月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #127 傭兵王に俺はなる、つもりはない

異世界ファンタジー 四季は大地を駆け巡る

 マーセナリー王国の混乱は収まる気配を見せていない。傭兵王はなんとか全土の支配権を取り戻そうとしているが、それは思うようには行っていない。まったく進んでいないわけではない。支配地域は少しずつ広げられている。だが、混乱をもたらしていた元臣下、元傭兵たちを追い払えばそれで終わりというわけではない。荒廃した領土を回復させる為の必要な措置を行うこと。再び無法者と化した元臣下たちに荒らされないように守りを固めることも必要だ。
 それが上手く行かない。もともと行政に関わる人材が圧倒的に不足しているのが傭兵王の悩みだった。今はさらに治安維持の為の部隊も、多くの臣下が離反したせいで、充分な数が揃えられないでいる。支配地域を拡大し、それを安定させるには人材が必要。だが何もしないでいて人材が集まるはずもない。傭兵王は思うように動けないでいた。
 この状況は無法者と化した元傭兵たちにとって好都合。彼らは傭兵王の臣下に戻るつもりはない。かといってずっと盗賊稼業を続けられるとも思っていない。混乱の中で出来るだけ多くの冨を奪い取り、頃合いを見て逃げ出す。こう考えているのだ。

「死にたくなければ持っている物は何もかも差し出せ!」

 今日もまたマーセナリー王国内の街が襲われようとしている。

「さっさと動け!」

「隠すなよ! 隠していることが分かったら、命はないからな!」

 住民たちを脅して、金品を差し出させようとしている元傭兵たち。それに対して住民たちは。

「貴方たちに差し出すものは何もありません」

 元傭兵たちの要求を拒否した。

「なんだと!? テメエ、自分が何を言っているか分かっているのか!?」

 要求を拒絶させたことで激高する元傭兵。彼らはまだ状況が分かっていないのだ。

「そんなに馬鹿に見えますか?」

「……じゃあ、テメエから殺してやるよ!」

 挑発した相手に向かって、剣を振るう元傭兵。だがその剣は相手に届くことはなかった。剣を振るった本人は、もうその事実を知ることはない。地面に倒れて、動かなくなっている。

「テメエ……何者だ!?」

 仲間を返り討ちにした相手は只者ではない。いまさらながらそれに気が付いた他の者が、素性を問い質す。

「傭兵ギルド……じゃなかった。よろず相談所から派遣された相談員です」

「……ギルドだと?」

「ちゃんと聞いていました? 傭兵ギルドは言い間違いです。私はよろず相談所から派遣された相談員です」

 傭兵ギルドではなく、よろず相談所。ではそこの相談員を名乗る彼は何故、言い間違えたのか。

「相談員ってのは何だ?」

「引き受けた相談を解決するのが仕事です。具体的なことは貴方たちなら分かるでしょう? 元傭兵の貴方たちなら」

「やっぱり、傭兵ギルドじゃねえか!?」

 傭兵ギルドに寄せられた依頼を引き受け、それを達成するのが傭兵の仕事。言い方を変えているだけでやることは同じだ。

「よろず相談所だって言ったでしょ? あえて傭兵ギルドという言葉を使うなら、元です」

「貴様、何者だ!?」

 また元傭兵は同じ問いを口にした。相手も元傭兵。同じ立場でありながら、何故自分たちの邪魔をするのか。こう考えたのだ。間違っている。相手は元傭兵ギルド関係者であるが、元傭兵ではない。そうであった時もあったが、彼らとは立場が違うのだ。

「……分かりやすいように説明することにします。私は、いえ、我々は元ギルド兵。今はよろず相談所の相談員として働いています」

「ギ、ギルド兵だと……?」

 相手がギルド兵、元だが、と知って動揺する元傭兵たち。ギルド兵は傭兵ギルド長直属の精鋭。並のランクであった彼らが太刀打ちできる相手ではない。

「相談は街を襲う盗賊の討伐。つまり、貴方たちを殺すことです」

「に、逃げろぉおおおおっ!!」

 勝てないのであれば逃げる。正しい選択だ。だが相談員は相談を解決するのが仕事。彼らを逃がすはずがない。逃げようとする元傭兵たちの前に立ち塞がる相談員たち。数は逃げる側のほうが多いが、戦士としての質が違う。元傭兵、盗賊たちは一人残らず、討たれてしまう。

