月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第4話 これ以上の鎖は必要か?

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 翌朝、まだ日が昇って間もない時間にヴォルフリックは地下牢から出されることになった。思っていたよりも遥かに早い解放だ。さらに地下牢から出たあとの待遇も悪いものではない。
 まっさきに連れて行かれたのは水浴び場。そこで体の汚れを落とすことになったのだが、なんとも贅沢なことに、大きな桶の中に入れられて大量のお湯が用意されていた。まずは頭から水をかぶる。いざ、体を洗えるとなると、連行される間の汚れが気になってくる。貧民街で暮らしていたからといって、不潔な暮らしをしていたわけではない。それどころかギルベアトがそういう場所だからこそ清潔でいなければならないとうるさく言うので、普通の人々よりも気をつけていたくらいだ。その為に頻繁に行わなければならない水くみは、小さな頃は苦痛でしかなかったが。
 水をかけながら頭や体を手でこする。何故かそれを手伝おうとする侍女までいたのだが、女性に体を洗われるのが恥ずかしいのと、あまりに高待遇すぎて何か裏があるのではないかとの思いもあり、手出しは許さなかった。
 最後にお湯を、これはゆっくりと温もりを楽しみながら浴びて終わり。用意されていた服に、これは気がついたら元着ていた服は捨てられてしまったので断ることが出来ず、着替えてその場を離れた。
 次に連れて行かれたのは城内の一室。ヴォルフリックが部屋に入った時には、テーブルの上に料理が並んでいた。パンとサラダ、そして果物とヴォルフリックにとっては朝から贅沢な食事だ。
 侍女、ではなく老年の男性に促されて、席につき、食事を始める。何故、老人が、という疑問はすぐに相手が解いてくれた。

「儂はエアカードという。これでもDer Magier=魔術師の称号を持つ上級騎士じゃ」

 老人はアルカナ傭兵団の一員、それもカードの称号を持つ上級騎士だった。では何故、そんな立場の人物がヴォルフリックの朝食に付き合っているのかというと。

「陛下に命じられて、お主の教育係を務めることになった。まあ、教育係といってもここで傭兵団の一員として暮らすにあたって必要なことを一通り教えるだけ。お主が魔導を使うというのであれば話は別だが、それ以外であれば勝手にやってくれ」

「……魔導って教えてもらえるのか?」

 普段であれば、言われた通りに勝手にやるのだが、魔道となると少し気になってしまう。

「魔導に関わる特殊能力を持っておるのか?」

「ないな」

「では教えても無駄じゃ。習得することは出来ない」

 特殊能力を持っていなければ魔導は習得出来ない。体内の魔力を物質に転換するという特殊能力の中でも特別な能力が必要なのだ。エアカードの答えは当たり前のもの。

「どうして?」

 だがその当たり前を、ヴォルフリックはすぐに受け入れない。

「どうしてって……そういうものじゃからな。お主は操炎の特殊能力を持っていると聞いているが、それを他人に教えることが出来るか?」

「出来ないか……でも剣術の技を教えられる」

 同じ術、技であれば教えることが出来るのではないか。ヴォルフリックはそう考えたのだ。

「魔導を剣術と同じに考えるな。剣術は上手下手はあっても誰でも使えるようになれる。だが魔導はそうではない。上手下手ではなく、使えるか使えないかなのだ」

「……なるほど。分かった」

 完全に納得したわけではないが、ここでさらに問いを繰り返しても返ってくる答えは変わらない。時間の無駄だ。

「では本題じゃ。食事をしながらで構わんから聞くが良い」

「ああ」

 言われなくて食事は続けるつもりだったのだが、それをわざわざ口にする必要はない。

「まず、アルカナ傭兵団についてはどこまで知っている?」

「ほとんど知らない」

「はっ? お主、元はこの国の近衛騎士団長であったギルベアト殿と暮らしていたのではなかったのか?」

 ギルベアトは当たり前だが、アルカナ傭兵団について良く知っている。その彼と暮らしていたヴォルフリックはかなりのことを知っているものだとエアカードは考えていた。

「……爺は何も話してくれなかったから」

「何も……ふむ、予定よりも時間がかかりそうじゃな。だがまあ仕方あるまい。知らないと言うなら説明しよう」

 ギルベルトが何も話さなかったなんてことは本当にあるのかとエアカードは思っているが、話を先に進めることにした。ヴォルフリックにここのことを教えながらも、彼についての情報を得る。これもエアカードの役目だ。下手に追求してヴォルフリックに警戒心を抱かせることはない。

