まさかの自軍兵士の裏切り。この事態の収拾を図るために近衛騎士団を率いて、前線に向かって駆けているアーノルド。あと少しという位置まで来たところで、前方で雷鳴が轟いた。
突然、巻き起こった激しい雷は戦場に直撃。兵士が大混乱になっているのが、アーノルドの目にも移っている。
「……何が起こっている?」
あまりの衝撃に、思わず、アーノルドは馬の駆け足を緩めた。
「分かりません。とにかく、前線へ急ぎましょう」
離れた場所からでは詳細は掴めない。とにかく少しでも早く前線に向かうべき。ランバートは、こう思ったのだが、それを遮る者が居る。
前線に向かおうとする近衛騎士団の前に、部隊が立ち塞がっていた。グランフラム王国軍ではない。ソルが率いる近衛騎士団と称している不思議の国傭兵団の機動歩兵団だ。
「……前線に向かわないのか?」
今の状況で何故この部隊が、この場所に留まっているのか。アーノルドには理解出来ない。この場には二千程の歩兵部隊がいる。敵の後背を突ければ、リオンの部隊を囲む包囲網を崩せるかもしれない数だ。
「……まだ、リオンの命令がないわ」
アーノルドに視線を向ける事なく、エアリエルが答える。真っ直ぐに前線を見つめている様子から心配していない訳ではないことは、何となく分かる。
「命令がなくても、今の状況であれば、動くべきではないか?」
「それでリオンの邪魔になったら、どうするの?」
「邪魔というが、今の状況は」
「リオンが作り上げた形よ」
「……何?」
たった二千の軍勢で、数万の軍勢に囲まれて前線に孤立している。アーノルドの認識している今の状況はこうだ。どう考えても苦しい状況で、この形を敢えて望む理由が分からない。
「あの女の思い上がりを、コテンパンに叩きのめしたいみたいなの」
あの女というのがマリアの事だと、アーノルドにも分かる。何を言ってもマリアは自分の思い込みを改めようとしない。それに苛つく気持ちは、アーノルドにも良く分かる。
だが、そうだとしても、わざわざ不利な戦況を作り上げるのは馬鹿げている。
「一応、申し上げておきますと、陛下が前線に向かおうとしているのは、帝国が作り上げた形だと思います」
アーノルドが口を開こうとした、その横からソルが割り込んできた。
「何だと?」
ソルの話はアーノルドを驚かせた。アーノルドには、どうして、こう思えるのかが分からない。
「兵士の裏切りで前方の陣地は空白状態です。帝国の突撃を防げる状態にありません。そうであるのに、帝国左翼は前に出ようとしていません。何かを待っているのだと思えませんか?」
「……誘いだと言うのか?」
ソルの言う通り、右翼では戦闘が行われていない。今、帝国軍で戦っているのは、不思議の国傭兵団を包囲している軍勢だけだった。
「断言はしません。しかし、マリアはともかくランスロットは、他の戦いを止める程、リオン様に拘っているでしょうか? ランスロットの意識はリオン様よりも、むしろ陛下に向いていると私は思います」
「……そうだな」
アーノルドもランスロットへの拘りがある。同じ思いをランスロットも持っている。真実がどうであるか関係なく、アーノルドは、こう思いたかった。
「勝てますか? こちらが調べたところ、帝国の中枢軍はランスロットの直率の帝国騎士団一万と帝国兵団一万の計二万。帝国兵団は初戦で少し削ったと思いますが、それでも今、陛下が率いる数の三倍以上になります」
「勝てる」
勝てないとはアーノルドは言えない。気持ちの上でも負けるつもりはない。
「ランスロットも同じように思っているでしょう。六万もの兵を使ってリオン様の動きを止め、残った二万で陛下に決戦を挑む。裏切った兵を除いた王国軍とは、ほぼ同数でしょう。これでランスロットは勝てると思っています」
同数の兵でもランスロットは勝てると算段している。この自信が、どこから生まれるのか。これを考えろとソルは言っている。そして、これは遠回しに、このまま前線に出れば、アーノルドは負けると伝えているのだ。
