月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #126 託された想い

異世界ファンタジー 四季は大地を駆け巡る

 レンベルク帝国の皇城で開かれた戦勝の宴。パルス王国で行われている宴と同じように、華やかな衣装をまとった淑女たちが宴の席を彩り、楽団が奏でる軽やかな音楽に乗って人々がダンスを楽しんでいる、というものではなかった。レンベルク皇帝が説明した通り、美味しい料理とお酒を楽しみながら、思い思いに近くに座る人たちと会話を楽しむだけ。大勢で少し豪華な夕食をとっているという形だ。
 ただ酒が進むとその様相は一変した。酔っぱらって陽気に、お世辞にも上手とは言えない歌を歌い始める人。優雅とはほど遠い踊りを始める人。アイントラハト王国側からもエルフ族が立ち上がり、楽器を奏でて歌と踊りを盛り上げる。
 上品とは言えない賑やかな笑い声が会場に響いていた。

「……傭兵たちの宴会みたいだな」

 それはヒューガにとって、ある程度馴染みの雰囲気だった。

「傭兵とも付き合いがあるのか?」

 ヒューガの呟きを聞いて、レンベルク皇帝が問いを向けた。

「付き合いがあるというか、俺自身がパルスにいた時に傭兵ギルドで働いていた。短い期間だったけど、本部の食堂で大人たちが騒いでいるのを何度も見たな。規模はかなり違うけど、その時と似た雰囲気を感じる」

 傭兵ギルドの依頼には命がけのものも多い。ヒューガが似た雰囲気を感じるのは、今日の日を生きて終えられるという思いは、戦争とギルドの依頼の両方に通じるものがあるからだ。

「傭兵ギルドか……それで生活していくつもりだったのか?」

「一生の仕事にするつもりはなかったけど、その時の俺には他に金を稼ぐ方法がなかったからな」

 パルス王国を出てからのことはあまり考えていなかった。目的地であったレンベルク帝国については、ほとんど知らない。どんな仕事があるのか、そもそもよそ者は雇ってもらえるのか。何も分からなかったのだ。

「パルス王国に仕えようとは思わなかったのか?」

「俺は勇者じゃない」

「勇者としてでなくても仕える道はあったのではないか?」

 もし自分がパルス国王であれば、迷うことなくヒューガを自国に繋ぎ止める。レンベルク皇帝はこう思うのだ。

「……まったくなかったとは言わないけど、俺にとってはその選択はあり得ないな」

「パルス王国は仕えるに値しないか?」

 パルス王国は大陸の中で一番の大国。その国の何が気に入らかなったのかがレンベルク皇帝は気になる。

「そんな偉そうには考えていなかったつもり。パルス王国を出なければいけない事情があったというのが理由だ」

「そうか……その事情は話せるものなのか?」

「……いくつかあるけど、内にも外にも争いを求める国が良い国のはずがないと思った」

 クラウディアを外の世界に連れ出す為。これも理由の一つではあるが、彼女と知り合う前にヒューガはパルス王国を出ることを決めていた。ただ口にした理由も後からのものだ。決断した時の理由はただの勘。だがこれでは話が続かないと、一応は気を使ったのだ。

「争いはどこの国にもある。この国も以前は国内のあちこちで争いが行われていた。狭い土地を奪い合う争いだ」

 長く続いていた部族同士の争い。それを終わらせ、一つの国にまとめ上げたのがレンベルク皇帝だ。

「そう。争いはどこにでもある。でも、良い争いなんてないけど、同じ悪いであっても程度がある。パルス王国の争いは最悪だと思った」

「最悪……何故、そう思う?」

「嘘ばかりだ。魔族との戦いは領土欲を満たす為の戦い。そうであるのに魔族を悪に仕立て上げて、正義の戦いであるかのように思わせた」

「国として戦争を起こす大義名分は必要だ」

 あえてレンベルク皇帝はパルス王国を庇うような言い方をした。真っ正直であり続けることは施政者として正しい在り方ではない。国の為であれば大悪人にもなる覚悟が必要だ。ヒューガはどうなのか。これを確かめようとしている。

