月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第15話 思っていたより派手だった

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 ヴォルフリックたちの任務地はグリュックスインゼル王国。その都から東方に伸びる街道を国境近くまで進んだところにある山岳地帯だ。そこを抜けると、中央諸国連合加盟国の中でもっとも東に位置する、オストハウプトシュタット王国との争いにおいて最前線となるローゼンブルク王国にたどり着くことになる。
 街道を外れ、山岳地帯の裾野に広がる森林地帯に踏み入ると、目的地となる盗賊団のアジトはあった。前回任務でのアジトと似た雰囲気。周囲の木々は切り払われて、少し離れた場所からアジトの存在は確認出来るが、背丈を軽く超える塀に囲まれて中の様子までは見えない。

「……アジトの作り方まで決められているのかな?」

 それを見てブランドが問いを発する。本気で気にしているわけではない。思ったことを口にしただけだ。

「そうかもな。ただまったく同じというわけではなさそうだ」

 パット見は同じ。だが微妙な変化にヴォルフリックは気がついている。そうであろうと考えた上で見ているから分かることだ。

「何が待っていると思う?」

 ヴォルフリックはフィデリオに問いを向けた。近衛騎士団出身のフィデリオであれば戦術の知識もあると考えてのことだ。

「……進路を限定した上で、飛び道具での攻撃。火計は……アジトを放棄するつもりならありですか。水計はなさそうですね」

 アジトの周囲には恐らく落とし穴が掘られている。前回任務ではそうであった。盗賊団がアジトの出入りに使っているだろう場所が一筋であることも、地面に残っている馬の足跡や草のハゲ具合で分かる。これも前回任務と同じだ。
 これを見抜いたヴォルフリックたちは前回、味方を装ってアジトに接近した。堂々と近づいた時に、敵がどういう対応を見せたのかは分かっていない。あくまでもヴォルフリックたちが討伐した盗賊団の場合は。

「矢は今回も準備している可能性は高い。さらに火か……どちらにしても俺の出番だな」

 月と太陽の二チームはまんまと落とし穴に嵌ったところに、さらに矢で攻撃されて死傷者を出した。敵が今回も同じ備えをしている可能性は高い。

「どうするつもりですか?」

 ヴォルフリックが発した「俺の出番」の意味するところがクローヴィスは気になった。このまま攻めるにしても、ヴォルフリックだけの出番ではないはずなのだ。

「敵の罠を暴き出す。矢と火の可能性が高いのなら、それは俺の役目だ」

「一人で行くつもりですか?」

「お前、矢と火をなんとか出来るのか?」

「それは……しかし、いくら操炎の能力をもっているからといって、炎に巻かれては無事では済みません」

 発火の特殊能力を持っているからといって、それで炎に対して完璧な耐性があるわけではない。水系の特殊能力を持っていても溺れる、とは少し違うかもしれないが、そういうことだ。

「大丈夫。俺の炎は俺自身を決して傷つけない。まあ、見ていろ」

「ヴォルフリック様!」

 忠告を無視して盗賊団のアジトに向かおうとするヴォルフリックを呼び止めようと、クローヴィスは大声で叫んだ。

「大声出すから、敵にいるのバレちゃったよ。今更だけど黙ってみていなよ。ヴォルフリックなら大丈夫だから」

 そんなクローヴィスをブランドがたしなめてきた。その言葉をそのまま受け取る気にはなれないが、少し様子を見ることにしたクローヴィス。ヴォルフリックが何をしようとしているのか興味を持っていないわけではない。
 そのヴォルフリックは近づいているのが敵に知られたことなど気にした様子もなく、アジトに向かって、歩を進めている。

「……そろそろかな?」

 そろそろ敵の動きがあるはず。そう思った途端、予想通りに盗賊団のアジトから矢が放たれてきた。十ほどの矢。まだ避けることは難しくない数だが、それを行えば落とし穴にはまる可能性が高い。ヴォルフリックが選択したのは。
 空中に広がる炎。それに触れた矢は次々と燃え上がっていく。アジトの中から「特殊能力者だ」と叫ぶ声が聞こえてきた。それに続いて、何か指示を出している声も
 また矢が宙に放たれる。それもまたヴォルフリックに届くことなく、途中で燃え尽きていく。更に三射、四射目。アジトから立て続けに矢が放たれるが、どれも結果は同じ。すべてヴォルフリックの炎に焼かれていく。
 ――そして五射目。今度の矢はこれまでとは違っていた。放たれた時点で先端が炎に包まれているのだ。

