月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #133 再、落ちこぼれ小隊の隊長

異世界ファンタジー 勇者の影で生まれた英雄

 事もあろうに自国の正妃候補を手込めにしようとした。勇者といえども、さすがにタダでは済まない。まして現国王であるエドワードは、元から健太郎に良い印象を持っていないのだ。甘やかすことなど絶対にない。
 それでも死罪を免れたのは、勇者としての健太郎の力のおかげ。戦いはまだ続く。兵器としての勇者を廃棄することは、さすがに躊躇われたということだ。
 フローラの部屋から連れ出された健太郎は、そのまま地下牢に閉じ込められることになった。暮らしの快適さどころか閉じ込められた人に苦痛を与えることしか考えられていない地下牢。自らの排泄物の匂いが充満するなか、それ自体も匂いを放っている残飯を飲み込めるようになったのは五日目。それからさらに十日が経ったところで、健太郎は解放された。

「……どうして俺の下に問題児を置こうとするかな?」

 目の前に置かれた辞令を見て頭を抱えているのは、第三軍第十大隊長であるバレル千人将だ。

「問題児……ああ、グレンのことか」

「お前のことだ」

 近衛騎士の職を解かれた健太郎の新たな配属先は、第三軍第十大隊第十中隊第十小隊。かつてグレンが所属していたトリプルテンだった。

「悪いことをしたとは思っている。だから誰にも手を出さなかった」

「それは本気で悪いことをしたと思っている者の言い方ではない」

「……確かに」

 フローラの為に。健太郎にとって、これは免罪符だ。健太郎の心の中だけで通用する免罪符であるが。

「とにかく、トリプルテンの小隊長がお前の仕事。同じ問題児として、出来れば彼のような仕事ぶりを見せてもらいたいものだ」

「……そうなるように頑張る」

「頑張るって……さすがに俺もそろそろ三一○の大隊長は卒業したいんだ。いつまでも落ちこぼれではいられないからな」

「あれ? でも第三軍は精鋭になって」

 第三軍第十大隊はグレンの指導、そしてそれを踏襲した小隊長、中隊長のおかげで一軍に引けを取らない精鋭となった。健太郎はそう認識していた。間違った認識だ。

「中核だった隊長たちが抜けて弱体化した上に、さらに軍全体の再編が行われたことで第三軍は元に戻った」

「それって……僕のせい?」

 中核だった人たちがいなくなった話は聞いていたことを思い出した健太郎。再編を行った覚えもある。

「一部はそうだが、これは最近のことだ。番号が若いほうが強兵。もともとの決め事の通りに再編成した結果だ」

 鍛えられた騎士や兵士は第一軍に移動して、そうでない人たちは第三軍に送られる。それにより、精鋭と呼ばれるようになった第三軍を構成した騎士や兵士は一人もいなくなってしまったのだ。

「じゃあ、鍛えることから始めないとか」

「その通り……まあ、奴と同じは求めない。出来る範囲で頑張ってくれ」

 健太郎がグレンと同じように兵士を鍛えられるはずがない。出来ないことを求めるのは酷だと、バレル千人将は考えた。

「いや、グレンと同じスタート位置に立ったんだ。負けないように頑張るよ」

「……まあ、頑張れ」

 グレンがそのスタート位置にいたのは何年前の話だ、という突っ込みをバレル千人将は控えておいた。せっかく頑張る気を見せているのだ。それに水を差す必要はない。
 ただこれは無用な気遣いだ。健太郎だってそれくらい分かっている。分かった上で今現在、自分はグレンに大きく出遅れているのだから、その位置で丁度良いと考えているのだ。グレンの原点であるトリプルテンで、自分を鍛え直すことが出来ることを喜んでいるのだ。

 

◇◇◇

 バレル千人将への挨拶を終えると、健太郎は早速、トリプルテン小隊がいるはずの調練場に向かった。ずっと地下牢に閉じ込められていたのだ。体を動かしたくて仕方がない。配属を喜んで張りきっている面もある。
 広大な敷地を有する調練場。何度も来たことがある健太郎だ。迷うことなどない。トリプルテン小隊のいる場所にすぐに辿り着いた。

「今日から僕がこの小隊の隊長だ。よろしく」

 隊員たちに向かって挨拶する健太郎。それへの応えはない。

「……よろしく!」

 再度、挨拶を口にし、返事を待つ。だが、結果は同じ。返ってくる声はなかった。

「やる気あるの?」

「……あるはずがありません」

「なんだって? もう一度言ってみろ」

 やる気を否定する部下に、健太郎は苛立ってきた。期待していた分、反動が出てしまうのだ。

「……隊長に従うと死ぬ。こういう噂が流れています。それを聞いて、やる気になると思いますか?」

「それは……」

 健太郎の苛立ちは部下の言葉で静まることになる。健太郎には部下の言うことに心当たりがある。自分が得意、本人のつもりでは、としている突撃で、これまで多くの部下が亡くなった。そのことだろうと思ったのだ。

「俺たちは死にたくありません」

「……だったら鍛えれば良い」

「鍛えるって……俺たちは隊長と違って凡民なので、いくら鍛えたって強くなりません」

 勇者である健太郎に自分たちの気持ちは分からない。部下たちはこう考えているのだ。

「そんなことはない!」

「はっ?」

「じゃあ、聞く! 確かに僕の戦い方は危険かもしれない! でもグレンの戦い方は安全なのか!?」

「い、いや、グレンって……隊長、ここでその名を出すのは……」

 グレンは自国の裏切り者であり、敵国の英雄。軍の施設で口にして良い名前ではないと、この部下は考えている。

「何か問題が?」

「彼は敵です」

「敵であろうと優れた人には学ぶべきだ。まして、グレンはこのトリプルテンを精鋭に鍛え上げた人。そのやり方を真似るのは当然だ」 

「そうかもしれませんが……」

 第三軍には新兵が多い。一軍から順番に鍛えられている兵士を編成していけば、自然とそうなる。末端のトリプルテンとなれば全員が新兵だ。彼等にはグレンへの恐れがないが、軍人として尊敬する気持ちもないのだ。

