月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #128 知る者、知らない者

異世界ファンタジー 四季は大地を駆け巡る

 サウスエンド伯爵領を奪う。この優斗の企みは一歩一歩確実に進んでいる。優斗一人の手柄ではない。もちろん南部に領地を持つ貴族を味方にする為の交渉では、優斗の存在は良い影響を与えている。勇者が味方にいるということだけで、反乱が成功する確率はあがると考える人は少なくない。魔族が味方というのはもっと心強いといえるはずなのだが、それについては必ずしも良い影響を与えるだけではない。魔族を信用して良いのか。そんな不安が生まれてしまうのだ。その不安を薄れさせるのも優斗の役目。味方の魔族は勇者である優斗の力を認め、従っているのだという嘘を貴族たちは信用していた。実際のところは魔族を恐れながらも味方でいて欲しい。そんな気持ちが優斗の嘘を信じさせている面もある。
 そんなことで着実に味方を増やしてきた優斗。行動に移すには充分と優斗自身は判断しているのだが、ライアンがそれを許さなかった。

「だからあともう少し待てと言っている」

「待つ理由が分からない。時間が経てば裏切りがバレる可能性が高い。君だってそれを恐れていたよね?」

「俺が恐れていたのは不用意な動きでパルスに気付かれることだ。その危険はすでにかなり薄まっている」

 貴族の説得。それには魔族も協力している。交渉の場には出ないが、パルス王国に強い不満を持っている貴族を探し出したり、交渉相手となったあともその本音を探ったりと裏で支援しているのだ。優斗の側を裏切って、パルス王国に事態を伝えようとしても魔族によって、それは阻止される。時間の経過は以前ほど恐れるものではなくなっている。

「そうだとしても無駄に時間を過ごす必要はない」

「無駄な時間を過ごしているつもりはない。時期を待っているだけだ」

「ユーロン双王国との戦いはすでに始まっている」

 パルス王国はユーロン双王国との戦いの為に、軍を大きく西に寄せている。そのせいで脅威となる敵国がいない南部の守りは薄い。優斗とライアンはその隙を突こうと考えていた。

「南部がもっと手薄になる可能性が出来た。それを待っているのだ」

「そんなの僕は聞いていない」

「それはそうだ。知らせていないからな」

 情報のほとんどは魔族が手に入れている。その全てをライアンは優斗に伝えているわけではない。

「……情報は共有するべきだと思うけど?」

「お前だって隠していることがある。それとこちらは隠しているわけではない。正確な情報だと確信が得られ、それが有益な情報だと分かるまで伝えないだけだ」

 魔族が得るのに比べれば少ないが、優斗も独自の情報を持っている。もっぱら味方になると約束した貴族からの情報で、その全てを優斗はライアンに伝えていない。伝えられなくてもライアンの側にはまったく問題ないのだが、こうしてライアンの側が情報を隠す口実には使える。

「……開戦のきっかけとなるものであれば、教えるべきだ」

「ああ、もう隠すつもりはない」

 すでに隠す段階ではなくなっている。もう少し、という言葉は嘘ではないのだ。

「じゃあ、教えて」

「東で傭兵王が躓いた。大きく負けたようだ」

「……だから何?」

 東で起きている戦いがどうなろううと今の自分には関係ない。優斗はこう思っている。ライアンとしてもこれくらいの考えであるほうが都合が良い。東方の戦いで何が起きたか語る必要がなくなる。

「この情報をパルス王国が知れば、東方の脅威は薄れたと考える可能性がある。安心してより多くの軍勢を西に向ける可能性だ」

 実際にライアンは東方の詳細を語ることなく、考えられる影響についての話を始めた。

「……意外。そこまで慎重に戦うのか?」

 ライアンは戦闘狂。確実に勝てる戦いなど求めないと優斗は考えていた。

「パルス南部を手に入れることは、本格的な戦争を行う前の準備に過ぎない。準備に失敗するわけにはいかないだろ?」

 ライアンが求めるものは変わっていない。居留守を狙うようなサウスエンド伯爵領占領などは、あくまでも前準備であるとしか考えていないだけだ。

「そうだけど……」

「占領してそれで終わりではない。奪い返されないように守りを固める時間が必要だ。それに、パルス王国がすぐに軍を返すことが出来ないとなれば、寝返る貴族の数も増えるはずだ」

