月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第13話 変人扱いされるようなことか?

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 ヴォルフリックがアデリッサの招待を受けたのは翌日のこと。任務を前にして時間がない中だが、ヴォルフリックは約束通りに、それを受け、また城に向かうことになった。三人の従士も一緒だ。クローヴィスとフィデリオはアデリッサが何かを企んでいるのではないかと警戒して、ブランドは今度はどんなお菓子が食べられるのかと楽しみにして。
 案内されたのは、ジギワルドの時とは異なり、建物の中。精巧な彫刻が掘られた家具が置かれた、重厚な雰囲気の部屋。来賓を内々でもてなすための部屋なのだが、ヴォルフリックにはそんなことは分からない。
 アデリッサが座る席の右側にヴォルフリック。さらにブランド、フィデリオ、クローヴィスの順に座り、彼女の左側には苦虫を噛み潰したような顔をしたオトフリート、それと従士たちが並んで座っている。
 なんとも言えない緊迫した雰囲気。さらにその緊張感を高めたのは、出てきたお菓子の山だった。
 まず最初にアデリッサが一つ手に取る。さらに彼女に促されてオトフリート。その次がヴォルフリックの番だ。無造作に、なんてことはなく、アデリッサの表情を見つめながら皿の菓子に手を伸ばす。わずかな表情の変化に手が止まる。
 指の向き先を変えても結果は同じ。アデリッサは意味の読めない笑みをわずかに浮かべている。

「……これ緊張しているの俺だけだな」

 この駆け引きは圧倒的にヴォルフリックの不利。アデリッサはわざとおかしな反応を見せて、自分をからかっているのだとヴォルフリックは思った。

「どうでしょう? 疑うのは正しいかもしれませんよ?」

 毒が盛られている可能性を口にするアデリッサ。警戒心を解くために、あえてそれを言う可能性もあるが、今回についてはそうではない。

「貴方の息子は俺が何を躊躇っているか、分かっていないようだ」

「……そういうことですか」

 ヴォルフリックの視線はずっと自分に向けられていたはず。それで何故、オトフリートが状況を理解していないと分かるのか。不思議に思ったアデリッサだったが、答えは簡単。ヴォルフリックには他の目もあるのだ。
 ブランドはヴォルフリックが皿の菓子を手に取る前に、別のお菓子に手を伸ばしていた。オトフリートの表情や態度から、彼は何も聞かされていないと判断したからだ。
 ヴォルフリックも皿からひとつ手にとって、口に含む。

「……悔しいけど美味い。俺が食べていたのとは材料が違うな」

「おや? それではまるで材料が同じであれば、普段食べているもののほうが美味しいと言っているように聞こえますね?」

「実際に作ってみないと分からないけど、きっとそうだろうな。腕の問題じゃないからな」

 安心して口に出来る相手と、そうでない人が作ったものを比べれば、前者のほうが美味しく感じるに決まっている。ヴォルフリックはそう思う。

「……それでは私は不利ですね?」

「それは仕方がない。それに負けるのは貴女だけじゃない」

 仮にオティリエが用意したものを食べたとしても、ヴォルフリックは同じ感想を口にする。オティリエもヴォルフリックには安心出来る相手ではないのだ。

「……それは慰めになりませんね」

 ヴォルフリックが何を言いたいか分かったアデリッサであるが、それを喜ぶような真似はしない。オティリエと同じと言われて、喜ぶわけにはいかないのだ。

「母上! いつまでこの訳の分からない会を続けるのですか!?」

 事情の分かっていないオトフリートには、この場が我慢できない。彼にとってヴォルフリックは、もてなすような相手ではないのだ。

「オトフリート。新しく王国に加わった者たちをもてなすのは、王家の一員として当然の務めですよ?」

 王国に加わったつもりはない、という言葉をヴォルフリックは口にしなかった。それではオトフリートを激昂させるだけ。今はそうすべきではない、というくらいはヴォルフリックにも分かる。

「そうかもしれませんが、この者は……」

 ヴォルフリックは母親を貶めた憎き前国王の子。さらに自分を差し置いて、父親であるディアークがかつて称していた、アルカナ傭兵団を結成したきっかけになった愚者のカードに選ばれた人物。
 もてなす気にはまったくなれない。

