月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして 第126話 物語が始まる

異世界ファンタジー 悪役令嬢に恋をして

 ランスロットとマリアの無理心中。この結末は、グランフラム王国にとって思いもよらない出来事だった。だが驚き、悔やむだけで他には何も出来ない。
 そうなる状況を作ったリオンを罰するにも、リオンが行ったのは、ランスロットとマリアを引き合わせただけ。それもランスロットの、マリアに会いたいという強い願いを叶えてやろうという優しさからの行動だった。
 もちろん、この内容はでっち上げだが、グランフラム王国に分かるはずがない。疑う者はいても、疑うだけで終わり。リオンは王都を離れて自分の領地に帰ってしまっている。罪を問えば、王都に上がって来ようとしない事は予想がつく。一子爵の身でありながら平気で反旗を翻した過去を持つリオンなのだ。
 二人の死は、公的には、何事も影響を及ぼすことなく終わることになった。死刑になるはずの二人が予定通りに死んだというだけなのだ。
 それにいつまでもその事件に思い悩んでいる暇はグランフラム王国にはない。戦後処理はまだまだ残っているのだ。
 その内の一つが、最終的な論功行賞の結果発表だ。ウィンヒール王国との戦いにまで遡っての論功行賞。戦功を調べるにも、かなりの苦労が強いられたが、それでもどうにかその日を迎えることが出来た。

 城の謁見の間には、多くの臣下が集まっている。謁見の間に入りきれずに、控えの間で待機する者も大勢いる。グランフラム王国の復興の兆しを広く実感させる為に、末端の兵士まで呼んでいる為だ。
 次々と名前と戦功、そして恩賞の内容が読み上げられていく。玉座の前にはアーノルドから直々の言葉を賜る為の行列が出来上がったくらいだ。
 それも終わり。恩賞を受け取った者たちが観客に変わる時が来る。今回の動乱での最大の功労者の発表の時だ。

「近衛騎士団長ランバート・サイズ! 前へ!」

 セイド宰相により、この名が告げられた瞬間、謁見の間には歓声ではなく、ざわめきが広がった。誰もが予想していた名前ではなかった事への戸惑いのざわめきだ。
 その微妙な雰囲気の中、ランバートは玉座の前に進み出ていく。

「ランバート。よく働いてくれた。こうして俺が玉座に座っていられるのは、お前が支え続けてくれたお陰だ」

 アーノルドからランバートに声が掛けられる。内容は嘘ではない。ランバートは近衛として、アーノルドをずっと支えてきたのだ。

「いえ、私の働きなど大した事はありません。グランフラム王国の復興は、陛下が成し遂げた事。我らは、ほんの少しだけ、手を差し出しただけであります」

「謙遜は無用だ。お主の働きへの感謝の印として、王家に伝わる宝剣を授ける。又、お主を、グランフラム王国騎士兵団長に任命する。軍の頂点として、これからも俺を支えてくれ」

 マーカスの裏切りにより空席になっていた騎士兵団長の座に、ランバートが座ることになった。アーノルドにとっての真の忠臣が軍の頂点に立ったのだ。

「有り難き幸せ! この御恩に報いる為に、これまで以上の忠誠を陛下に捧げる所存であります!」

「頼んだぞ」

 がっちりと手を握り合うアーノルドとランバート。参列した者たちからは、ようやく大きな拍手と歓声の声があがった。
 続いて、空いた近衛騎士団長の席が、ランバートの副官であった騎士に与えられる事が発表される。その後も、発表される内容は、もっぱら軍部の人事だ。
 昇進昇格も恩賞と言えば恩賞だが、これは軍再編の為に行われている事。実態は、大きな恩賞を受けるに値する者がいないという事だ。それはそうだろう。軍功のほとんどは、リオンが独占しているのだから。
 結局、そのリオンの名は最後まで呼ばれなかった。それが分かった時、又、ざわめきが、最初よりは遠慮がちなものだが、謁見の間に広がった。
 アーノルドとリオンとの確執。これへの恐れが参列者たちの心に広がっている。