 様子見をしていた貴族家も実際に勝利してみせ、すぐにパルス王国軍が奪還に動けないと知れば、味方になる可能性が高くなる。貴族家の軍などまったく頼りにするつもりはないのだが、無駄な戦いを行うつもりもライアンにはない。望む戦いに集中する為という理由で、ライアンは味方の数を求めているのだ。

「……理由は分かったけど、いつ頃になるのかな?」

「だからもうすぐだ。すでにパルス王国にも東方の情報は届いているはず。それを受けて、どう判断し、どう動くか。それを見極められるまでの時を待つ」

「そう……分かった」

 ライアンの説明に優斗も納得した。復讐を動機にしているが、彼が望むのはパルス王国との戦いではない。戦いを勝利で終えた結果、得られるもの、権力、冨、美しい女性たち等々だ。勝利の確率をあげる為に、時間が必要であるというなら待つ気になれる。それまでの間は今、手に入っているもので楽しんでいれば良いのだから。

 

◆◆◆

 ライアンが考えている通り、マーセナリー王国敗戦の情報はパルス王国に届いている。東方の情勢についてはイーストエンド侯爵家が注視している。情報組織が探って得た情報は、王都にいるイーストエンド侯爵に伝えられる。イーストエンド侯爵領から急使が出れば、何か重要な出来事が起こった証。イーストエンド侯爵家よりも先に東方の情勢を知っているライアンが予測することは難しいことではない。
 問題はその情報を得たパルス王国がどのような判断を下すことになるのか。これについては会議の様子をのぞき見でもしていなければ分からない。だがかつて王城に潜んでいたヴラドのような存在はライアンの部下にはいない。送り込む準備をしていないわけではないが、さすがにパルス王国の王城は侵入者に対するそれなりの備えがある。焦って送り込んで失敗され、その結果、まだ魔族が活動しているという事実を知られては困ると考えて、かなり慎重に進めているのだ。
 ライアンが知ることの出来ない会議の様子。それはなかなか結論が出ない状況になっている。

「負けたといっても一度だけのこと。マーセナリー王国が滅びたわけじゃない」

 東方の脅威が薄れた今、ユーロン双王国との戦いにもっと戦力を集中させて、決着を急ごうという意見に国王であるアレックスは反対の姿勢を見せている。もともと性急な開戦には反対だったアレックス王だ。状況が少し変わったくらいで、無理をするべきではないと考えていた。

「そうであっても東方動乱が落ち着くまでには、かなりの時が必要になりました。与えられた時を活かして、西方の脅威を取り除いておくべきだと思います」

 ユーロン双王国との戦いの決着を急ぐべきだという意見の代表者はイーストエンド侯爵。彼自身が強く推し進めているというより、より多くの意見を代表して述べているだけだ。

「イーストエンド侯の言う西方の脅威を取り除くというのは、どのような状態を言うのだ?」

「……二度と我が国を攻めようなどという野心を抱かない状態です」

「どのような状況になればユーロンはそう考えるようになる? 彼らは復讐戦を挑んでいるつもりだ。簡単に屈するとは思えない」

 議論の相手が有力貴族家筆頭のイーストエンド侯爵だとしても、アレックス王は簡単には引かない。元サウスエンド伯、フランク・パウエル相談役という後ろ盾がいるからという理由だけでなく、王として正しいと思うことを貫く意思がアレックス王の心に育っているのだ。
 
「そうであっても西方の脅威は取り除かなければなりません。これで東方がマーセナリー王国、もしくは別の国によってひとつにまとまり、東西の敵と向かい合うような状況になれば、いかがなさいますか?」

