月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #140 予想通り?の展開

異世界ファンタジー 勇者の影で生まれた英雄

 グレンたち銀狼傭兵団はモンタナ王国王女クリスティーナ率いる義勇軍に残ることにした。複雑な立場であるクリスティーナの軍にいることは、無駄な厄介事に巻き込まれる可能性がある。だが今現在それは可能性であり、問題が顕在化しているわけではない。なによりもクリスティーナ王女以外で傭兵を雇う部隊がないと聞かされては残る以外の選択肢はないのだ。
 その義勇軍は国王派と王弟派の戦いが始まる前から行動を開始していた。クリスティーナ王女の依頼である。どのような形でも良いので勝利を得る為の戦いを求めているのだ。
 戦う相手は付近の村を襲っている盗賊集団。そういう存在がいるから、この地が義勇軍の集合場所に選ばれたのだと聞かされている。

「……どっちが盗賊か分からないな」

 戦いの様子を眺めながらグレンが呟く。

「それはさすがに言い過ぎです。どちらが味方かは身につけている装備の綺麗さで明らかではないですか」

「そうだけど……それだけだ」

 味方の部隊はお揃いの装備に身を固めている。クリスティーナ王女が、本人が手配したわけではないだろうが、用意した装備だ。
 この装備を身につけた二百が、義勇軍の中核にしたいと聞かされている部隊。だがグレンたちの目には、盗賊と変わらない素人集団にしか見えない。

「剣は習っているのではないですか?」

「習い事の剣。実戦だと、どうやら盗賊のほうが強そうだ」

 味方は二百。それに対して盗賊団は五十に満たない。だが四倍の数を持ちながら盗賊団と良い勝負をしているのだ。

「どうしますか?」

「実戦訓練にはなっていない。俺なら戦いを今すぐ終わらせる」

 だがそれを決めるのはグレンではない。指揮官であるクリスティーナ王女。実際はその横に立っている老騎士、ルイス・ブルだ。
 そのブルにイェーガーは視線を向けると、相手もこちらを見ていることが分かった。

「……ダニエル。二十名を連れて終わらせてこい」

「半分で行けそうですけど?」

「こんなところで実力を売り込む必要はない。小さな怪我もしないようにしろ」

「分かりました。行くぞ」

 グレンに指示された通り、二十名を連れて戦いの場に向かうダニエル。いざ戦いとなれば油断を見せる銀狼傭兵団ではない。そんなことはグレンが許さない。小さな傷も許さないというのは本気だと、全員が分かっているのだ。
 結果、盗賊団はわずかな時間で壊滅することになる。形はどうであれ義勇軍は勝利を手に入れた。

 

◇◇◇

 義勇軍の駐屯地とされているモンタナ王国東部の街ハムス。盗賊団との戦いを終えたグレンたちはそのハムスに帰還した。そのグレンたち、盗賊討伐に参加した義勇軍全員を迎えたのは、ハムスの人たちの大歓声だった。
 何故このようなことに、というグレンたちの疑問はすぐに解けることになる。人々の歓声は戦いの勝利を喜ぶもの。凱旋を祝っているのだと分かった。
 盗賊討伐でこの熱狂。グレンたちには理解出来ない。これもすぐにグレンが答えを考えつくことになるが。

「……勝利の積み重ねで信頼を得ようってところか」

「盗賊相手ですよ?」

「それでも勝ちは勝ち。相手の盗賊がどの程度の強さで、どんな戦いを行って勝ったかなんて見ていない人には分からない」

「……意外と策略家なのですね?」

 今回の任務はウェヌス王国軍であれば成功して当たり前の内容。それでこれだけ大騒ぎをさせるのは人々を騙しているということだ。クリスティーナ王女がこんな企みを実行することがダニエルは意外だった。