「初任務……初相談というべきでしょうか? とにかく最初の仕事は成功。幸先の良い出足です」

 これがよろず相談所としての初仕事。それを成功で終えられて相談員、元ギルド兵のカインは満足気だ。ただまだまだこれから。カインの目的は相談を解決することだけではない。もっと大きな目的があり、よろず相談所はそれを実現する為の手段に過ぎないのだ。

 

◆◆◆

 よろず相談所の噂がマーセナリー王国全土に広がるまでには、まだまだ時間がかかる。だが、それを知る必要のある人々の耳には、かなり早い段階で届くことになった。正面から敵対することになる野盗に落ちた元傭兵たちはもちろんのこと、少しはまともに支配地域を治めている勢力、そして傭兵王の勢力にも。

「……これは」

 マーセナリー王国のクリストフは、目の前の光景を見て、驚いている。この場所は傭兵ギルド東方支部の支店が入っていた建物。元東方支部長であったクリストフも良く知る場所だ。
 裏切りが発覚して傭兵ギルドから東方支部が切り離されたあと、クリストフたちが放棄したこの場所が今、かつてと同じような様子を見せている。

「完全に傭兵ギルドじゃねえか」

 同行してきたゲルトにとっても見慣れた光景。建物の様子ではない。そこで働く人々の様子のことだ。登録受付けのカウンターには職員が立ち、壁の掲示板にはいくつもの紙が張られている。近づいて確かめる必要などない。書かれているのは依頼、今は相談と読んでいるが、の内容だ。

「どれだけの傭兵がいるのでしょうね?」

「さあな? だが新たに登録している奴がいるのは間違いない」

 登録受付のカウンターには申し込みを行っている人の姿がある。数人ではあるが、新規に登録しよとする人がいることは確かめられた。

「傭兵ギルドが戻ってきた、わけでは恐らくない。そうなるとどんな目的があるのでしょう?」

 傭兵ギルドが再び東方に進出してきたのであれば、そのまま傭兵ギルドを名乗れば良い。だがこの場所は傭兵ギルドそのままであっても、よろず相談所という組織名を名乗っているのだ。

「それを確かめる為に来たんだろ?」

 二人がここを訪れたのはよろず相談所を名乗る組織の正体を探る為。街や村を裏切った元傭兵たちから守っていることについては、マーセナリー王国として文句はない。自分たちの手が回らないところを助けてもらっているようなものなので感謝したいくらいだ。あくまでも味方、味方とまで言えなくても中立であれば。

「お困りですか?」

 不意に二人にかけられた声。職員が声をかけてきたのだ。

「……ここの責任者に会いたい」

「お約束ですか?」

「いや。約束はない」

「そうですか。では所長に確認してまいりますので、あちらの案内所前のソファーでお待ちいただけますか?」

「……分かった」

 職員の対応は丁寧なもの。これもまた傭兵ギルドと同じであることをクリストフは当然知っている。傭兵ギルドの関係者であることは間違いない。では何故、傭兵ギルドを名乗らないのか。その理由が分からない。その理由は責任者を問い質すことで得られる。二人は言われた通り、案内所の前に置かれているソファーに座って待つことにした。
 待っている時間は短かった。奥から姿を現した所長。その姿を見て、クリストフはさらに混乱することになる。

