月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #141 探り合い

異世界ファンタジー 勇者の影で生まれた英雄

 モンタナ王国内で国王派と王弟派の戦いが始まった。そうはいってもまだ局地戦。領地を並べている双方の派閥に属する貴族家が衝突したのだ。その衝突が全国に広がる気配は、今のところは、強くない。旗幟を鮮明にしていない貴族家はまだまだ多い。国王派はその見極めが進むまでは積極的に動きたくないのだ。
 一方で王弟派はウェヌス王国が動くのを待っている。ウェヌス王国は共倒れを望んでいるが、王弟派だってまるっきりの馬鹿ではない。逆にウェヌス王国の力を利用することで、自派閥が力を損耗することを防ごうと考えているのだ。
 そのような状況であるので、クリスティーナ王女率いる義勇軍の参戦もまだ先。訓練の時間が許されている。

「……色が白いからといって、体が弱いわけではないのか」

 訓練を行っている義勇兵たちを見て、グレンは小さく呟いた。彼が言っているのは義勇兵のことではない。その中に混じって一緒に走っているクリスティーナ王女のことだ。
 厳しい訓練に挑む義勇兵が逃げ出さないように出来るだけのことをする。その「出来るだけ」の一つは一緒に鍛錬を行うことだった。
 これはグレンには予想外のこと。自身を人目にさらさないようにしていたクリスティーナ王女が、義勇兵たちと共に訓練をするなど予想出来るはずがない。

「どういうことですか?」

 今度はやや大きな声量で、グレンは問いを発した。

「……兵と苦労を共にしたいと」

 グレンの問いに答えたのは、苦々しい表情のブルだ。クリスティーナ王女が鍛錬に参加していることを良く思っていないのが、その表情で分かる。そして分かるのはそれだけではない。

(自分の考えを押し通す力はあるってことか。この老人が少数派ってことかもしれないな)

 クリスティーナ王女はブルの言いなりで動いているわけではない。彼女の考えを支える存在も恐らくはいる。ごく身近な臣下の中には。
 今、彼女の周りには騎士が数人いるだけ。義勇兵はその側にはいない。王女が畏れおおくて、という点もあるだろうがそれだけではない。彼女の容姿が義勇兵を遠ざけているのだ。

(分からない。人が逃げ出すことを恐れていたのに、何故この判断を?)

 今の状況はクリスティーナ王女が恐れていた状況だ。義勇兵として集った人々は鍛錬の苦しさ以外の理由で、逃げ出してしまうかもしれない。

(……彼女の容姿を知っていて、それでも忠誠を向けている人はいる……もしかして気が強いのか?)

 外見で人を判断するような味方は不要。本人はそう思っている可能性をグレンは考えた。そうなると姿を隠すことを強制していたのは誰か。一番、有力なのはブルだ。だが彼女はそのブルの言いなりではない。別にいる可能性をグレンは考えた。

(誰かが彼女を動かしている? それが誰かとなれば……はあ、また気が重くなってきた)

 なんてことを考えながらグレンは歩き出す。かなりフラフラになりながらも走り続けているクリスティーナ王女が、もうすぐ目の前を通り過ぎる。その彼女を止める為だ。

「……ここまでで」

 クリスティーナ王女の進路に立ち塞がり、グレンは走るのを止めるように告げた。

「……ま、まだ、訓練は、終わって、いません」

「はい。全体の訓練はまだ続きます。ただこの先の訓練に王女殿下が参加することは無理です。今の王女殿下には訓練に付いていく力がありません」

 足手まとい。この一言を長々と説明するとこんな感じになる。

「……そう、ですね。い、いきなり、付いていけるはずがありません」

「そういうことです。いきなり無理をしては体を痛めるだけ。今日はここまでになさるべきです」

「……分かりました。今日は止めておきます」

 グレンは「今日は」と言った。それは訓練を続けることについては良しとしている証。そう受け取って良いのか悩んだクリスティーナ王女は、自身も「今日は」をつけて返事をした。

「大丈夫ですか?」

 走路を外れたクリスティーナ王女に、ずっと一緒に走っていた騎士、ウォルターが声を掛けてきた。

「ええ、大丈夫よ。大丈夫なところで止められたのでしょうから」

「ああ……彼には限界が分かっているのでしょうか? 王女殿下だけでなく義勇兵も何人か途中で止められておりました」

「そう……私はその人たちには勝てたのね?」

「競い合う相手ではありません……まだ続けるおつもりですか?」

 さきほどのクリスティーナ王女とグレンの会話の意味。それをウォルターは理解していた。

「続けたら私でも強くなれるかしら?」

「そうですね……続けられるのであれば」

「まあ? ひどい言い方ね?」

 ウォルターはクリスティーナ王女には続けられないと言っている。それに軽い調子で文句を言ったクリスティーナ王女だが。

「自分でも絶対の自信はありませんから」

「えっ?」

「気付いていませんでしたか? 我々のさらに外を走っていた者たちがいます。いえ、今も走っているのでしょう。目の前を走っている義勇兵たちとは比べものにならない速さで」

