ノートメアシュトラーセ王国の王子であり、太陽の称号を持つ上級騎士であるジギワルドの頼みで、お茶の時間を一緒に過ごすことになったヴォルフリックたち。ジギワルドの案内でアルカナ傭兵団の施設を抜け、城内に入り、奥へ奥へと進んでいく。どこに向かっているかはジギワルド、ではなくフィデリオが教えてくれた。近衛騎士であったフィデリオは城内のことを、ある程度は知っているのだ。
暗く、入り組んだ廊下を抜けると雰囲気は一変。窓からは青々とした緑が見えるようになった。その緑生い茂る外に出て、少し歩くと目的地。綺麗に整えられた花壇に咲く花の美しさは、そういったものには興味のないヴォルフリックやブランドでさえ感嘆の声を漏らすほどのものだった。
「さあ、座って」
芝生の上に置かれていたテーブル。それに向かい合う形でヴォルフリックとジギワルドが座る。それぞれの従士たちも二人の横に並んで座る形だ。
「すぐにお茶は持ってきてもらえると思うけど……置いてあるお菓子はどうぞ」
すでにテーブルの上に置かれていたお菓子を凝視しているブランドを見て、お茶を待つことなくお菓子を食すことにした。といってもジギワルド自身はすぐに食いつくことはしない。
それは他の人も同じだ。実際に食いついたのはブランドだけだった。
「さて、改めて時間を取ってもらったことに礼を言わせてもらうよ。ありがとう」
「礼は必要ない。代償はもらっている」
今のところ、もらっているのは、もっぱらブランドだけだが。
「では時間が惜しいから、早速話を始めようか。私が聞きたいのは任務のことだ。前回の任務で君たちは現地での準備にかなり時間をかけたと聞いている。それは何故かな?」
「何故……無駄に危険を冒したくないから」
態度は違っても聞いてきたのはオトフリートと同じ、前回の任務のこと。それが分かって、ヴォルフリックは不機嫌そうな顔に変わった。
「それは人数が少なかったからかな?」
「それもある」
「その他って、どういうものだろう?」
「どういうものと言われても……」
用件が前回任務のことだと分かったヴォルフリックは、すでにきちんと答えを返すことが面倒になってきている。
「ジギワルド様。私のほうから少し捕捉をさせて頂いてよろしいですか?」
ここで割って入ってきたのはジギワルドの隣に座っている従士だった。
「捕捉というのは?」
「最初に何故、我々がこういう話を聞きたいのかをご説明するべきだと思います」
「……そうだね」
従士の指摘にわずかに顔を赤らめたジギワルド。無意識のうちに、それを話すのを避けていたことに気がついたのだ。避けていたことを恥ずかしく思う理由は。
「私は従士のファルクと申します。私のほうから説明いたします。前回の任務で我々は総勢二十名で任務に当たりましたが、結果、三名の負傷者を出しております。同数の盗賊相手にこれは失敗と言うべき結果」
自分の失敗を人に話すことを躊躇う気持ちがあったからだ。それを理解している従士のファルクは、自分の口で自分たちの任務が失敗であったことを認める発言をした。
「一方で貴方たちは少数でありながら、一人も怪我人を出すことなく任務を終えた。準備に時間をかけた結果だと思うのですが、その具体的な中身を知りたいのです」
「……任務の内容については報告書にまとめられている。それを見れば分かるはずだ」
これは説明を拒否する言葉ではない。報告書は見ているはず。その上で何を直接聞きたいと思ったか確かめようと考えたのだ。
「報告書に書かれているのは結果だけ。そこに至った理由や経過は書かれておりません」
「なるほど……たとえば?」
ヴォルフリックのほうから問いをファルクに向ける。彼らと話す意味を少し認めてきたのだ。
「少々、失礼なことを言いますが?」
「それを気にするようなら、俺はこんなじゃない」
「……それでは遠慮なく」
思わず笑いそうになるのをなんとかこらえて話を始めるファルク。ヴォルフリックにも、自分が無礼であることの自覚があるのだと分かって、面白かったのだ。
