月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #129 踏み出された一歩が次の一歩に繋がる

異世界ファンタジー 四季は大地を駆け巡る

 ヒューガとメルキオル王太子の会談は二刻に渡って行われた。最初はメルキオル王太子がアイントラハト王国についての質問を投げ、それにヒューガが答えるというものだったのだが、詳細については答えられないことが沢山ある。それは質問するメルキオル王太子も分かっているので、しつこく追及することなく、途中からもっと話が弾むであろう東方情勢についての意見交換という形に変わっていった。
 メルキオル王太子の思惑通り、話は弾んだ。メルキオル王太子とヒューガ二人だけの会話に留まることなく、臣下もそれぞれ意見を述べ始める。それに対する質疑応答が行われ、また新しい見解が飛び出し、それについて議論を深めていく。それを繰り返した結果が二刻という時間だ。どちらにとっても有意義といえる時間。あまりに議論が深まり、同盟を前提とした内容に話が変わっていったのは先走り過ぎという反省もあったが、それもそういう関係になれば何が出来るかを知る上では充分に意味があるものだった。
 あっという間と言える時間を過ごしたマンセル王国一行は予定通りに帰途につく。一応はアイントラハト王国を警戒してのことであるが、メルキオル王太子は今はそれを後悔している。もっと話していたかったのだ。

「……どう思った」

 漠然とした問いをシュトリング宰相に向けるメルキオル王太子。

「理屈で答えるのであれば、アイントラハト王国、そしてその先にいるレンベルク帝国との同盟は価値があると考えます。話し合いの中で出たいくつかの方策は充分に実現可能なもので、我が国にとって利になるものです」

 アイントラハト王国とレンベルク帝国との三国同盟は軍事的にも経済的にも意味のあるものだ。これまで他国不干渉を貫いてきたレンベルク帝国も守る為の戦いであれば積極的に軍を動かす。同盟はマンセル王国をその守る範囲に含めるものになる可能性がある。さらにマーセナリー王国の扱いも、三国が協力して事に当たることで早期の、且つマンセル王国にとって良い形に収めることが出来る。
 経済面は言うまでもない。三国間での交易が活発になることは良いことだ。それにさらにマーセナリー王国の領土も経済圏に組み込めれば、マリ王国もそこに加わらないではいられないはず。それで戦乱で霧散した東方経済圏の再構築が進むことになる。

「理屈でなければ?」

 シュトリング宰相は理屈で答えるのであればと前置きをした。その意味をメルキオル王太子は尋ねた。

「……それは答えるべきでない問いです。宰相として客観的な立場を崩すわけにはまいりません」

「ではマンセル王国宰相ではなくアルファス・シュトリングに尋ねる。どう思った?」

 宰相として答えられないのであれば個人として。強引な理屈であるが、メルキオル王太子が知りたいのは本音。アイントラハト王国との同盟の利は聞くまでもなく分かっているのだ。

「……ヒューガ王は以前会った時よりも一回りも二回りも大きくなったような気がしました。どうやら、レンベルク帝国の皇帝が帝王学を教えているようですが、そのおかげというより、レンベルク皇帝がそうしたくなるような人物に成長したということだと考えます」

 初めて会った時からヒューガはシュトリング宰相に才気を感じさせ、興味を大いにそそる存在であったが、当時のサウスエンド伯を挑発してみせたりと、そのやり方にはどこか若さ、というより青さという表現が適切な部分があった。今日会ったヒューガは具体的に何が変わったというわけではないのだが、まぎれもなく王。こうシュトリング宰相に感じさせる雰囲気をまとっていたのだ。

「同感だな。彼は王だ。それも他に比べる者のいない唯一無二の王……この表現は陛下に誤解されるな。異種族を従えている、ただ従えるだけでなく一つに出来る王など他にいないだろう」

 メルキオル王太子は父であるマンセル国王を低く見ていると誤解されないような言い方に変えた。だが実際のところはどうなのか。父である気安さが影響しているのだろうが、ヒューガから感じたような圧力を受けた覚えはなかった。