「王女殿下本人が考えたとは限らない。でも、まあ実行を許しているのだから、そういうことか」

「これを続けていくと何か良いことがあるのですかね?」

「人は集まるかもな」

「でもそれだけです。虚飾はいつか剥がれます。本物と向き合えば、その瞬間に」

 力量もないのに周囲の期待を集めて何になるのか。ただ勝ったという事実を作りあげることは、実績を積み重ねたことにはならないとダニエルは思う。実際に戦った人たちは、何も得ていないのではないかと。

「それが分かっていても必要なのかもしれない。無理が必要なほど立場が苦しいってことかもな」

「……戦いに参加することは、さらに立場を厳しくすることになると思うのですけど?」

「それを強く求める人たちがいるんじゃないか? あの老人なんてかなり怪しい。二百の素人集団も、あの実力で内乱を戦おうというのだから」

「彼女にも期待される何かがあるということですか」

 彼女にも。ダニエルもグレンが言う強く求める人たちだ。期待している相手が違うというだけ。

「……勘違いかもしれない」

 ダニエルの言葉に含まれる意味をグレンは理解した。理解して、これを口にした。

「自分たちは違いますけどね」

「…………」

 当然の返事だ。いまさら悪あがきをしても、何も変わるはずがない。

「ロウ殿。どうやら呼び出しのようです」

 クリスティーナ王女が乗る馬車の周囲にいた騎士の一人が、グレンたちに近づいて来ている。それを見て、イェーガーは呼ばれるのだと判断した。

「……殿?」

 だがグレンが気にしたのは呼び方だ。

「様はおかしいでしょう?」

「殿もおかしくない? 明らかに俺、年下だし。呼び捨てで」

「……では。ロウ、呼び出しのようだ」

「繰り返さなくて良いから……俺も普段から敬語使うようにしておかないとだな」

 誰がどこで会話を聞いているか分からない。もともとはここまで警戒する必要はないと考えていたのだが、クリスティーナ王女からグレンについての話を聞かされては、気にせざるを得ない。

「……態度も改めたほうが」

 言葉使いを気をつけるだけではなく、態度も変えろとダニエルが言ってきた。

「態度?」

「誰が一番偉いか分かる人には分かると思います」

「嘘?」

「いや、だって……あとにします」

 グレンは皇帝。皇帝としてはまだ何もしていないが、それ以前も国王だ。自然と威厳というものが備わっている。という話はクリスティーナ王女の騎士の前では出来ない。

「王女殿下が少し話をしたいと仰っている。来てくれ」

「……では団長。行きましょうか?」

 騎士はグレンに話しかけてきた。誰が一番偉いかを感じ取ったのだ。立ち位置も気をつけよう、とグレンは思ったが、そういう問題ではない。
 騎士に先導されて先に進む馬車に向かうグレンたち。追いついてもしばらくは横を歩くだけ。話し合いが始まったのはクリスティーナ王女が宿舎として使っている建物に着いてからだ。
 周囲を護衛騎士に囲まれて建物の中に入るクリスティーナ王女。襲撃を警戒しているのではなく、姿を見られるのを避けているのだとグレンは思った。正直、グレンには理解出来ない警戒心だ。クリスティーナ王女のような容姿ではないからではなく、彼女のような容姿を忌み嫌う気持ちがないのだ。モンタナ王国独自の風習だと思っているくらいだ。
 話し合いはその建物の部屋で行われることになった。クリスティーナ王女たちと向かい合う形で座るグレンたち。イェーガーを真ん中に左右にグレンとダニエルが並ぶ形だ。

