月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第6話 勝手に絡んでくるな

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 アルカナ傭兵団の施設で暮らすことになったヴォルフリック。その生活は実に規則正しいものだ。夜が明けると共に起き出して、下の階の鍛錬所で体を動かす。それを終えると隣の棟との間にある水浴び場に行って汗を洗い流し、そのまま図書室に向かう。昼食の時間までは図書室にこもりっきりだ。
 十二時を少し過ぎたくらいの時間になると大食堂に姿を現し、図書室から借りてきた本を読みながら、割と時間をかけて食事を済ませる。部屋に戻って続けて読書。一時間ほどが経つと部屋から出てきて、屋外の鍛錬場に向かう。一人で黙々と走り続けている時もあれば、ずっと剣術の型の練習を続けている時もある。夕食の時間まで、五時間ぶっ通しだ。
 夕食を大食堂で済ませると、また部屋にこもる。一時間ほど部屋にいたかと思うと、また水浴び場に行って体を洗い、部屋に戻る。少しすると灯りが消える。そのまま寝ているのだとすれば、二十一時に就寝だ。

「……食事以外は読書と鍛錬だけ。傭兵としては正しい生活ではあるな」

 報告を聞いた国王ディアークは少し驚いた様子。勉強と鍛錬に明け暮れる毎日は傭兵団の一員として正しいあり方だと言えるが、それをヴォルフリックが行っていることは意外に感じている。

「問題はその中身です。図書室にいる時間がかなり長いようですが、何を調べているのですか?」

 騎士や従士は日常的に図書室で調べ物など行わない。鍛錬ばかりの毎日なんだ。では何故、ヴォルフリックは図書室にそれもかなり長くこもっているのか。それがアーテルハードには気になる。

「様々なことです。剣術に関わることだけでなく、王国の軍制、地理、過去の戦記なども読んでいました」

 アーテルハードの質問に答えたのは息子のクローヴィス。クローヴィスは従士になることについては、相変わらず拒否されているが、側にいることは許されている。ヴォルフリックには玉座を取り戻そうなんて気持ちは微塵もないが、面倒な人たちが集まってきて、誤解されるような事態になっては困る。そういう事態を避ける為にクローヴィスを側に置いておくことにしたのだ。

「軍制に地理……軍でも率いるつもりですか?」

 だがそんな警戒をしていても調べている内容で誤解を生じそうになってしまう。ヴォルフリックの立場で軍を率いることなどない。では何のための勉強なのか。

「私もストレートにそう聞いてみたのですが、率いるのではなく倒すのだと言われました」

「倒す?」

「傭兵であるからには正規軍と戦うこともあるのだろうと。敵がどういう戦い方をするか知らなくて、どうやって戦うつもりだとまで言われました」

「しかし……調べているのは味方の戦い方です」

 確かにヴォルフリックの言う通り。敵を知らないで戦うなど愚かなことだ。だがその言葉をそのまま受け取る気にもアーテルハードはなれない。ヴォルフリックはかなりずる賢い性格。これまでのことでそう判断しているのだ。

「それについては敵について書かれている本がないからだと言っていました。別の場所にあるならそれを読みたいとも」

「なるほど……」

 アーテルハードの疑問に対して、クローヴィスは答えを持っている。良く調べていると息子を褒める気には、残念ながらなれない。自分の行動が全て報告されることを見越して、ヴォルフリックはクローヴィスに言い訳を伝えているのだと分かっているからだ。

「傭兵団の図書室には確かにないな。王国騎士団の所有している資料を読ませてやれ」

 傭兵団の施設内の図書室に置かれているのは、基本的に自己研鑽の為の書物。より実務的な資料は王城内の書庫か、王国騎士団にある。その王国騎士団の資料の貸し出しをディアークは許可した。

「よろしいのですか?」

「この程度のことで敵を倒してくれるのであれば、ありがたいことだ」

「そうですが……」

 資料を読んだだけで敵国の軍を倒せるのであれば、今の苦労はなんなのか。そういう思いがあるが、反対するほどのことでもない。渡すのは敵の情報なのだ。

「鍛錬のほうはどうなのだ? あれは強いのか?」

「……分かりません」

 国王の問いにこのような答えを返して良いのかと、少し躊躇いを見せたクローヴィスであったが、これ意外に答えはないのだ。

「分からないだと?」

「申し訳ありません。私には強いか弱いかの判断がつかないのです」

「……詳しく聞こう」

 クローヴィスは、特殊能力は持っていないが、剣の腕前はかなりのものであることをディアークは知っている。その彼が判断出来ないという状態がどのようなものなのか分からない。