「でもその結果、嘘の為にその国の人は死ぬことになる。外に対して体裁を繕うのは俺も理解出来る。でも自国の民を騙して、死なせるのは違うと思う」

「そうか……そうだな」

 国の為、正義の為と信じて戦争に行き、命を失う将兵たち。その彼らの命が無駄にならないだけの意義が、その戦いにあるのか。それを問うことは間違いではないとレンベルク皇帝も思う。

「パルスはいずれその報いを受けることに……なる。多分」

 話し過ぎた。それに気づいてヒューガは語尾を曖昧なものにした。魔族との戦いは終わっていない。パルス王国に騙されていたことを知った勇者はパルス王国を恨み、魔族と協力して、報復を考えている。これは口にしてはいけないことなのだ。

「まだ報いには足りないか……」

 魔族との戦いでパルス王国軍は甚大な被害を受けた。国王が亡くなり、王家の血を引かない若い王が立つことになった。ユーロン双王国との揉め事は戦争に発展しそうな気配であることも知っている。すでにパルス王国は散々な目に遭っているように思えるのだが、ヒューガの考えは違うことをレンベルク皇帝は知った。

「どうしてだろう? パルス王国にいた時は絶対に関わり合いたくないと思っていたグランさんは今俺の国で働いていて、その頑張りは皆に評価されている。エリザベートさんはパルス王国での評判はかなり酷いらしけど、俺にはそんな悪い人に思えない」

 グランもエリザベートもパルス王国内で争いをもたらそうとしていた。だが同じ人がアイントラハト王国では国を良くする為に、エリザベートは少し違うが、頑張って働いている。その変化がヒューガは不思議だった。パルス王国でも同じように出来なかったのかと思ってしまうのだ。

「……少しは自分自身を認めたらどうだ?」

「自分を認めるって?」

「彼らが良い方向に変わったのだとすれば、それは王であるお主が正しく導いたからだ。野心を抱く余裕のあるパルス王国と生きるのに精一杯のアイントラハト王国では違うという理由もあるかもしれないが、それでも皆が一つになって頑張れるのは導き手である王の力だと思うぞ」

 グランが心からヒューガを王として尊敬し、誇らしく思っていることをレンベルク皇帝は知っている。彼の熱意がレンベルク皇帝の気持ちを、アイントラハト王国にとって良い方向に動かしたと言っても良いくらいだ。

「そうだと良いけど」

「……マーセナリー王国をどうするつもりだ?」

「それを俺に聞く?」

 アイントラハト王国はレンベルク帝国の戦いを手伝っただけ。敗戦国であるマーセナリー王国とこの先どう向かい合うかはレンベルク帝国が決めることだ。

「混乱の極みにあるマーセナリー王国を併合するつもりはない。だが混乱したままでも困る。良い手はないかと思ってな」

 戦争で荒れ果てているマーセナリー王国を占領しても、その復興には多大な労力を有する。その為に一時的であってもレンベルク帝国本国が疲弊することをレンベルク皇帝は望まないのだ。だが混乱のままであるのも困る。国境付近の治安悪化、難民の流入など自国に影響を及ぼす可能性は高いのだ。

「……完全には無理だけど、少し落ち着かせる方法はあるかな? 実際にやってみないと上手く行くか分からないけど」

「ほう。それはどういうものだ?」

「元傭兵たちは今も傭兵気分のままであるなら、正しい在り方に導けば良い。それを求める人はきっといるはずだ」

 あえてレンベルク皇帝が口にした言葉を使って説明するヒューガ。

「……お主にはそれが出来るのか?」

「出来そうな人は知っている」

「では任す」

「そんなので良いのか?」

 あっさりと自分に任せると口にしたレンベルク皇帝に戸惑うヒューガ。このような場で、このような簡単なやり取りで決めるようなことではない。ヒューガはそう思う。

「任されたいのだろう? 我が国の為でなく、苦しんでいるマーセナリー王国の民の為に」

「……そんなことは言っていない」

 だがレンベルク皇帝の言葉を否定することもしない。

「思う通りにやってみれば良い。良い争いはないとお主は言ったが、一つだけ悪とは言えない争いがある。守る為の戦いがそれだ。マーセナリー王国を奪うのではなく、自国を守る為の戦いであれば積極的に試みるべきではないか?」