「貴方は王国の未来を背負う存在。過去にとらわれることなく、王国の未来の為にはどうかということを考えねばなりません」

「それは……そうですが」

 これを言われたからといってオトフリートはすぐには納得出来ない。だからといってさらに母親の考えに反発することも躊躇われる。

「アデリッサ様。この者はその未来において、恐れ多くも陛下を弑すると公言するような男。オトフリート様に近づけるべきではないと考えます」

 オトフリートが言えないのであれば、それに代わるのは従士。オトフリートのすぐ隣に座る従士が意見を述べてきた。

「彼が陛下を……貴方は本当にそんなことが出来ると考えているのですか?」

 だがその意見はアデリッサの機嫌を損ねるだけで終わってしまう。

「……いえ、出来ません」

「そうでしょう」「何故、そう言い切れる?」

 従士の答えに納得したアデリッサの声に、かぶさってきたのはヴォルフリックの声。

「なんだと?」

「何故、出来ないと言い切れるのかの理由を聞いている」

「……お前ごとき、陛下に遠く及ばない。指一本触れることも出来ないだろう」

「今はな。だが将来は分からない」

「分かる。何人も陛下を超えられるはずがないのだ」

「お前……よくそんなこと口に出来るな?」

 呆れた顔で問いを口にするヴォルフリック。

「何を言っている? 躊躇う理由などない」

 問いを向けられた従士は、ヴォルフリックの問いの意味を理解していない。ヴォルフリックはただディアークを軽く見ているだけだと考えているのだ。

「お前が仕える上級騎士様は超えようと考えていないのか?」

「なっ?」「えっ?」

「剣を持つと決めたからには、いつかは超えようと考えているのだろ? それなのに部下がそれを否定する。そんなの許されないだろ?」

「オトフリート様は……」

 ヴォルフリックの問いに言葉を詰まらせてしまう従士。

「違うのか? お前の場合は、どうやらこの国も継ぐみたいだ。そうであるなら、いつかは父親を超えると考えているのだろ?」

 何も言えなくなってしまった従士の代わりに、ヴォルフリックは問いをオトフリートに向けた。

「それは……もちろんだ」

「お前が超えられるなら、俺も超えられる。こう言えるだけの努力を俺は続けるつもりだ。お前も同じなら、超えられないと否定されることに、もっと怒りを向けるべきだな」

「怒り……」

 誰もオトフリートが父であるディアークを超えられるなんて思っていない。それどころか腹違いの弟であるジギワルドにも劣ると見られているくらいだ。そのことにヴォルフリックは怒りを向けろと言っている。その心がオトフリートには理解出来ない。

「オトフリート様! たぶらかされてはなりません! この男は愚王の息子! 我が国に混乱をもたらす獅子身中の虫なのです」

 オトフリートの動揺を見て取って、従士がヴォルフリックに対する否定の言葉を吐く。言っていることは嘘ではない。だがそんな状況にしたのはヴォルフリックの意思ではない。

「そうです。こんな男の言葉に耳を傾けてはなりません」

「アデリッサ様には失礼ながら、このような男の為に時間をつぶすのは無駄どころか害にしかなりません」

 さらに別の従士たちも否定の言葉を次々と吐き出してきた。

「……そうだな。母上、申し訳ありませんが、今は大事な時。我々はこれで失礼させていただきます」

 そのままアデリッサに返事をする間を与えることなく、オトフリートは席を立って、部屋を出ていく。従士たちもすぐにそれに続いていく。

「……思っていたより、苦労しているようですね?」

「あの者共はオトフリートを支持する数少ない味方。手放すわけにはいかないのです」

 アデリッサも従士たちに問題があることは分かっている。だが彼らを遠ざけてしまっては、オトフリートを支える者が誰もいなくなってしまう。そう思って、我慢しているのだ。

「ああいうのが周りにいるから味方が少なくなるような気もしますけど……これは俺が口出すことじゃないですか」

「貴方があの者共の代わりを務めてくれれば良いのです」

「それは止めておいたほうが良いです。国王を殺した部下を持つ王子では、あとを継げないでしょう?」

「……本気で陛下のお命を狙うつもりですか?」

「敵がすぐ手の届くところにいる。今は実力が足りないですけど、それが届けば敵討ちを果たせるのです。狙わないではいられません」

 逆にアルカナ傭兵団を出てしまえば、ディアークの近くに寄ることさえ難しくなる。ヴォルフリックも敵討ちに執着することは、諦めるのとは違うが、なくなる。彼には他にもやらなければならない大切なことがあるのだ。

「そう……それを諦める時は、この国を去る時ということですか」

 だが、そうなるとオトフリートの部下にはなれない。

「さて、役に立つか分かりませんが、お菓子のお礼としてひとつ忠告を」

「忠告? どのようなことですか?」

「息子さんは前回の任務で敵の罠にかかりました。ですがそれは序の口。この先、盗賊討伐が進んでいけば、それよりももっと危険な罠が待ち構えている可能性があります。これを伝えておいてください……俺からというのは言わないほうが良いでしょう」

「……分かりました。伝えておきます」

 

◆◆◆

 アデリッサとお茶会の場をもった翌々日に、ヴォルフリックたちは都を発って、任務地に向かった。ジギワルドたち、太陽の部隊はその翌日。そしてオトフリート率いる月の部隊もそれに続いて、自分たちの任務地に向かった。
 あとは結果の報告を待つだけ、であるのだが、出発直前のゴタゴタもディアークの興味を引いている。本来の国政や傭兵団に関わる仕事の合間を使って、それについての話し合いを行っていた。