「貴方たちの作戦ですが、かなり運が味方していたと思います。声音で味方ではないとバレていれば、そのまま乱戦になりました。先に四分の一ほど倒していますので、そうなっても作戦の意味はあったと思いますが……」
「思いますが?」
ヴォルフリックの顔にはわずかに笑みが浮かんでいる。それを見てファルクは自分たちの考えが間違いではないと考えた。
「作戦の最大の目的は、屋外で戦うことにあったと考えてよろしいですか?」
「それは作戦と呼べるようなものじゃない。屋外で戦うとして、どうすれば効率的に敵を倒せるかを考えるのが作戦だろ?」
「……はい。その通りです。では何故、屋外での戦いを選んだのかを教えて頂きたい」
「俺は逆に何故、アジトを襲おうとしたのかを聞きたい」
これを言うヴォルフリックは、ジギワルドの、太陽のチームの任務結果報告書を読んでいる。彼らは盗賊団のアジトを強襲した。その結果が三人の怪我人なのだ。
「それは……油断です」
同数の盗賊相手に複雑な作戦など必要ない。この油断がアジトを強襲するという作戦とはいえない作戦を選んだ理由。
「それが分かっいて、まだ俺に聞くことがあるか?」
一転、ヴォルフリックは話を終わらせるような言葉を口にした。
「貴方は敵のアジトに罠が仕掛けられていることに気がついていた」
「ちょっと違う。気がついていたのではなく、俺ならそうすると思っただけだ」
実際に罠が仕掛けられているかどうかなどヴォルフリックには関係ない。その可能性があるのであれば、そのリスクを避けるだけ。だがこの話は、当初のファルクの問いの答えからは、ずれている。
「……何故、そういう考えが……いえ、質問が漠然としていますか」
そしてファルクは、ジギワルドや他の従士たちも、それに気がついていない。自分たちが考えていた通りだと考えていた。
「いや、聞きたいことはなんとなく分かる。答えは、油断していたら殺される。そういう場所で俺たちは生きてきたからだ」
「…………」
とくに気負った様子もなく、それを言うヴォルフリック。ジギワルドたち、クローヴィスも頭では理解出来ても、どこか現実のものと捉えられない世界。そういう世界でヴォルフリックは生きてきた。ブランドとは異なり、ヴォルフリックの場合は自ら身を投じたのだが。
「さて、聞きたいことは聞けただろ? 話は終わりだ」
「ヴォルフリック殿!?」
席を立って傭兵団の施設に戻ろうとするヴォルフリック。慌ててファルクが声を掛けるがヴォルフリックの足は止まらない。それを止めることが出来たのは。
「ジギワルドは、何か貴方を怒らせるようなことをしてしまったのかしら?」
女性の声。波打つ金髪を腰まで伸ばした美しい女性がヴォルフリックに問いかけてきた。
「……いえ、話が終わったので帰ろうとしているところです」
ヴォルフリックが敬語を使ったことに驚いているクローヴィスとフィデリオ。だが女性にとっては当たり前の態度だ。特に反応を示すことなく、話を続けようと口を開く。
「そうだとしてもお茶を召し上がってからにしない? 焼き立てのお菓子も用意しているわ」
「…………」
女性の後ろに控える侍女の格好をした人たちが持つ茶器や焼き菓子に一瞥をくれただけで、またヴォルフリックは歩き出す。
「ヴォルフリック様! その方はオティリエ王妃殿下です!」
そのヴォルフリックを止めようと声を発したのはクローヴィス。女性はジギワルドの母オティリエ。国王ディアークの妻、王妃だ。無礼が許される相手ではない。
だがヴォルフリックは国王であるディアークに無礼を働くどころか、殺そうとした男。そんなことを気にするはずがない。足を止めることなく、去って行ってしまう。
「……行ってしまったわ。陛下からお話は少し聞いていたけど、難しい方のようね。仕方がないわ。残った皆さんで召し上がって」
オティリエの言葉を受けて、侍女たちが運んできたお茶やお菓子をテーブルの上に並べていく。それに、まっさきに手を伸ばしたのはブランド。一つ口に頬張ると、嬉しそうに笑みを浮かべて、また別のお菓子に手を伸ばしていく。