「アイントラハト王国との関係を強めるべき。これはこの場にいる全員の共通した考えだと思いますが」

 こう言いながらシュトリング宰相は他の同行者に視線を向ける。圧力をかける意図はない。皆の反応をきちんと確かめようと考えてのことだ。それに応えて、他の同行者も同意を、頷くことで示した。
 アイントラハト王国との関係強化は自国の利益になる。これは誰もが疑うことのない事実なのだ。

「問題はパルス王国か……」

 アイントラハト王国とレンベルク帝国の二国と結ぶことはパルス王国と敵対すること。すぐにではないが、そういった状況になる可能性はある。その危険性をマンセル国王が、この場にいない他の重臣たちがどう考えるか。

「……ひとつ気になることがあります」

「何だろう?」

「ヒューガ王は我が国との関係強化について具体的な話をしませんでした」

「そうだったな……」

 混乱するマーセナリー王国をどうするか。これについてはかなり細かなところまで話し合いが行われた。だが実際に今後どうするかについての具体的な話はないままに終わっている。決まったのはマンセル王国が持ち帰り検討することだけ。アイントラハト王国側はマンセル王国との関係強化に積極的ではないのではないか。メルキオル王太子も話し合いの途中でこう感じる部分があった。

「一方で話の内容は同盟を前提としたものになっております。これをどう捉えるか、悩んでおります」

「何か意味があると思っているのか?」

「同盟の意義を知らしめる為と考えるのが普通なのですが……実はそうではなく、ヒューガ王は必ず我が国はアイントラハト王国との関係強化を求めることになると考えているのではないかと」

 アイントラハト王国の対応を常識の範囲内だけで考えてはならない。シュトリング宰相はこう思っている。混乱しているマーセナリー王国に対して、どういう行動を起こすか。これは特別な関係にない他国に話すべきではない。こんなことはアイントラハト王国側も分かっているはずなのだ。分かっていて、あえてそれを話し合いの場にあげたことにどういう意味があるのか。この疑問を軽く流すべきではないと考えている。

「……我々が関係強化を進める上での障壁がパルス王国であることを理解しているのであれば」

「パルスで何かが起きる、ですか……そうか。そういうことか」

 何かの場所がパルス王国であるとすれば、シュトリング宰相には思い当たることがある。

「何か分かったのか?」

「具体的なことは何も。ですがアレックス王の婚約披露が行われた時のことを思い出しました。あれは挑発ではなく、忠告だったのかもしれません」

 シュトリング宰相が思い出したのは初めてヒューガと会った時のこと。アレックスの婚約披露で、当時サウスエンド伯爵であったパウエル相談役と言い合いをしていた時のことだ。

「忠告?」

「ヒューガ王は、大きな堤も蟻が空けた小さな穴によって崩れることがあると言っておりました。自国を蟻に例えてパルス王国を挑発しているのだとその時は思っておりましたが、間違いかもしれません」

 自分たちを侮るな。こんな気持ちから出た言葉だと思っていたのだが、そもそもその時にヒューガはアイントラハト王国の王であることを明かしていなかった。個人がいきがっているだけにしか受け取られない言葉を発しても挑発にはならない。

「小さな穴は別にあるのか……」

「その可能性はあります。耳目をパルス王国に集めて、情報収集に当たらせるべきではありませんか?」

「そうしたいが、その分、東方が手薄になるな」

 今現在、マンセル王国の諜報組織はマーセナリー王国内の情報収集に注力している。直接的な影響を受けるのはマーセナリー王国、それに関わるレンベルク帝国、マリ王国の動向だと判断されているのだ。推測だけでその人員を引き上げさせ、パルス王国に向かわせることが出来るか。難しいとメルキオル王太子は思う。

