月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして 第120話 第一幕の終わり

異世界ファンタジー 悪役令嬢に恋をして

 自軍に向かって、グランフラム王国の陣地の間を、もの凄い勢いで駆けてくる騎獣の群れ。それに気が付いたグレートアレクサンドロス帝国軍の指揮官は、すぐに前線に出て、敵陣地を攻撃している歩兵爆撃隊に撤退の命令を下し、それと同時に、後方に控えている銃兵部隊に迎撃体勢を取るように指示を出した。
 グレートアレクサンドロス帝国軍が、もっとも警戒していた不思議の国傭兵団だ。それに対する為の訓練は、何度も繰り返している。その甲斐があって、グレートアレクサンドロス帝国軍の兵士たちは、指揮官の指示に従い、滑らかに迎撃体勢に移行した、はずだったのだが、銃兵部隊の隊列が整う前に、騎獣兵団の突撃を許すことになった。
 指揮官の指示は的確で、素早かった。ただ単に騎獣兵団が、それを上回る速さで突入してきたに過ぎない。ただ速い。この威力を、グレートアレクサンドロス帝国軍の前線は思い知る事になった。

「下がれ! 銃兵部隊を後方に下げろ!」

「重装歩兵を前に出せ! 騎獣の突撃を防ぐのだ!」

 帝国軍指揮官の命令の声が、戦場に交差する。騎獣の突撃を止める為の重装歩兵など、帝国軍は不思議の国傭兵団との戦いの為に、様々な準備をしていた。
 だが今のところ、それが功を奏する気配はない。部隊を前に出しては、騎獣兵団に蹂躙されて後退、そして、又、別の部隊を前に出すの繰り返しだ。
 帝国軍にとって幸いなのは、兵力差だけは帝国軍側が圧倒的に有利だという事。二千の騎獣兵団に五万の兵が対する事で、軍の崩壊を防いでいる。

「何なのよ、あれ!? あんなの知らないわよ!」

 マリアは、不思議の国傭兵団の戦いを見るのは初めてだった。予想以上の強さに文句を言っている。

「十分に防いでおります。訓練の成果はあったと考えてください」

 マリアを宥めているのは、一時的に親衛隊長に再任されたギルだ。ギルは行政府軍を率いて不思議の国傭兵団と戦っている。行軍中を襲撃されて手も足も出なかった、その時に比べれば、今はかなりマシな状況だ。

「何とか足を止めるのよ。そうすれば、大砲で一撃だわ」

 マリアが言うように、騎獣兵団の足を止められるのであれば、苦戦などしない。

「今は隙を見せないように、じっくりと構えるべきです。敵は二千。どれだけ強くても、いつか必ず限界が来ます」

 兵力の差。これを最大限に利用しようというのが、帝国の作戦だ。いくら強くても、ずっと戦い続けていれば、必ず疲労する時が来る。その時を狙って、一気に攻勢を掛ける予定なのだ。

「要はリオンを討ち取れば良いんでしょ? 前線に出ているのだから、チャンスじゃない」

「……そうですが、討ち取るにも機というものがあります」

「機は作るものでしょ?」

「そうですが……」

 マリアは自分が出れば、リオンを討ち取れると考えている。一方で、ギルたち親衛隊の面々は、マリアであっても一対一ではリオンに絶対に勝てないと思っている。この差が、マリアと他の者たちの話にすれ違いを生んでいる。

「不安なら、ランスロットも同行させましょうよ。それで絶対に負けはないから」

「いや、陛下には、陛下の戦いがありますから」

 皇帝と皇后が一緒にリオンに立ち向かって、それで討ち取られれば、この戦いは負けだ。そんな無謀を許すわけにはいかない。

「そういえば、ランスロットの方はどうなの?」

 自軍が大変な状況なのに人の心配。こういった図太さは、戦場の将にはあって良いものなのだが、残念ながらマリアの場合は、図太いではなく、無神経と捉えられてしまう。誰も、それを指摘などしないが。

「敵の右翼。第一陣を破りそうな勢いです」

「……頑張っているのね。不思議の国傭兵団を、こっちが受け持っているのだから、当然と言えば当然だけど」

 ランスロットに対してまで、マリアは嫉妬のような感情を向けている。国政から遠ざけようとしているランスロットが、自分の邪魔をしているようで、マリアは気に入らないのだ。