「これも予想通り……火計か……」

 呟きと共にヴォルフリックの足元から広がっていく炎。それは勢いをまし、さらに一帯に広がっていく。燃え上がる炎が宙に舞い上がる。地面に掘られた小さな溝。その中を流れる油に、周辺に置かれていた枯れ木、枯れ草に引火したのだ。
 勢いを増す炎が辺り一面を覆っていく。その炎に飲み込まれてヴォルフリックの姿も見えなくなった。
 それを見た盗賊団から歓声があがる。アルカナ傭兵団の、それも特殊能力持ちを殺せた。約束されていた莫大な報酬が手に入る。それを喜ぶ声だ。

「もっと油を撒け! 決して逃がすな!」

 盗賊団の中にはまだ油断していない者もいる。さらに火の勢いを増す為に、油を撒くように指示する声。それに応えて、アジトの中からヴォルフリックが立っていた場所めがけて、油を入れた瓢箪が投げ込まれていく。
 さらに勢いをます炎。それは空高く舞い上がり、空を黒煙が覆っていく。

「……どうだ? やったか?」

 罠にかかったのはただ一人。他にもアルカナ傭兵団の団員がいるのは明らかだ。さらに成果をあげるか、これで満足して引き上がるか。判断するには確実に一人は殺したという確証が欲しいところだ。無理な願いだが。

「なっ!?」

 さらに勢いを増した炎が渦を巻くようにして、空に向かって伸びていく。うねうねと、まるで生きているかのように動くその炎は、アジトの入り口の門に向かってまっすぐに伸びてきた。
 炎に包まれた門の扉。頑丈なはずのそれは大きな音を立てて、吹き飛んだ。

「……残念でした」

「ば、馬鹿な!?」

 炎に巻かれて焼け死んだものと思っていたヴォルフリックが姿を現したのを見て、盗賊たちは驚愕している。だがその中でただ一人。反応を見せた者がいた。
 ヴォルフリックに襲いかかるるのではなく、後ろの建物に向かって走っていく男。その動きをヴォルフリックは見逃さなかった。
 火のついた瓢箪を建物に投げつけようとしている男。それよりも一歩早く、ヴォルフリックの炎が男に襲いかかり、手に持った瓢箪ごと男の体を包み込む。
 絶叫をあげながら地面を転がる男。その男の手を離れた瓢箪は地面を転がり――爆発した。その爆発がさらなる爆発を呼ぶ。次々と吹き飛ぶ建物。その勢いは凄まじく、やがてアジト全体が爆発の炎に、爆煙に包まれ、見えなくなった。

 

◆◆◆

 オトフリート率いる月の任務地はベルクフォルム王国。大陸中央西部に位置する小国だ。そのベルクフォルム王国の王都近くの森林地帯にいる盗賊団が標的。オトフリートたちはその盗賊団のアジトから少し離れた場所で、襲撃の機会を伺っている。
 前回のように、いきなりアジトを攻めるような真似はしていない。アジトの周りの様子をよく観察し、前回と同じような罠が仕掛けられるのを見極めたところで、外で戦うことを決定。盗賊団がアジトから出てくるのを待ち続けていた。
 だがいくら待っても盗賊団は一向に出てこない。任務の資料では半月に一回、必ず盗賊を働いているはずなのだが、その半月を待っても動きがないのだ。それにオトフリートたちは焦れてしまった。
 ヴォルフリックの忠告を鵜呑みにして、慎重になりすぎた。そんな意見が出るようになってしまった。当初は死傷者をまた出してしまうことを恐れ、強硬意見に否定的であったオトフリートであったが、一日一日、不安は増すばかり。このまま動きがなければ任務は果たせないのだ。
 強硬派が過半数を超えたところで、とうとうオトフリートも決断しないわけにはいかなくなった。前回と同じ、アジト襲撃を。
 もっとも罠があるのは分かっているので、前回のように無防備でアジトに近づくような真似はしない。盗賊たちが使っている進入路を見極め、さらに飛び道具による攻撃に備えて、盾を強化。山程生えている木を利用して、二周りは大きくした盾を揃えた。
 あとはその盾を抱えて、盗賊の攻撃を防ぎながらアジトに近づくだけ。盗賊のアジトを守る木製の壁程度は、オトフリートが持つ気を放つことで衝撃波を生み出す気胞、父であるディアークの覇気砲と威力が違うだけで同じもの、を使って穴を開けることが出来る。そこからアジトに侵入すれば、もう勝ちは決まりだ。戦闘力に性格の悪さは関係ない。月に所属する従士たちは、正面から戦って、盗賊に遅れをとるような無能ではない。
 準備が整って、いよいよ決行の時。盾を宙に掲げて、一列に並んだ月のメンバーたちは突撃の命令を待っていた。

