月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #146 神輿だってただ担がれていれば良いわけではない

異世界ファンタジー 勇者の影で生まれた英雄

 虐殺の舞台として選ばれた村はレジス。三百人ほどの人々が住む、モンタナ王国では比較的大きな村だ。
 その村が選ばれたのには一応は理由がある。領政への不満から過去に何度か騒動を起こしたことがあるからだ。不満を持たせるような政治を行うのが悪い、なんて理屈は国には通用しない。騒動を起こした本当の理由など領主が伝えるはずがないのだ。それでも騒動後、村人への処罰は行うにしても、きちんと人を派遣して調べていれば領主の悪政が明らかになったはずだが、それを命じるような国王ではない。それが出来る国王であれば、このような謀略は実行しないはずだ。
 レジスの村人にとっては不幸なことだ。だが、その不幸な村人の下に聖なる存在、幸運の女神が現れた。人々がそう話すのはまだ先の話だが。

「耐えて! 決して村への侵入を許してはなりません!」

 クリスティーナ王女の声が響き渡る。その声に応えて騎士たちは懸命の防戦に努めている。村を囲む敵の数は二百、ではなく倍の四百。義勇軍を抜け出した二百以外が合流していた。一方で味方は六十程度。数の上では圧倒的に不利な状況だ。
 その味方を鼓舞する為にクリスティーナ王女は、村を囲む壁の上に立ち、味方を叱咤激励している。

「王女殿下! いい加減になされてはどうだ!? これは反逆行為ですぞ!」

 クリスティーナ王女に罪を押しつけるはずが、その彼女が村を守っていた。ブルにとっては大いなる誤算だ。

「それは陛下の命令に背いているという意味ですか!?」

「その通り! 分かりましたな!? 陛下の命令に背けば、いくら王女殿下でも許されません!」

「つまり……つまり陛下が! 民の虐殺を命じたと言うのですね!?」

 これが事実であることは、頭では分かっていたが信じたくなかった。だが実行者であるブルが認めたとなると事実であると認めるしかない。

「……この国の為を考えられてのこと! わずかな犠牲により国が救われるのです!」

「無辜の民を殺すことをわずかな犠牲と言いますか! それが陛下のお考えですか!?」

 時には万人を救うために少数の犠牲に目をつむらなければならない時がある。それはクリスティーナ王女も知っている。だが何の罪もない民を殺すことはそれとは別だ。

「もう良い! どうせ王女も殺すことになるのだ! 一気に押しつぶせ!」

 なんとか騙して降伏させようと考えていたが、クリスティーナ王女に受け入れる隙はない。そう考えたブルは力で押し通すことにした。
 放たれる矢。正規軍に比べれば拙い攻撃ではあるのだが、クリスティーナ王女にはそれが分からない。向かってくる矢に恐怖を感じ、それを避けようとしたのだが。

「動くでない」

「えっ?」

「指揮官はどんな時も怯んではならない。動揺してはならない。恐れを見せずに立っている姿が兵を支えるのだ」

 ジョシュアがそんなクリスティーナ王女をたしなめる。

「……わ、分かりました」

 ジョシュアの言葉を受けて姿勢を正すクリスティーナ王女。その瞳はまっすぐに前を、戦っている騎士たちの背中に向けられている。

「それで良い。矢は周囲の者たちが防いでくれる。それを信じるのだ」

「……ジョシュア様はさすがですわね?」

「我の何が、さすがなのだ?」

「戦場での心構えが出来ております」

 大国ウェヌス王国の国王であったジョシュアは、さすがに自分とは違うとクリスティーナ王女は思う。なんとか耐えているが今も逃げ出したい気持ちは消えていないのだ。だがそうではない。

「……出来てはいないな。これを見るがよい」

 ジョシュアが見せたのは自分の手。クリスティーナ王女の体と同じように小刻みに震えている自分の手だ。

「ジョシュア様……」

「実は我も戦場に出るのは始めてでな。いやぁ、やはり恐いものだな。先ほどから震えが止まらない」

 強ばった笑みを向けるジョシュアを見て、クリスティーナ王女は自分の震えが止まるのを感じた。恐怖は消えていない。それでも先ほどに比べればそれは薄れ、安心感が心に湧いてきた。