「アルカナ傭兵団は現ノートメアシュトラーセ王国国王である陛下が作られた傭兵団で、その目的は世界平和にある」

「……はい?」

「何かおかしいか?」

「いや、目的が世界平和って」

 傭兵団は戦争で金を稼ぐ集団。平和の世の中では用済みになってしまう。その傭兵団が世界平和を目指すのはおかしいとヴォルフリックは考えた。

「誰かが戦乱の世を終わらせなくてはならない。陛下は神意のタロッカにその使命を託されたのだ」

「カードが託した?」

「……お主、神意のタロッカがどういうものかも知らんのだな?」

 ヴォルフリックの反応はそうであることを示している。表面はただただ呆れているような様子を見せているが、これは本当に何も聞かされていないのかもしれないとエアカードは内心で真実を探っている。

「神意のタロッカにはこういう言い伝えがある。全てのカードとそのカードに認められる英雄たちが揃った時、世界は望みを叶えてくれる、という言い伝えだ」

「……世界平和とは言っていない」

「陛下の望みは世界平和ということだ」

「大陸制覇ではなく?」

「……それで動乱の時代が終わり、平和が訪れるということだ」

 アルカナ傭兵団の目的はノートメアシュトラーセ王国による大陸制覇。そういうことなのだとヴォルフリックは理解した。まったくの間違いではないが、実際にはヴォルフリックが、それどころかエアカードが思っているようなものでもない。

「カードに認められるという点については説明は必要ないな。お主も認められた一人だ」

「ああ、あれ……」

 何度も同じカードを引くことになった。不思議ではあるが、それだけで願い事が叶うと信じられるかとなるとそうではない。あの儀式についてすでにヴォルフリックは疑問があるのだ。

「……結果が出ているのに信じられないのか?」

 ヴォルフリックの微妙な反応からそれを読み取ったエアカード。その表情にはわずかではあるが、うんざりしている気持ちが浮かんでいる。このようなペースでは説明はいつ終わるかと不安になってきたのだ。

「確かに同じカードを何度も引いた。でも国王も同じカードを引いていたのだろ?」

 愚者のカードはディアークが最初に選ばれたカードだとヴォルフリックは聞いている。それは選ばれるとは言わないと考えているのだ。

「より相応しいカードに選ばれるようになったのだ。陛下の今の称号はDer Kaiser=皇帝。覇者となる陛下に相応しいと思わんか?」

「他にはカードが変わった人はいない?」

「……カードに認められなくなった者はいた。だから定期的に試しの儀式が行われて、上級騎士たちはその地位に相応しいか評価されるのだ」

「選ばれなくもなるのか……」

 それはカードが間違ったということなのか。エアカードが聞けばさらに呆れるか、下手すれば怒ってしまいそうなこの質問を口にすることは止めておいた。神意のタロッカはヴォルフリックにとって大事な話ではないのだ。

「陛下は二十年以上前に運命に導かれてカードを手に入れた。それがお主を選んだカード。愚者のカードだ。そこから一つ一つカードを、仲間を集めて、今に至る」

「集まったカードは何枚?」

「それは……お主が知るのはまだ早い。我々の目的を知って、邪魔しようとする者もいるからな。どれだけのカードが集まっているかは公にされていないのだ」

「そうなんだ」

 全てのカードが集まっていて、あとは選ばれる人物が現れるのを待つだけなのか、それともまだカードは集まっていないのか。おそらくは後者だとヴォルフリックは考えた。

「さて、もう前知識は良いだろう? 本題に移る。傭兵団の編成についてだ。カードに選ばれた者は上級騎士となる。といってもお主のようにまだ仕事を任せるのに不安がある者は見習い扱いだ。その上級騎士の下に騎士、従士がつく。人数に定めはないが任務をこなせるだけの頭数は揃えておかなければならない」