「……傭兵団の人たち」

 実戦まではかなり期間が空く。その間に鈍らないように銀狼傭兵団も鍛錬を行っている。当然、義勇兵たちの鍛錬とは異なるメニューで。

「彼等の鍛錬の様子をずっと見ていたわけではありません。ですがそれだけで自分では付いていけないかもしれないと思ってしまいました。情けないことです」

「……見てみたいわね? 傭兵団の人たちの本気」

 前回の盗賊討伐では銀鷹傭兵団は全体の五分の一しか兵を出さなかった。それで十分な相手だったのだ。

「それには実戦が必要です。もうしばらく先になるのではないですか?」

「そうね……彼等ともっと話をするべきかしら?」

「為になる話を聞けそうな気がしますが、元将軍がそれを許しますか? 相手への印象はかなり悪そうです」

「ルイスは頭が固いから。ここは街ではなく軍の駐留地。つまり戦場。兵士と共に過ごして何が悪い、というのはどうかしら?」

 ブルを説得する為の理屈。ただ実際は内容がどのようなものであっても関係ない。クリスティーナ王女にルイスを諦めさせるくらいの熱意があるかどうかだ。

「よろしいと思います」

 それを知っているウォルターは内容について、ろくに考えることなく肯定する。これが駄目でも、本当に話をしたければ別の理由を考えるだけだ。

「じゃあ、これでいくわ」

 

◇◇◇

 義勇軍の駐留地となっているハムスは、モンタナ王国北東部では大きなほうの街だ。それでも千に近い義勇兵が駐屯することなれば、その全てを収容する能力はない。かなりの数が街の外に造られた野営地で寝起きすることになっている。
 銀狼傭兵団もその外で寝起きしている人たちだが、彼等の場合は自ら望んでそれを行っている。誰が話を聞いているか分からない街の中に、ずっといたくないという理由だ。
 野営といっても街はすぐ目の前。彼等にとっては快適なものだ。不自由を感じることはない。

「ルイス・ブル。モンタナ王国で将軍を務めておりましたが、年齢を理由に三年前に退役しています」

 ブルについての報告を行っているのはヤツの部下。ある程度、情報が揃ったので報告会を開いているのだ。

「クリスティーナ王女との関係は長くはありません。戦場に立つことが決まったクリスティーナ王女に経験豊富な人材を、ということで付けられたようです」

「それはつまり、国王に?」

「はい。それは間違いありません」

「それは、というのは?」

 誤った情報もあるということ。その情報がどのようなものかをグレンは尋ねた。

「クリスティーナ王女は国王に認めてもらうという私欲の為と言っていたようですが、自ら考えて決めたことかについては疑問が残ります」

「なるほどな。そう思うように仕向けられた可能性があると」

 これはグレンの考えの中にあったこと。同じ可能性を間者たちも掴んだのだ。

「決定がなされてからの動きが早すぎると考えます。すぐにルイス・ブルが相談役として付けられるのが決められ、義勇兵の募集が開始されました。モンタナ王国の文官が優秀であるのかもしれませんが」

「それはないだろうな。戦力にならない義勇軍の為に、忙しいであろう文官が力を入れるとは思えない……暇な可能性はあるか」

「それはさすがに……」

 暇であるはずがない。小国であれば、それだけ文官の数は少ない。全体としては大国よりも案件が少なくても、一人がこなす仕事量まで少ないということはないはずだ。

「冗談。さてそうなると……国王は何故、義勇軍を必要とした? もしくはクリスティーナ王女を戦場に立たせたいのか」

「現時点では確信が持てるものはありません。有力なのは厄介払いですが、その為だけにここまでの金を掛ける理由が分かりません」

 義勇兵を集めれば、それを養う金が必要になる。義勇兵の食費だけではない。武器や防具、馬やその他、様々な物資を調達しなければならない。ただクリスティーナ王女を追い出す為だけにそれだけの金を使うか。