「……脅威は戦いでなくても取り除ける」

「ユーロン双王国が応じるでしょうか? 彼らの復讐心は簡単には消えないとおっしゃられたのは陛下ご自身です」

「交渉相手はユーロン双王国に限られているわけではない」

 ユーロン双王国との交渉が難しいことはアレックス王にも分かっている。イーストエンド侯爵があえて交渉が難しいユーロン双王国を持ち出して、反対してきたことも。

「……マーセナリー王国は無理でしょう。傭兵王の望みは大陸制覇。この野望を実現する為に争いを起こしてきたのです。勝者であるレンベルク帝国については説明の必要はないと思います」

「マンセル王国は? マリ王国もマーセナリー王国と敵対している状態だ」

「交渉は行うべきでしょう。ですが、それを理由に時を無駄にすることには賛成出来ません」

 ここでイーストエンド侯爵は半歩引いた。マンセル王国とマリ王国の二国との外交交渉を否定する理由はない。そうであればひとつ譲る形を見せておくほうが良い。そうあらかじめ考えていたのだ。

「マンセル王国とマリ王国の考えが明らかになっていない状況で、東方への備えを薄くすることは軽率過ぎると思わないのか?」

 イーストエンド侯爵の話は、マンセル王国とマリ王国がパルス王国に刃を向ける可能性を無視している。その点をアレックス王は指摘した。

「東方が一つにまとまらない限り、我が国の脅威とは成りえません。マンセル王国が単独で我が国と敵対することはまずあり得ないことだと思います。マリ王国も、まずはマーセナリー王国との争いに勝利することが先。仮に勝利したとしても次はマンセル王国、東方内での戦いが続くはずです」

「東方は簡単にはひとつにまとまらないと?」

「冷静に考えればお分かりになるはずです。傭兵王という常識外れの存在が、その力を失った今、東方の脅威はかなり小さくなっているのです」

 傭兵王であれば、たとえば占領地域の統治が落ち着くまでなどという常識的な考えでは行動しない。だがその傭兵王は大きくその力を失った。今の東方の情勢は計算しやすくなった。こうイーストエンド侯爵は考えている。
 間違った考えではない。だが導かれる結果は間違いだ。イーストエンド侯爵には分かっていないことがある。傭兵王が非常識なのではない。時代が常識では測れないものになっていることを。

「……そうだとしても東方の備えを疎かにすることは間違いだと思う。マーセナリー王国とマリ王国との交渉を進めること。万一、二国が敵対の意思を示したとしても、すぐに対応できるだけの備えを残した上で、ユーロン双王国との戦いについて考えて欲しい」

「承知しました」

 作戦計画の見直しをアレックス王は了承した。もともと会議の前に大勢は増援に大きく傾いている。これ以上、拒絶する理由が見つからない以上は、東方を軽視しないように釘を刺しておくだけで精一杯なのだ。
 ライアンの思惑通りの展開。こうなるのも仕方がないのだろう。パルス王国が受けるべき報いは、まだまだ充分ではないのだ。

 

◆◆◆

 ライアン、そしてパルス王国が気にしている東方の情勢にまたひとつ変化が起きようとしている。それを彼らが知るのはずっと先のこと。彼らの目が届かないところで、それは始まっているのだ。
 周囲にまだ新しい建物が多く立ち並ぶ中、それらとはまったく趣が異なる、長い歴史を感じさせる建物が集まっている場所。目的地はその中でも一際大きな建物。かつては王城とされていた建物にマンセル王国のメルキオル王太子一行は向かっている。

「この場所はどのような場所なのですかな?」

 同行しているシュトリング宰相が案内役を務めるカルポに尋ねた。マンセル王国の一行はここがどのような場所か分かっていない。ただ案内されるままに付いてきただけなのだ。

「かつてここにあった国の都とされていた場所です」

「つまり、今は都ではない?」

「はい。都という表現が正しいかは微妙ですが、王の居所は東の拠点にあります。ただ客人を迎えられるような場所ではありませんので、こちらにお連れすることになりました」

 本来、アイントラハト王国の民と認められた人以外は南の拠点にしか入れない。だが、さすがにマンセル王国の王太子一行を迎え入れる場所としてどうかという話になって、この場所が選ばれたのだ。

