月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #132 勇者再び

異世界ファンタジー 勇者の影で生まれた英雄

 モンタナ王国はウェヌス王国の北東。アシュラム王国とも国境を接している小国だ。国の規模してはアシュラム王国よりも小さい。領土の広さの問題ではない。国情が不安定である為、というのは言い訳で、施政者の統治能力の低さが原因で、国が発展どころか疲弊しているのだ。
 そんな国王が治める国であるので、反乱を起こそうとしている王弟のほうにこそ正義があるのかと思えば、そうでもない。国王が言い訳にしている国情の不安定さは、まったく嘘というわけではなく、その原因となっているのが王弟の強欲さでもあるのだ。
 無能な国王と強欲な王弟の争い。国民にとっては救いのない戦いだ。

「……まあ、なんとなく想像は出来ていたけど、やっぱり、やる気出ないな」

 エドワード王の野心を挫こうと思えば、無能な国王に味方することになる。正義の味方を気取るつもりはグレンにはないが、モンタナ王国の民が喜ばない勝利に加担することには熱意は生まれない。

「いっその事、両方を倒してしまえば良いのではないですか?」

 呆れ顔のグレンに、ジャスティンが別の選択肢を提案してきた。モンタナ王国をグレンのものにするという提案だ。

「……成功の可能性が低い提案には乗らない」

「低いですか?」

「低いな。俺がウェヌス王国の王なら、その行動を利用してモンタナ王国を一つにまとめ、結局は自国の物にしてしまう。軍事介入が出来れば、口実なんて何でも良いのだからな」

 結果、モンタナ王国全体とウェヌス王国を敵に回すことになる。それでは一傭兵団の規模で勝ち目はないとグレンは思う。それでも戦うとなれば、最初からウェヌス王国と正面から戦うほうが、モンタナ王国を敵にしていない分、まだマシだ。

「それじゃあ、乗り気でなくても国王側を勝たせるしかないですね」

「最初から、そのつもりだ。それで? 輸送路の確保は出来そうなのか?」

「それなのですが、国が貧しいと盗賊も小粒になるようでして、これという裏街道は見つかっていません」

 自分たちの為の輸送路だ。モンタナ王国のどちらの勢力にも知られて良いものではない。そう考えて盗賊団が使うような裏街道を探させていたのだが、それは今のところ上手くいっていない。

「……国が荒れれば盗賊団の規模は大きくなりそうだけどな」

「貧しくても荒れるほどではないということではありませんか?」

「そうか……まだその段階ではないのか、押さえ込まれているのか。大人しい国民なのかな?」

 ゼクソン王国にはそれなりの規模の盗賊団が存在していた。モンタナ王国は何が違うのか。それをグレンは考え始めたのだが。

「分かりませんが、とにかく元からある道だけでは無理そうです」

 今はそれを考える時ではない。ジャスティンは話を元に戻した。

「仕方がない。拠点作りから始めるしかないな」

 使えるような盗賊の拠点や裏街道がないのであれば、自分たちで造るしかない。グレンはそれを行うことを決めた。

「かなりの人出が割かれます」

 だが隣国であるアシュラム王国からモンタナ王国内まで人目に付かない輸送路を整備するとなれば、それはかなりの労力を必要とする。銀鷹傭兵団の人数はおよそ千。傭兵団としては大所帯であるが、それだけの規模の工事を行うとなれば余裕のある数ではない。

「問題ない。いきなり全員を連れて、国王派に合流なんて出来ないからな」

 千の数を連れて国王派に味方するとなれば、相手は喜ぶか警戒するか。いずれにしろ目立ってしまう。それはグレンの望むところではない。

「もしかして普通に傭兵団として雇われるつもりですか?」

「俺たちは普通に傭兵団だろ?」

「そうですけど……」

 それではグレンの活躍が人々の耳に届かないかもしれない。これはジャスティンたちの望むところではない。

「それで国王派だけど、肝心の募兵はしているのか?」

「一応は、と報告させていただきます」

 グレンの問いに答えたのはイェーガーだ。彼はモンタナ王国の都に偵察に赴いていたのだ。

「微妙な言い方。つまり?」

「少しでも数が増えれば、という程度の考えで、募集に積極的ではなく待遇も良くはありません」

「……まあ、そんなものだろ。傭兵を評価しないということは、国王の側には銀鷹の影響が及んでいない証かもしれない。悪いことじゃない」

 ゼクソン王国は傭兵団を積極的に集め、戦争に投入していた。ただそれは銀鷹傭兵団が中心となって行っていたこと。敵の策略に嵌まっていただけだ。

「そうですが、戦況を変える働きを見せるには難しい立場になるかもしれません」

「それはもっと事が動き出してから考える。当初は目立っては、まずいのだから丁度良い」

「分かりました。都内の拠点確保も目処が付きました。かなりのボロ宿を買い取る形が一番簡単なのですが、問題はございませんか?」

 目立たない場所で拠点を確保するとなるとこうなる。どこの都にでもあるスラム街。得体の知れない人々が潜む場所としては最適だ。もちろん、身を守る力があればという前提付きだが。
 