「……王女殿下。ご命令を」

 その二人を見ていたグレンが命令を求めてきた。

「良いのですか?」

「ええ、もう十分です」

「……分かりました。ではお願いします」

 何が十分なのかは分からない。だが覚悟を見せろというグレンの要求には応えることは出来たようだ。

「指揮官なのですから、もっと堂々と。周囲にも聞こえるようにお願いします」

「……分かりました……銀狼傭兵団! 出撃なさいっ!!」

「では行って参ります」

 何ら気負った様子もなくグレンは歩を進めると、壁から地面に飛び降りて前線に向かう。他の銀狼傭兵団のメンバーも、これは門から村を出て、それに続くが。

「……凄い」

 前線に出たグレンの周囲に血しぶきが舞っている。一人で全ての敵を倒してしまうのではないかと思えるような勢いだ。実際に敵の実力はその程度のものなのだ。

「勇者と互角以上に戦う実力を持っているのだ。あれくらいは当然であろうな」

 ジョシュアも内心では、初めて見るグレンの他を圧倒する戦いぶりに驚いているのはいるのだが、口ではこんなことを言っている。

「あれが英雄ですか……」

「いや、違うな。強いだけであれば勇者と同じ。グレンを英雄なさしめているのは……ん? もしかして……」

「どうされたのですか?」

 何かを思い付いた様子のジョシュアに、それがどのようなことか尋ねるクリスティーナ王女。

「もしかしてグレンは、お主を英雄にしようとしているのではないのか?」

「えっ?」

「試しに合格したのであればあり得るな。いや、もう十分という言葉がその意味か、それとも……」

 グレンが何を考えているか。謀略の類いとなるとジョシュアには、それを推測することも難しくなる。せいぜい幾つかの可能性を思い付けるくらいだ。

「あの、それはどういうことなのですか?」

「我にも説明出来ないのだ。ただその内、いや、お主にとってはその内なんて言っていられないか。気が付けば……うん、やっぱり我には分からないのだ」

 グレンの謀略に乗せられて気がついた時には。それが一つの可能性に過ぎないとしても口にすべきではないとジョシュアは考えた。期待と不安、どちらを抱くにしてもクリスティーナ王女には良くないことだと考えたからだ。
 今回は合格だとしても、それでグレンがクリスティーナ王女を全面的に信頼するわけではない。余計な情報を入れたことで彼女がこの先間違った、グレンから見てだが、考えや行動を見せれば切り捨てられる可能性があるのだ。

 

◇◇◇

 レジス村での戦いは銀狼傭兵団が投入されたことにより、圧倒的な数の不利をひっくり返してクリスティーナ王女の勝利で終わった。だが事はこれで終わるわけではない。始まったというべきだ。クリスティーナ王女がこの国で自分の居場所を作る為の戦いが。

「ここの領主は国王派。これは間違いないですね?」

「そうだと思います」

「思います?」

 グレンがクリスティーナ王女に求めているのは確かな情報。思います、なんて自信のない答え方をされるようでは聞く意味がない。

「私がそういった情報を持っていると思いますか? 持っていたとしてもそれが本当か、自信がありません」

 国王が、その国王の意向を受けたブルが真実を語っているとは限らない。騙そうとしていたのだから嘘である可能性のほうが高いはずだ。

「それもそうか……ではこちらで確かめます。調べている時間が勿体ないか……良いです」

「あの、良いです、というのは?」

「この村で起こったことを知れば、何らかの行動を起こすはずです。事前に調べなくてもそれでどちらに付いているかは分かります」

「……知ればではなく知らせれば、ですね?」

 敵は何人かの捕虜を残して全滅。村人も今は外に出ることは禁じているので、領主が情報を知ることはないはずだ。クリスティーナ王女はこう考えた。

「国王が何をしようしていたか知っていれば、調べに来ると思いますけどね。その時点でどっち派か分かります。ただこちらが伝えたいのは失敗したという事実だけではないので」

「……それを聞くことは出来るのですか?」

「もちろん。この件はクリスティーナ王女が首謀者ですから」

「首謀者……」

 良い響きには感じられない言葉。言葉がどうかではなく何を考えているか理解出来ないグレンの怪しさが、クリスティーナ王女にそう思わせているのだろう。

「さて確認しておきます。王女殿下は王弟に従うつもりですか?」

「まさか」

「国王に背き、王弟にも従わない。そうなると第三勢力を作るしかなくなります。それで良いですか?」

「第三勢力……つまり……?」

 国王と王弟はモンタナ王国の玉座を争っている。その争いに第三勢力として割って入るということはつまり、そういうことだ。

「モンタナ王国の王になる。もしくは独立する。いずれかです」

「独立……そんなことが出来るのですか? あっ、いえ、王になることもそうですけど……」

「出来るかどうかではなく、それを目指すつもりがあるかないかです」

 出来ると言われたからそれを選ぶ、ではクリスティーナ王女の為には戦えない。それであれば提案した二つ以外、それがどれだけ無理なことであってもクリスティーナ王女が望む何かを言われたほうが信用出来る。