「……そうか」

 マーセナリー王国をレンベルク帝国にとって都合の良い形に落ち着かせることは、アイントラハト王国にとっても利になる。レンベルク皇帝に言われるまでもなく、ヒューガには分かっている。分かっているから混乱を収める方策を考えていたのだ。
 戦争の当事国であるレンベルク帝国が自由にして良いと許可を出したのであれば、ヒューガとしても遠慮することはない。言われた通り、思っていることをやってみることにした。

「……ヒューガ」

「何?」

「この国をどう思う?」

「えっ……田舎?」

 どう思うと聞かれてもヒューガは、王都までただ移動してきただけ。詳しいことは何も知らないのだ。

「田舎か……パルス王国に比べればそうだな」

「ああ、別にパルスと比べての話じゃない。パルス国内を移動した時も同じように思っていた」

「パルス以上に発展している国はないと思うが?」

 パルス王国を田舎というならこの世界には都会は存在しないとレンベルク皇帝は思う。その通りだ。

「生まれ育った異世界と比べての話。人の数も建物の数も、それ以外のありとあらゆるものが違い過ぎる」

「異世界か……そんなに異なる国なのか?」

「どのように違うかは、あまりに違い過ぎて説明出来ない。人の数だと一億二千万くらいだったかな?」

「……はっ?」

 一億二千万人という数がレンベルク皇帝には想像できない。

「一番多い国は十億を軽く超えている」

「十億? しかも一つの国でか?」

 一億という数で驚いたのだが、それは一つの大陸に住まう人の数ではなく一つの国のそれ。しかもそれよりも遥かに人口の多い国があることをレンベルク皇帝は知った。

「それだけ世界が違うということ」

「豊かな世界なのだな?」

「まあ、そうかな? でも多くの人々はそれに慣れきっていて、ありがたみを感じていない。俺もそんな人間の一人だった」

 普通の暮らし、とはヒューガの場合は言えないが、が出来ることの幸せ。元の世界ではそれを豊かだと、頭ではそう思うべきだと分かっていても、実感できなかった。

「考えが変わったか?」

「それはもう。心の豊かさこそが人の幸福なんて言って田舎暮らしを始める人がいるけど、この世界に来て、それもただ贅沢を味わっているだけだと思うようになった。物資的な豊かさを捨ててなんて言っているけど車で、この世界だと馬車か馬で移動すればすぐにそこに戻れる。物質的な豊かさに飽きて、別の要求を満たそうとしているだけ。もしくは物質と心の両方を求めているだけじゃないかって」

「……よく分からんが、あれもこれも求めるのは贅沢ではあるな」

 物質的な豊かさなんて言われても、レンベルク皇帝には何のことか分からない。帝都とそれ以外の街や村では豊かさは違う。だが帝都以外の街や村で暮らすことが何故、心の豊かさに繋がるかなど分かるはずがない。

「まあ、夜の食事を得る為に命がけなんて暮らしとは、まったくの別世界ってこと。それを得られたことによる喜びのほうが、本当の喜びかなって……自分でも何を言っているか分からなくなった。とにかくこの世界のほうが分かりやすくて俺は好きだ」

「そうか。この世界が好きか」

「来たばかりの時は最悪と思っていたのに、何故か」

 最悪の巻き込まれ。置かれた状況から抜け出さなければならない。それが出来たとしても、その先は見えない。そんな状態だった。だが今のヒューガにはこの世界で守るべきものがある。守るべきものの未来を考えられている。

「……ひとつ頼みがある」

「頼み?」

「もし儂に何かあって、この国が乱れるようなことになったら、その時はお主になんとかしてもらいたい」

「えっ……?」

 唐突な話。それを聞いたヒューガはただ驚いた。

「差し迫った何かがあるわけではない。答えも今は求めていない。ただ儂はこの国が好きなのだ。苦労して、苦労してようやく一つにまとまり、争いが消えて、人々は安心して暮らせるようになった。その暮らしを守りたいのだ」

「気持ちは分からなくないけど」

 それはヒューガに頼むことではない。レンベルク帝国の未来はレンベルク帝国の人が担うべきだとヒューガは思う。

「答えは求めていない。ただ心にとめておいて欲しい。民の暮らしを乱すような者に国を統べる資格はない。それが何者であっても。儂はそう思っているのだ」

「……分かった」

 向けられている視線。だがそれは自分ではなく、どこか遠くを見ているようにヒューガには感じられる。そう思うと「分かった」という言葉以外を口に出来なくなった。

 