「いきなりですが、戦いの感想を教えてもらえますか?」

「いきなりと言うより、漠然としております。戦いのどの部分についての感想でしょうか?」

 クリスティーナ王女の問いにイェーガーは詳しい説明を求めた。

「そうですね……味方の戦いぶりはどうでしたか?」

 まず最初に訪ねてきたのは味方の戦いぶり。二百の義勇兵のことだ。

「四分の一の盗賊と互角の戦いを繰り広げていました」

「……それは弱いということですね?」

 やや遠回しな言い方でイェーガーは答えを返したが、クリスティーナ王女には伝わった。

「一言で申し上げるとそうです。正直実戦に投入するのは、まだ早いと考えます」

「実戦で鍛えるというわけにはいかないのですか?」

「それが実現出来る敵が都合良くいれば可能です」

 味方の実力にあわせて、訓練に丁度良い敵が常にいれば。つまり不可能だ。一応、もう一つの前提を許容出来れば可能だが、それはイェーガーは口にしなかった。

「今回の敵は……?」

「自分は盗賊討伐の経験はそれほど多くないのですが?」

 その経験が豊富なグレンに、イェーガーは視線を向けた。そろそろ会話の相手を交代するべきかと思ってのことだ。

「……数は多いほうですが、それだけ。戦闘力は低い盗賊団だと思います。そういった相手を選んだのでしょうけど」

 五十名という数は中々だ。ウェヌス王国でも中隊任務となる。だがその数の割には弱かったとグレンは思っている。

「そうですか……」

 隣に座る老騎士、ブルに視線を向けるクリスティーナ王女。

「……初めての実戦ですから苦戦は仕方がないと思います。次はもう少し上手く戦えると私は考えます」

「その次の相手はどのような敵なのですか?」

「何?」

 クリスティーナ王女に向けての答えにグレンが問いを返した。そのグレンに不快そうな視線を向けるブル。

「次は上手く戦えるとのことですが、さきほど団長が言った通り、それは同じ強さの敵であればの話。次もそういう敵だと決まっているのですか?」

「……そういう相手を見つけて戦うのだ」

「つまり、これから探すということですか?」

「だったら何だ?」

 ブルの表情がますます不機嫌になる。少なくともこの老騎士には、グレンの威厳というものは伝わらないようだ。

「ではその間に、もっと鍛えるべきです」

「言われなくてもそうする」

「そうですか。我々がここに到着してから、一度も訓練が行われている様子を見ていないので、訓練という習慣がないのかと思っていました」

「なんだと!? 貴様は我々を侮辱するのか!?」

 グレンの明らかな挑発に、もともと気分を悪くしていたブルが切れて、怒鳴り声をあげた。

「侮辱……今の話のどこが侮辱なのですか?」

 だがグレンは怯まない。怯むはずがない。怒ると分かっていて挑発しているのだ。

「傭兵風情が! 我等、騎士に向かって偉そうに軍事を語るでない!」

「なるほど、それが侮辱と。そうであれば最初から聞かなければ良いと思います。違いますか?」

 最後の問いはブルではなく、その隣で困った顔をしているクリスティーナ王女に向けている。

「……ルイス殿。落ち着いて下さい。ロウ殿、申し訳ありません。貴方の言うとおりです」

「王女殿下。私はただ疑問に思ったことをお尋ねしただけです。謝罪は必要ありません」

「では私からも聞かせてください。貴方であれば、どうやって味方を強くしますか?」

「王女殿下!?」

 グレンに問いを向けるクリスティーナ王女に、ブルが声をあげる。そのブルを手だけで制して、クリスティーナ王女はグレンをじっと見つめている。

「……兵士としての基礎は訓練で身につける必要があります。まずは徹底した訓練を施すべきだと思います」

「実戦は無用ですか?」

「実戦訓練なんて言葉がありますが、実戦でしか身につけられないのは人殺しへの慣れだけ。あくまでも兵士にとってですが」

 極論ではあるが、兵士に必要なのは指示通りに動くことと目の前の敵を倒すこと。多くが訓練で身につける、身に染みこませるべきものだ。実戦では訓練とは異なる事態が起こりうるが、それにどう対処するかは指揮官の判断。兵士に求められてはいない。