「盗賊を逃がそうとしていた? 嘘でしょ?」

 ディアークから話を聞いたルイーザは、信じられないといった表情を見せている。ヴォルフリックの印象は非情で狡猾。そんな真似をするとは思えないのだ。

「ブランドというベルクムント王国にいた時からの仲間がそう話したというのだ」

「そのブランドくんも狡猾なのよ。アーテルハードの息子はなんて言っているの?」

 ヴォルフリックの仲間の発言では信用出来ない。ルイーザはアーテルハードにクローヴィスがなんと言っていたのかと尋ねた。

「まったく聞かされていなかったようです」

「ほらぁ。あとから作った話なのよ」

 一緒に任務を行うクローヴィスに知らせないなんてことはない。そうルイーザは考えている。

「クローヴィスに話せば、当然反対したでしょう。わざと逃したということも我々に知れるということも分かっているはずです」

「だからといって本当だということにはならないわ」

「では、何故、嘘をつく必要があったのですか?」

 アーテルハードは嘘である可能性は低いと考えている。まだルイーザが知らない情報を彼は知っているのだ。

「……ジギワルド王子の部隊を混乱させる為。殺すことに躊躇いを覚えれば、それは隙になる。危険なことよ」

「確かに。ですが、その一方でヴォルフリックはオトフリート王子に別の忠告をしています。敵の罠はもっと危険なものになるから気をつけろと。これもオトフリート王子を混乱させる為でしょうか?」

「……攻撃は慎重にならざるを得ないわ」

 任務達成にかかる期間は長くなる。だがこれがオトフリートをはめる策とは思えない。

「ですが危険は回避出来る。ヴォルフリックはジギワルド王子には隙を作らせ、オトフリート王子には油断を戒めた。何故ですか?」

「オトフリート王子派についた、は有り得ないわね。どういうこと?」

 自分の考えに矛盾があると知って、ルイーザはあっさりとそれを引っ込めた。

「ヴォルフリック自身はジギワルド王子たちの油断を戒めるだけで話を終わらせたそうですので、騙す意思はなかったと思われます。つまり逃がそうと考えていたのは事実と考えるべきかと」

「……何故そんな真似を? 敵を利する為ってこと?」

 アルカナ傭兵団への嫌がらせ。その可能性をルイーザは考えた。

「犯罪者のことを良く知っているのではないですか? 罪を犯しているからといって全員が悪人ではない。これはブランドが話したことですが、我々もそれを知っているはずです」

「……そうね」

 アルカナ傭兵団を結成する前、結成してからもしばらくは、ディアークたちは金になるなら大抵の仕事は引き受けた。犯罪ギリギリと本人たちは言うが、見方によっては完全に黒な仕事も。そんな中で裏社会に生きるしかない人々に出会っている。暗殺を請け負っている人間が、すごく家族思いの良き夫、父であったりすることもあるのだ。

「貧民街で暮らしていた彼らも知っていてもおかしくない。知っていないほうがおかしい、ですか。彼らもその犯罪者なのですから」

「そういう人たちへの同情ってことね」

「簡単に言えば」

「……難しく言ってみなさいよ」

 説明を省略されると自分が馬鹿と思われているような気分になる。ルイーザはもっと詳しく説明することをアーテルハードに求めた。

「黒幕は別にいる。皆殺しにするのであればその者たち。そう考えているようです」

「へえ。それでどうするつもり?」

「与えられた任務をこなす。それが、黒幕をあぶり出すことに繋がると分かっているようです」

 今、活動している盗賊団は金で雇われているだけの末端。黒幕とは直接的な繋がりがない者ばかりだ。だがそういった者たちを一掃すれば、そうなると思わせれば、黒幕の動きも見えてくるはず。こう傭兵団は考えている。

「……ちなみに他の部隊は?」

 ヴォルフリックは教えられなくてもそれに気がついた。ではオトフリートとジギワルドはどうなのか。

「分かっているのかもしれませんが、情報として伝わってきておりません」

「そう……だとしても彼の甘さは任務に支障をきたすわね?」

「……ルイーザさんは彼を認めていると思っていました」

「能力はある程度、認めているわよ。だからといって傭兵団に敵対することを許すつもりはない」

 ヴォルフリックの能力を認めているからこそ、それが当初考えていた以上だと分かったことで、ルイーザはただ面白がるだけでなく、警戒心を持つようになった。手に余るような存在であれば、それを公に認めることはないが、それは傭兵団にとって脅威。甘い顔を見せるわけにはいかない。

「任務に支障をきたすかどうかは分からない。あれは複雑な人間だ。なんといってもオティリエを袖にしておいて、アデリッサの誘いを受けるような奴だ」

 ディアークにはまだ面白がっている余裕がある。

「……それって……普通ではないのは確かね」

「結果は遅くともひと月後には分かる。予想が外れれば、二週間というところだ」

 ヴォルフリックは前回と同じように時間をかけれてもひと月後には結果が分かる。そうでなければもっと早く。ひと月という期間はそれほど長いものではない。ヴォルフリックたち、ジギワルドとオトフリートも含め、の任務を受けて、他のチームには行うことがある。その準備をしているだけで、それくらいの期間は経ってしまうのだ。