「優しいのね?」
そのソルにエアリエルが声を掛けた。やや皮肉が込められているように聞こえる言葉だ。
「近衛騎士として育ててもらった恩がありますので。この機会に恩を返しておこうと思いました」
実際にソルは、皮肉どころか、警告と捉えた。返した言葉は真実だが、誤解を解くための言い訳でもある。
「そう。それでは仕方ないわ」
ソルの説明に納得した様子のエアリエル。借りを返しておくのは良いことだ。それが、グランフラム王国との決別に繋がると思えば。
「……ランバート。各陣地に伝令を。前線を後退させて、部隊を再編させる」
「はっ」
エアリエルとソルの会話を聞いて、アーノルドは判断した。前線に出るべきではないと。前線に出る事を止めて、ランスロットとの戦いに備えて、軍の再編を行う事に決めた。
◇◇◇
包囲している帝国軍の数は五万を超えている。これだけの数で囲んでも、当たり前だが、戦闘に参加出来るのは一部だけだ。だが帝国軍の目的は、リオンを討つことではなく、封じ込める事にある。多少の犠牲では突破されないくらいの、分厚い包囲網を構築していた。
ソルが語った通り、アーノルドとの頂上決戦の邪魔をさせない為だ。
だがマリアは、そんなランスロットの思惑は知らない。懸命にリオンを討ち取ろうとしていた。仮に知っていたとしても、自分の戦功を優先し、やることは変わらないだろう。
「どうして、動けなくならないのよ!」
バンドゥ党の奥義。これを使うと一時的には超人的な力を発揮するが、やがて、その力を失い、死ぬことになる。そのはずなのだが、不思議の国傭兵団の兵士たちの勢いは、一向に衰える気配がない。
二千の部隊を半分に分けて交替で、驚くべき力を発揮し続けていた。
「休ませないで! 戦い続けていれば、勝手に死ぬのよ!」
休ませるなと命令されても、帝国軍の兵士たちには為す術がない。剣を向けても一方的に蹂躙されるだけ。ある程度戦っては、不思議の国傭兵団の兵は悠々と後ろに下がって行くのだが、それを防ぐ事など出来ない。
「時間稼ぎは無駄だ! 命を捨てる事が前提の戦いなんて、俺がさせるはずないだろ!?」
リオンの言葉には嫌味が込められている。命を捨てる事が前提の戦いを、マリアはずっと兵士に強いてきたのだ。
「嘘よ! 私は目の前で、死ぬのを見たのよ!」
「努力は人を、技を進化させる! 今のバンドゥの奥義は、命を燃やし尽くすような技ではない!」
バンドゥの奥義は魔力を、身体能力の向上に使う内魔法、気闘法とも呼ばれるものだ。グランフラム王国の前近衛騎士団長も、この使い手だが、一度の使用で死ぬような事はなかった。
要は魔力制御の問題なのだ。魔力制御に関しては、リオンは人一倍の努力をして、常人を超える能力を持つ。同じ鍛錬を不思議の国傭兵団に課し、更に工夫をして、今の技がある。
「安易に道具に頼り、努力を忘れて退化した、お前と一緒にするな!」
「何ですって!?」
リオンの罵倒にマリアが又、頭に血を上らせている。だがリオンは、マリアを怒らせる為に言葉を発している訳ではない。周囲の帝国軍の兵士たちに、自分の言葉を伝えたいのだ。マリアの言葉を、マリアが成した事を全て、リオンは否定したいのだ。
「いつまでも後ろで隠れていないで、前に出ろ!」
マリアを貶める。これだけではなく、この世界の人々が知ってしまった火薬、科学というものを否定する事もリオンの目的だ。この世界は精霊、魔力によって成り立っている。科学は世界の調和を壊すものだと、リオンは考えていた。
「調子に乗らないで! こっちには、まだ切り札があるのよ!」
諦めない気持ち、悪あがきともいうが、に関しては、マリアも大したものだ。最後は、必ず自分が勝つという思い込みが、気持ちを支えているにしても。
「特別部隊を前に出して! 督戦隊もよ!」
督戦隊を出すという事は、無理やり兵士にした者たちを戦わせようとしているという事だ。結局は、これまでと同じ事をマリアはしている。