「お待たせしました。私がここの責任者、所長のサイモン・ハロウズです」

「……ギルド長」

 現れたのは元傭兵ギルド長のサイモン。東方支部長であったクリストフが良く知る人物だった。

「元です。すでに傭兵ギルドは引退しています。そちらもご存じのはずですが?」

「……知っています」

 サイモンは自分のことを分かっている。当たり前のことなのだが、それでクリストフの心は揺れてしまう。

「さて、今日はどういう御用ですかな?」

「ここで何を?」

「見ての通り、傭兵ギルドの真似事を。引退したものの暇を持て余してしまっていて。もう一度、以前通りとはいかないまでも、人々の為に働いてみようかと思いましてな」

 にこやかな笑みを浮かべて、よろず相談所を始めた理由を説明するサイモン。当然、嘘だ。

「我が国はそれを許した覚えはない」

 動揺を隠せない様子のクリストフを見かねて、ゲルトが会話に割り込んできた。この場所はマーセナリー王国領内。勝手は許さないという強い態度で臨むべきだが、これまでの様子から、クリストフにはそれが出来ないと判断したのだ。

「許可が必要ですかな?」

「領内で商売を始めるには許可が必要だ」

「その許可はどこの誰に求めれば良いのですかな? 領主が誰か教えてもらえれば、遅ればせながら、正式な手続きを踏むことにしましょう」

「……ここは直轄地。手続きは王国が直に行うことになる」

 領主はいないとは言えない。ゲルトは直轄地であると嘘の説明を返した。

「王国ですか……その王国とはどこのことでしょう?」

 だがそんな嘘をついたところで、なにもならない。サイモンは実際に営業許可を求めるつもりなどないのだ。

「なんだと?」

「いや、ここに持ち込まれる相談内容を知れば知るほど、この地がどれほど無法の地か分かる。とても施政者がいる土地とは思えない。実際に領主はもちろん一人の役人も、民を守る軍勢もいない。治める者のいない土地を国というのですかな?」

 ここは旧ダクセン王国の街。傭兵ギルドの支店があったくらいなので、それなりの規模の街だ。そんな街も傭兵王は押さえられていない。代わりに治める者もいない。そんな場所だからサイモンはよろず相談所を置く場所として選んだのだが。

「ここはマーセナリー王国だ」

「ではその証を」

「……調子に乗るなよ?」

 サイモンはマーセナリー王国を蔑ろにしようとしている。そう受け取ったゲルトはこれまで抑えていた怒りを表に出した。

「調子に乗っているつもりはない。調子に乗っているというのは、国を治める力もないくせに権力を振るおうとする者のことを言うのだ。いや、これは思い上がりか、いや、ただの勘違いか?」

「き、貴様……」

 だが、元とはいえ傭兵ギルド長であったサイモンに、一傭兵に過ぎなかったゲルトの威圧など通じるはずがない。逆にサイモンが発する気に飲まれることになった。

「相談員はどれくらいの数がいるのですか?」

 クリストフがこれまでの流れとはまったく異なる問いを投げてきた。領土であると主張しても、サイモンにそれを受け入れるつもりはない。それが分かっただけで十分。これ以上、それについて話を詰めても時間の無駄だと考えたのだ。

「それを話すと?」

 傭兵ギルドは登録者数について公表していない。組織の力がどの程度か推察させない為だ。それと同じだとサイモンは言っている。

「それはそうですか。でも一から始めるのは大変でしょう?」

「いや。経験者の応募が多いので、それほどでもない。相談者にも困らない。今のところは順調で、もう少し大きな組織に出来そうだ」

「そうですか……」

 サイモンはあっさりとクリストフが知りたかったことを口にした。わざとだとクリストフは受け取った。経験者、つまり元傭兵が登録していることをサイモンは知られても構わないと考えているのだと。

「なんなら登録していくか? 二人とも、職員と傭兵の違いはあっても経験者だ」

「御冗談を」

 さらにサイモンはクリストフとゲルトを誘ってくる。最初からこれをするつもりであるので、元傭兵たちを集めていることを隠すことはしなかったのだ。

「いや、真面目な話だ。先が見えない身で、いつまでもいるわけにはいかないだろう? 相談員になれば働き方は自分で選べる。一攫千金を夢見るのであれば、危険ではあるが大金が手に入る仕事を。安定を求めるのであれば危険の少ない仕事を。休みたければ休んでも良い」