「……それで民は幸せになりますか?」

「分かりません。それもまた貴女次第ではないですか?」

「そうですね」

 王になるのはクリスティーナ王女。そうであれば国が良くなるかどうかは彼女の責任で、グレンに聞くのは間違っている。それではグレンに頼りっきり。クリスティーナ王女はただの飾り物だ。

「覚悟が定まらないのであれば、もっとゆっくりと考えて下さい。第三勢力を作るなんて簡単に実現出来ることではありません。それを目指すことで多くの仲間が死ぬかもしれない。いえ、犠牲者は必ず出ます。貴女はその死にも責任を負わなければならないのですから」

「……少し考える時間をください」

 そんなことを言われては、さらに決断は難しくなる。国王に背いてまで自分に従ってくれた騎士たちだけでなく、更に多くの人たちの命を預かることになるのだ。

「どうぞ。我々はもう少し打ち合わせをしますので……」

 決断が出来ていない今は打ち合わせに参加させるわけにはいかない。出て行けという言葉はグレンの言葉から出ていないが、そう言いたいことはクリスティーナ王女にも分かる。
 建物を出て行くクリスティーナ王女と騎士たち。

「グレンは厳しいな」

 その姿が消えたところでジョシュアが口を開いた。

「そうですか? 事が起きてから後悔するよりは良いと思ったのですけど。彼女は王になることなど、これまで一瞬たりとも考えていなかったでしょう。しかも戦いでそれを手に入れることなんて」

「……それは確かにそうであるな」

 ジョシュアは王家の長男として生まれ、幼い頃から将来は王になるのだと考えて育ってきた。クリスティーナ王女の気持ちが分かるのはそんな自分ではなく、グレンだと分かった。

「問題は彼女の覚悟が決まらなかった時。旗印なしの第三勢力は厳しいですから」

「その場合はどうなるのだ?」

「……銀鷹傭兵団だけに的を絞って戦います。ただそれが終わるまで内乱の決着がつかないかとなると……かなり難しいでしょう」

 王弟にはウェヌス王国が味方している。戦力差は圧倒的で短期で決着がつく可能性もある。そうなると、つけ込む隙はほとんどなくなってしまう。

「我に気を使うな。必要とあればウェヌス王国と戦えば良い」

「別に気を使っているわけではありませんけど……必要があればそうします」

 必要はある。今、銀鷹傭兵団はウェヌス王国の国王に従っているのだから。そうであるのに戦う相手としてウェヌス王国を挙げなかったのは自分とマリアに気を使ったから。そうジョシュアは受け取った。
 クリスティーナ王女には見せない甘さ。ジョシュアにはそれが嬉しく、少し残念でもある。

「クリスティーナ王女は見所がないのか?」

「はっ?」

「いや、突き放すような言い方が多いので、そう思ったのだ」

「本当に突き放すつもりであれば、我々はここにはいません」

「では彼女は王になる資格があるのだな」

 アシュラム王国のウォーレン王のようにクリスティーナ王女もモンタナ王国を任せられることになる。それを期待したジョシュアであるが、これは早計。

「それを聞く資格があるのはクリスティーナ王女で、判断するのはモンタナ王国の人たちです」

「それはそうであるが」

「王女殿下にその意思がないのに巻き込むわけにはいきません。失敗すればモンタナ王国で居場所をなくすどころか死にます。俺は彼女の死に責任を負う気にはなれません」

「そうか……」

 優しさ半分というところ。クリスティーナ王女を気遣っているようであるが、彼女の人生を背負うほど信用もしていない。仕方のないことだ。信用しきれていないのはクリスティーナ王女も同じなのだから。

「グレン……貴方が表に出て戦うような状況になったら」

 ウェヌス王国への敵対意思を明らかにすることになる。それを知ったエドワード王がどう出るか。フローラはどうなってしまうのか、マリアは不安になる。

「……いつかは知られることだ。俺には母が残したかもしれない陰謀を防ぐ責任もある。止まることは出来ない」

 フローラを守ること。母の陰謀で大勢の人が不幸になるのを防ぐ、防ぎきれないまでも影響を最小限に押さえること。どちらがより大切であるのか。比べることは出来ない。フローラを優先したいという気持ちがあったとしてもそれは私情。その為に他人を犠牲には出来ない。出来るのであればグレンは今ここにいない。
 だから周りがなんとかしなければいけない。そう考えて皆が動いているのだ。モンタナ王国の情勢が変われば、ルート帝国各国の動きも変わる。グレンの意思など関係なく。
 これは大掛かりなお節介なのだから。