「続いて、戦いに協力してくれた同盟国への御礼贈呈に移る」

 臣下への恩賞の授与が終わったところで、同盟国への御礼の贈呈となった。未だにグランフラム王国が、オクス王国とハシウ王国に遠慮している証だ。かつてであれば対等とは見なさずに、恩賞授与としていただろう。

「ご臨席のハシウ王国、ハリー王子殿下。どうぞ、御前に」

 セイド宰相に名を呼ばれたハリー王子。横にいるオクス王国のアレックス王子を軽く睨んで、渋々という様子でアーノルドの前に出てきた。
 アーノルドは玉座から立ち上がって、ハリー王子を迎える。やはり気を使っているのだ。

「ハリー王子殿下。本日は、わざわざ王都までお越し頂き申し訳ない。貴国の協力が、どれだけ我らの助けになった事か。どうしても直接、感謝を伝えたかった。ありがとう」

「いえ。別に貴国の為にやった事ではないので」

「自国防衛の為であったとしても、貴国が我が国の復興に大きな貢献をしてくれたのは事実だ。我が国の感謝の気持ちは変わらない。これからも、いや、これまで以上に、貴国との関係を深めて、両国の発展に繋げていきたいと考えている」

 軍事的な面だけでなく経済面でも、オクス王国とハシウ王国は、グランフラム王国にとって重要な存在だ。バンドゥの実態を垣間見たグランフラム王国は、この事実を理解している。

「……参ったな。事前に知らせてもらいたかった。いや、確認しなかった、こちらの落ち度か」

 アーノルドの熱意に対して、ハリー王子の反応は困惑でしかない。オクス、ハシウ両国との同盟関係に揺るぎがない事を示して、国内の安心材料にしようと考えたグランフラム王国の思惑は、完全に外れている。

「何か、懸念が?」

「リオン殿が、この場にいない理由を教えてもらいたい」

「……本人の意向だ」

 この場面でリオンの名が出る。以前から気になっていたリオンとオクス、ハシウ両国との関係。その具体的な内容がようやく分かるかもしれないとアーノルドは内心で期待している。

「恩賞を拒否したものと受け取って良いのか?」

「拒否というか、辞退だと聞いている」

「なるほど……」

 アーノルドの返事を聞いて、ハリー王子は考え込んでしまっている。判断材料が少なすぎるのだ。

「リオンが何か?」

 アーノルドには、ハリー王子の質問の意味が理解出来ない。材料がないのはアーノルドも同じだ。

「……いつまでも探ってないで、決断しろと言うことか」

 これを言うハリー王子の視線は、アレックス王子に向かっている。アレックス王子の考えを確かめたいのだ。それに対して、アレックス王子も考え込んでしまう。アレックス王子も答えを持っていないかった。
 微妙な時間が謁見の間に流れた。誰もがハリー王子とアレックス王子が、何を考えているのか気になっている。

「悩んでいる事が不実だな。アーノルド王」

 ハリー王子の中で、考えが纏まったようだ。

「何かな?」

「何かを贈呈という話だが、我が国は遠慮させてもらう」

「……何故だ? 理由を聞かせてもらいたい」

 これはアーノルドにも予想外の答え。恩賞の拒絶となると穏やかではない。

「貴国との関係が、今度どうなるか分からない。そうであるのに貴国から御礼を受け取るのは不誠実だと考えた」

 周囲からどよめきが起きる。友好的な関係を約束出来ないとハリー王子は伝えている。グランフラム王国にとって、この発言は寝耳に水の出来事だ。

「……我が国に何か問題があったのか?」

 自国の問題ではなく、おそらくはリオン。アーノルドは心の中ではそう思っている。

「貴国の問題ではなく、我が国の都合だ。いや、今の段階では私個人の都合だな。父上の判断は、まだ確かめていない」

「……分からない。何故、この場で個人的な発言を行うのだ?」

 国としての方針ではなく、ハリー王子個人の意見と聞いて、アーノルドはまた分からなくなった。ハリー王子とリオンの個人的な友誼。それでグランフラム王国との関係をこじらせるとは思えないのだ。