「……必要な情報は全てアイントラハト王国も入手するはずです」

「そうだとしても教えてもらえるか。今のままでは無理だろう」

 アイントラハト王国から情報を得られるとしても、それはより関係を強める条約を結んだ後。こう考えるのが普通だ。

「……条約は無理でも関係を半歩でも進めて……たとえば少し話に出ていたよろず相談所とやらの支店開設を受け入れるとか」

「ああ、そんな話があったな。しかし、それだけのことで情報を与えてくれるだろうか?」

 支店開設は難しいことではない。もちろん、傭兵王のように、いざという時に裏切らせる為の要員を送り込んでくるという目的の為でなければ。ただそれも王都や他の重要な拠点以外を選べば、危険性は薄れる。
 さして難しくないことを受け入れて、それで情報を与えろというのは虫が良すぎるのではないか。メルキオル王太子はこう思う。

「……率直に申し入れてみるしかありません。この条件で駄目であるというなら可能な条件を聞けば良いのです」

「そうだな。分かった。だが、どうする?」

 交渉をするにしてもどう進めるか。

「私が戻りましょう。出来るだけ早く話をまとめて、その条件と共に陛下に裁可を仰ぐのがよろしいかと」

「分かった。では頼む」

 まずは視察。その結果を国王や他の重臣たちに伝えて、アイントラハト王国に対する理解を深めてもらう。これを何度か繰り返し、なんとかマンセル国王とヒューガの会談に繋げる。同盟についての具体的な手続き、どころか判断はその後。現実的にはこれくらいの段取りが必要だろうと想定していたメルキオル王太子とシュトリング宰相であったのが、早々とマンセル王国から一歩踏み出すことになった。
 二国の関係強化を加速させる一歩。二人にとっては無意識に決めたことであるが、望ましい状況だ。

 

◆◆◆

 マンセル王国とアイントラハト王国の交渉はあっさりとまとまった。マンセル王国は国内によろず相談所の支店を開設することを許可する。その代わりにアイントラハト王国はマーセナリー王国の状況についてマンセル王国に逐次、伝える。情報交換の場はマンセル王国内に開かれるよろず相談所の支店。マンセル王国の要求をほぼそのまま飲む形だ。

「頭の良い人は、こういう時、分かりやすくて助かるな」

 まったく問題ない。アイントラハト王国が求めていた形を、マンセル王国が要求してきただけなのだ。

「恩を感じてくれると良いのですが」

 思い通りに話が進んでもソンブは浮かない顔だ。支店開設が目的ではない。マンセル王国がアイントラハト王国との関係強化を強く求める状況に繋げるのが目的だ。

「どうだろう? パルス王国での情報収集が上手く行けば良いけどな」

「失敗すればマンセル王国の情報収集能力はかなり低下することになります」

 マンセル王国が得るべき情報はパルス王国内で反乱が起きるということ。その背後には優斗と魔族がいるということだが、それを得るのは簡単ではない。魔族にその動きを知られてしまった場合、乗り込んだマンセル王国の諜報組織は討滅されてしまう可能性だってある。ライアン配下の間者としての能力がどの程度のものか把握出来ていないが、並みの人族では対抗出来ないのは間違いないのだ。

「……魔族が活動していることを知っただけで満足してくれれば良いけどな。シュトリング宰相は頭が良いから、それだけで先の展開を読めると思うけど」

 魔族がパルス王国内で活動しているという情報だけで、その先の展開は分かるはず。パルス王国はユーロン双王国との戦いの最中に、魔族が絡んだ反乱を内に抱えるのだ。東方に目をむける余裕などない。他国に侵攻する力を失い、自国を維持するだけで精一杯になることも可能性としては充分にあり得る。

「そうですね……無駄に粘るようなら忠告すれば良いですか」

「……すでに情報を知っている人に手を引けと言うのは問題ないよな? 当事国でもないし。念の為、サキさんにどう思うか聞いておこうか」

 ライアンたちの企みをパルス王国に漏らすことはしない。この約束をヒューガは守るつもりだ。ライアン、というより魔族の信用を失いたくないという思いからだ。

「万一、勇者が、いえ、今は魔王を名乗っているのでしたか」

「魔王と呼ぶ必要はないと思う。亡くなった魔王のことを考えれば、そんな資格があるのかとも思うからな。元勇者で良い」

「では、万が一、元勇者が勝利し、パルス王国を占領するような事態になったら我が国はどうされるおつもりですか?」

 話に聞く限り、優斗は貪欲だ。パルス一国で満足するとはソンブには思えない。

「攻めてくるのであれば戦う。この先、マンセル王国を含めた三国同盟が成立するようならマンセル王国を守る為にも。パルス王国については自業自得だという思いがあるから勝手にしろと思えるけど、それ以上はな」