「……貴方たちはその訓練を経験しているのですね?」

「それが何か?」

 一気にグレンの心に嫌な予感が広がっていく。この王女は本当に策士かもしれない。そう感じていた。

「味方にその訓練を施して貰えませんか?」

「やっぱり……」

 予想通りの流れ。だがこの流れを許したのはグレン自身だ。

「お願いします」

「別料金になります」

「もちろん、お支払いします」

 咄嗟に考えた拒絶の口実は、まったく意味がなかった。収入は増えることになりそうだが。

「王女殿下の周りには騎士の方たちがいらっしゃいます。我々に金を支払ってまで頼む必要はないのではありませんか?」

「私が求めるのはグレン殿の下であなた方が行った訓練。我が国のそれではありません」

「……どうしても?」

 クリスティーナ王女は銀狼ではなくグレンと言った。以前から知っていたのか、最近になって知ったのか。そんなことがグレンには気になる。

「どうしてもです」

「……脱落者が出る可能性があります。そういった人たちを王女殿下は、別の方でも良いですが繋ぎ止めておくことが出来ますか?」

 本気で鍛錬を行えば、その厳しさに逃げ出す人がいる。その数が多いか少ないかは鍛錬を行う人たちのモチベーション次第。高いモチベーションを維持するのに必要なのは戦いの大義名分や上に立つ人への忠誠心等など。今回、その環境を整えるのはグレンではない。

「……それが必要となる訓練なのですね?」

「特別なことではありません。どこの軍でも付いていけなくなる人はいるはずです。それが実戦で起きれば、その人は死ぬ。そういうことです」

 そういう人たちを実戦に出そうという考えが、どれだけ馬鹿げたことか。グレンはこれをもう一度、言葉を変えて、クリスティーナ王女に伝えた。

「……正直言って自信はありませんが、出来るだけのことはします」

「分かりました……あっ、ご要望は分かりました。団長。引き受けますか? その場合、お金はいくらにしますか?」

 自分が決断して良いことではない。それに途中で気付いたグレンは、イェーガーに話を振った。

「……引き受けるかは金額を提示してから。あとで文句を言われて、値切られても困るからな」

 それに何とか話を合わせるイェーガー。

「では金額は……計算してみないと分かりませんか。では後ほど、お見積もりを提示するということでよろしいですか?」

「え、ええ。それでお願いします」

 いきなり雰囲気が変わったグレンに、クリスティーナ王女は戸惑っている。ついさっきまでのグレンの態度や纏う雰囲気は、ブルが言った傭兵風情には思えないものだったのだ。今も傭兵っぽくはないが。

「では、そういうことで。他にお話はありますか?」

「……なくはないけど、今は良いです」

 聞きたいことは他にもあるが、今はそういう話が出来る雰囲気ではなくなっている。そう考えたクリスティーナ王女は、別の機会に回すことにした。

「団長は何かありますか?」

「……いや、ない」

 戸惑っているのはイェーガー、そしてその隣に座っているダニエルも同じ。今のグレンが纏っている雰囲気はトリプルテンの隊員、そして小隊長時代のもの。猫を被っていた時代のものだ。その当時のグレンを二人は知らないのだ。

「では失礼しましょうか」

「ああ、そうだな」

 イェーガーたちに退室を促して、真っ先にグレンは部屋を出た。そのまま、慌てて付いてくるクリスティーナ王女の騎士を無視して、建物の外に向かう。速足ではあるが、そのグレンにイェーガーとダニエルは追いついてきた。一応は追いつける程度の急ぎ方をしていたのだ。
 玄関を出たところで騎士は立ち止まる。建物の外に出てしまえば案内も監視も必要ないということだ。

「……もう少し、深く探ってもらいましょう。特に老人のほう」

 それを待っていたグレンは、急ぐ足を緩めることなく、話を始めた。

「気になりますか?」

「あの二人はなんだかしっくりきません。気が合う相手とは思えないし、強い主従関係で結ばれているというのもどうかな? 王女殿下の為になっているように思えません」

 クリスティーナ王女とブルでは見ているものが違う。何を、は分からないが、漠然とそう思った。その感覚をグレンは気にしているのだ。

「ただの無能である可能性もありますが、そうでなければですか……」

「それを調べてもらいましょう」

 なんて会話をしている間に、義勇軍に紛れ込んでいるヤツの部下たちが動き出す。諜報は彼等の本業。久しぶりにその仕事を受けた彼等は嬉々として、表向きは浮ついたところなど微塵もみせないが、活動を始めた。