「剣術の型については、まず間違いなく王国騎士団の剣術だと思いますが、完璧に覚えているものと思われます。ただその動きはとても遅いのです。時には剣にハエが止まるのではないかというほどの遅さで動いています」

「……それはまだ身につけていないということではなく?」

「ゆっくりとではありますが、その動きは滑らかです。型と型の間の変化にも淀みはなく、一の型から十の型まで、時には順番を変えても、正確に動いています」

「分からないな。その鍛錬にどんな意味がある?」

 そのような剣術の練習法をディアークは知らない。動きを覚える為に考えながら、ゆっくりと動くことはあっても、完全に動きを身につけたあとは、いかに速く動くかを追求するのが普通だと考えている。

「事前にクローヴィスから話を聞いて、私のほうでも調べてみました。どうやらギルベアトが同じような鍛錬を行っていたようです」

「なるほど。ギルベアトの直伝か。その意味は?」

「当時を知っている者が言うには、ミリ単位で動きを覚えようとしているのではないかと。ギルベアトがそのようなことを言っていたのを聞いた覚えがあるそうです」

「ミリ単位……やはり意味が分からんな。正確であることは悪くない。だがそこまで突き詰めたからといって何が変わるのだ?」

「それについては誰も答えを持っておりませんでした。分かったのはギルベアトは遥か高みを目指していたのだということ」

「……同じ高みに、いや、ギルベアトが届かなかった高みを目指しているのかもしれんな」

 ギルベアトが何を目指していたのかは分からない。だが、恐らくはそこに到達することは出来なかっただろうとディアークは考えた。もし届いていたなら、それを試したいと思うのが戦士の気持ち。何もしないまま自死を選ぶことなどなかったはずだと。

「届く高みであるなら、どのようなものか知りたいところですが……」

 クローヴィスに視線を向けるアーテルハード。聞き出せていないことを責める視線ではない。一筋縄ではいかないヴォルフリックの相手をさせていることを少し申し訳なく思っているのだ。

「とにかく彼の鍛錬はひたすら体力づくりを行うか、型の動きを続けるだけ。あれが続くようでは実力を見極めるのは難しいと考えます」

「立ち合いを受ける気はなさそうか?」

「まったくありません。申し込んでも鍛錬の邪魔をするなと言われて終わりです」

「……従士を集うこともしていない。任務を行う気がないのか」

 実力が分からない。従士も一人もいないでは任務を与えることが出来ない。無理な任務を与えて失敗されては、アルカナ傭兵団の信用を傷つけることになってしまうのだ。

「そういうわけでもないのだと思います。従士試験の日程と場所について聞いてきましたから、少なくとも興味は持っていると考えます」

「従士試験か……」

 ディアークの顔がわずかに歪められる。次の従士試験に対して、アルカナ傭兵団の重臣たちは警戒感を抱いている。これまでずっと表に現れることのなかった反傭兵団の動きが、ヴォルフリックの存在により、浮かび上がってくるのではないかと。不穏分子を一網打尽にする絶好の機会とは傭兵団は考えない。未だに国内に争いがあると国民に、周辺諸国にも思われたくないのだ。

「従士試験は二週間後。応募者のうち、国内関係者についてはすでに調査に入っております。問題がありそうな者がいれば、無条件に不合格にする予定です」

「……それが特殊能力保有者であってもか?」

 国内の安定を求めるのであれば排除すべき。だがディアーク自身は国王の座に執着しているわけではない。神意のタロッカがもたらす奇跡を実現すること。それが優先なのだ。

「……その場合の対応については、別途考えます」

 それを知っているアーテルハードは排除すべきという言葉を口に出せない。

「従士試験後にどれだけの人数になるか……合格者の質も影響するな」

「何かお考えがあるのですか?」

「任務に出したい。近頃、周辺国の治安が悪化しているという報告があっただろう。どうやら無視出来ない事態になってきているようだ」

「盗賊団の件ですか……」

 近頃、連合を組む周辺国で盗賊団が暴れている。当然、各国は討伐に動いているのだが、それが思うように進んでいないのだ。軍を動かせば費用がかかる。周辺国はどれも小国で豊かとは言えない。軍費が不足するような事態になれば対外戦に影響が出てしまいかねない。