「……任務は上級騎士とその下にいる人間でやるってことか?」

「そうだ。任務の難易度によっては複数の上級騎士が動員されることはあるが、行動単位はそれだ。つまり、お主も従士を集めなければならない」

「どうやって?」

「これはどいう人間を募って」

「それ無理。俺の従士になろうなんて奴はいないだろ?」

 この国の国王を殺そうとしたのだ。そんな人間の下につきたいと思う者がいるはずないとヴォルフリックは思う。

「まったくいないわけではないと思うぞ。上級騎士に雇われて任務に出なければ従士は稼げない。空きがあると知れば、応募してくる者はいるはずだ」

「それって、誰にも雇われなかったダメダメな人ってことでは?」

「まあ、そうだが……それ以外にも月一回、新人の募集も行われている。従士になれても一ヶ月間、雇われなかった者はそこで諦めてここを去ることになる。まあ、多くは王国騎士団に移ることになるな」

 ノートメアシュトラーセ王国の軍隊はアルカナ傭兵団だけではない。傭兵仕事を行わない、国内治安維持と他国と戦争になった時の為の王国騎士団がある。アルカナ傭兵団を首になったといっても従士試験に合格しただけで実力は保証されている。よほど性格の問題などで雇われなかったのでなければ王国騎士団に移れる可能性は高いのだ。

「ちなみに次の募集はいつ?」

「二週間ほど先だな」

「……分かった」

 今はどうしようという考えはヴォルフリックにはない。まだ情報が不足しすぎていて、考えをまとめられる状況ではないのだ。

 

「ふむ……これは伝えるかどうか迷っていたのだが、従士になってくれる者が誰もいないのではないかという心配は恐らく不要だ」

「どうして?」

「お主は前国王の遺児。そうであることで近づいてくる者はいるだろう。それがお主にとって良いこととは儂は思わんがな」

 ノートメアシュトラーセ王国の正統後継者。そう考える者は無ではない。そうエアカードは考えている。この十五年、大きな混乱は起きていないが、一部の者たちの間で不満はくすぶっている。それは多くの者が知るところだ。

「……傭兵団の従士にまでそんな奴がいるのか?」

「いないとは言い切れない。仮に今はいなくても次の従士試験のあとではどうなるか」

 ヴォルフリックに近づこうと考える者は従士になろうと考えるに違いない。アルカナ傭兵団所属となったヴォルフリックの側にいるにはそれしかないのだ。

「……面倒くさ」

「その気持はずっと持ち続けておくのだな。お主はこの先も特別扱いされることがあるだろう。それを当然と考え、驕ってしまうようでは短い人生で終わることになるぞ」

「やっぱり特別扱いなのか」

 侍女に体を洗わせるなど上級騎士というのはどれだけ偉いのかと考えていたのだが、あれは特別なことだった。

「前国王の遺児を冷遇して、不満が膨らんでも困るからな。まあ、文官たちには後ろめたい気持ちもあるのかもしれん」

 特別待遇を与えることにしたのは文官の判断だ。もちろんまだ前国王に忠誠を、たんに利権を失ったことへの不満からであっても、向けている者を刺激したくないという理由はある。だが前国王の死後も変わらず王国で働き続けていることの後ろめたさからの配慮もないわけではないのだ。

「……本当に面倒くさい。前国王なんて生きていたらこの手で殺してやる相手だってのに」

「とにかく下らないことに巻き込まれないように気をつけることだ。今更、陛下の治世が揺らぐことはない。それでも不満を持っている者は前国王の腐敗の時代を懐かしんでいる愚か者なのだ」

 反乱後の国政はそれ以前とは比べ物にならない優れたもの。特別な産物がないノートメアシュトラーセ王国では国を豊かにするのは難しいが、それでも浪費と腐敗をなくすことで国民は良い国に変わったと思っている。多くの国民は今の国王を支持しているのだ。