「陛下の軍が前線を進めれば、不思議の国傭兵団を、完全に孤立させる事が出来ます。順調に戦況は進んでいます。今はこちらは耐える時かと」

 とにかく、今はマリアに余計な動きをしてもらいたくない。不思議の国傭兵団による被害は膨れ上がるばかりだが、それを無視すれば、全体の戦況は、帝国有利に進んでいるのだ。

「……じゃあ、もう少し待つ」

 さすがのマリアも一人で突撃するつもりはない。周囲が乗り気でないのを悟って、大人しく待つ事を受け入れた。無神経なようで、周囲の空気を読むのは、実は長けているマリアだった。

 

◇◇◇

 一方で、グランフラム王国のアーノルドは、戦況を掴みきれないでいた。左翼では不思議の国傭兵団が帝国を圧倒している。だが右翼では、その逆で、帝国軍に押し込まれている。こういう事だけではない。何となく自軍の動きがチグハグに思えるのだ。

「……何故、右翼を支えない?」

 こんな疑問が、アーノルドの口から漏れるほどに。

「兵は回しているようですが。左翼が、ここから見るよりも、危なげなのかもしれません」

 ランバートがアーノルドの疑問に答えた。と言っても、ランバートの説明はランバート個人の推測に過ぎない。それも自軍の動きを、無理やりに正当化しようとしての。

「二千しかいないからな。だが、右翼が後退しては、傭兵団は後ろを塞がれる形にならないか?」

 右翼の陣地を奪われてしまえば、中央陣地は無防備な側面を晒す事になる。どれか一陣でも奪われたら、無理をせずに他の二陣も放棄して、前線を後退させるというのが、王国側の基本戦術だ。だが、その通りに動けば、不思議の国傭兵団は前線で孤立する事になる。帝国側の狙いはこれだ。

「そうなる前に、後退の指示を出せば問題ないとは思いますが……いや、やはり、動きが中途半端でしょうか?」

 ランバートも自軍の動きには納得出来ていない。動きそのものは間違っていないと思うのだが、全体として中途半端に感じている。右翼の陣地を守るのであれば、兵を、もっと一気に投入するべきで、一方で、不思議の国傭兵団が押している左翼側の陣地は、戦っていないのであるから、空にしても良いと思える。

「マーキュリーに伝令を出せ。右翼の陣地を死守するのか、全体を後退させるか、早めに決断せよと」

「はっ」

 アーノルドは、ついに堪えられなくなって、前線にいるマーキュリー騎士兵団長に指示を出す事にした。

「……リオンが何を考えているかも、分からないのだが?」

 アーノルドは不思議の国傭兵団の動きにも、疑問を感じている。確かに帝国軍を圧倒している。だが、敵軍を崩壊させるには、決め手に欠けるような気もしている。何十倍もの敵が相手だ。仕方ないとは思うのだが、リオンにしては珍しく、無策に近い動きであるようにも思えている。

「何かを待っているのでしょうか?」

 ランバートも、アーノルドと同じように、今のままでは決め手に欠けると思っている。ただランバートは、この状況をリオンの策と考えた。

「何かあるとすれば、それは何だ?」

 これはランバートに向けた問いではない。自分で自分に問い掛けているのだ。嘗て、魔人との戦いにおいて、リオンに同行していた時に、アーノルドは同じ事をしていた。リオンの奇抜な作戦を、何とか自分のものにしたいと考えての事だ。

「右翼が抜かれそうです!」

「何だと!?」

 戦況はアーノルドに、思考の時間を許してはくれなかった。ランバートの声に、思わずアーノルドは立ち上がってしまう。

「中央を下げろ! 右翼第二陣に増援を! 敵の前進を食い止めろ!」

 ランバートが叫んでいるが、ここからでは前線まで声が届くはずがない。ランバートもそれは分かっている。分かっていても、味方の動きの悪さに苛立って、声を出さずにはいられないのだ。

「動きが鈍い! マーカス殿は何をしている!?」

 第一陣を突破した帝国軍は、その勢いのままに第二陣に攻勢をかけている。その勢いを止めるには、一時的に第三陣を空にしてでも兵を回して、早急に第二陣を増兵するべきなのだが、その動きが未だに見られない。
 それだけではない。中央、左翼の第一陣には、未だに兵が留まっている。

「このままでは第二陣も抜かれる! 前線を厚くしろ! アレクサンドロスの勢いを止めろ!」

 ランバートの叫びは、一向に前線に届かない。
 右翼第一陣を突破した帝国軍は、右翼第二陣、中央第一陣に向かって、一気に兵を押し出している。その勢いに押されて、脆弱な側面を突かれた中央だけでなく、右翼第二陣も、押しきられそうになっている。
 どこかで堰き止めなければ、一気に三陣、四陣と抜かれそうな勢いだ。