「二大国のいずれか、もしくは両方が裏で糸を引いているのだろう。状況がさらに悪化していけば本格侵攻を招くことになる」

 東西両国は大陸中央への侵攻を狙っている。それを阻んでいるのが大陸中央部に領土を持つ小国の軍事同盟、中央諸国連合、そしてその主戦力であるアルカナ傭兵団だ。盗賊団が暴れているのは中央諸国連合各国を疲弊させる為の大国の陰謀だとディアークは考えている。そうであれば速やかに排除に動くべきだと。

「任務に出られれる状態になるかも分からない彼に任せるのはどうかと思います」

「ヴォルフリックだけに任せるつもりはない。オトフリートとジギワルドも任務に就かせるつもりだ」

「王子二人を」

 オトフリートとジギワルドは二人共、母は違うが、ディアークの息子。王国の王子であると共にそれぞれ月と太陽の称号を持つ上級騎士見習いだ。オトフリートは十六、ジギワルドは十五になったところ。まだ若いということでまだ任務に出たことは一度もなかった。

「ジギワルドももう成人だ。任務を任せ、見習いを外してやっても良い頃だろう」

 弟のジギワルドも成人。この機会にディアークは見習いを外してやろうと考えていた。

「……同時である必要はないと思いますが?」

 腹違いの二人の兄弟は、今でも対立している。特に母親がディアークの寵愛を失った状況にあるオトフリートは、強い敵対心を弟に向けている。そんな二人を競わせるような形は望ましくないとアーテルハードは思った。

「盗賊団の数が多い。一つ一つ潰していくのでは時間がかかる。それに一つ潰しても、また別の場所といった感じで振り回される可能性も高い」

「だからといって他の誰かを任務にあてては、前線の戦力が弱まることになりますか」

 ディアークの考えがアーテルハードにも読めてきた。大国の目的は各国を疲弊させるだけでなく、アルカナ傭兵団の戦力を分散させること。今は大国の臣従国との小競り合いが行われている程度の最前線だが、アルカナ傭兵団が即応出来ないような状況になれば、やはり本格侵攻を招くことになる。

「現態勢を維持したまま、事に当たるとなれば、新戦力を投入するしかない。まあ、良い。太陽と月は決定。愚者については今後の状況を見て判断とする」

「承知しました」「はっ」

 アーテルハードとクローヴィスの視線が交わる。今回のこれは大国の陰謀が絡んだもの。これまでの思惑と関係なく、ヴォルフリックに準備を急がせなければならない。クローヴィスにとってもそれは望むところ。ヴォルフリックを監視する為に従士を志願しているのだが、そうであっても国の役に立てる機会を得られるのだ。
 これまで以上の強い気持ちを持ってクローヴィスは、ヴォルフリックをあるべき方向に動かそうと決意した。上手く行くかは別の話だが。

 

◆◆◆

 本人の知らないところで期待をかけられているヴォルフリック。仮に本人が知ることになっても何も変わらない。彼には彼の考えがあり、それに基づいて行動しているのだ。そうはいってもこれまでのところは思うようには行っていない。本格的に動き出すには足りないものが多すぎる。人も物も、そして情報も。
 その足りない情報を少しでも増やす為にヴォルフリックは、今日もゆっくりと時間をかけて食事をしながら、周囲の会話に耳を傾けていた。大食堂での会話を下らない雑談とヴォルフリックは考えない。食事をしながらリラックスした雰囲気で仲間たちと語る内容には意外と貴重な情報が混じっている。少なくともヴォルフリックが住んでいたラングトアにある歓楽街の酒場はそうだった。
 ただ今日に限っては、いつもとは異なる形で情報を入手することになっている。

「……はい?」

 大食堂のテーブルに座っていたヴォルフリックの周りを囲む人たち。その中の一人、自分と同年代の金髪の少年の言葉に、ヴォルフリックは戸惑いの表情を見せている。

「疑問形で返すな! 貴様も上級騎士なら上級騎士としての責任を果たせと私は言っているのだ!」

「見習いが抜けている」

「……見習いであっても責任は負っている。すでに待遇は上級騎士と同じはずだ」

 ヴォルフリックはまだ見習い、だからといって「それでは仕方がないな」とは相手は言ってくれない。彼は一言、で済んでいないが、文句を言いに来たのだ。その文句をヴォルフリックが受け入れない間は去るわけにはいかない。