「さてやはり時間が足りなくなったな。国や傭兵団の話の続きはまたにして必要な手続きだけ終わらせておこう」

「手続きって?」

「足を出せ」

「はい?」

 何の手続きを行うのかヴォルフリックは分かっていないが、それでも足を出せはおかしいと思う。

「傭兵団の施設は誰でも自由に出入りが許される場所ではない。許可されたという証が必要なのだ」

「それで何故、足?」

「足首にこの輪をはめる。それが出入りを許された証になる」

 エアカードが取り出したのは革らしい素材と何らかの金属で作られているもの。それをヴォルフリックの足首につけようというのだ。

「……断る」

「そんな権利はない。これはつけなければ施設に入れないのだ、つける以外にないだろ?」

「嘘だな。施設に入るのにそれが必要なら、どうしてお前の足にははまっていない?」

 エアカードの足首にはそれらしきものは何もはまっていないことに、ヴォルフリックは気付いていた。

「おや? しまった。つけてくるのを忘れていた。あとで部屋に戻らないとな」

「とぼけるな」

「……往生際の悪いやつだな。大人しくこれをつけろ!」

 ごまかすのを止めて、強行手段に打って出たエアカード。ただの力づくではない。それどころかまったく動くことなく、何かをブツブツとつぶやいている。

「……あっ、これか!?」

 エアカードが何をしようとしているか、ヴォルフリックが気付いた時には遅かった。この部屋に来た時に、すでに罠は用意されていたのだ。

「勘の良い奴だ。だが間に合わなかったな、もう動けないだろ?」

 仕掛けられていた罠は拘束の魔道具。ヴォルフリックが座っていた椅子は魔道具だったのだ。

「さて、これを足首に当てて……」

 また小声で詠唱をつぶやくエアカード。それに反応してヴォルフリックの足首に嵌った魔道具が赤い光を放ち始めた。ただそれはわずかな間。すぐにその光は消えてしまった。

「それで、これは?」

「簡単に言うと逃走防止の魔道具だ。無断で王都から出ようとすれば、魔道具は爆発して、お主の足首から先は吹っ飛ぶことになる」

「……下衆な魔道具だ」

「なんだと!?」

 自分が作った魔道具を下衆など言われて、怒気を表すエアカード。

「人に害を及ぼす犯罪者であればまだしも、そうでない人の自由を奪うなんて真似は何であれ下衆の所業に決まっている」

「それは……確かにそうかもしれんが、お主、犯罪者ではないか?」

「はい?」

「陛下の命を狙う犯罪者。そんな者を王城近くに置いておくのだ。これくらいの措置は当然であろう?」

「……まあ」

 この点を突かれるとヴォルフリックは反論が厳しくなる。今のヴォルフリックはいわば、実際に制度があるわけではないが、執行猶予状態のようなもの。逃亡が許されないのは当然のことだ。

「外してほしければ、心からの忠誠を陛下に向けるのだな。そうでなければずっとこのままだ」

「じゃあ、誓う」

「はっ?」

「忠誠を誓う。今すぐ誓う。だから外せ」

 忠誠を誓うくらい、ヴォルフリックにはいくらでも出来る。当然、口先だけの誓いであるが。

「バカモン! 口先だけの忠誠など信じられるか!?」

 当たり前だが、それでエアカードが納得するはずがない。ヴォルフリックは強い口調で怒られることになった。

「誓えって言うから誓ったのに……それにこれ大丈夫なんだろうな? 誤作動とかしないか?」

「しない。魔道具を作らせて当代一の儂が作ったのだ」

「それだって口先だけだ。ただ移動しているのと逃げているのの違いなんて魔道具でどうやって分かる?」

「それはな…………話すわけないだろ?」

 ヴォルフリックの引っ掛けをまんまと躱したエアカード。笑みを浮かべているエアカードと対照的にヴォルフリックは苦い顔だ。

「とにかく、これで施設に入れる。案内させるから、まずは自分の部屋に入るのだな」