「気に入ってもらえたかしら?」
「うん、これ、どれも凄く美味しい」
「そう。良かったら持って帰る? せっかく頑張って作ったのだからヴォルフリック殿にも食べてもらいたいわ」
このお菓子はヴォルフリックの為に用意したもの。お菓子で懐柔出来るとは思っていないが、今後も話をする機会を作る口実には出来るのではないかと考えていたのだ。
「それ無意味」
「えっ?」
「ヴォルフリックは初対面の人が出すものには、絶対に口をつけないから」
「ブランド! 無礼だぞ!」
慌ててブランドをたしなめるクローヴィス。ブランドの言葉はオティリエが毒を盛っていると疑っているように受け取れる。王妃にそんな疑いをかけるなど、あってはならないのだ。
「無礼? 僕は事実を言っただけ。ヴォルフリックは相手が誰であろうと、良く知らない人に出されたものは口にしない。それとヴォルフリックが悪いわけじゃない。僕たちがそんな立場に追い込んでしまったせいだ」
裏社会との闘争は話し合いで終わり、なんて甘いものではない。裏社会の人間たちは、相互不可侵の約束をしてからもヴォルフリックたちの組織の規模や、誰がまとめているのかを盛んに調べ回っていた。それを防ぐことは困難。約束する前は怪しい奴は問答無用で殺していれば良かったが、そうはいかなくなったのだ。
怪しいというだけで裏社会の悪党には十分。ヴォルフリックは食事に毒を盛られて、危うく死ぬところだった。彼が食事に対して用心深くなったのはそのせいだ。
「……普段の食事はどうしているのかしら?」
ブランドの話が本当であれば、普段の食事はどうしているのか。オティリエは疑問に思う。
「ここの大食堂は楽。料理は大鍋で作るのばかりだからね。食器と給仕のオバちゃんの動きに気をつけていれば良いだけだ」
「でも貴方は食べたわ」
「食べないと実際にどうだったか分からない。それに本当にヤバいのならヴォルフリックは僕にも警告しているはずだ」
「……彼を信頼しているのね?」
「信頼? ちょっと違うかな? 僕たちと違ってヴォルフリックには守ってくれる力があった。でもそれに一人だけ隠れていることを選ばず、僕たちの側に飛び込んできてくれた。僕たちが今生きていられるのはそのおかげ。そういうことだよ」
「…………」
ヴォルフリックとブランドの間に何があったのか、詳しいことは分からない。それでも信頼という言葉が軽く思えてしまうような関係であることは感じられる。それと同時に、ブランドのような仲間が他にどれだけいるのだろうかという思いも。それは羨ましいという思い以上に、なんとも言えない恐れを感じさせるものだった。
「さてと僕ももう行こうかな。あまり贅沢しちゃうと元の生活に戻った時に大変だからね」
がっつくようにお菓子を食べていたと見えていたブランドであったが、実際は出されたお菓子の全種類を一口ずつ味見していただけ。本気で毒味をしていたのではないかと思えるような食べ方だ。
「あっ、そうだ。変に誤解されると困るから、ひとつだけ教えてあげる。お菓子のお礼もあるしね」
「……なんだろう?」
「僕たちの作戦。襲われた盗賊たちはどうすべきだったと思う? 最初に殺した五人は別だよ? 彼らに選択肢はないからね」
「盗賊の選択肢……」
ブランドの問いの答えに悩むファルク。ジギワルドや他の従士たちも考えているが、なかなか答えが出ない。それは作戦に参加していたクローヴィスも同じだ。クローヴィスはブランドの問いの答えを知らないのだ。
「思いつかないか。そうだと思った。答えはね……逃げること」
「なんだって?」
「全力で逃げれば死ななくて済んだ。でも僕たちが戦った人たちは、一人も逃げることなく、積極的に剣を向けてきた。残念な選択だ」
「……逃がすつもりだったのか?」
「世の中には生きる為、大切な人を守る為に仕方がなく悪いことをする人がいる。でも君たちはそんな事情を考えることもしない。犯罪者は全員殺してもかまわないと思っている。そんな君たちに僕たちの考え方が分かるはずがない。話しても時間の無駄だよ」