「問題ない」

「では買い取り交渉を進めます。都への出発はいつ頃の予定ですか?」

「部隊を再編したらすぐに動く。事が始まる前に、やっておくことは沢山あるだろうから」

 前準備は終わり。銀狼傭兵団はその活動を本格化させることになる。だが人々がその存在を知ることになる日は、もう少し先のことだ。

 

◇◇◇

 フローラの毎日は本人にとって退屈なものだ。大公領で暮らしていた時のように家事を行うことは許されない。家事そのものを禁止されているわけではないが、城内を自由に歩けなければ出来るはずがないのだ。さらに身の回りの世話をする侍女たちがおり、自分が飲むお茶でさえ入れることは滅多にない。
 家事から解放、なんて本人は思っていないが、された彼女の時間は、習い事に費やされている。礼儀作法にダンスや歌、楽器演奏等々の教養学習。毎日毎日、様々な習い事が一日のスケジュールの中に詰め込まれているのだ。
 高貴な血筋を持つ女性、そしてウェヌス王国の正妃候補であれば当然の嗜みを身につける為であるのだが、その自覚がないフローラには、面倒事を強制されているだけにしか思えない。
 そんな日々を送っているフローラにとって、今日は少しだけ特別な日。普段会わない人と会える日だった。しかも、周囲には内緒で。
 フローラはその人物と会えるのが嬉しいのではない。そういう秘め事を経験するのが、楽しいのだ。

「……フローラ様。ご案内しました。お部屋に入っていただいてよろしいですか?」

 この密会を段取ったのは侍女のミーシア。普段、侍女の中でもっとも厳格な態度を見せている彼女だからこそ、周囲に疑われることなく実現出来たことだ。

「うん、良いよ」

 なんて言い方をすれば、礼儀作法を教えている教師に嫌味っぽく直されるのだが、今は授業の時間ではない。

「では。どうぞ」

「……ありがとう。ミーシア。この御礼はまた別の機会に必ずするよ」

「い、いえ。そのような気遣いは無用です」

 顔を赤く染めるミーシア。普段は決して見せないその表情にフローラは驚いているが、表面上は見ていない振りをした。

「お邪魔します。僕のこと、覚えているかな?」

「……あっ、前に部屋の前で」

 部屋に入ってきた男は健太郎。過去の記憶を失っているフローラにとっては、城に来たばかりの時に会った人物。おそらくは自分の過去を知っているだろう人物だ。

「そう。健太郎と言います。呼びにくければケンで良い。皆、そう呼ぶから」

「ケン……分かった」

 フローラにケンと呼ばれて、内心ではにやけている健太郎。それを表情に出さないように気を引き締めて、フローラに近づいた。

「えっと……ここで良いのかな?」

 フローラはベッドに座っている。体の調子が悪いと嘘をついて、この時間を作ったからだ。そのフローラが座るベッドの脇に置いてある椅子を健太郎は指差した。

「どうぞ。今、お茶を入れるね」

「えっ? あっ、気を使わなくて良いから」

「私が入れたいの。それにミーシアが無理して用意してくれたものだから、使わないと悪いもの」

「じゃあ、お願いします」

 ベッドを降りて茶器の置いてある場所に向かおうとするフローラ。その様子をみて、健太郎は胸が高鳴っている。恋人の家に遊びに来たような気分になっているのだ。
 だが、それはわずかな時間だ。歩き始めたフローラが、わずかに足を引きづっているのを見て、高鳴っていた胸は苦しくなった。
 フローラは慣れた手つきでお茶を入れると、お盆の上にのせて運んできた。

「……あっ、僕が運ぶよ」

 嬉しそうに笑みを浮かべて歩いてくるフローラに見惚れていた健太郎。足のことを思い出して、立ち上がろうとしたのだが。

「いいよ。ケンはお客様なのだから、ジッとしていて」

 フローラにこう言われて、腰が抜けたように椅子に座り込んでしまう。記憶を失う以前よりも、自分に親しげな態度を見せてくれるフローラ。この時間が永遠に続けば良いのに。そう健太郎は思った、のだが。