「今の発言は、貴国に向けての発言ではない」

「では、誰に向けてのものだ?」

「……私だけに、全てを話させるつもりか?」

 又、ハリー王子の視線がアレックス王子に向く。これはアレックス王子も、ハリー王子と同じ考えである事を周囲に示した。グランフラム王国の者たちは、何が何だか分からなくなってきた。

「これまで、ずっと俺が話してきたのだ。たまには代われ」

「……気分を害する事になったら、どうする?」

「リオン殿は、この程度の事では怒らん」

 これまでの発言で薄々勘付いてはいたが、やはりリオンが絡んでいる事だと、グランフラム王国の者たちは分かった。こうなると、もう不安が膨らむばかりだ。

「これは私の意見だが、我が国はリオン殿に従うべきだと考えている」

 アレックス王子の言葉を丸々信じたわけではないが、意を決してハリー王子は説明を始めた。

「……グランフラム国王には、リオンが相応しいという意味か?」

 この可能性はアーノルドの頭の中にもあった。オクス、ハシウの両国に限った話ではなく、リオンを担ごうとする者は必ず出てくると。だが、ここでハリー王子が言っているのは、そういう事ではない。

「違う。我が国が従うのはリオン殿の国。エルテスト皇国だ」

「……リオンの国だと?」

「ああ、話してしまった。本当に怒られないだろうな?」

 驚愕で固まってしまっているアーノルドを無視して、ハリー王子は不安そうな声で、アレックス王子に問い掛ける。

「これは絶対に大丈夫だ。エルテスト皇国の話はいずれ伝わってくる。そもそも未だに知らないのはグランフラム王国くらいだ」

「……それもそうだな」

 アレックス王子の説明を聞いて、ハリー王子は安心した様子だ。だが、それとは正反対に不安一杯の者たちがいる。オクス、ハシウ両国関係者以外の、この場にいる全員だ。

「エルテスト……」

 皇国が、アーノルドには分からない。

「エルテスト皇国。元は王国だったが、東方諸国連合国が全て従属した事で皇国。皇帝の国を名乗る事になった」

「何だと!?」

 アーノルドの驚きの声に続いて、これまでで最大のどよめきが、謁見の間を揺るがしている。

「この際だから全て教えてやる。リオン殿の今の名は、リオン・カイザー・ライプニッツ。フレイの名は、とっくに捨てている。ちなみにエルテスト皇国を元王国といったが、更に昔はエルテスト帝国だ。忘れ去られた遠い昔の事だが、東方を統べる強国だったそうだ。それが復活したという事だな」

 グランフラム王国の歴史には、記されていない程の遠い過去の事だ。

「……その皇国に従うと」

「エルテスト皇国軍の強兵さは知っての通り。経済面でも、リオン殿が国政を見るとなれば、大きく発展する可能性は高い。隣国である我が国としては当然の選択だと思うが? 唯一の懸念は、リオン殿が貴国に戻る事だったのだが、その心配はなさそうだ」

「……そういう事か」

 リオンが恩賞を辞退した本当の理由を、ようやくアーノルドは知ることが出来た。それと共に、こんな大事なことを最後まで隠していたリオンに呆れてしまう。心を開いてくれたなんて思った自分はやはり甘いのだとも。

「納得して頂けたかな?」

「我が国との友好関係を断ち切る必要はないはずだ」

 ハーリー王子個人の意見と最初に聞いたが、詳しい話を聞くと、このままハシウ王国の方針に成りかねない状況だ。事実、ハリー王子の発言を、ハシウ王国の関係者は誰も止めようとしない。

「それは貴国がエルテスト皇国と、どういう関係になるかによる。だから、今は何も答えられない」

「なるほど……確かにそうだ」

 グランフラム王国とハシウ王国との関係は、リオンの国であるエルテスト皇国との関係次第。ハシウ王国はエルテスト皇国の従属国になろうというのだ。当たり前のことだ。

「出来ればエルテスト皇国とは友好な関係を構築する事だ。我が国も、少し戦争から離れたいので」

「ああ、努力する」

 意外とリオンとは早く再会出来るかもしれない。アーノルドはそう思った。

「陛下!? そのように軽く考えられる問題ではありません!」

 事情を全く知らなかった、アーノルドもそうなのだが、セイド宰相は落ち着いていられない。戦乱で損なった国力を回復し、そこからさらにグランフラム王国の威勢を高めようと考えたところで、いきなり躓いたのだ。