ファルクの問いにはっきりと答えることなく、これを告げると、席を立って、この場を離れていくブランド。その彼を止める者は誰もいない。殺される側の事情。それは、ブランドに指摘された通り、これまでまったく意識していなかったもの。
はたしてそれで良いのか。ブランドの言葉は、そう考えさせるようなものだった。
「……我々もこれで失礼します」
心に受けた衝撃はまだ収まっていない。だからこそ、ヴォルフリックとブランドのあとを追わなければならないとクローヴィスは思った。二人との間にあった大きな溝。その一部が明らかになったのだ。それはフィデリオも同じ。相手の答えを待つことなく、一礼してブランドのあとを追っていく。
「……殺すことだけを考えていた貴方たちと、生かすことを考えた彼の違いということだわね?」
「そうですが……敵の事情をいちいち考えていては、戦いには勝てません」
「彼はその戦いを……いえ、そうね。単純な問題ではないわ。とにかく彼は難しい、いえ、複雑だわ。陛下も頭を悩ますはずね」
自分では想像出来ない過酷な環境で育ち、手を汚すことを躊躇わない心を持った。その一方で、討伐相手を生かそうという思いもある。非情なのか優しいのか。どちらかと決められるものではないのだとオティリエは思う。
ディアークがヴォルフリックの扱いに困っているのは、彼が前国王の子であり、ミーナの子でもあるから。表に出すべき存在ではないと分かっていても、ミーナの子であることで躊躇いが生まれているのだと考えていたが、どうやらそれだけではなさそうだと。
◆◆◆
三人よりも先に席を立って、自分の部屋に戻ろうとしていたヴォルフリックだが、まったく想定外のことで足止めを食らうことになった。廊下を進んでいたヴォルフリックの足を止めたのは、また女性。オティリエと同じように侍女を引き連れている女性であるが、その表情はまったく正反対。歓迎の色など微塵も見えない。
「……どこに行っていたのですか?」
「どこ?」
「隠しても分かっています。ジギワルド殿のところですね?」
ヴォルフリックに問いの答えを考える間を与えることなく、女性は話を先に進める。
「まあ」
「順番を間違っているのではないですか?」
「順番?」
「ご機嫌伺いを行うのであれば、長兄の、この国の後継者であるオトフリートを先にするべきでしょうと言っているのです」
またヴォルフリックがきちんと答える前に、女性は先に話をしてしまう。ヴォルフリックの答えなどどうでもよく、ただ自分が言いたいことを言っているだけなのだ。
「……それは無理では?」
「何故、無理なのです!?」
ヴォルフリックの言葉に声を荒らげる女性。だが、これで会話の主導権はヴォルフリックのものになった。
「俺がジギワルド殿と話をしていたのは、向こうがそれを望んだから。一方でオトフリート殿は俺との会話の時間など持ちたくないでしょう。俺のことを嫌っているようですから」
「それは……貴方がオトフリートを怒らせるようなことをしたからです」
「それが分からなくて。俺はいったい何をしたのですか?」
ヴォルフリック自身にはオトフリートに絡まれる理由が分からない。二度とも、ただの言いがかりとしか思えないのだ。
「貴方は……貴方の存在自体が不快なのです」
「はい?」
「貴方は前国王の子。貴方の父親が私に何をしたか知っていますか?」
「知らない」
父親、だなんて認めていないが、のことなど知りたいと思わない。この国に来てからもヴォルフリックは、過去のことを調べていない。
「では教えてあげましょう。貴方の父親は、貴方の母を陛下から取り上げる代わりに私を差し出したのです。まるで物のように」
「……えっと。どういうこと?」
「前国王は当時、ディアーク様の恋人であった貴方の母親を半ば無理やり妃にして、その代わりとして、自分の妃であった私をディアーク様の妻にさせたのです」
「……嘘だろ?」
当時の状況はヴォルフリックにはまったく分からない。だが女性を交換するような真似が異常であることは間違いない。