「……そういうことですか」

 サイモンの説明は。傭兵としては当たり前のこと。特別条件の良い何かがあるわけではない。だが、それで充分なのだ。働いたら働いた分の報酬を。遊びたい時は働くことなく自由な時間を。マーセナリー王国の元傭兵たちは元々与えられていたそれを、傭兵王の臣下となることで失った。よろず相談所は彼らがもう一度それを得る機会を与えているのだ。

「どうだ? お前なら職員としても大歓迎だ」

「登録するつもりはありません」

「答えは急がない。登録したくなったらすれば良い」

「……その気になることはありませんが、万一なったとしても私の登録は受け付けられないはずです」

 クリストフは裏切り者として殺されてもおかしくない立場。登録など出来るはずがない、と思うのは間違いだ。

「何故? ここは傭兵ギルドではない、登録の基準はお前には分からないはずだ」

「……まさかと思いますが……犯罪者の登録も許しているのですか?」

 ここは傭兵ギルドではない。よろず相談所という別組織だ。その意味のひとつにクリストフは気が付いた。

「いや。我らの基準で犯罪者と定義される者の登録は傭兵ギルドと同じ様に許していない」

「でも定義は違うと」

 よろず相談所はマーセナリー王国内で悪事を働いている元傭兵たちの登録も、全てではないが、許している。犯罪者を減らし、それを討つ相談員を増やすことで治安を改善しようとしているのだとクリストフは考えた。何故それを行うかの疑問は残っているが。

「別組織であるからな。傭兵ギルドにとって裏切者であっても、我々の組織にとってはそんなことは関係ない。これは話しても構わない基準だ」

「……傭兵王にでもなるつもりですか?」

「面白い冗談だ。どれだけ相談員が集まっても、俺はあくまでもよろず相談所の所長だ。だが、そうだな。仕える元傭兵がいなくなったら、傭兵王はどう名乗るのだろうな? 元傭兵王とでも名乗るのか?」

「ふざけるな!」

 サイモンの傭兵王を揶揄する言葉に反応したのはゲルト。彼は傭兵王にとって本当の意味で臣下と呼べる人物だ。彼が持つ傭兵王への忠誠心がサイモンの侮辱を許さなかった。
 だが、ゲルトの怒りがどれだけ強かろうとそれはサイモンにまで届かない。サイモンにも強い忠誠心を持って仕える部下がいるのだ。

「お客様。相談所内での武器の使用は禁止されております」

 サイモンに向けられたゲルトの剣は、横から伸びた剣によって受け止められた。カインが突き出した剣だ。

「……お前は?」

 まったく気配を感じさせることなく近づいて、自分の剣を防いだカイン。只者ではないのは明らかだ。

「私は警備員です。これ以上、禁止行為を続けますと、警備員として必要な対応を取らせて頂くことになりますが、どうされますか?」

「……分かった」

 ここで意地を張っても命を無駄にするだけ。それが分かるゲルトは引くことにした。ここに来た目的はほぼ果たした。よろず相談所は味方ではない。マーセナリー王国内で新たな勢力を築こうとする敵であることが、はっきりした。今優先すべきは少しでも早く敵地を離れ、この事実を傭兵王に伝えること。必要な対応策をねることを急がなければならないのだ。
 その場を離れていくゲルト。その背中を追いかけるクリストフ。だがその足は、速足で歩くゲルトに比べると緩やかだ。クリストフの躊躇いがその歩みに出ている。

「手応えはありですか?」

「どうだろうな? 彼が悩み、その思いが周囲に伝われば成功なのだが」

 サイモンの側にも二人に会うことで達成したい目的があった。傭兵王の側にいる元傭兵たちを切り崩す為の足がかりを作ることがそれだ。マーセナリー王国において重臣と呼べる立場にいるクリストフとゲルトが自ら足を運んだのは誤算だったが、クリストフのほうの反応は悪いものではなかった。彼の動揺がその部下たちに伝われば、足がかりとなる人物が出てくるかもしれない。
 仕込みはまずます。仕上がり具合を整えるのはこれからだ。