ただ少し違うのは、その兵士たちがリオンの知り合いだという事だ。
「……貧民街の?」
前に出てきた兵士たちの顔を見て、リオンは直ぐに、それに気が付いた。兵士たちは貧民街の住民だ。リオンに気付かれて気まずそうに下を向いてしまった兵士たち。自ら望んで、兵士になったわけではない事が直ぐに分かる。
「リオンを殺しなさい! そうしないと貴方たちの家族は皆殺しよ!」
人質をとって無理やり戦わせる。これも、これまでと同じ手法だ。
「……ある意味、凄いな」
悪党そのものの卑劣極まりない台詞を、味方の前で堂々と言い放てるマリアに、リオンは、ちょっと感心してしまった。
「さあ、リオンどうする? 貧民街は貴方の育った場所! 彼らは貴方の仲間でしょ!? 仲間に剣を向けられるの!?」
すっかり悪党が身に沁みついているマリアは、自分の勘違いに気が付いていない。悪党に対するのは正義の味方。リオンを正義の人と錯覚しているのだ。
だが、悪党である事を表に出さず、時に英雄まで演じるリオンは、ある意味ではマリア以上の悪党と言える。悪党に正義の心を期待しての策を仕掛けても、それは無駄というものだ。
リオンは一人、ゆっくりと貧民街の住人たちの前に出た。
「……お前たちに選択肢を与える! 俺の味方として死ぬか、俺の敵として死ぬか。どちらかを選べ!」
リオンが貧民街の住人たちに突きつけた選択は、デタラメな内容だ。どちらを選ぶにしても、死ねと言っているのだ。
当然、これを聞いたマリアはじめ、帝国の者たちはリオンのふざけた言い様に、言われた者たちは怒り出すと考えていた。
だが実際は、そんな当たり前の結果には終わらなかった。
「うっ、うおぉおおおおっ!! うわぁあああああああっ!!」
狂ったような雄叫びをあげて、貧民街の住人の一人が帝国の兵士に襲いかかる。これが、きっかけとなり、他の住民たちも同じ行動を起こした。
貧民街の住人たちは、リオンの味方として死ぬ事を選んだのだ。
「……なっ、何なの? 頭おかしいんじゃない!?」
彼らの行動はマリアには全く理解出来ない。彼らの選択は、自らが死んだ上に人質になっている家族まで死なせてしまう結果になる。
連れて来られた貧民街の住人は三十人ほど。その人数で抗っても、勝てるはずがない。そもそも彼らの後ろには、督戦隊が構えている。逆らえば即、銃弾が撃ち込まれるだけだ。
「……どうして!? 何でリオンに従うのよ!? そんなにリオンが怖いの!?」
死の恐怖で兵士を支配してきたマリア。貧民街から連れてきた者たちは、マリアが突きつけた恐怖よりも、リオンが与える恐怖に従った。こうマリアは考えた。
そして、リオンも同じように思っている。裏切りには一族郎党、全ての死を。組織の掟を恐れているのだと。
「リオン様っ!」
リオンの名を叫びながら、帝国の軍勢に突撃していく男。
「良い世の中を! 世界を! 変えてっ……!」
「えっ?」
死に際に叫んだ言葉が、リオンの胸に突き刺さる。
「夢を! 俺たちに希望を!」
又、別の男が叫んでいる。彼らの死に際の言葉は全て、リオンに向けられたものだった。他の者も同じだ。貧民街の暮らしを良くした事に礼を言い、世界を変えてほしいと叫びながら死んでいった。
「……何故? ……えっ?」
呆然としているリオンの体を、一陣の風が突き抜けていく。この風の感覚を以前、一度だけ、リオンは感じたことがある。魔神に体を貫かれ、命を落としかけた時だ。広範囲回復魔法ウィンヒールと同じ感覚だった。
「……アリス?」
エアリエルが又、使ってしまったのかと思い、居場所を探して、後ろを振り返ったリオンの目に映ったのは、ナイトメアの背で立ち上がって、指揮者のように腕を振るっているアリス。回復魔法を使ったのはエアリエルではなく、アリスだった。
そのアリスが急に、糸が切れた操り人形のように、ナイトメアの背から崩れ落ちていく。
「アリスッ!!」