「これは外交問題だ。軽くなど考えていない」

「外交などと。リオン殿は陛下の弟。勝手に国を造るなど許されることではありません!」

 セイド宰相はまだ事実を理解していない。だからこんな発言が出来るのだ。

「勝手に……どうして許しを得る必要がある? そもそも我が国はいつからリオンを王族と認めたのだ?」

「それは……いえ、手続きの問題ではなく、王族であることは事実なのですから」

「なるほど。ではリオンを正式にグランフラム王国の王族として認めたとして、リオンが王位を望んだらどうするのだ?」

「はっ?」

「今回の戦乱を収めたのはリオンの力。それは俺も認めざるを得ない。宰相も戦功第一位はリオンと認め、恩賞を用意しようとしていたではないか」

「陛下から恩賞が下されるのです。弟とはいえ、臣下であることに変わりはありません」

 王族と言ったり、臣下と言ったり、セイド宰相は忙しい。アーノルドに説得されるつもりは微塵もない。強引な説得をしようとしても自分の恥を晒すだけだとセイド宰相は分かっていない。

「大丈夫か? そのようなことで宰相が務まるのか?」

 さらにアーノルドはセイド宰相への不安を口にする。周囲にそう思わせたくて口にしたことだが、本心でも不安は感じている。

「どういうことですか? 私はグランフラム王国の宰相として我が国にとって一番良い方法は何かを話しているのです」

「なるほど。宰相は俺ではなく国のことを考えているのか」

「はい?」

「我が国にとって誰が王であるのが良いか。それを考えているのだろ?」

「……そ、それはそうですが、その結果として私は陛下を」

 アーノルドではなくグランフラム王国が大事。そんな発言をしたと思われるわけにはいかない。それではまるでアーノルドを裏切っているみたいになってしまう。

「しかし……リオンが王位を強く望んで、それを防げるだろうか?」

「それは……」

 もし今、リオンと戦うような事態になれば、アーノルドを間違いなく負ける。リオンに報酬として与えた領地は、すでに統治がかなり進んでいる。それはグランフラム王国ではなく、エルテスト皇国の領土としての統治なのだ。
 バンドゥもほぼ間違いなくリオンに付く。これで東部と東南部はリオンのものだ。更に南部もかなり怪しい。南部の国民の感謝はリオンに向いているはずだ。
 そして北部。リオンに気持ちが向いている貴族が、どれだけいるかなど想像も付かない。

「ようやく宰相にも分かったようだ。我が国にリオンをつなぎ止めておくことなど、最初から無理なのだ。王族であると認めることなど不可能。違うか?」

「……いえ。陛下が仰せの通りです」

 これでリオンにグランフラム王国の王族としての責任を負わせようなどと言う者はいなくなる。それを言う者がいるとすれば、それはアーノルドに対して叛心を持つ者。容赦なく排除すべき者たちだ。

「……なるほど。苦労は多そうだが、なんとかなりそうだな」

 アーノルドとセイド宰相のやり取りを見ていたハリー王子が意味ありげな笑みを浮かべて、呟いた。独り言にしては少し大きな声で。

「まだまだ、これからだ。負け続けていては……恥ずかしいからな」

 兄として、という言葉は声にしなかった。それでも分かる者には分かる。そして分かった者の心からは、完全とは言わないが、不安が消えていった。
 グランフラム王国はこれからだ。臣下としても負け続けているわけにはいかないのだ。

 

◇◇◇

 グランフラム王国で衝撃の事実が広がり始めた頃。その話題の人であるリオンは、エルテスト皇国への帰還を決めていた。
 今のリオンにグランフラム王国をどうこうするつもりはない。エルテスト皇国のほうを優先したいのだ。
 皇帝になったとはいえ、戦争ばかりで、ろくに政務をみていない。他の五国との様々な調整を含めて、やらなければならない事は山積みだ。
 それに、今であればグランフラム王国の一角に得た領土ヴィンセント、当たり前だが元からの地名ではない、を離れても、グランフラム王国は手出し出来る状況にはないという計算もある。
 ヴィンセントの中心都市ラースの城の前に並ぶ騎獣の群れ。出立を待つリオンたち一行だ。