「駄目だ。駄目だ。そうじゃない」

 すぐに思い直し、軽く頭を振ってその思いを振り払おうとする。

「えっ? 何が駄目なの?」

「あっ……えっと……今日は少し真面目な話をしようと思って」

 フローラの質問の答えとは思えないのだが、健太郎にとってはこうなのだ。

「真面目な話……楽しい話のほうが良いかも」

 今はフローラにとって気晴らしの時間。難しい話はしたくなかった。

「僕もだけど、これは話しておかなければならないから。フローラが記憶を失う前の話だ」

「……やっぱり、知っているのね?」

 以前会った時の健太郎の言動は、明らかにこれを示していた。息抜きをしたいという気持ちだけでなく、これも健太郎に会う気になった理由だ。

「……記憶のほうは少しも戻っていないのかな?」

「全然。なんだか偉い人の娘だって聞いているけど、その時のことを思い出すことはない。お城で暮らしていても、懐かしさも感じない」

「それはそうだよ。フローラが暮らしていたのはお城じゃないから」

「そうなの?」

 健太郎の話に驚いているフローラ。彼女は真実を聞かされていない。フローラの態度はそれを示している。

「街中のあまり治安の良くない場所。そこの宿屋でフローラは暮らしていた。古い、お世辞にも綺麗とはいえない宿屋」

「……宿屋。私は宿屋で暮らしていたの?」

「そう。どうかな? 一緒に暮らしていた人が誰か思い出せる?」

「…………」

 目をつむり、すこし眉をしかめた表情で、必死に何かを思い出そうとするフローラ。だが、これで思い出せるのであれば苦労はない。何度も同じように、失った記憶を取り戻せないかと試みてきたのだ。

「思い出せた?」

「……無理」

「そうか……そんな簡単に思い出せないよね?」

「うん……」

 過去の記憶を取り戻すのは無理ではないか。フローラは近頃、そう思っている。それでも良いかという思いもある。違和感を感じる毎日だが、周囲は皆優しくしてくれる。不幸を感じるどころか、自分はきっと幸せなのだろうと思う。

「……僕は君に謝らなければならない」

「どうして?」

「フローラが記憶を失ったのは僕のせいなんだ」

「……どういうこと?」

 自分が記憶を失った原因は、目の前の男。そんな告白をされても、記憶のないフローラにはピンとこない。

「……今から説明する。少しだけ、少しだけ我慢してもらっていいかな?」

「……分かった」

「じゃあ」

 フローラの了承を得たところで、健太郎はベッドに座るフローラの横に座った。

「僕は君を助けたかった。大切な人を失って傷ついている君の支えになりたかった」

「……大切な人?」

「そう。君はその人が死んだと聞いて、正気を失っていた。そんな君を僕は助けたかった。その死んだ人の代わりになりたかった」

 当時の自分の気持ちをフローラに話す健太郎。そうしながらフローラの反応を探っているのだが、やはり彼女には求めるような反応はない。ただ健太郎の話を聞き、それが事実かを思いだそうとしているだけだ。

「……今もそう。僕は君の支えになりたい」

「えっ……?」

 健太郎の腕が自分の背中に回るのをフローラは感じた。

「フローラ。僕が君を守るよ。だから……」

「ち、ちょっと、だ、駄目だよ」

 背中に回った健太郎の腕に力が込められる。慌ててそれを振り払おうとしたフローラだったが、そのまま後ろに引き倒されて、ベッドに仰向けになってしまった。

「フローラ。僕は君を誰よりも大切に想っている。だから、僕に全てを任せて」

「……い、嫌」

 自分の体に健太郎の重みがのしかかってくる。身動き出来なくなったフローラは、震える声で拒絶したのだが。

「大丈夫。僕が君を幸せにするから。ずっと僕の側にいて欲しい」

 フローラのドレスに手をかける健太郎。フローラはそれに懸命に抗おうとするが、力で勝てるはずがない。ドレスの紐が緩められ、彼女の肩口が露わになった。

「止めて! 誰か! 誰か助けて!」

「誰も助けになんてこない! 君の大切な人は死んだのさ!」

「嫌! 嫌ぁああああっ!」

 叫び声をあげるフローラ。頭の中は恐怖で真っ白。このような危険な思いをしたことは、フローラ記憶にはないのだ。

「大人しくしろ! 僕がこれから君の側にずっといると言っているだろ!」

 荒々しくフローラの体からドレスを剥ぎ取っていく健太郎。フローラの透き通る肌が、徐々に露わになっていく。
 これまで味わったことのない男性に対する恐怖がフローラを襲う。あくまでも、ここまでの恐怖は。フローラが異性に恐怖を感じたのは、これが初めてではない。