◆◆◆

 レンベルク皇帝の退場とあわせて宴の場を離れ、用意された部屋に入ったヒューガ。会場にはまだ飲み足りないと感じている酒豪たちが残っているが、それはもう公のものではない。酒豪とはほど遠いヒューガも退散することにしたのだ。
 酒を飲んで大騒ぎしたいという気持ちがないわけではない。だが酒で誤魔化すのではなく、きちんとレンベルク皇帝の言葉について考えるべきかとも思い、部屋に戻ったのだ。

「皇帝には跡継ぎがいない。若くして亡くなったそうよ」

 エアルも部屋にいる。二人きりの時間を楽しもうというのではない。今は臣下としてレンベルク帝国について話しているつもりだ。

「兄弟は?」

「いない。弟がいたのだけどその人もまた戦争で亡くなったらしいわ。子供もいない。レンベルク帝国には皇帝と血縁がある後継者がいないのよ」

「後継者争いを恐れているのか」

 血縁者がいないということは、逆に誰にでも次代の皇帝になる機会があるということ。その座を争っての内紛がレンベルク帝国にあるのだとヒューガは考えた。

「いまのところ起きていないみたいだけど。軍は完全に掌握されている。皇帝の意向に従うというところでしょうけど、その意向が見えていないみたい」

「……詳しいな?」

 エアルはヒューガと一緒に今日、帝都に来たのだ。そうであるのにレンベルク帝国の事情に詳しいことをヒューガは疑問に思った。

「なんか隣にいた人が詳しく教えてくれた。皇帝にとってレンベルク帝国は家族の犠牲の上に造り上げた国。当たり前だけど思い入れが強くて、昔に戻るようなことは絶対に受け入れられないそうよ」

「……何故そこまでの説明をエアルに?」

「さあ? 分からないけど、臣下としても心配なのじゃない? レンベルク帝国には優秀な人は少なくないけど飛び抜けた人はいない。皇帝がいる間は横並びでも良いけど、いなくなった途端にバラバラになってしまう可能性を恐れている。これは他人事ではないわね?」

 建国したばかりで後継者問題どころではないアイントラハト王国であるが、同じ問題を抱えている。ヒューガが王であるからこそ、異種族が一つにまとまっていられる。今ヒューガを失ってしまえば、アイントラハト王国は瓦解してしまう可能性は高い。

「だからといって俺に何が出来る?」

「……人々の暮らしを守る為の何かを? 今は難しく考えても仕方がないじゃない。言葉通りに受け取れば良いのよ」

「まあね。その時にならないと分からないことだ。その時が来るかも分からないし」

「それなのに悩んでいる。どうして?」

 エアルには何故、ヒューガがレンベルク皇帝の言葉に悩んでいるのかが分からない。無視しろというつもりはない。ただ、今ここで考えても仕方がないこと。こう思うのだ。

「いつか自分も同じような思いを抱く日が来るのかな、なんて思って。あとは傭兵王はどう考えているのかも気になった」

「はい? なんで傭兵王が出てくるの?」

「マーセナリー王国は今、大混乱だ。自分の国がそんな状態になっていることを傭兵王はどう考えているのかと思った。何も考えていないのであれば、俺たちはどうするべきか。実は国民の暮らしを考える王であったら、どういう選択をするべきかと思って」

 レンベルク皇帝の思いはヒューガにも通じるものがある。自分たちの国を守りたいという思いの強さはヒューガも負けていないつもりだ。同じ王として傭兵王はどう考えているのか。民のことなど考えていないのか。そうでないのか。こんなこともヒューガは考えていた。

「……それは聞いてみないと分からないわね。それに仮に聞く機会があっても本当のことを言うかは分からない」

「そうだな。とりあえず、やれることをやるしかないか」

 治めるつもりのない土地に暮らす人々の為に、何をするべきか。何が出来るのか。ヒューガはこの答えを持っていない。答えを得るヒントにならないかと、傭兵王について考えてみたが、何も得るものはない。出来ることをやるしかない。今はこう考えるしかなかった。