「大森林の中にいくつもの拠点があるということですかな?」

「はい。そうです。説明すると長くなりますので省略させていただきますが、建国時の事情など色々ありまして、いくつかの拠点に分かれることになっています」

「そうですか……不便ではないのですかな?」

 アイントラハト王国の国民はそれほど多くないはず。そうであるのに拠点を分散させて、問題は出てこないのかとシュトリング宰相は思った。あわよくばこの答えで分散している理由を探ろうという思惑もある。

「移動手段は整っています。逆にその方法を使わない限り、拠点間の移動はかなり難しい、いえ、不可能と言っても良いでしょう。一歩外に出ると危険な魔獣が山ほどいます。大森林の外では出会うことのない危険な魔獣が」

 大森林の危険性を伝えるカルポ。これは不穏なことを考えないように釘をさす意味もある。拠点に入ることが出来たとしても、そこまで。アイントラハト王国を制圧することなど出来ないと分からせる為だ。

「……生活は全て拠点の中で?」

「いえ、それでは暮らしが成り立ちません。拠点の近くにいる獣を狩るには外に出なければならない。獣を狩る力。これもどの拠点で暮らすかの基準のひとつです」

「王の暮らす拠点は?」

「当然、もっとも危険な場所です」

「そうですか」

 王はもっとも安全な場所ではなく、その逆の危険な拠点に暮らしている。アイントラハト王国が武を重んじる国であることがそれだけで分かる。

「さあ、建物に着きました。王はすでに中でお待ちですので、このまま会場にご案内します」

 目的の建物い到着。一行はそのままヒューガが待つ大広間に向かう。通路を行き交う人の姿はない。普段はほとんど使ってない場所であろうことが想像出来た。
 目の前に見えてきたのは一際大きな扉。カルポに教えられるまでもなく、その扉の先が会場だと分かる。マンセル王国の城も似たような感じなのだ。
 扉を抜けて、まず目に入ったのは複雑な紋様が刻まれた大きな窓。差し込む光に照らされた広間は、それほど大きなものではない。左手は壁、右手の奥には玉座が置かれているが誰も座っていない。待っていたヒューガはそこではなく、手前に二つ向かい合わせで置かれた椅子の片方に座っていた。
 メルキオル王太子も、カルポに促されてヒューガの正面に置かれている椅子に座る。同行者たちは、アイントラハト王国がそうしているようにその椅子の後ろに並ぶ形だ。

「アイントラハト王国の王、ヒューガ・アルベリヒ・ケーニヒだ」

「……マンセル王国王太子メルキオル・リーデルシュタインだ」

 若い王。だからといってメルキオル王太子にヒューガを侮る気持ちは湧かない。この男が後ろに並ぶエルフ族、人族、そしてメルキオル王太子には判別できないが、魔族を含む異種族を統べる唯一無二の王。こんな思いもあり、メルキオル王太子はヒューガが発する気に押されている気がした。

「まず最初にこんな不便なところに足を運んでくれたことに感謝する。それと、俺はよく言葉遣いがなっていないと注意される。外国の要人を迎えるにあたって少しは練習しようと思ったのだけど、無理して飾ることに意味はないと皆に言われたので普段通りに話すことにした」

 照れくさそうに笑みを浮かべるヒューガ。その途端にメルキオル王太子は、ほんの数秒前まで感じていた圧力が消え去った気がした。

「構わない。王に敬語を使われてはこちらも戸惑ってしまう」

「そう言ってもらえると助かる。さて、ソンブからはとにかくこの国を知りたがっているとしか聞いていない。何から話せば良いのだろう?」

「そうだな……まずは後ろの方々を紹介してもらおうか」

「あっ、確かに」

 知りたいことは山ほどある。マンセル王国はアイントラハト王国との同盟を結ぶべきか。この判断の材料となる重要な訪問なのだ。だがメルキオル王太子自身は目的をほとんど果たした気になった。
 この王の敵に回ってはいけない。何故と聞かれても今は困る。とにかく心の中で訴えているのだ。