「嫌っ! 嫌ぁああああっ! 助けて! 助けて、お兄ちゃん!」

「…………」

「助けて! お兄ちゃん! お兄ちゃん!」

 無我夢中で叫ぶフローラ。そのフローラを健太郎はじっと見つめている。

「フローラ様! 何か……貴様っ! 何をしている!」

 フローラの叫び声を聞いて、部屋に飛び込んできた近衛騎士。ベッドの上でフローラが襲われている様子を見て、剣を抜いて健太郎に向けた。

「そうだ……そうだよ。フローラ。君を守ってくれるのは君のお兄さんだ」

 近衛騎士が突き出す剣に目を向けることもなく、健太郎はフローラに話しかけた。

「貴様! さっさとフローラ様から離れろ!」

 自分を無視する健太郎に激高する近衛騎士。さすがに剣を振り下ろすことはしなかったが、力づくで健太郎をベッドから引きずり降ろした。
 その時には他の近衛騎士もやってきている。床に落ちた健太郎を拘束する近衛騎士たち。

「フローラ、フローラ! 思い出せ! 君の本当に大切な人は誰かを! 君を大切に想っているのは誰かを!」

 拘束されても健太郎はフローラに向かって、叫び続ける。

「本当に君を大切に想っているのは国王じゃない! 君のお兄さんだ!」

「黙れ! 黙れ!」

 エドワード王を否定する言葉を叫び始めた健太路に、近衛騎士たちも容赦はしない。健太郎の腹を蹴り、剣の柄で顔をなぐって、黙らせようとした。

「グレン! 君が愛しているのはグレンだ! フローラ! この世で一番! 君が愛している人を! グレンのことを思い出すんだ!」

「いい加減にしろ!」

 さらに健太郎に暴行を加える近衛騎士たち。それでも健太郎は挫けない。

「フ、フローラ……グレンは生きている。君の大切な人は生きているから!」

「外に連れ出せ!」
「ほら、こっちに来い! 来るんだ!」

 暴力では健太郎を黙らせることは出来ない。そう思って近衛騎士たちは、部屋の外に連れ出すことにした。

「フロ……! 思い……! グ……!」

 廊下に出ても健太郎は何かを叫んでいる。だが扉を閉められ、さらに部屋から引き離されては、もう何を言っているかは判別出来なかった。

「……申し訳ございません!」

 廊下からの声が完全に消えたところで、ミーシアが土下座しそうな勢いでフローラに謝罪してくる。まさか健太郎がこんな真似をするとは思っていなかった。だが、会わせる手引きをした責任はあると考えているのだ。

「……大丈夫だよ。どこも痛くないから」

「私は、私はなんてことを……」

「ミーシアも大丈夫。責任なんて感じる必要ないから」

「……本当に、申し訳ございません」

 フローラが大丈夫と言ってくれても、それで自分の身が守られるわけではない。この事態を国王はどう思うか。それ次第で命さえ失う可能性があるのだ。

「……彼は何をしたかったのかな?」

「何かを思い出させようとしていたようですが……それで……?」

 つい先ほどから表情が一変。ミーシアは探るような目をフローラに向けている。エドワード王がフローラの記憶が戻らないことを望んでいるのは、身の回りの世話をする人たちは皆、分かっているのだ。

「必死だったから良く分からない。私は何か言っていた?」

「……助けて、としか」

 実際はもっと聞いている。だが、その全てをフローラに説明することは行うべきではないとミーシアは思った。自分の身が可愛ければ。

「そう……少し休もうかな。叫んだから疲れちゃった」

「それがよろしいと思います」

「ミーシアも下がって、少し気持ちを落ち着かせたほうが良いよ」

「でも……」

 フローラを一人にして良いのか。そう思って、ミーシアは曖昧な態度を見せる。

「私は大丈夫、というか一人でゆっくりとしたいの」

「……分かりました」

 はっきりとフローラに言われては、ミーシアも引き下がるしかない。大失態を犯してしまった今は、フローラに強い態度を見せられる立場ではないのだ。
 部屋を出て行くミーシア。それを見届ける前にフローラは茶器が置いてある場所に向かい、お茶を入れ始める。それを確認したところでミーシアは扉を閉める。
 入れたお茶を手に持ち、窓辺に近づくフローラ。

「……月はまだ見えない。それはそうだよね? ……お兄ちゃん」

 空を見上げてみたが月は見えない。それはそうだ。まだ外は明るい。月が見たければ夜を待つしかない。
 また晴れの日には毎夜、白銀に輝く月を見上げる日が続くのかもしれないとフローラは思った。ただ以前と違うのは、月に重ねる人が生きているという事実。それを自分が知っているということ。