 今の優斗に良い政治を行うことが出来るとは思えない。そう思うような人物にしたのはパルス王国。パルス王国がその報いを受けるのは仕方がないことだとヒューガは考えている。だが、そこまでだ。アイントラハト王国にとって信頼が出来、共存共栄出来ると思える国を滅ぼそうというのであれば、戦うしかない。

「勝てますか?」

「どうだろう? 魔族次第ってところだな。だからといって握った手をこちらから振り払うわけにはいかない」

 パルス王国との戦いが優斗の側の勝利に終わったとして、その後、ライアンや彼と共に行動している魔族たちはどうするのか。さらなる侵略戦争に加担するのであれば敵となる。そうなれば厳しい戦いになることは間違いないが、同盟国を見捨てるわけにはいかない。信用を広げること。アイントラハト王国にはこれが必要なのだ。

「……マーセナリー王国ですが、積極的に戦いを挑む、いえ、挑ませることも考えていただけますか?」

「いきなり、どうした?」

 元傭兵たちをマーセナリー王国から切り離し、彼らとアイントラハト王国の人員の力を合わせて地域を安定させ、そこに暮らす人たちの信頼を得ていく。それがマーセナリー王国対策の大方針。無理することなく、時間をかけてエルフ族や魔族とマーセナリー王国内の人族との壁を壊していくという方針だ。
 だがソンブはその方針とは異なる方法を提案しようとしている。

「マーセナリー王国の混乱は早期に収めるべきだと考えなおしました。奪うのではなく取り込むという方法で」

「取り込む? マーセナリー王国を吸収するってこと? それは規模が大きすぎるだろ?」

 いきなりマーセナリー王国をアイントラハト王国に組み込むなど出来るはずがないとヒューガは思う。統治を行える人材の不足は傭兵王と共通する悩み。だから支配地域を広げるのではなく、手の届く範囲に人を呼び寄せる策を採っているのだ。

「さすがにそれは考えていません。ただ人材集めをもっと積極的に、効率良く行うべきかと」

「今の方法よりも効率良く……」

「傭兵王の求心力は衰えたとはいえ、失われたわけではありません」

 ソンブが考えているのは傭兵王を取り込むこと。傭兵王を取り込むことが出来れば、彼に従う人々も付いてくる。一人を取り込むことで、多くの人が付いてくる。確かに効率は良いかもしれない。その一人を取り込めれば。

「……無理だろ?」

 ヒューガは無理だと思った。

「傭兵王の周りに集まった人たちは彼の強さに惹かれたから。その傭兵王よりも強いということを思い知らせることが出来れば可能性はあります」

「……どんな方法を考えている?」

 討ち取るのではなく、強さを見せつけることが目的。ソンブがどうやってそれを実現するつもりなのかをヒューガは尋ねた。

「傭兵王が敗北を認めるまで勝ち続けるのです。何度でも何度でも」

「……コウメイに改名してみる?」

「はっ?」

「いや、なんかそんな話があったような……でも、あの男に勝ち続けるのか……」

 傭兵王は強い。想像していたほどではなかったが、百戦して百勝出来るかと聞かれれば、出来ると答える自信はヒューガにはない。

「常に一騎打ちで戦う必要はありません。それも必要でしょうけど、将としても勝てない。こう思わせることが必要です。戦術については私も全力で考えます」

「そうか……とりあえず考えてみるか」

 具体的な策や戦術はこれから。だがヒューガは検討する価値を認めた。ソンブが何故いきなりこんなことを言い出したのかは分かっている。優斗のライアンの共同軍に立ち向かうにあたって少しでも戦力を強化しておきたい。こう考えたのだ。
 考えは理解出来る。であるならば出来る出来ないではなく、やってみる。アイントラハト王国はそうでなければならない。