「……親子の仲はかなり悪いのか?」

「はい。クリスティーナ王女が話した通りのようです。国王は彼女を王弟の娘だと疑っています。彼女の肌や髪が白いのは、不義を働いたことへの罰だと」

「それが事実だとしても不義を働いたのは彼女じゃない……彼女の母親はどうしている?」

 真実は母親が知っているはず。その母親がどこにいるのかグレンは気になった。

「城で普通に暮らしております。普通、という言い方はおかしいですか。今も母親は正妃ですので、それに相応しい待遇で暮らしております」

「不義を疑われているのに?」

 間者の答えは意外なもの。殺されているか、生きていてもどこかに幽閉されているか追放されているか。そうグレンは考えていた。

「それが王女にとっての問題なのです。彼女の母親はかなり美しい女性のようで、国王は今も彼女を溺愛しております。母親に向けるべき恨みを娘である王女に向けているのです」

「……ほんと気が重くなってきた」

 そのろくでもない父親の王位を守る為にグレンたちは戦うのだ。グレン以外は、そんな国王は追い出して、グレンがモンタナ王国を治めれば良いと思っているが。

「王弟との関係ですが……」

「どうした?」

 報告を止めて何かに耳を傾けている様子の間者。グレンたちには聞こえない何かを聞いているのだ。それをグレンは知っている。

「……来客のようです。報告はまた別の機会でよろしいですか?」

「もちろん。ダニエル……じゃない。俺が迎えに行くか。それとも全員で出迎えるか」

「全員にしましょう。長居されても困ります」

「……そうだな。そうしましょう」

 部下モードに切り替えて、天幕の外に出るグレン。その時にはもう馬車から降りているクリスティーナ王女と騎士たちの姿が見えている。

「……長居する気、満々ですけど?」

 馬車で運んできた椅子とテーブルを並べている姿が。

「……とりあえず挨拶に行きましょう。始まらなければ終わりはありません」

「上手い表現ですね。いつかどこかで使わせてもらいます」

 イェーガーの言葉に感心しながら、クリスティーナ王女一向に近づいていくグレン。

「いきなり押しかけて申し訳ありません」

 グレンたちを見つけて、クリスティーナ王女は謝罪を口にした。それを素直に受け取る気にはグレンはならない。こちらの都合を聞く前にクリスティーナ王女たちはテーブルと椅子の用意を始めているのだから。

「何かご用ですか?」

 クリスティーナ王女に用件を尋ねたのはイェーガーだ。

「少しお話をしたくて来ました」

「それであれば、こちらから伺いましたのに」

「呼びつけるような真似はしたくありません。それに野営地というものをきちんと知っておくべきだとも思いました。いずれ私も寝泊まりするのですから」

 なかなか上手く考えられている口実。こう説明されて帰れとは言いづらい。雇い主に向かって理由のない拒絶は行えない。

「……どのような話をお望みですか?」

 始めなければ終わらない。イェーガーは話を進めることにした。

「いくつかあるのですが、まず騎士たちがあなた方の鍛錬に参加させていただくことは可能ですか?」

「義勇軍の鍛錬があるはずですが?」

「はい。でも騎士である彼等が義勇兵と同じ鍛錬というのはどうかと思いました。身分差ではなく、鍛錬の中身がです」

 より高度な鍛錬を。クリスティーナ王女が求めているのはそういうことだ。ただ、これは通用しない。

「我々も初めは義勇兵と同じ鍛錬をしておりました。それをこなせるようになったから次の鍛錬に移っているのです。失礼ですが騎士の方々は今の鍛錬を完璧にこなせていると言えるのでしょうか?」

「……では、せめて見学させていただくことは出来ますか?」

 クリスティーナ王女は要求を一段落としてきた。ただこれは少し分かりやすい。こちらが本命であることは明らかだ。

「これもまた失礼な言い方ですが、その時間があるのでしょうか?」

 見学している暇があれば鍛錬を行え。これよりは失礼な言い方ではない。

「見学は難しいですか……」

「何か勘違いをなされているようです。我々の鍛錬は特別なものではありません。普通のことを地道に続けているだけです」

 見学だけを求めたことで、クリスティーナ王女の目的が分かった。鍛錬を行いたいのではなく、どのような鍛錬を行っているか知りたいのだと。

「それでもあなた方は強い」

「我々が強いかどうかは別にして、強くなるには地道な鍛錬が必要です」

「……グレン殿の鍛錬のやり方もそうなのですか?」

「はい。やるべきことをやっているだけです。ただ多くの場合、そのやるべきことをやらずに終わらせてしまう。違いがあるとすればそこです」

 ある程度出来るようになったら別の鍛錬に移るという考えではない。基礎体力の向上はどの段階にいっても続ける。剣や弓矢などの武器の取り扱いや集団行動については、徹底的に基礎を反復し続ける。そういうやり方だ。
 次の段階というのは質と量の変化。走り込みであれば走る速さや距離、坂道を使うなど負荷が変わっていくのだ。
 それをイェーガーは説明した。言葉足らずで絶対に分からないだろうが。