「嘘などついていません。貴方の父親は人でなしなのです」
「ああ……それは、なんか……ごめんなさい」
「はっ?」
「いや、俺を焼き殺そうとした奴なんて、父親だなんてこれっぽちも思っていないけど……きっと貴女はひどい仕打ちを受けたのに謝ってもらえてなくて……でも、謝らなければならないやつはもう死んでいて……だったらせめて俺が……血の繋がりのある俺が謝るべきだろうと思って……」
ヴォルフリックらしくなく、少したどたどしく謝罪した理由を説明する。
「……あ、貴方に謝られても……同情なんて侮辱と同じだわ」
「分かっている。俺に謝られたからって少しも心の傷が癒えるわけじゃない。それに俺は同情なんてしていない。だって貴女は生きているから」
「えっ……?」
「貴女は生きて、こうして息子の為に、人に嫌がられようと文句を言うことが出来る。貴女の息子も幸せだ。母親はこんなに自分を愛してくれている」
「…………」
「あっ、こっちも同情はいらない。母親のことなんて記憶にない。初めからいなければ、失った悲しさなんて生まれないからな」
「……貴女の母親は、ミーナ殿は貴方を守って亡くなったわ」
「知っている。せめてその時の記憶だけでもと思った時もあったけど……」
まだ乳飲み子だったヴォルフリックだ。記憶など残っているはずがない。愛された記憶がなければ、愛されないことを悲しく思うこともない。こう思えるのは、育った環境が普通ではないから。親の愛を知らないことが当たり前の仲間たちといたから。
「貴方……」
「ヴォルフリック様!」
なにかを言いかけた女性の邪魔をしたのは、クローヴィスの声。追いついてきたのだ。
「アデリッサ様。何か御用ですか?」
駆け寄ってきたクローヴィスは、まるで守るかのようにヴォルフリックの前に立って、女性、アデリッサに用件を尋ねる。警戒心をむき出しにしたその態度は、オティリエへのそれとは大違い。この国の人々のアデリッサへの評価がどういうものか、これだけでよく分かる。
「……もう用は済みました。良いですね。次、お城を訪れるなら私のところにしなさい」
「えっ?」
「オティリエ殿よりも遥かにマシなもてなしをしてあげましょう」
「俺、親しくない人に出された物は食べない」
さすがにこの発言には、これまでただ黙って後ろに控えているだけだった侍女も反応した。前のめりになって、ヴォルフリックの無礼を咎めようとしたのだが、それはアデリッサが軽く手を挙げることで、止められてしまう。
「用心深いことですね? それなら私も同じ物を食べることにしましょう」
「……貴方の息子も一緒なら」
アデリッサの提案にさらに条件をつけるヴォルフリック。これで彼女が怒って話がなくなれば、それはそれで良い。
「……良いでしょう。もともとオトフリートへの挨拶がないことを咎めにきたのです。その機会を作るということで、同席させます。ただ次の任務まで日がないはずですね? オトフリートの都合も聞いた上で、日を決めることにしましょう」
「……分かった」
だがアデリッサは受け入れた。条件を提示したヴォルフリックとしては、了承を返すしかない。時間をとられるのは嫌だが、ジギワルドの誘いは受けておいて、こちらは断るというのは公平ではないという思いもあってのことだ。
「では、その時に」
ヴォルフリックに背を向けて、その場を離れていくアデリッサ。
「……本気ですか?」
「何が?」
「本気でアデリッサ様のお誘いを受けるのですか?」
「約束したからな」
「……貴方は彼女がどういった方か知らない」
「知っている。彼女は……母親だ」
「はっ?」
アデリッサの姿が見えなくなるのを待って、ヴォルフリックも歩き出す。その背中を見ているクローヴィスは思った。どうやらまたヴォルフリックは、自分には見えないものを見ているようだと。
同じ視点を持たない限り、ヴォルフリックはクローヴィスを信頼することはない。では視線を同じにするにはどうすれば良いのか。その答えは、すぐに見つかるものではないのだ。