「お母さん、遅いな」

「ははうえ、おそい」

 リオンはフラウを抱えてナイトメアに跨っている。父娘らしい関係をフラウと築けるようにと、ラースに来てからは出来るだけフラウと一緒にいる時間を作っているのだ。エアリエルによる、半ば強制ではあるが。

「アリスの具合が悪いのかな?」

「しんぱい」

 エアリエルはアリスの支度を手伝っている。ラースに来てからのアリスは、ほとんどの時間をベッドの上で過ごすようになっていた。今回の帰還も、連れて行くのは止めるべきだとリオンも一度は思ったのだが、最後の一瞬まで側にいたいというアリスの願いを無碍には出来なかった。

「……迎えに行ってこようかな?」

「リオン、ははうえに、おこられるよ?」

「……そうだった。仕方ない。このまま待つか」

 リオンが先に外に出ているのは、女性の身支度の様子を覗いているのは失礼だと、エアリエルにきつく叱られたからだ。フラウの忠告にリオンは従う事にした。

「あの?」

 退屈そうにしているリオンに、恐る恐る話しかけてきた者がいた。

「……何?」

「俺たち、本当に付いて行って良いのですか?」

「残りたい? でも、グランフラム王国にお前たちの居場所はないと思うけど?」

 リオンに話しかけてきたのは、元マリアの親衛隊長だったギルだ。その後ろにはマシューやアランといった他の親衛隊の面々もいる。グランフラム王国の目を盗んで捕えた彼らを、リオンはラースに連れて来ていたのだ。

「いえ、そういう事ではなくて、俺たちを匿って問題になりませんか?」

 リオンはグランフラム王国の王族。ギルの認識はこうだ。リオンの心配をしているように話しているが本心は、本当に自分たちを助けてくれるのかを聞きたいのだ。

「どうして問題になる? 俺が何をしようと、グランフラム王国に文句を言われる筋合いはない」

「……しかし、俺たちの存在がバレれば」

「……あっ、忘れてた。グランフラム王国を離れるつもりだから。これから向かおうとしているのはエルテスト皇国。東方にある俺の国」

「……はい?」

 伝えるのを忘れるには、あまりに重要な情報だ。

「俺、エルテスト皇国の皇帝。俺の国に連れて行くのだから、グランフラム王国は何も言えないし、そもそもいることが分からない。別に分かっても平気だと思うけどな」

「つまり……俺たちはグランフラム王国ではなく、別の国の皇帝であるリオン様の臣下という事で?」

「そう。うち人手不足だからな。小さい国だった頃は平気だったけど、今は五カ国を従える皇国だ。それなりに人材の数も揃えないと」

「……五カ国を従える」

 ギルは、後ろで話を聞いている他の面々も、頭が真っ白になってきている。天国から地獄ならぬ、地獄から天国。反逆に加担した者として極刑を免れない逃亡者のはずが、いきなり皇帝の臣下に逆戻りだ。この浮き沈みに頭が付いて来ていない。

「何?」

「いえ、何でもありません。喜んで仕えさせて頂きます」

「そうか。でも、それなりの償いはしてもらうからな」

「償いですか……」

 やはり、ただで済む訳ではないと知って、ギルの表情が曇る。

「死ぬ気で働いてもらう。今回の戦争の出費は大きいからな。その分をお前たちの働きで、返済してもらわないと」

「……それは勿論」

 償いにしては、求められたのは当たり前の事。ギルには分からない。リオンの死ぬ気で働くは、考えている以上に過酷である事を。リオンの普段の働きが、普通の人では死ぬ気で働いていると同じなのだ。

「あっ、きた!」

 急にフラウが声をあげた。エアリエルの姿を見つけたのだ。それが分かったリオンは、ギルとの話を止めて、城門の方に視線を向けた。

「あれっ? 一人?」

 城門を潜って出てきた人影は一つ。アリスに何かあったのだと考えたリオンは、急いで人影に近づいていった。

「エアリエル……?」

 城から出てきた人影は間違いなくエアリエル。だがリオンには、エアリエルにアリスの姿が重なって見えてしまう。元々アリスはエアリエルの姿を真似ている。だが、今の感覚は、そういうこととは違っていた。