慌てて、地に落ちたアリスに駆け寄るリオン。抱き起こしたアリスは、酷い顔色をしているが、意識はあった。
「……大丈夫か?」
「……駄目だよ」
「どこか痛いのか? それとも苦しいのか? それとも……」
アリスの最期がどういう形になるのか、リオンは知らない。人のように死んでしまうのか、それとも消えてしまうのか。とにかく思い付く事を、アリスに尋ねている。
「……違う。私……まだ、平気だもん。駄目、なのは、リオン」
「アリス、もう喋るな」
平気と口では言うが、アリスは話すだけで苦しそうだ。
「……リオンは、味方を殺したら、駄目なの。味方は……守るべき……存在。そう、決めた、はずだよ?」
「それは……そうだけど」
他人は、敵とそれ以外だったリオンに、大切な人という存在が出来た。最初はエアリエルとヴィンセントだけだった、それは少しずつだが増えている。
そしてエアリエル程ではないが、守るべき人となると、今はもう、数えきれないほどだ。
「守ると、決めたら……守るの。それを……放棄する事は、リオンの、大切な……何かを、裏切る事になるの」
エアリエルによって、リオンの心の中に芽生えた他人への思い。それは今では、かなり成長している。元々、持っていなかった分、それは純粋で、他人のそれよりも遥かに輝いている。アリスには、そう見えるのだ。
「君に会って……君と過ごして……私は変わった。だから……君も変わるの。復讐なんて目的は、君には、小さすぎる。君の力は、そんなものじゃない」
「アリス、俺は……」
ただ生きる事が目的だった。ヴィンセントに出会って、人の為に生きる喜びを知った。そのヴィンセントを失って、復讐が、リオンの生きる目的になった。
アリスは、それを捨てろと言う。それを捨てて何の為に生きれば良いのか、リオンには分からない。
「君の背中には……多くの人が、乗って、いるの。皆……君に、期待、しているの。でも……勘違いしないで。その人たちの、為に……生きろと、言っているわけ……じゃないの」
「では、何だ?」
「君の……君の、思う通りに、生きて、欲しい。君に、期待する、人たちは……思い通りに、生きる君に……喜んで、付いて行く人たちだから……彼らを信じて……必ず、付いて来てくれると信じて……自分の信じる道を、進んで」
「アリス……」
「君には世界を変える力がある! 私は、君を信じているから!」
リオンの頬に両手を伸ばし、アリスは、これまでとは違う、はっきりとした口調で、これを告げた。
「……分かった」
分かったと言葉にしたが、リオンの頭の中には、まだ、自分のしたい事は浮かんでいない。ただアリスの想いには応えたいと思った。
これでは、これまでと同じ、他人の為に生きるようなものだが、今はそれで良いと思えている。
自分が進む道はきっと、すぐに辿り着けるような目標ではないと思えるからだ。又、十年、二十年先の為に、少しずつ始めれば良い。
その為には、まずは一つの区切りを付けなければならない。
「マーキュリー! 部隊を率いて、貧民街の者の救出を! アリスと共に安全な場所に連れて行け!」
「しかしっ!?」
リオンの命令とはいえ、マーキュリーはすぐには従えなかった。リオンの言う部隊とは、自身が率いる千名の部隊だ。それを率いて前線を離れてはリオンを守る者は半分になる。
「近衛を呼ぶ!」
「なっ!?」
「早く、行動に移せ! 命令だぞ!」
「……はっ!」
少し躊躇いながらも、マーキュリーはリオンの命令に従って行動を開始した。部隊を率いて帝国軍への突撃を掛ける。完全に打ち崩すことが目的ではない。貧民街の者たちから、帝国軍を引き離す為だ。
「ウィン! ロス! 解禁だ! 構わないから、力を見せろ!」
分かる者にしか分からない命令を発するリオン。それと、ほぼ同時に、数十体の火竜が空に向かって飛び上がっていく。
僅かに遅れて鳴り響く大砲の音。砲撃は地面に落ちることなく、全て空中で火竜に包まれて、爆発した。
「……嘘!?」