「よし! 行くぞ!」

 すでに敵はオトフリートたちの存在に気がついている。攻撃をためらってはいられない。躊躇う理由もない。オトフリートの号令を受けて、従士たちは前に進み始めた、のだが。

「待て」

 その従士たちを制止する声が発せられた。

「貴様、誰……えっ? 力か?」

 邪魔に入った者は力の称号を持つ上級騎士、テレル。オトフリートもよく知っている相手だった。

「攻撃は一旦停止」

「何故だ?」

「理由は今見せる。おい!」

 テレルの呼びかけに応えて、近づいてきたのはテレルに仕える力の従士たち。弓を持った彼らは、持ってきた松明から矢に火を移すと、次々とそれを周囲に放っていく。
 初めは何をしているか分からなかったオトフリートたち、月のメンバーだが、すぐにその意味が分かる。

「……まさか」

 あちこちで燃え上がる炎。それは一気に勢いを増すと辺り一面に広がっていく。

「ふむ……情報通りだな。そうなると……おい、松明を寄越せ」

 納得した様子のテレル。従士に向かって、松明を渡すように指示を出した。それを受けた従士は火の点いた松明を言われた通りに渡す。

「……ふう。行くぞ」

 軽く気合を入れたテレルは、左足を大きく前に踏み出す。地面が揺れたかと思うような重い音が周囲に響き渡る。それに少し遅れてテレルが持っていた松明が宙高く放り投げられた。
 大きな弧を描いていて飛んでいく松明。それはかなり、先程放たれた火矢よりもさらに先、盗賊のアジトに向かっていた。テレルが持つ【剛力】の能力。それが為せる技だ。
 次々と渡された松明をアジトに投げ込むテレル。この行動もオトフリートたちには何の為か理解出来なかったのだが、答えは空に立ち上る真っ赤な炎と周囲の木々を震わすほどの轟音が教えてくれた。

「…………」

 盗賊のアジトで次々に起こる爆発。その意味を知って、オトフリートたち月のメンバーは声を失っている。テレルの登場が遅れていれば、自分たちはその爆発の中にいたかもしれないのだ。

「……とんでもないな」

 爆発の様子を見てテレルも驚いている。彼も目の前の光景を見るのは初めてなのだ。

「……まあ、考えるのは俺の役目じゃない。盗賊討伐は完了だと思うが、火が消えたあとにアジトの様子を確認しておいてくれ。あれじゃあ、何も残っていないと思うが、万一があるからな。くれぐれも完全に消えてからにするように。燃え残りがあったら大変だ」

「……あれは何だ?」

「見て分かるだろ? 敵の罠だ」

「あんなものが仕掛けられている場所を私たちに攻めさせようとしたのか?」

 母親を通して、ヴォルフリックの忠告は聞いている。だが傭兵団の情報にはこんな罠について、一言も書かれていなかったのだ。

「それは違う。あれは命令が発せられてから分かったこと。愚者によってもたらされた情報だ」

「だから、それは事前に分かっていたはずだ」

「そうなのか? だったら何故、無防備に攻めようとした?」

 オトフリートとテレルの話は噛み合っていない。愚者、ヴォルフリックにもたらされた情報の中身が違うのだ。

「危険な罠があるかもしれないとは聞いていた。だがそれだけだ。こんな罠だとわかっていれば、違う備えを考えていた」

「……ああ、そういうことか。それは多分、出発前に聞いた情報だろ? 俺が言っているのは愚者が任務を行った結果、分かった情報。愚者はお前たちよりも早く任務を終わらせた。その時にこの罠の存在が明らかになったのだ」

「なんだって……では、奴はどうなったのだ?」

 ヴォルフリックはこの罠にどう対応したのか。死んでいる可能性もあるとオトフリートは考えた。

「どうなった? 二つ目の盗賊討伐に取り掛かっているか、もうそれも終わって三つ目か。とにかく任務中ではないか?」

「……無事なのか?」

「無事だからこうして俺がここにいる。愚者から報告を受けた奴が、一番この場所に近い位置にいた俺に前線を離れても良いから、ここに急行するようにと伝えてきたのだ」

 正確には、情報を伝達したのは伝書烏。アルカナ傭兵団は伝書烏を使って、中央諸国連合内に情報ネットワークを張り巡らしている。それが今回、上手く機能したのだ。

「……そうか」

 ヴォルフリックのおかげで命拾いした。素直にそれに対して感謝することがオトフリートは出来なかった。またヴォルフリックに上を行かれた。その悔しさは後継者争いをしているジギワルドに負けるよりも強い。ジギワルドには負け慣れているからというのが理由だが、それだけでもない。ヴォルフリックにオトフリートが感じている思いは、弟であるジギワルドよりも父であるディアークへのそれに近いもの。自分はこの男を超えることは出来ないのではないか。オトフリートは、否定してもしきれない、そんな思いが心に湧いてしまうのだ。