「さすがだわ。でも気持ちは複雑。ヤキモチと嬉しいのと半々かしら?」

「……エアリエルだよな?」

「いえ、名は変えたの。今の私は、エアリアス」

「……嘘だろ?」

 この時に、敢えてエアリエルが改名する事の意味。エアリアスという名の意味を、リオンは正しく捉えた。

「これでリオンと同じだわ。私の中には、二つの存在がいるの」

 エアリアスが言う二つの存在。一人がエアリエルで、もう一人はアリスだ。

「……どうして、こんな事に?」

 いきなりエアリエルとアリスが一つになったと言われて、リオンには何が何だか分からなくなっている。

「前に約束したの。アリスはエアリエルに、リオンの背中を守れるだけの力を与える。その代わりにエアリエルは、アリスが、ずっとリオンの側にいられる場所を提供する」

 リオンの力は飛び抜けている。本当の意味で背中を守れるのは、同等の力を持つアリスだけだ。かつての自分の場所を奪われたエアリエルは悔しかった。
 一方でアリスは、自分が消えた後、エアリエルがリオンの側にいられるのが羨ましかった。
 お互いに、相手が持つ居場所を求めたのだ。

「……分かった。初めて会った時だ」

 エアリエルとアリスが初めて対面し、修羅場となった夜。リオンがシャルロットの相手をしている間に、エアリエルとアリスは二人だけで話をしていた。ずっと教えてもらえなかった、その内容が今、分かった。

「そう。嬉しい?」

「ちょっと複雑。だってエアリエルとアリスを、同時に愛するって事だろ?」

「……変態」

「違うから。そういう意味じゃなくて、どっちに接しているつもりで……いや、これは違うな」

 エアリエルに対する気持ちとアリスへの想い。同じ好きでも中身は違う。だからといって、一つの存在であるエアリアスに対して、どちらか一方への想いで接するのは明らかに間違っている。エアリエルであってエアリエルでない存在。アリスであってアリスでない存在に、どう接して良いのか、リオンは分からなくなっている。

「もっと単純に考えれば良いわ」

「単純に?」

「エアリアスである私を一から愛して。そして、これまでの二倍好きになれば良いわ」

「……はい」

 一から恋愛を始める事には全く異存はない。ただ、エアリエルとアリスを足した女性を愛するという事は、きっと、この世界を征服するよりも、大変な事だとも思ってしまうリオンだった。

「不満なの?」

「まさか。エアリアスに相応しい男になるには、どうすれば良いのかを考えていただけだ」

「何か思い付いた?」

「そうだな。取り敢えずは世界制覇でも目指してみるかな? それで足りなければ、又、考える」

 世界制覇を望んでいるわけではない。ただ、エアリアスと二人で、何でも良いから高みを目指して歩んで行こうと思っただけだ。それが困難であればあるほど、二人の結びつきは強くなる。リオンは、こんな風に思っている。

「好きにすれば良いわ。私は……最後がハッピーエンドであれば、何でも良いの」

 エアリアスも又、リオンと共に過ごせれば、それだけで良いと思っている。ただ、大切な人を失って、得られるような幸せではあって欲しくない。

「もう、俺は十分にハッピーだけど?」

「私はまだよ。だって、エアリアスは生まれたばかりなのよ? だからリオン、私を攻略してみせなさい!」

 腰に手を当てて、堂々と言い放つエアリアス。エアリエルに出会った頃を思い出す、その姿を見て、リオンは何だか無性に楽しくなってきた。

「はい。俺の人生の全てを賭けて、エアリアスを幸せにしてみせます」

「……馬鹿」

 リオンとエアリアスの新しい物語が始まる。恋愛物語であり、英雄譚でもある物語だ。その結末には、きっとハッピーエンドが待っているに違いない。何故なら、二人ほどこの世界に愛されている者は、他にいないのだから。