大砲の弾を空中で捕縛するという凄技に、マリアが驚きの声を上げている。だが驚くのは、まだ早い。リオンの切り札は、まだ姿を現していない。
◇◇◇
その姿を最初に確認したのは、前線から少し離れた所にいるグランフラム王国軍だ。
「なっ、何だ、あれは?」
驚きの声がランバートの口から発せられた。ランバートの視線の先には、人為らざる姿で、飛び跳ねるように前線に向かって移動している不思議の国傭兵団の姿があった。
つい先程まで目の前に居た部隊だ。普通の歩兵に見えていたそれは、突然、咆哮をあげると、その姿を変えていった。人ではない、獣に似た姿に。全ての歩兵というわけではなく、十分の一ほどの数だ。
変身を終えたそれらの兵士は、その姿の通り、人とは思えない動きと速さで前線に向かっていく。更にその後を、ソルを先頭にした残りの部隊が追い掛けた。こちらは普通の歩兵の動きだ。
「まさか、本当だったのか?」
グランフラム王国にとって都合の良い事に、事情を知る者が現れた。オクス王国のアレックス王子だ。
「何か知っているのか?」
「……噂に聞いた。不思議の国傭兵団には、魔物がいると」
「何だと?」
アーノルドの問いに、驚きの答えを返すアレックス王子。
「魔王には根拠があったのか」
又、気になる事を呟くアレックス王子。
「それは、どういう事だ?」
「話さなかったか? リオン殿の通り名だ。災厄の王以外に代表的な二つがある。雷帝と魔王だ」
「ライテイとは?」
「雷に皇帝の帝で雷帝だ。さっき見ただろ? リオン殿が雷帝と呼ばれる所以を」
「……あれを、リオンが?」
先程の激しい落雷がリオンの仕業だと知って、更にアーノルドは驚いている。明らかに不自然な落雷だ。人為的なものであるのは分かっていたが、アーノルドはリオンの底の知れなさにあらためて驚いた。
「魔王は魔神を倒したからだと思っていたのだが、魔物を従えているから魔王だったのか」
アレックス王子は、通り名の所以が分かって、ただ納得している。
「……魔物など、どうやったら従えられるのだ?」
だがアーノルド、そしてグランフラム王国の者たちは、そうはいかない。魔物と嫌というほど戦っているのだ。しかも魔物を従わせるのは、魔人という知識もある。リオンの素性を怪しむ気持ちが浮かんできている。
「魔獣を従わせられるのであれば、魔物だって可能だ。魔獣よりも頭が良いから、簡単なのではないか? 逆に難しいのか」
「……そんな馬鹿な。そもそも、どうして、リオンにだけ魔獣が従うのだ?」
魔獣の調教はグランフラム王国も当然、試みているが、全て失敗に終わっている。
「それは違うな。魔獣はリオン殿だけに従っているのではない。他の傭兵にも従っている。ちなみに俺の言う事も聞いてくれる」
「何だと?」
「我が国でも騎獣兵団の創設が出来そうだ。不思議の国傭兵団の協力があっての話ではあるが」
「……いつの間に」
自国が出来なかった騎獣部隊の創設に、オクス王国は成功しようとしている。オクス王国も又、底知れない存在だ。
「いつの間にって、大丈夫か?」
アレックス王子の方は呆れ顔だ。
「大丈夫とは?」
「不思議の国傭兵団とは、ずっと行動を共にしている。我が国の騎馬隊の振りをしてもらっていたがな。とっくに気が付いていると思っていた」
「何?」
「さっき別れたばかりだ。魔獣を呼び集めていたから……ほら、現れた」
アレックス王子の指差す先には、黒と赤の鎧に身を固めた騎獣兵団が駆けていた。その数およそ二千。オクス王国だけでなく、ハシウ王国にも紛れ込んでいた部隊だ。
「……不思議の国傭兵団の総数はどれくらいなのだ?」
「さあ? 取り敢えず、この戦場には、六千がいることになるな」
騎獣兵団が四部隊各千騎。機動兵団が二部隊で、これも一部隊千名だ。六千の兵力を、不思議の国傭兵団は保有している。
質において、恐らくは大陸最高の兵が六千だ。これがどれだけの戦力となるのかを考えた時、アーノルドは頼もしさよりも恐ろしさを感じてしまった。