていました。ですがよろず相談所のそれは比べものにならない多さ。全国の傭兵ギルドにいたエルフ族の何倍もの数がいるようなのです」

 現時点で把握している、よろず相談所の拠点は一か所。その一か所に大勢のエルフ族がいる。それは異常なことだとクリストフは思う。

「……エルフ族といったら大森林だが……仕事を求めて、外に出てきた?」

「その可能性も否定はしません。ですが何故、よろず相談所で働くことを選ぶのでしょうか? 彼らにとって安全な場所だと、何故思えるのでしょうか?」

「全然、分かんねえ。誰か忍び込ませて、調べさせてねぇのか?」

 内情を知るのであれば、息のかかった者をよろず相談所に送り込めば良い。潜入者を作るのは傭兵王のいつもの手だ。

「調べさせてはいますが、さすがに裏の事情は相談員では分かりません」

「職員は募集してねえのか?」

「難しいと思います。信頼出来る者たちは、ほぼ全員が顔バレしているので。相談員としての登録も末端の者たちしか受け付けてもらえないようです」

「……裏切り者がいるな」

 マーセナリー王国の重臣たちの顔は全て知られている。一から調べた結果だとは思えない。知っている者がよろず相談所に寝返ったのだと傭兵王は考えた。

「ええ。ガロンです」

 正解だ。

「なんだって……?」

 だがその答えは傭兵王の動揺を誘うもの。ガロンは傭兵王が信頼していた、もっとも腕の立つ臣下の一人。レンベルク帝国との戦いで死んだと思っていた人物だ。

「生きています。生きて部下の何人かと共によろず相談所で働いています」

「……脅されてだ」

「いえ。接触した者が言うには、自分の意思のようです。自分たちを見捨てて逃げた者より、命を助けてくれた者を選ぶ。こんな風に言ったそうです」

 クリストフは言葉を選ぶことなく、そのまま傭兵王にガロンの言い分を伝えた。事実に目を背けていては誤った判断を下すことになる。そう考えたのが理由のひとつだ。

「……見捨てて逃げた……か。確かにそうだな。そうなるとやっぱり、よろず相談所の背後にはレンベルク帝国がいるってことだな?」

 ガロンはレンベルク帝国軍に捕らわれた。傭兵王はこう思っている。レンベルク帝国との戦いでのことなので、こう思うのは当然だ。

「そんな単純なものでしょうか?」

 だがクリストフにはまだ疑問が残っている。

「だから何なんだよ? どこがおかしい?」

「私たちには。よろず相談所以外にも分かっていないことがあります。戦いの場に現れた謎の部隊は何なのか? その存在を我々はまったく掴んでいませんでした」

「あれか……」

 レンベルク帝国に攻め込むにあたって、それなりに情報収集は行っていた。敵戦力を把握することは最重要事項。そこに手抜きはなかったはずだった。だが実際には、得た情報にはなかった部隊が戦場に現れ、それによってマーセナリー王国は敗北を喫した。

「あの部隊の正体なら、もうすぐ分かる」

「ゲルト! テメエ、会議をサボって何してやがった!?」

 現れたゲルトに文句を言う傭兵王。大事な話し合いの場。ゲルトも当然、参加していなければならなかったのだ。

「部下からの報告を聞いていた。レンベルク帝国から軍が攻め込んできたようだ。数は多くはないようだが、まず間違いなくあの時の部隊がいる。角の生えた馬に乗っている部隊なぞ、他にいるとは思えんからな」

「……攻め込んできたのか」

「どうする?」

「……返り討ちにするに決まっているだろ! すぐに出るぞ!」

 傭兵王にとっては今の事態をもたらすきっかけを作った憎らしい敵。戦わないなんて選択はあり得ない。汚名返上、名誉挽回の絶好の機会を逃すわけにはいかないのだ。すぐに自ら軍を率いて戦うことを決めた。
 アイントラハト王国にとって望む通りの展開。あとは戦いの結果がどのような形で終わるかだ。