「ランバート! 近衛の出撃準備を! 敵の勢いを何とかして止める!」

 遂にアーノルドは、自らが前線に出る決断をした。そうでもしないと、帝国の勢いが止まりそうにないと感じているのだ。

「……あっ、いや、少しお待ちを!」

「躊躇う余裕はない!」

 ランバートの制止の声を、自分が前線に出る事への抵抗だと考えたアーノルドだったが、これは間違いだ。

「敵左翼の側面に軍影!」

 続いて、新手の軍勢の登場を告げる声が、本陣に響く。

「味方です! オクス王国の軍旗が見えます!」

 更に続く声が、その軍勢が味方である事を知らせてきた。

「……何だと?」

 味方の登場は嬉しい事だが、何故、オクス王国の軍が、ここに居るのかという疑問も、アーノルドの頭の中に浮かんでいた。

「帝国軍、側面に突入!」

 現れたオクス王国の軍勢は、グランフラム王国の第一陣を抜いた勢いで、前掛かりになっていた帝国軍の側面に突撃をかけた。間延びした陣形で、しかも、完全に不意を突かれる形になった帝国軍は、これで大混乱。つい先程までの勢いを、一瞬で失う事になった。

「ハシウ王国です! ハシウ王国の軍勢も現れました!」

 更に、ハシウ王国軍の登場を告げる声が響き渡る。オクス王国に少し遅れて現れたハシウ王国軍は、第二陣を攻めていた帝国軍の後方から攻撃を仕掛ける。
 ただでさえオクス王国軍の急襲で動揺していた帝国軍は、このハシウ王国の一撃で、完全に戦意を喪失。統制を失って、逃げ惑うばかりになった。

「……まさかと思うが、これを狙っていたのか?」

 中央の第一陣に攻めかけていた帝国軍部隊も、オクス王国軍に攻め込まれて崩壊状態。勢いにのって攻勢をかけていた帝国軍にとって、最悪のタイミングでの両国の参戦だ。

「それは我軍の右翼陣地の陥落を予想していた事になります。その後の展開もです」

 アーノルドの問いに対して、ランバートは肯定も否定もしない。ただ、あり得るはずがない可能性を提示するだけだった。

「出来ていたとしたら?」

「……天才。この言葉さえ虚しく感じます」

 天才の仕業という表現でも物足りない。神の御業とでも表現するべきなのかもしれないが、この世界には神という概念がない。

「……戻ってくるな」

 不思議の国傭兵団が、部隊をまとめて前線から引き上げてくる。オクス王国、ハシウ王国の両軍も同様だ。帝国軍に、それを追撃する気配はない。逆に帝国側も、前線から兵を引き上げている。
 一旦、戦闘は中断。仕切り直しというところだ。

「我軍への指示は如何しますか?」

 ランバートが確認してくる。アーノルドには、マーキュリー騎士兵団長に任せて良いのかと聞かれているように感じられた。そうだとしても、今、この場で判断するつもりは、アーノルドにはない。

「戦況を確認し、報告させよ。第一陣地の損傷が、軽微であるなら、第一陣地にて前線を構築し直す」
 
 帝国軍は、完全に後退している。右翼の第一陣地も、問題なく奪還出来ると分かっていての命令だ。陣地は奪回出来る。問題は兵の損傷だ。帝国との兵力差は、途中参戦のオクス王国、ハシウ王国の軍勢を足しても二分の一。帝国側に倍の被害を与えて、ようやく五分なのだ。

「取り敢えず、初戦は勝ちです」

 前線の状況確認は終わっていないが、ランバートは勝ちを確信している。右翼を進撃してきた帝国軍は、ほぼ壊滅状態。自軍の陣地まで逃げ帰った者は、かなり居るが、それでも被害は尋常ではないはずだった。