「どうして、そんな考えをするのかな!? 栄光のトリプルテン小隊に配属出来たことが嬉しくないの!?」

「栄光の……そんなことを思ったことは一度もありません」

 落ちこぼれ小隊に配属となって落ち込むことはあったとしても、喜ぶことなどない。彼等は精鋭と呼ばれた時代を知らないのだ。

「じゃあ、今から誇りを持とう!」

「……何故?」

「僕たちは伝説のトリプルテン小隊に配属された。それを喜ぶべきだ。かつての栄光を取り戻す為に頑張るべきなんだ!」

「えっと……」

 視線を交わす部下たち。健太郎が何故、こんなに張りきっているのか彼等には理解出来ないのだ。

「大丈夫。僕は短い間だったけど、グレンの軍の調練を見ている。それを真似してみよう」

 アシュラム王国の都に滞在していた時の話だ。城から出ることを許されなかった健太郎には、仕事をしているグレンの邪魔をするか、本人にそのつもりはなかったが、鍛錬を行うくらいしかやることがない。毎日のように鍛錬場に行き、その場所で訓練を行っているグレンの軍を見ていたのだ。

「まずは基礎体力だね。調練場の周回を……五十?」

「「「はあっ!?」」」

 広い調練場を五十周しろと言われて、部下たちは不満の声をあげた。

「……じゃあ、最初は半分。二十五から始めよう。じゃあ、行くよ」

 部下たちだけに鍛錬をやらせるつもりはない。グレンも、たまにあった空いた時間には、兵士たちと一緒に走っていた。それを健太郎は真似るつもりだ。
 ただ残念ながら、今のトリプルテン小隊の隊員たちはグレンの時とは異なり、鍛錬に熱心ではない。そういう兵士だからトリプルテンにいるのだ。
 孤軍奮闘。笛吹けど踊らず。こんな状態が続くことになる。

 

◇◇◇

 厳しい鍛錬を小隊のメンバーに課したものの、それはまったく上手く行っていない。限界まで頑張る、なんて考えは部下たちの頭の中にはないのだ。
 その原因は小隊長である健太郎の器量不足、ではない。健太郎を除く隊員の全員が新兵で、実戦経験がないのだ。命の危険を、味方の死を経験したことのない彼等は、死を身近なものとして感じられていないのだ。

「だから実戦に出せと?」

「そう。彼等には実戦経験が必要だ」

 その事実を感じ取った健太郎は、バレル千人将に直談判をすることにした。

「……あのな、前回も気になっていたのだが、俺はお前の上官なのだけど?」 

「あっ、すみません。必要だと思います」

 バレル千人将の指摘に素直に謝罪を口にする健太郎。自分は勇者という驕りは捨てる。これはかなり前から心がけていることだ。言葉使いは一向に直らないが。

「実戦ね……確かにその必要性は感じている。ただ、任務がない」

 バレル千人将も第三軍の経験不足は分かっている。だが、それを補おうにも経験させる任務がないのだ。

「またぁ。盗賊討伐とかあるでしょ?」

「だから上司」

「すみません。盗賊討伐任務とかはないのですか?」

「それが不思議と。敗戦前よりもかなり少なくなっている」

 度重なる戦争で民の暮らしは苦しくなっているはず。そうであるのに治安が乱れない。それをバレル千人将はずっと疑問に思っていた。
 この疑問が解けることは恐らくない。盗賊の多くが密かにグレンによって退治、またはルート王国に取り込まれたこと。国内の治安を乱していたのがランカスター公爵家の意向を受けた銀鷹傭兵団であったことなど、バレル千人将は知る立場にはないのだ。

「……何でも良いのですけど?」

「そこまで言うなら優先的に回すことも考えてやるが、大丈夫なのか?」

「実戦までにはもう少し鍛え上げます」

「初陣で大切なのは力ではなく心だ。ほぼ全員が初陣では厳しいと思うが?」

 全員が新兵。これは異常なことなのだ。新兵をフォローする古参兵がいなくては、それも新兵よりも多くいなければ、初陣で全滅もあり得る。バレル千人将はその可能性を考えている。

「そこは僕が頑張る」

「それでは新兵の経験にはならない」

「……でも実戦を経験させないと彼等は真剣にならない」

「そうなんだよな。ただ俺の立場では、達成不可能な任務を与えるわけにもいかない。部下を死地に送り込む気にはなれない」

 兵士は命のやり取りが仕事。だから死んでも仕方ない、とはバレル千人将は考えない。そう考えては駄目だと思っている。

「……では、どうすれば良いと思いますか?」

「その答えを俺は持っていない。だが、教えてやれることもある」

「それは何ですか?」

「もう一人の問題児は、部下を死なせないことを懸命に考えていた。その為に何が必要かを考えた結果、トリプルテンは精鋭になった。無理をさせることは彼のやり方と違うのではないか?」

 グレンのやり方を健太郎に伝えるバレル千人将。健太郎がグレンを意識していることを知っているのだ。

「……ありがとうございます。もう一度、考えてみます」

 結果を急ぎすぎている。バレル千人将の言葉を健太郎はこう受け取った。実際に、自分には焦りがあると気が付いたのだ。
 自分が成果をあげる為ではない。それを求めてはまた同じ失敗を繰り返す。バレル千人将の言葉は健太郎にそれを気付かせてくれた。