「……私たちはサボっていますか?」

「同意しづらい表現ですが、鍛錬が始まったのは何がきっかけでしたでしょうか?」

「そうですね」

 イェーガーは意外と会話が上手い。話を聞いていてグレンは思った。ヴィクトリアがこういう言い方を必要とされる王だったのか。癇癪を起こした時のヴィクトリアはそうかもしれないと思い、こんなことを考えていると知られたら、その癇癪が爆発するなと考えて、おかしくなった。

「……えっ?」

 クリスティーナ王女が視線を向けていることに気付かずに。

「何かおかしいですか?」

「ああ……少し別のことを考えていました」

 どうやら顔に出ていたようだ。クリスティーナ王女に言われてはじめてグレンは気が付いた。

「話は変わりますが、貴方がたはどうしてこの国の戦いに参加するのですか?」

 それ以上は追及することなく、クリスティーナ王女は話をがらりと変えてきた。

「傭兵ですから、お金を稼ぐ為に参加するのです」

「この国である必要はないのではありませんか?」

「はい。その通りです。ですが他の国に仕事があるとは限りません。目の前にある仕事を引き受けるのは当然ではありませんか?」

 他国出身の傭兵が何故、モンタナ王国で働くのか。こういった疑問を向けられることは予想されていた。答えを当然、用意してある。

「そうですね……また話は変わりますけど、グレン殿というのはどういう方ですか?」

「はい?」

 ただこの質問はまったく予想していなかった。

「何故、彼は王になれたのでしょう? 彼の戦う理由は復讐であったはず。その復讐は果たされたのでしょうか?」

「……さあ? 私はあまり詳しくありませんので」

 そんな質問に答える気にはならない。自分のことを他人の振りをして話すのは、何だか恥ずかしいのだ。

「彼の下で働いていたのではないですか?」

「いえ、私は」

「それは自分だ」

「えっ……?」

 自分は働いていない、と言おうとしたグレンを遮って、イェーガーが割って入ってきた。聞かれたのであれば仕方がないが自ら話す必要はない。そう思ったグレンは少し戸惑っている。

「貴方が……では、貴方は私の問いに答えられますか?」

「もちろん。あの方が王になったのは周りがそれを望んだからだ。復讐は全てを果たしたとは言えないかもしれない。だがそれは復讐よりも優先するものがあったから。周囲がそれを望み、それをあの方が受け入れてくれたからだ」

 クリスティーナ王女の問いに答えを返すイェーガー。イェーガーは、クリスティーナ王女の言葉にグレンに対する悪意を感じた。それを否定する為に自らグレンの下で働いていたと告げたのだ。

「……もう一つ疑問が湧きました。貴方からはグレン殿への強い想いを感じます。そんな貴方がどうしてグレン殿の下を離れる気になったのですか?」

「それは……」

 イェーガーは言葉に詰まってしまう。今もグレンの下を離れてはいない。だが、それを話すわけにはいかない。

「人には他人には話せない事情というものがあります。傭兵であれば、ほぼ全員が持っているものです。それを追及することは雇い主としてルール違反だと思いますが?」

 助け船を出したのはグレンだ。

「……そういうものなのですか?」

「傭兵は忠義の為に戦っているわけではありません。大義の為でもありません。金で雇われているだけ。お互いに一定の距離を保っておくことが必要と考えます」

 あまり自分たちには近づくな。さりげなく牽制を入れて、クリスティーナ王女の問いに答えを返す。

「……分かりました。また来ます」

「……はい?」

 そうじゃない。という突っ込みをグレンに許す間もなく、時間が許しても口に出来ないが、クリスティーナ王女は馬車に戻っていく。ただクリスティーナ王女が馬車に戻ったからといって、すぐにこの場を離れることは出来ない。持ってきた椅子にまだグレンたちは座っているのだ。

「……これは我々への贈り物ですか?」

 クリスティーナ王女に置き去りにされた騎士にグレンは問い掛けた。

「……それは私には決められないが……置いておいてもらっても良いか?」

 クリスティーナ王女は「また来る」と宣言した。ここで持ち帰ってもまた近いうちに運んでくることになる。それであれば置きっぱなしにしようと考えたのだ。

「雨に濡れたりしますけど?」

「仕方がない。それにそれほど高価な物ではないので心配するな」

「分かりました……大変ですね?」

「……仕えづらい御方ではない。ただ少し前のめりというか……そういう方なのだ」

 周囲が見えなくなるタイプ。これについての柔らかい表現を騎士は見つけられなかった。今回の話し合いでクリスティーナ王女側に何か得たものがあるとすれば、騎士たちがグレンから同情を向けられたこと。苦労している人には、あまりきつい態度を見せないグレンを相手にする上では悪いことではない。