「じゃあその責任というのは?」

「そんなことも分からないのか?」

「分からないから聞いている」

 ヴォルフリックのほうは相手の文句など受け入れるつもりはまったくない。言いがかりをつけられていると思っている。逆に、情報収集の邪魔をするなと文句を言いたいくらいだ。

「任務をこなすことだ」

「与えられていない」

「……いつでも与えられた任務をこなせるように準備をしておくことだ」

「それならやっている」

 なりたくてなった上級騎士見習いではないが、与えられた任務に関しては真剣に取り組む意思がヴォルフリックにはある。それをこなすことで今よりも強くなれるのであれば、かつ鍛錬のつもりの任務で命を落とすわけにもいかないというのが理由であったとしても。

「……従士を集めることをしない。鍛錬でも手を抜いているというではないか?」

「従士は誰でも良いってわけではない。鍛錬も手を抜いているつもりはない」

 ヴォルフリックは現時点で出来ることだけをやっている。それが周りの求めるスピード感と異なっているからといって文句を言われたくない。とにかく相手の言っていることは言いがかりにしか聞こえない。それで時間を取られることにヴォルフリックは苛立ってきた。
 二人の視線が真正面から交差する。

「……あとで後悔しても知らないからな」

 さきに視線を外したのは相手のほう。捨て台詞を残して、テーブルを離れていった。それに続く周りに人たち。
 残ったのは彼らが残していった演習用の武器や防具が入った大きな袋が二十ほどと、それを前にオロオロしている茶色の巻き髪の大柄な従士だった。

「ボリス! さっさと来い!」

 さきを行く仲間たちが怒鳴り声をあげてきた。

「早く来いって言われても……」

 沢山の荷物が残されているまま。ボリスは「はぁ」というため息をつきながら、床に落ちているその荷物を拾っていく。二十人分の武器と鎧だ。いくら体が大きいといっても一度に運ぶのは無理、とヴォルフリックは思っていたのだが。

「へえ……」

 ボリスは両手に全ての袋を持って、仲間のあとを追っていこうとしていた。

「……あっ」

 だが途中で何かに気付いた様子で戻ってくる。

「あ、あのさ、知らないようだから教えておくけど、君がさっき話していたオトフリート様はこの国の王子だから。次に会った時は失礼のないようにね」

 ヴォルフリックに文句を言いに来ていたのはオトフリート。王国の王子であり、月の称号を持つ上級騎士、見習いだった。それをボリスはヴォルフリックに教える為に戻ってきた。ヴォルフリックの態度は横で聞いていたボリスのほうがビクビクしてしまうような無礼なもの。それが気になったのだ。

「ああ、ありがとう。それでお前は?」

「僕? 僕はボリス。オトフリート様の従士をしている」

「従士?」

 そんな扱いではない。ボリスの仲間たちの態度に不満を表す意味での言葉だったのだが。

「……従士見習い。僕はまだ未熟だから一人前として認めてもらえていないんだ」

「従士にも見習いなんてあるのか?」

「……僕だけ」

 ボリスだけが特別冷遇されているということだ。だがそれに文句を言えるボリスではない。言えるようであれば、こんな扱いは受けていない。

「あっ、もう行かなきゃ」

 グズグズしていたらまた怒鳴られることになる。ボリスは大急ぎで、大食堂を出ていった。両手に抱えた荷物の重さなどまったく感じさせることなく。

「……あれ自力か? 特殊能力だとしても自分の力であることには変わりはないか」

 ボリスの怪力に驚いているヴォルフリック。それもわずかな間だ。残っていた食事を大急ぎで平らげて大食堂を出ていく。オトフリートのせいでスケジュールが押してしまっている。無駄なことをしている時間はこれ以上、許されないのだ。

「呼び止めなくてよろしいのですか?」

 ヴォルフリックの行動は正しい。さらに邪魔をしようとしていた者が次に控えていた。ただこちらは大人数ではなく、二人だけだ。

「なんだか忙しそうだからね。今日でなければ駄目だというわけじゃない。日を改めて話すことにしよう」

「承知しました」

 大食堂を離れていく二人。前を歩く黒髪の少年はジギワルド。彼もディアークの息子であり、太陽の称号を持つ上級騎士見習い。新たに入団した、かなりの問題児であり、自分と同年代であるヴォルフリックが気になっていて、挨拶に来たのだ。
 二人の出会いは叶わなかった。といっても、この先、何年も続く関係の始まるが少し先になっただけの話だ。