「まだ初戦だ」

 そして、この初戦の勝利は、グランフラム王国軍が自らの手で勝ち取った訳ではない。アーノルドは手放しで喜ぶ気にはなれない。
 そして、喜んでいない者が他にもいる。

「……リオン殿はいないのか?」

 本陣に現れて、リオンの居場所を尋ねてきたのは、オクス王国のアレックス王子だ。

「戻ってきていない。左翼側の陣地の外に別部隊が居るので、そこに向かったはずだ」

 前線から引き上げていた不思議の国傭兵団は、本陣には戻ってこなかった。エアリエルと別部隊が待機している場所へ向かったのだと、アーノルドは判断した。

「そうか……」

 リオンがいないと聞いたアレックス王子は、ホッとしているように見える。

「冗談ではない。お主は怒られないで済んで、嬉しいかもしれないが、こちらは誤解が解けないではないか」

 続いてやって来ていたハシウ王国のハリー王子が、アレックス王子に文句を言っている。

「少し速かっただけだ。いや、グランフラム王国軍が無駄に粘っているから、失敗したのだ」

 ハリー王子の文句に対して、アレックス王子が言い訳を返す。この二人の会話の内容は、アーノルドには聞き捨てならない。

「失敗というからには、先程の戦いは、予め決めていた奇襲なのか?」

「予め決めていないで、どうして、あんな場所に突撃出来る?」

 オクス王国軍は、およそ二千。奇襲とはいえ、八万の大軍に向けて仕掛けるには、あまりにも少ない兵力だ。
 帝国軍が前掛かりになって、側面への警戒を疎かにしていたからこそ、出来た突撃だ。

「……そうだな」

「前線で粘ってくれたおかげで、成果は散々だ。もう少し、多くの帝国軍を引き込めるはずだったのにな」

「そういう事か」

 グランフラム王国の右翼第一陣が崩れれば、帝国軍左翼は、そこを取っ掛かりにして、更に奥に進む。一方で帝国軍右翼は、不思議の国傭兵団に押さえこまれているので、帝国軍は左翼だけが、グランフラム王国陣に伸びていく形になる。そうなったところで根元を切るように、オクス王国軍が側面から攻撃を仕掛け、前線を分断させる。更に退路を絶たれたと思って、帝国軍が動揺しているところを、ハシウ王国軍がとどめを刺す。
 つい先程、目の前で見た通りの状況だが、それが意図的に作り上げられたものだと思うと、感じ方も変わってくる。

「軽傷者を合わせても、せいぜい五千だ。十分な成果とは言えない」

 ハリー王子が不満そうに帝国軍の被害予想を話してくる。オクス,ハシウの両軍を合わせて、およそ四千。自軍を超える数の被害を与えたのだ。失敗と言うのは厳しすぎる。

「……倍は行きたかっったな。これは、どうやら思っていたよりも、長期戦になるか」

 数字を聞いて、ようやくアレックス王子も失敗を認めて、不満そうな顔を見せた。
 帝国軍八万に対して、グランフラム王国軍は三万、同盟軍を併せても三万七千だ。それを短期戦で終わらせようと考えていた事に、アーノルドは驚いてしまう。
 初戦は何とかグランフラム王国の勝利で終わった。だが、戦いはまだまだ、これからと、アーノルドは気持ちを引き締めた。

 

◇◇◇

 初戦敗退という結果に終わった帝国側。軍全体を大きく後ろに下げて、改めて、陣地を組み始めている。到着早々に攻勢を掛けて、一気に決着をと考えていたのだが、それは失敗に終わった。
 こうなれば、帝国側も長期戦の覚悟だ。

「申し訳ございません」

 本陣に着くなり、ライオネル兵団長は、ランスロットに向かって謝罪の言葉を述べている。初戦敗退という結果を受けての事だ。

「……士気という点では、初戦の敗退は痛い。だが、グランフラム王国側の戦力を、全て引き出せたのは悪くない」

 不思議の国傭兵団だけでなく、オクス王国とハシウ王国の軍も参戦してきた。これには驚いたランスロットだが、これで不確定要素が消えたと思えば、悪くはない。

「まだ確定ではありませんが、死者、重傷者を併せて、およそ三千。代償というにも、少なくない被害です」

「グランフラム王国側は?」

「はっきりとした事は分かりません。ただ、五百にも満たないのではないかと」

「そうか……」

 五百という数を少ないと捉えるか、多いと捉えるかは微妙なところだ。数だけであれば、案外、落ち込む程の敗戦ではないのかもしれない。こう思ったランスロットであったが。

「但し、右翼の数は含まれておりません」

 右翼はマリアが率いている側であり、不思議の国傭兵団と戦っていた軍だ。

「……被害は?」

「分かりません。報告が上がってきませんので」

「そうか……負けだな」

 報告を上げて来ないという事は良くて負け。悪ければ惨敗だ。そして恐らく、結果は後者。報告を上げてこないだけでなく、マリアが本陣に現れようとしないのは、大敗を責められるのが嫌だからに決まっている。
 初戦の決着はついた。だが、戦いはまだまだこれからだ。